第百四十二話 お風呂で女子会
お風呂に入ってから、まずはかけ湯をして汗を流す。
そして体を洗ってから湯船に浸かるのだが今日は時間を稼ぐため湯船に浸かった。
今頃、ミクのパパとママはダイニングでイチャついている頃だろう。
「ふぅ~、気持ちのよい湯加減だわ」
「ねぇ、ちょめ太郎。王都で何をしていたの?」
「いろいろとね」
「いろいろってどんなこと?」
「にらせんべい屋をやったり、アイドルバトルをしたりよ」
「ねぇ、ちょめ太郎。その話を聞かせてよ」
「たいした話じゃないわよ」
「それでもいい」
「ルイも聞きたい」
ここまで期待されて話さないわけにもいかない。
私は王都でのできごとをミク達に話して聞かせた。
「へぇ~、そんなことがあったんだ」
「まあ、大した儲けにならなかったけどね」
「でもすごいじゃん。お店をオープンさせるなんてさ」
「ルイもにらせんべい食べてみたい」
「今度、作ってあげるわ」
「やったー!!」
ルイのように無邪気に喜んでくれると作り甲斐がある。
王都ではにらせんべいはそれなりにウケていたけれどブームになるほどではない。
なのでもっと売上を伸ばすには何らかの策が必要だ。
まあでも、しばらくは王都に行かないけれど。
「アイドルバトルの方はどうだったの?」
「もちろん私達の勝ちよ。アーヤなんか目じゃないわ」
「あの曲を披露したのね」
「そうよ。渾身の力を込めて作った曲だから、誰にも負けないわ」
”春恋別れ”ははじめのアイドルバトルに負けてから作った曲だ。
アーヤに負けたことが悔しくて本腰を入れて楽曲作成にあたった。
おかげで自分でも驚くぐらいのクオリティに仕上がった。
ファーストシングルが”ぱんつの歌”だっただけにギャップがウケたのだろう。
だけど、もうプロデューサーを降りたから次の楽曲を作るつもりはない。
「あとはルイミン達3人の努力で頑張って行くのよ」
「何のこと?」
「何でもない。こっちのこと」
「?」
ミク達は不思議そうな顔をして私を見つめた。
あとはルイミン達3人の力で頑張って行くだけだ。
そこに私の入る隙間はない。
「アイドルバトルって面白そう。ルイもやってみたい」
「ルイはアイドルじゃないでしょう。無理よ」
「なら、アイドルになる」
「そう簡単にアイドルになんかなれないわよ。ねぇ、ちょめ太郎」
「そうね。アイドルになるには日々の努力が不可欠だからね。ルイのように遊んでばかりじゃなれないわ」
「じゃあ、ルイ、努力する。努力してアイドルになる」
そう簡単に言ってくれるけれどアイドルになるのは大変だ。
歌もダンスも覚えないといけないし、キャラ作りも必要だ。
おまけに応援してくれるファンにはファンサービスをしなければならない。
たとえ嫌なファンであっても断ることはできないのだ。
アイドルは言葉の通りファン達の偶像だから自分勝手なことができない。
ファン達が求めているような人物像にならないといけないから大変だ。
傍から見るとキラキラしていて楽しそうだが裏を見たら火の車状態。
あのアイドルの笑顔の裏には並々ならぬ努力と汗と情熱が隠れているのだ。
ルイはアイドルに憧れている段階だからアイドルになれないだろう。
「ルイ、そう簡単にアイドルになんかなれないのよ」
「そんなことない。ママが努力をすればなんにでもなれるって言っていたもん」
「それは努力をすることは大切だって教えているだけよ」
「ルイはアイドルになるもん。もう、決めたんだから」
ミクが諭してもルイは聞く耳を持たずに意地を張る。
それは自分でもアイドルになれないと感づいているからだろう。
ルイは病気のせいで家からでることができないからアイドルにはなれない。
ましてやみんなと同じように学校にも通えないのだ。
ミクはあと2年すれば学校に通うようになる。
そうなったらルイはひとりぼっちになってしまう。
「なら、またPVを作成してネットにアップしてみる?」
「やる、やる。やりたい」
「それならまた時間を作ってやろう」
「やったー!!嬉しいなったら嬉しいな」
ルイはご機嫌になりながら鼻歌を歌って喜ぶ。
それだけルイにとってアイドルと言う存在は大きいのだろう。
「ちょめ太郎、そんな約束をしていいの?」
「構わないわ。どうせやることがないんだし」
「そうじゃなくて。だんだんとルイの要求が大きくなっちゃうよ」
「別に構わないわよ。何かしてあげないとルイが可哀想だからね」
ルイは病気のせいで太陽の下で思いっきり遊ぶことができない。
