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第百四十六話 3人の新しいスタート

翌日の放課後から楽曲作成の作業がはじまった。

普段は路上ライブの練習をしている時間なので部活動はなし。

セレーネは部室に籠って作詞の作業をしている。

リリナは音楽室で作曲の作業をしていた。


「ようやく私達の楽曲が誕生するんだわ。ワクワクする」


私は部室の外でひとり期待を膨らませる。


「……」


「……」


「……」


「もう、私の出番がないじゃない」


私は空に文句を言いながら不満をこぼす。


私は振り付けを担当しているから楽曲ができるまでやることがない。

楽曲が決まっていないのに振り付けを考えても無駄になるからしないのだ。


「暇だからセレーネの様子を見に行こう」


私は部室の扉を開けてセレーネのところまで行った。


「う~ん、こうでもないし、そうでもないし。あ~ん、もうダメ」


セレーネは机に向かったまま没策の歌詞を書いてあるノートを丸めて放り投げる。

部室の中には丸まったノートがあちこちに散乱していた。


「セレーネ、作詞の具合はどう?」

「ダメですわ。ぜんぜん、いいフレーズが思い浮かびません」


そう言ってセレーネの背後から覗き込むとノートに歌詞が記されていた。


「何だ、書いてあるじゃん。どれどれ」

「ちょっと、見ないでください」


私はノートを奪いとってセレーネが書いた歌詞を読み上げる。


ノートにはこう記されてあった。


”「やり直したい」 そのひとことが言えなかった”

”プライドが邪魔をして 強がってばかり”

”気づいてるのに 背を向けたあなたの瞳は”

”明日の太陽すら 見失うだろう”


