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第百四十四話 ちょめ太郎の解剖実験

鏡に映った姿は信じられないものだった。

体がモジャモジャで覆われていて団子のようになっている。

言えば”まっくろころっけ”のモジャモジャ版だ。

目だけは見えるようになっているのがすごい。


「ちょっと何よこれ」

「それが今のちょめ太郎の姿だよ」

「信じられない。夢なら早く覚めて」

「それは無理だね」


ミクはあっさりと私の言葉を切り捨てる。

そこには微塵も優しさなどなかった。


「お姉ちゃん、モジャ太郎、起きたの」

「起きたよ」

「ちょっと聞き捨てならない言葉ね。モジャ太郎って何よ」

「ちょめ太郎の新しいあだ名だよ」

「勝手に変なあだ名をつけないでよ」

「だって、モジャモジャなんだもん」


ルイは悪びれた様子も見せずにさらりと言ってのける。


これだから子供は恐ろしく感じてしまう。

見た目のまんまの名前を遠慮なしにつけるから傷つく。

太っていたらデブとか、ハゲていたらハゲとかだ。

確かに間違ってはいないのだけど言葉にとげがある。

その言葉に傷つく人はどれだけいるのだと思っているのだろうか。


私だって”モジャ太郎”なんて呼ばれたら傷つくのだ。


「今まで通りちょめ太郎って呼んでよね」

「えー、モジャ太郎の方がいい」

「ダメよ。これは命令だからね」

「つまんなーい。せっかくいいあだ名を思いついたのに」


ルイは唇を尖らせながら体中で不満を表す。

だけど、そんなワガママは即却下なのだ。


「ちょめ太郎、これからどうするの」

「とりあえず、このモジャモジャから解放されないとね」

「なら、私が解剖してあげるよ」

「解剖って。私はカエルじゃないのよ」


ミクが予想もしていなかった提案をして来るので驚いてしまった。


解剖は理科の授業で必ず習う学習だ。

昔はカエルだったけれど最近はイカになっている。

イカは痛覚がないから痛みを感じないからだ。

おまけに解剖した後は調理して食べられる。

なのでどの学校でもイカの解剖を取り入れているのだ。


ただ、ミクは学校へ通ったことがないから解剖はしたことないはずだ。


「心配しなくてもいいよ。解剖は図鑑で見たことがあるから」

「ちょっと、そんなレベルで私を解剖しようっての。やめてよ」

「大丈夫だよ。痛くしないから」

「そう言う問題じゃない」


解剖経験のないミクに任せたらどうなるのかわからない。

最悪の場合、私はバラバラにされてしまうのだ。

そんなことは断じて受け入れられない。


「解剖ってなに?」

「ちょめ太郎の体をバラバラにする作業よ」

「ルイもやりたい!」

「じゃあ、いっしょにしよう」

「ちょっと、勝手にそんなこと決めないでよ」


ミクとルイはニコニコしながら意味ありげな視線を送って来る。

その瞳の奥には私をバラバラにしたい欲求が隠れていた。


「それじゃあ解剖の準備をしよう」

「おー!」


ミクとルイは机の引き出しを漁りながら解剖の道具を集める。


「ピンセットは必要ね」

「お姉ちゃん、ハサミは?」

「あった方がいいね」

「お姉ちゃん、カッターは?」

「カッターも必要ね」

「お姉ちゃんノコギリは?」

「ちょっと!もういいわよ!」


これ以上、ミク達に任せておくととんでもないことになる。

なにを根拠に道具を集めているのかまるで理解できない。


「必要な道具はピンセットで十分よ」

「それじゃあ解剖にならないよ」

「別にミク達に解剖して欲しいなんて頼んでないの。このモジャモジャを何とかしてほしいだけよ」

「なら、ピンセットを使って一本一本解いて行くの」

「そうよ。それ以外ないでしょう」

「面倒くさいな。いっそうのことハサミで切っちゃえば」

「バ、バカなことを言わないで。このモジャモジャがどうなっているのかわからないのよ」


モジャモジャがただの毛なのか、神経なのかはわからない。