おまけに家から出られないからまったく外の世界を知らない。
以前に転移の指輪を使ってファンシーショップに行ったことはある。
だけど、お店の外には出なかったら街がどんな風になっているかも知らない。
できることなら街を案内してみたいけれどできないのだ。
「ねぇ、ちょめ太郎。”春恋別れ”ってどんな歌なの?」
「春に失恋をした主人公の心情を描いた曲よ」
「ちょめ太郎、失恋ソングも書けるんだ」
「あたり前じゃない。私を誰だと思っているのよ」
「てっきり”ぱんつの歌”しか書けないかと思っていた」
「”ぱんつの歌”はいつまでもくっついて来るのね。ガックシ」
私は大きく項垂れて物乞いをするようにミクを見つめた。
まあ、それは自業自得なのだけれどいい加減忘れてほしい。
”ぱんつの歌”は並々ならぬ努力の末に生まれた楽曲なのだ。
けっして冗談を言うつもりで書いたわけじゃない。
だけど、”ぱんつの歌”なんてインパクトが強すぎるから頭に残ってしまっている。
きっとこれから先も”ぱんつの歌”のことを延々と言われ続けるのだろう。
「後で聴かせてよ」
「いいわよ。今度のは自信作だからね」
私だって本気を出せば失恋ソングを書けるのだ。
次回はまた違った視点からサードシングルを作成するつもりだ。
ただ、”ファニ☆プラ”のプロデューサーを降りてしまったから発表する機会もないが。
「で、アイドルバトルの結果はどうだったの?」
「もちろん私の勝ちよ。アーヤになんて負けるはずはないわ」
「ルイも見て見たかったな、アイドルバトル」
「それはちょっと難しい要求ね。基本、アイドルバトルは屋外でやるから」
「屋内でやるアイドルバトルはないの?」
「ないこともないけれどお客がぐんと少なくなるからね。盛り上がりに欠けるわ」
やっぱりアイドルバトルは屋外の広い場所で開催した方がいい。
その方が多くのファンが集まってくれるからライブがすごく盛り上がる。
それにステージに出ているアイドル達も気分が上がるから、いつも以上のパフォーマンスができるのだ。
アイドルバトルはアイドル達をまた一段上にあげてくれる重要なイベントなのだ。
「じゃあ、ルイは見れないね。悲しい」
「そんな顔をしないでよ。アイドルバトルだっていろんな形があるの」
「リアルじゃなくてバーチャル空間でやるアイドルバトルもあるの」
「バーチャル空間?」
「ようはネットの中よ」
「???」
インターネットの仕組みを知らないルイ達に言ってもピンと来ない。
不思議そうな顔をしながら私が言った言葉を理解しようとしていた。
「う~ん、なんて言うのかな。遠く離れた場所でライブをする感覚よ」
「お外に出たことないからわからない」
「とにかくここじゃなくて別の場所でライブをすることね」
「出張ライブみたいなもの?」
「まあ、そんなところね」
今さらインターネットのわからないミクやルイに説明しても無意味だ。
正しく理解できないだろうし、言いたいことも全く伝わらないのだから。
私だってあっちの世界に生まれていなかったらネットなんて知らなかっただろう。
「ちょめ太郎の言っていることはわからないけれどアイドルバトルはできるのね」
「直接、バトルをするわけじゃないから実感はわかないだろうけどね」
「どうやってアイドルバトルをするの」
「ルイが歌っている動画を撮影してネットにアップするだけよ」
「じゃあ、この前にPVを撮影したみたいにすればいいのね」
「そう言うこと。簡単でしょ」
アイドルバトルはあっちの世界でも頻繁に行われている。
シーズンごとにアイドルバトルがあってアイドル達が競い合っている。
そうすることでアイドル自身のレベルもアップするから参加するアイドルは多い。
おまけに勝利を掴むまでのヒストリーを追えるからファン達の間で流行っているのだ。
こっちの世界でのアイドルバトルは私とアーヤしか参加していないから規模はまだまだ小さい。
だけれど、アイドルと言う存在が大きくなればおのずとアイドルも増えるので活気が出るだろう。
いわば私達は流行の最先端を走っているのだ。
「明日、PVの撮影をしようよ」
「いいわよ。どうせやることもないしね」
「なら、決まり。楽しみだな~」
ルイは機嫌をよくしてルンルンしながらお風呂に浸かっている。
退屈な日常に新しい楽しみが生まれたので嬉しいのだろう。
とかくミクの家にいても何もすることがない。
できることと言えば精霊の森を探検することぐらいだ。
ただ、ルイは外に出れないからもっとつまらないだろう。