「いいじゃん」

「ダメですわ。そんなものは愚作です」

「これにしようよ」

「嫌ですわ」

「せっかく書いたのにもったいないじゃん」

「ゴミだから捨ててもかまわないんです」


セレーネは自分の歌詞に満足しておらず否定して来る。

私からしたらいい感じに仕上がっていると思うがセレーネは違うようだ。


「リリナちゃんに見せて来る」

「返してください」

「後でね」

「返してくださいってば」


私とセレーネがノートを取り合っていると真ん中で裂けて二つになった。


「ああっ」

「もう、ルイミンさんのせいですからね」

「ごめん。そんなつもりはなかったんだ」

「出て行ってください」


セレーネは私と視線を合わせずに出て行けと言い出す。


確かに悪いのは私だけれど素直にならないセレーネも悪いのだ。

せっかくいい感じの歌詞が書けたんだからもっと自信を持ってもいい。

でないと一生歌詞なんて書けないのだ。


でも――。


「ごめん。もう、邪魔をしないから」

「私はひとりになりたいんです。だから、出て行ってください」

「わかったよ……じゃあね」


強いセレーネの剣幕を見て何も言い返せない私は部室から出て行った。


「こんなつもりじゃなかったのに」


私は背中を丸めて小さくなりながら校庭の隅を歩いて行く。

あてはないからフラフラあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

校庭では陸上部が楽しそうに部活動をしていた。


「やっぱ部活ってこうだよね」


みんなで力を合わせて練習に励むものだ。

そこにこそ部活動の本当の醍醐味がある。

いい成績を残すことより協力し合うことに意義があるのだ。


「暇だからリリナちゃんの様子を見に行こ~っと」


私は校舎の中へ入って2階にある音楽室に向かった。


音楽室の廊下に上がると遠くからピアノの音が聞えて来る。

楽し気な音が聞えて来たと思ったら途中で止まって、またはじまる。

恐らくいいメロディーラインが思いつかないか葛藤しているのだろう。


私はリリナちゃんに気づかれないように静かに扉を開けて中に入った。


「何か違います。私がイメージしているのはもっと楽しい曲なんです」


リリナはピアノに向かいながらひとり言を言って鍵盤を叩いている。


「こうじゃない。これも違う。あ~ん、もう、全然だめです」


そう言って鍵盤にもたれかかってピアノを弾くのを止めた。


こんなに一生懸命がんばっているリリナちゃんを見られるなんてファン冥利に尽きる。

普通のファンだと絶対に見られない光景だから目に焼き付けておいた方がいい。

この美味しいシチュエーションを満喫できるのは私ひとりだけなのだ。


「いいわ、リリナちゃん。もっと、新鮮な姿を見せてちょうだい」


私はリリナの背後から背中を見つめていると急にリリナが振り返った。


「ルイミンちゃん。いつからそこにいらしたのですか」

「見つかっちゃった。てへへへ。さっき来たばっかだよ」

「いるならいるって言ってください」

「だって、リリナちゃん、真剣だったんだもん。話しかけづらくて」

「ルイミンちゃんはイジワルですね。こんな姿、ルイミンちゃんに見られたくなかったです」


リリナは少し恥ずかし気にしながら肩をすぼめる。

その仕草ひとつをとっても私にはごちそうだ。


「いい感じに出来ていたと思うけどな」

「ダメです。イメージしているようなメロディーが出て来ないからです」

「リリナちゃんはどんな感じの曲にしたいの?」

「もちろん楽しい曲です。やっぱり路上ライブをするなら盛り上がれる曲があった方がいいからです」

「確かに。楽しい楽曲が”ぱんつの歌”だけじゃ嫌だもんね」


盛り上がれればどんな楽曲でもいいわけじゃない。

歌っている私達が恥ずかしくないような楽曲でないとダメだ。

でないと心から楽しめないのだ。


「”ぱんつの歌”を越えるような楽曲を作りたいです」

「そうしたら、もう恥かしい思いをしなくてすむね」


そもそも元を言えばちょめ助が”ぱんつの歌”を作ったのが問題だ。

いくらインパクトがほしいからって、よりにもよって”ぱんつ”を取り入れるなんて。