もし誤って神経を切ったら死んでしまうことさえあるのだ。

ちょめ虫がどう言う生き物なのかわからないうちは迂闊なことをするものではない。


「だってさ。ルイ、やる?」

「面白そうだからやってみる」

「じゃあ、お姉ちゃんはちょめ太郎を押さえておくね」

「本当に大丈夫なの、ルイ。やめるなら今のうちよ」

「大丈夫だよ。絡まった糸をほどくの、けっこう好きなんだ」


ルイはピンセットの先をパチパチさせながらニンマリと笑みを浮かべた。


きっと家でやることがないから絡まった糸を解いていたのだ。

ママの趣味は編み物だから毛糸がよく絡まるのだろう。

その度にルイに解いてもらうようにお願いしているのだ。


「じゃあ行くよ」

「うぅ……何だか緊張する。優しくしてね」


ルイはモジャモジャにピンセットを潜らせると一本だけつまみ取る。

そして引っ張って絡まり具合を確認してから一本ずつ解いて行った。


「う~ん、絡まっていて難しい」

「隣の毛に絡んでいるんだよ」

「わかっているんだけどうまくできない」

「ちょっと、自信があるんじゃなかったの」

「だって、ママの時はもっと太い毛なんだもん」


ルイは困惑した表情を浮かべてモジャモジャと葛藤している。


確かに体毛と毛糸では雲泥の差がある。

私の毛は人間の髪の毛の太さだから解くのは大変だ。

おまけにカールがかかっていてモジャモジャしているからなおさらだ。

まるでおまたに生える毛のような感じの毛だ。


「ルイ、今度はお姉ちゃんがやるわ」

「お願い」


ミクはルイからピンセットを受け取るとモジャモジャを対峙しはじめる。

毛先を見つけてから、その毛を辿ってモジャモジャをほぐす。

ただ、絡まり方が尋常じゃないのですぐに毛を見失ってしまう。


「あ~ん、見失っちゃった」

「難しいでしょう」

「すごく難しい」

「でも、諦めないわ」


ミクのやる気は買うがいつになったら終わるのかわからない。

はじめてから10分も経つのに、まだ一本も解けていないのだ。


「ねぇ、ルイ。もう一つピンセットを持って来て」

「うん、わかった」


ミクは毛をピンセットでつまみながらルイに指示を出す。

ちょうどいいのかピンセットを動かさずに固定させていた。


「持って来たよ」

「なら、そこの毛をつまんで持ち上げて」

「こう?」

「そうそう。そのままにしておいてね」


ミクはルイが持っている毛の周りを回すように自分の持っている毛を移動させる。

すると、絡まりがとれて毛がピンと伸びた。


「やったー!解けた!」

「やったね、お姉ちゃん」

「ふわぁ~、一本解くのに何十分かかっているのよ。終わるまでに日が暮れちゃうわ」

「そんなこと言わないでよ。ちょめ太郎のためにしているんだから」

「お姉ちゃんの言う通りだよ。モジャ太郎は応援してて」

「またモジャ太郎って言った。私はちょめ太郎でモジャ太郎じゃないわ」


まあ、どっちもどっちって気がしないわけでもない。

ちょめ太郎とモジャ太郎の差は”ちょめ”が”モジャ”の差なのだから。


「ルイ、この調子でいくよ」

「うん」


それからミクとルイは私のモジャモジャを対峙していた。

その間は暇なので私はついウトウトして眠ってしまう。

ただ、時々毛を強く引っ張られるので痛みで目を覚ましていた。


「もう、1時間経ったわよ。終わったの?」

「まだ、半分も終わってない」

「ちょっと真面目にやってる?」

「やってるよ。ただ、モジャ太郎のモジャモジャがすごいんだよ」


私が心ないことを言ったのでルイはムキになる。

私のためにやってくれているのに今のはマズかったと思った。


「ちょっと疲れたから横にして」

「いいけど、すぐに元に戻っちゃう」

「もしかして”起き上がりこぼし”になっているわけ」

「”起き上がりこぼし”って?」

「だるまのようなものよ」

「ふ~ん、だるまか。今のちょめ太郎みたいだね」


上からモジャモジャを解いて行ったので下側が重くなているみたいだ。

そのため横に倒してもすぐに元の位置に戻ってしまう。