だから、楽しみが増えただけですごく喜ぶのだ。
「ふぅ~、ちょっと温まり過ぎたかな。のぼせちゃいそう」
「私も。ちょっとクラクラする」
「ルイも」
お喋りに夢中になっている間に体はだいぶ温まったようだ。
私達は湯船から出て椅子に腰を下ろしてじっとする。
今動くと倒れてしまいそうだったのでそうしたのだ。
「ちょっと冷水で覚ました方がいいかもね」
私はテレキネシスを使ってシャワーを取るとノブを冷水に合せる。
そしてノブをひねってシャワーから冷水を出した。
「ウヒャッ。冷た~い」
「私にもかけてよ」
「冷たいよ」
「キャッ。冷た~い」
「ルイにも」
「ほれ」
「冷たーい」
まるでキンキンに冷えている冷水を浴びたかのような感覚に襲われる。
それはそれだけ体の方が温まっていたから余計冷たく感じたのだろう。
ただ、しばらく冷水をあてていると体が慣れて来て少しずつ熱が冷めて行った。
「あまりかけ過ぎると体が冷えちゃうから、これぐらいね」
「ふぅー、ふぅー、ふぅー」
「冷たかった」
ミクとルイの肌は柔肌だから私よりも冷水の冷たさを感じたのだろう。
よく見ると鳥肌が立っていて肌がピンク色に染まっていた。
「それじゃあ、体を洗ってからまたお風呂に入りましょう」
「なら、みんなで背中を流しっこしよう」
「ちょめ太郎が先頭ね」
と言うことで私、ルイ、ミクの順番に並んで背中を向ける。
そしてボディーソープを手のひらにたっぷりと乗せた。
「ルイがちょめ太郎の背中を流すからお姉ちゃんはルイの背中を流してね」
「いいわよ」
「お願いね」
ルイは私の背中を洗い、ミクはルイの背中を洗う。
そして背中の全体を洗い終わると今度は逆向きになる。
「今度は私がルイの背中を洗う番ね」
「ルイはお姉ちゃんの背中を洗うよ」
「ゴシゴシ洗ってね」
私はテレキネシスを使ってルイの小さな背中に泡をつける。
その後で垢すりを取ってルイの背中をゴシゴシと洗った。
思いのほかルイの背中は小さかったのですぐに終わった。
「お湯をかけるよ」
「いいよ」
私は桶にお湯を掬ってからルイの背中の泡を洗い流す。
ルイも同じようにお湯を掬ってミクの背中を洗い流した。
「うぅ~、気持ちいい」
「ルイ、背中を流すのがうまくなったね」
いつもミクとルイの二人でお風呂に入っているからうまくなったのだろう。
ルイは少し嬉しそうな顔をして頬を赤らめた。
「それより、ミク。お胸が少し大きくなったんじゃない」
「そうかな」
「ちょっとだけど大きくなっているよ」
「いいな~、お姉ちゃん。ルイも大きくなりたい」
ルイは自分の脇の肉を引っ張ってお胸を膨らませる。
しかし、そうしてもペチャパイなので見ていられなかった。
「ルイはまだまだ先よ」
あと4年は何も変化がないだろう。
大人の体に変化しはじめるのは10歳前後と言われているぐらいだから。
ミクは今、10歳だから適齢期に入ったのだ。
これからの成長が楽しみだ。
みるみるうちに大人の体に代わって行くだろう。
14歳の私も経験して来たことだからよくわかるのだ。
そんなことを話しているとルイが思わぬことに気がついた。
「あーっ、お姉ちゃん。おまたに毛が生えてる」
「やーん、そんなところ見ないでよ。気にしているんだから」
ルイの言葉を聞いてミクのおまたを見るとちょろっと1本だけ毛が生えていた。
「剃っちゃえば」
「それもそうね」
「ダメよ、そんなことしちゃ。もっと毛が濃くなるわよ」
体毛は剃ると濃くなると言われている。
本当か嘘かしらないけれど常識だ。
ただ、なんで濃くなるのかまでは知らない。
「本当?なら、剃らない」
「それが正しいわよ。今よりもモジャモジャになったら恥ずかしいのはミクだからね」
「なんでおまたがモジャモジャになるの?」
「それは大人の体に代わるからよ。ママのおまたもモジャモジャしているでしょう」
「うん。スゴモジャ」
なんでおまたに毛が生えるのかまでは知らないが大人になると生えて来る。
とりわけ10代になると毛が生えはじめるので最初は戸惑ってしまう。
他の人に知られるのが嫌だから剃ってしまう人もいるのだ。
ただ、それをすると余計に毛が濃くなると言われている。
だから、無闇矢鱈と毛は剃らない方がいい。
「おまたに毛が生えて来たと言うことはミクの体が大人になりはじめている証拠よ」
「いいな~、お姉ちゃん。ルイもモジャモジャしたい」
「ルイはまだまだ先よ」
ルイの場合はモジャモジャしたいと言うより大人になりたいのだろう。