おかげで私達、”ファニ☆プラ”は”ぱんつ”のイメージがついてしまっている。

これを払しょくするためにもリリナの頑張りに期待するのだ。


「ですが、歌詞が決まっていないと、どんな楽しい曲にすればいいのかわかりません」

「歌詞か……セレーネも葛藤していたな」

「イメージも膨らみませんし、メロディーラインも思いつきません」

「う~ん、難しいところだね」


リリナは頭を抱えながら悲し気な顔を浮かべる。

その顔を見ていたら何とかしてあげたくなった。


「わかったよ。私がセレーネに早くしてって言って来てあげる」

「止めてください、ルイミンちゃん。そんなことをしたらプレッシャーになります」

「でも、歌詞がないと作曲できないんでしょう」

「うまくできませんけれど、もう少しがんばってみます」

「リリナちゃんは本当に直向きなんだね。だから、リリナちゃんのことが好き」

「ありがとうございます、ルイミンちゃん。応援していてくださいね」


私と話をして迷いが消えたのかリリナは再びピアノに向き合った。


「あとはリリナちゃんの頑張りに任せるだけね」


私は音を立てないように後ずさりしながら音楽室から出て行く。

その間もピアノから軽快なメロディーが流れていた。


「結局、セレーネもリリナちゃんもみんながんばってる。何もしていないのは私だけだわ」


そう言っても仕方がない。

私の担当は振り付けだから楽曲が仕上がらないとできない。

振り付けは楽曲の世界観を表現しないといけないから楽曲がないとダメなのだ。


「あ~ぁ、何だか私だけ仲間外れみたいだな」


私は廊下をブラブラと歩きながら空いている教室を横目に見る。

みんな部活動をしている最中でワイワイ楽しそうにしていた。


「いいな~。私もまたリリナちゃん達とワイワイしたいな」


だけど、楽曲ができてからじゃないと無理だからもっと先になる。

ちょめ助だったらあっという間に作れるのだろうけれど今はいない。


「ちょめ助にお願いしようかな」


だけど、プロデューサーを降板させたのは私達だ。

今さらどんな顔をしてちょめ助に会ったらいいのかわからない。

それに私達が泣き縋ったらちょめ助は嘲り笑うだけだろう。

”やっぱり私がいないとダメじゃん”と言ってつけあがる。

ちょめ助の性格をよく知っている私だからわかるのだ。


「学校にいると虚しくなるだけだから街へ行こっと」


私は学校を出て王都の繁華街へ足を伸ばした。


「うへっ、帰宅部ばっか」


繁華街の大通りのあちこちに帰宅部がたむろしている。

やることがないから集まっているのだろうけどノラ猫みたいだ。

学校の制服を着ているからすぐにどの学校なのかわかる。


「どの学校も帰宅部が多いのね」


部活は推奨されているが絶対ではない。

だから、帰宅部になっても問題はない。

ただ、時間を持て余すことになるから大抵の人は部活に入るのが現状だ。


「なにも目標がないなんて悲しい過ぎるわ」


私は街で屯している帰宅部の人達を憐れむような目で見た。


私的に言えば帰宅部に入る人は廃人と同じだ。

何の目的もなく街を彷徨い時間を無駄に使っている。

そこに何の成果もないから全く意味がない。

それなのに飽きもせずに毎日毎日街を彷徨っている。

ノラ猫でさえ楽しみを探して彷徨っているのにノラ猫以下だ。


「生きていて楽しいのかしら」


張り合いのない毎日ほどつまらないものはない。

ただ、無駄に時間ばかりが流れて行くだけだ。

まるで窓辺に吊るされた風鈴のように風の吹くままになっている。

風鈴は風情があるけれど帰宅部の人には何もないのだ。


すると、屯していた帰宅部の人が睨み返して来た。


「うわっ、ガンを飛ばして来た。無視しよう」


触らぬ神に祟りなしだ。


私はいたって普通の人だからもめ事には巻き込まれたくない。

いじめられっ子になっていた経験があるから瞬発的に回避していた。


「おい、ちょっと待てよ」

「うわぁ~、話しかけて来ないでよ」

「おい、聞えてるんだろう」

「無視しよう。無視無視」

「待てって言ってるだろう」

「うわぁー、ごめんなさーい」


柄の悪そうな帰宅部の人が声をかけて来たので私は一目散に逃げた。


”君子危うきに近寄らず、逃げるが勝ちだ”