「あと半分とちょっとだから我慢して」

「わかったわ。今の私には何もできないものね。ミクとルイに任せるわ」

「素直でよろしい。それじゃあ、お姉ちゃん、続きをはじめよう」


それからミクとルイは2時間半かけて私のモジャモジャを解いた。

ほぐし終わるとミクとルイは大手を広げて床に大の字になった。


「ふぅ~、やっと終わったわ」

「ルイ達、頑張ったね」

「お勉強より難しかったね」

「うん。”ちょムズ”」


そんな言葉をどこで覚えたのかは今は問わないでおこう。

ミクとルイの活躍で私はモジャモジャ地獄から解放された。


「ようやくこれで動けるようになったわ」

「だけど、すごい毛ね」

「全部、お尻から生えてる」

「ミク、鏡で映してみて」

「いいよ。はい」

「どんだけー!ボーボーじゃん」


どこかで聞いたことのある台詞を吐いて驚く。

鏡に映った姿はお尻の毛がボーボーになっている状態だった。

まるで一昔前のビジュアル系ロックバンドの髪の毛のようになっている。


「あ~ん、こんなのじゃ恥ずかしくて表を歩けないわ」

「どうする?全部切っちゃう?」

「そうよね。それしか方法はないよね。だけど、毛を切ったらどうにかなってしまうかも」


体毛であることはわかるが切ってもいい毛なのかそうでない毛なのかわからない。

もし、ざっくりと切って体に不調が出たら取り返しがつかなくなる。

この世界にもちょめ虫専門の病院なんてないのだ。


「切っちゃおう」

「簡単に言わないでよ。これは私の毛なのよ」

「ちょめ太郎のお尻の毛だけどね」

「どうしようかな……切っちゃおうかな……」


答えの出ないことだけに簡単には決められない。


「なら、1本だけ切ってみて様子を見ればいいんじゃないかな」

「そうね、1本ぐらいなら大丈夫かもしれないわ」

「それじゃあ、切ってみるね」

「優しくしてね」


ミクはハサミを持って来て毛を一本だけ間に入れる。

そしてゆっくりとハサミに力を入れて毛を切った。


「切ったよ」

「そう?何も感じなかったわ」

「大丈夫みたいね」

「そうみたい。よかった」


これで心おおきなくお尻から生えている毛を切れる。

体に変化は見られないし、どうやら切ってもいい毛のようだ。


「なら、残りの毛もきっちゃおう」

「お任せするわ」


ミクとルイはハサミで私のお尻の毛を切りはじめた。

はじめはざっくり、残りはちょこちょこ。

まるで散髪をしてもらっているかのように切られた毛がボトボトと床に落ちた。


「終わったよ」

「だいぶお尻が軽くなったわ」

「でも、ジョリジョリだね」

「これ以上はハサミで切れないからしかたないよ」

「今度はジョリ太郎だね」

「また、変なあだ名をつけないでよ」


お尻を鏡に映してみるとその理由がよくわかった。

例えるならば昭和の高校野球少年の頭そのものだ。


「あ~ん、せっかくモジャモジャを切ってもらったのにまた恥ずかしい格好になっちゃったわ」


お尻がジョリジョリしているだなんて笑顔で表を歩けない。

きっと私のお尻を見た人はクスクス笑ってバカにするだろう。


「ねぇ、ミク、何とかしてよ」

「もう、やれることはやったよ」

「これからはジョリ太郎って呼ぶね」


ルイは悪びれた様子もなくさらっと言ってのける。

これから”ジョリ太郎”として生きなければならないのは辛い。

女子なのにお尻がジョリジョリしているだなんて。

だったら、”モジャ太郎”の方がマシだ。


「あっ、そうだ。パパの髭剃りで剃ってよ」

「勝手に使ったらパパに怒られるよ」

「黙っていればわからないって。もう、他にそれしかないのよ」

「しょうがないな~」

「神さま、仏さま、ミクさま。持つべきものは親友だわ」

「なら、ちょっと待ってて。洗面台から持って来るから」

「ついでにシェービングクリームがあったらよろしくね」

「わかった」


ミクはおつかいを頼まれるとドタドタ階段を降りてパパの髭剃りを取に向かった。