家族の中では一番幼いから普段から子ども扱いされている。
それがルイには納得できなくて早く大人になりたいと思ったのだ。。
「ちょめ太郎も元の姿の時はモジャモジャしていたの?」
「それなりにね」
「そうなんだ」
「だから心配しなくていいのよ」
いっぱしのモジャモジャになるのは20歳になってからだ。
その後も年を追うごとにモジャモジャが広がりはじめる。
だから、女子は脱毛サロンに通っているのだ。
ぱんつからモジャモジャがはみ出ていたら恥ずかしいからだ。
ただし永久脱毛する人は少数派だ。
やっぱり気持ち的にちょろっとだけ残しておきたい。
その方が恥ずかしくないからだ。
「お喋りは終わり。湯船に浸かって温まったらお風呂を上がるわよ」
「ちょっと待って。ちょめ太郎のお尻から毛が生えてる」
「うわぁ~、本当だ。ちょろっと一本生えてる」
「止めてよ。私は人間じゃないのよ。毛だなんて」
私は後ろを振り返りながらお尻から生えている毛を見る。
しかし、ちょうど真後ろにあるので全然見えなかった。
「これってちょめ太郎も大人になるってことなの?」
「わからない。ちょめ太郎は虫だし」
「引っ張ってみようか」
「イタッ!ちょっと、お尻の毛を引っ張らないでよ」
「痛かった?」
「あたり前じゃない。デリケートなお尻から生えている毛なのよ」
通称、ケツ毛とも言う。
ただ、ミク達のようなケツ毛ではなくちょめ虫のケツ毛なのだ。
だから、そんなに恥ずかしがらなくてもいい。
虫なんて体中に毛が生えているものなのだから。
「きっと何かの前兆なんだよ」
「何かって何よ」
「ちょめ太郎が大人になるんだからまずはさなぎになるんじゃない?」
「さなぎ?」
「その後で羽化して蝶になるんだわ」
「それはそうかもね。私って青虫だし」
ちょめ虫は見た目が青虫に似ているから青虫の系統なのだろう。
だから、さなぎになった後は羽化してキレイな蝶になるのかもしれない。
青虫は蝶の幼虫だから大人になると蝶になるのだ。
「どんな蝶になるのかな」
「蛾じゃない」
「ちょっと、ルイ。そんな悲しいことを言わないでよ」
蛾も青虫みたいな幼虫から生まれるから蛾の可能性もある。
ただ、蛾の幼虫だったらもっと模様がついいていたはずだ。
でないと蝶の幼虫と見分けがつかなくなるから大変になる。
私の体にはこれと言った模様がないから蛾ではないはずだ。
きっとモンシロチョウのような系統の蝶なのだろう。
「ちょめ太郎も大人になるんだね」
「何だか嬉しいような悲しいような複雑な気分だわ」
「ちょめ虫のままの方がいいの?」
「うん。この体との付き合いは長いし、それなりに思い入れもあるからね」
はじめはちょめ虫にされてからは絶望ばかり抱いていた。
それは元のカワイイ美少女がちょめ虫になってしまったからだ。
それもこれもちょめジイのせいなのだけど文句を言ってもはじまらない。
ちょめ虫になった以上、元の姿に戻るためには”カワイ子ちゃんの生ぱんつが100枚”必要なのだ。
だけど、この体になったことでいろんな出会いもあった。
悪いこともあったけれどミク達やルイミン達と友達になれたのは嬉しい。
真っ黒だった心に虹がかかったような気持になれたからだ。
今ではちょめ虫であることに自信を持っている。
この姿が今の私なのだと。
「明日が楽しみだね。ちょめ太郎、どうなっているのかな」
「普通の蝶だと一日で羽化するから今晩が見頃よ」
「なら、ルイ、寝ないで徹夜する」
「起きていられる」
「大丈夫だよ。眠くないもん」
すっかりミク達は夜通し私の羽化を観察するつもりでいるようだ。
お尻に毛が生えて来たからと言って羽化するとは決まってはいない。
もしかしたら体毛がちょっと伸びただけかもしれない。
ペットのようにお手入れはしていないからだ。
「もう、私が羽化するって決まったわけじゃないのよ」
「絶対、羽化するよ。だって、今までにそんなことなかったもの」
「ルイはそのつもりだから説得しても無駄だよ」
「全く。これだから子供ってやつは面倒くさいのよ」
夜中、ルイ達に観察されていたら眠れるものも眠れなくなる。
さぞかしルイ達は楽しいだろうが私にとってはいい迷惑だ。
夜更かしするとお肌によくないからたっぷりと眠りたいのだ。
「じゃあ、そろそろ上がろうか」
「うん」
「全く。これから地獄のような時間がはじまるんだわ」
ミクとルイはお風呂から上がると楽しそうに体を拭きはじめる。
私はひとり重い空気を漂わせながらお風呂から上がった。