何も逃げ出すことは弱いからじゃない。

賢いから逃げることを選ぶ。

賢くない人はケンカを買ってしまい酷い目に合う。

自分の腕っぷしが強ければ勝つがそうでないと目もあてられなくなる。

それに柄の悪い連中は忘れないからまたターゲットにされてしまうのだ。


それは私がナコルにイジメられていたからよくわかる。


「ハアハアハア。何とかまいたようね」


私は柄の悪い帰宅部の人達をまいて裏路地に身を潜めた。


「もう、何で私ばっかり、こんな目に合わないといけないのよ。私はいじめられっ子じゃない」


いじめられっ子はいじめっ子がいるから存在するのであって、いなければ存在しない。

だからナコルがいなくなった今では私はもう、いじめられっ子じゃないのだ。


なのに柄の悪い連中から目をつけられるなんて。


「私のどこが悪いのかな。もしかして天性のいじめられっ子体質なの……んなわけないよね」


SやMはあると聞いたことがあるがいじめっ子なんて言う体質はない。

いじめられっ子が悪いのではなく、いじめっ子は自分が気に入らなければ誰にでも手をあげる。

だから、問題なのはいじめっ子の方なのだ。


辺りが静かになったので私は物陰から飛び出して大通りへ戻る。

そして壁に身を潜めながら大通りを見渡して柄の悪い連中がいないことを確認した。


「よかった。諦めて帰ったみたい」


再び私は来た方角と逆の方角の大通りを歩きはじめた。


しばらく進むと壁の色がピンク色に変わっていることに気づく。


「あれ?何であそこから壁がピンク色なのかな」


私はピンク色の壁に駆け寄って壁を見上げた。


「なになに、”ROSE夏フェス開催決定のお知らせ。来る8月30日、国立公園に集まれ”だって。何よ、これ」


壁に貼ってあったのは”ROSEの夏フェス”の告知ポスターだった。

”ROSE”のイメージカラーのピンクで染まっていて見るからに派手だ。

文字情報だけしか記載されていないので嫌でも情報が目に飛び込んで来る。


「こんなの街の景観を壊しているわ。公害よ」


私は壁に貼ってあった”ROSE”のポスターをはぎ取る。


すると、その様子を見ていた誰かが背後から声をかけて来た。


「ありがとう。はがれたんだな」


不意に後ろを振り返るとポスターを抱えたナコルが立っていた。


「ゲッ、ナコルじゃん」

「あっ、お前は」

「お前じゃないわ、ルイミンよ」

「そうだ、ルイミンだったな」


ナコルは思い出したように私を見て名前を呼んだ。


「へぇ~、話し方を前に戻したのね」

「今は清純派のアイドルじゃないからな」

「あなたはその方がいいわ。汚い言葉を使っている方が似合う」

「まあ、私もこの方が気楽でいいんだ」


ナコルは少し安心したような顔を浮かべながら、そう言った。


今まで偽りの自分を演じて来たからようやく解放されたのだろう。

いくら着飾っても所詮いじめっ子はいじめっ子でしかないのだ。


「それより、リリナちゃんは元気でやっているか」

「何であんたがそんなことを心配するのよ」

「一時期だったけれどいっしょに”ナコリリ”をやっていたからな」

「あなたのワガママで辞めたんでしょう。もう、リリナちゃんのことは忘れなさい」

「リリナちゃんには悪いことをしたと思っている。だから、謝りたいんだ」

「そんなのリリナちゃんは待っていないわ」


今さらだとしか思えない。

いくら悪気がなかったとしてもリリナを裏切ったことに変わりない。

それなのに上から目線でリリナのことを心配しているなんて恩着せがましい。

そんな薄情なやつはリリナに近づけてはいけないのだ。


「これ、リリナちゃんに渡してくれ」

「何のつもりよ」

「私の気持が書いてある」

「そんなの自分で渡せばいいでしょう」

「今さらだがリリナちゃんに会うのは怖いんだ。だから頼む」

「嫌よ。私は使いっ走りじゃないの」


ナコルは何を思ったのか手紙を渡して来た。

自分の気持ちが書いてあると言うがそんなものは関係ない。

ナコルがリリナちゃんを裏切ったことは絶対に消えない事実なのだ。


「頼むよ。ルイミンしか頼れる人はいないんだ」

「さんざん私をいじめたクセにいい気なもんね」

「悪かったと思ってる。だけど、償う方法を知らない」

「どんなに償ってもあなたのしたことは消えないわ」


私の心の傷はどうやっても癒すことができない。

ナコルを見ただけでビクッと震えてしまうぐらいだ。

いくらナコルが改心したとしても過去を消すことはできない。

一生いじめっ子として苦しんでいけばいいと思っている。


「過去は消えなくても未来は変えることはできるだろう」

「あなたの未来なんてどす黒いのよ」

「そうだったとしても、やれることはあるさ」

「開き直ったわね」

「これ、任せたからな」

「ちょ、ちょっと」


ナコルは私に手紙を預けて走り去ってしまった。


「何なのよ、あれ。ムシが言いにもほどがあるわ」


ナコルの手紙は質素なものでどこにでもある手紙だ。

封がしてあるので中は見えないがロクでもない文章だろう。

どうせ自分のことを擁護する言葉を並べているはずだ。


私はナコルの手紙の封を開けて中身を見た。


”リリナちゃんがこの手紙を読んでいると言うことは、ちゃんと手紙が渡ったんだな”

”まずはじめに言わせてくれ。裏切ってごめん”

”あの時はああするしか方法がなかったんだ”

”今さらって思っているだろうけれど私も苦しんだ”

”リリナちゃんといっしょにアイドルになれたのに、それを蹴ったんだから”

”だけど、リリナちゃんも新しいスタートをきれてよかったと思っている”

”私だけうまく行って、リリナちゃんはそうではなかったらいたたまれなかった”

”でも、リリナちゃんは私が思っていた通りのアイドルになってくれた”

”こんなに嬉しいことはない”

”これからも私達はライバル関係になるけれどよろしくお願いする”

”もし、この先でリリナちゃんに向き合える時が来たら会いに行くよ”

”それまではお互いに頑張ろうぜ”


「何よ、この一方的な手紙は。明らかに上から目線よね」


自分とリリナちゃんが対等な立場にいると勘違いしている。

ナコルなんてリリナちゃんの足元にも及ばないカスなのだ。


「こんな手紙はリリナちゃんに渡せないわ」


私はナコルの手紙をビリビリに破いて捨てた。


「はーぁ、スッキリした。これで証拠はないわ」


私はUターンして来た道を戻って行った。


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