「けど、もったいないね。このジョリジョリ、結構クセになるから」

「私のお尻で遊ばないでよ」

「だって、気持ちいいんだもん」


こんな会話を傍で聴いている人はどう思うだろうか。

お尻で遊んで気持ちいいだなんてエッチなことをしているとしか思えない。

しかも、年端もいかない少女が言っているのだからマニアにウケるだろう。


そんなバカなことを考えているとミクが髭剃りを持って戻って来た。


「持って来たよ」

「それじゃあ、シェービングクリームを私のお尻に塗って」

「どのぐらい?」

「お尻が隠れるぐらい」


ミクは指示通りに私のお尻にシェービングクリームをつける。


「終わったら髭剃りでジョリジョリを剃ってね」

「何だかドキドキするね」

「ルイもやりたーい」

「これは遊びじゃないのよ。ミクに任せておきなさい」

「ブー。ルイもやりたかったのに」


私がルイの提案をズバッと切り捨てるとルイはブー垂れる。

だけど、ここで甘やかしてはいけない。

デリケートなお尻の毛を剃るのだからミクじゃないとだめなのだ。


「じゃあ、剃るよ」

「優しく・し・て・ね」


ミクは私のお尻に髭剃りをあてると毛を削ぎとるように動かす。


「うわ~、よく剃れる。つるつるになっちゃった」

「その調子で残りのジョリジョリも剃って」

「ルイもやりたい」

「ダメだよ。ちょめ太郎がそう言っているんだから」

「お姉ちゃんばかりズルい。ルイだってつるつるしたいもん」


ルイはここぞとばかりにワガママを言ってミクを邪魔する。

髭を剃るなんて女子は一生経験することがないから興味が深いのだろう。

だけど、ルイに任せて、もし私のお尻に傷がついたらいたたまれない。

髭剃りは安全に出来ているけれど使い方で凶器にもなるのだ。


「ねぇ、ちょめ太郎。ルイにもやらしてあげてもいい」

「ダメよ。もし、私のお尻に傷がついたらどうするの」

「ルイ、そんなことしないもん」

「ちょめ太郎、ルイもこう言っているんだよ」

「ダメ。絶対にダメだからね」

「ブー。なら、強行突破だ」


そう叫ぶとルイはミクの手から髭剃りを奪い去る。

そして髭剃りを私のお尻にあててジョリジョリを剃った。


「あーん、もう」

「うわぁ~、気持ちいい」

「あーあ、やっちゃった」

「もう、横にだけは動かさないでよね」


その後もルイは残りのジョリジョリを髭剃りで剃ってしまった。


「できたー」

「もう、ヒヤヒヤものだわ」

「けど、よかったじゃん。お尻には傷がついていないよ」


ミクは私のお尻を優しく撫でて傷がないことを確認する。


「髭剃りが終わったらクリームを塗ってね。でないと肌荒れしちゃうから」

「やっぱ髭剃り用のクリームがいいのかな」

「ルイ、取って来る」


満足したルイはドタドタ階段を降りて髭剃り用のクリームを取りに行った。


「持って来たよ」

「なら、クリームを薄くのばしてお尻に塗って」

「このぐらいでいいかな」

「ルイも塗りたい」

「今度はいいわよ」


ミクとルイは手のひらにクリームを乗せると手をこすり合わせて伸ばす。

そして、その手を私のお尻にあててもみほぐすようにクリームを塗った。


「アハハハ。くすぐったい」

「ちょめ太郎、動かないでよ」

「だって、くすぐったいんだもん」


私の感度が高いのかミク達のテクニックがうまいのかはわからない。

ただ、横腹をコチョコチョされるような感覚がお尻にしていた。


「ちょめ太郎のお尻って柔らかいね」

「プニプニしてる」

「これでもピチピチの10代だからね」

「今はちょめ虫でしょう」

「ちょめ虫だけど元の私のお尻も柔らかかったのよ」

「どうだか」

「あー、信じてない。なら、今度、お尻の柔らかさ比べをしようじゃない」

「やだよ、そんなこと」

「ルイ、やる」

「なら、決まり」


と言うことで今度、暇をみてお尻の柔らかさ比べをすることになった。


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