第百三十九話 イメージの一新
2週間は短くもあり長くもある時間だった。
すべて私が用意した新曲の練習にあてた。
ダンスの振りつけはリリナ達に一任した。
それは実際に歌う本人が考えた方がいいからだ。
おかげでオリジナルの振り付けが完成した。
「やれることはやったわ。あとは本番を迎えるだけよ」
「何だか緊張する」
「久しぶりの路上ライブですからね」
「にらせんべい屋も楽しかったですけれど、やっぱりこっちの方があっていると思います」
リリナは嬉しいことを言って来るがそれは建前だろう。
”にらせんべい屋が好き”だなんて私に気を使っているとしか思えない。
実際ににらせんべい屋をやっていても笑顔がなかったからだ。
「けど、うまくできるかな」
「2週間みっちり練習したので大丈夫ですわ」
「そうだよ、ルイミンちゃん。うまくいくかじゃなくてうまくいかせるんです」
さすがは経験の多いリリナだけのことはある。
これまでにも何度もルイミンのような気持になったことがあるからだろう。
「リリナの言う通りよ。このライブにはアーヤとの勝負がかかっているんだから成功させるのよ」
「余計なプレッシャーをかけないでよ、ちょめ助」
「このぐらいのプレッシャーにまいっているようじゃ本物のアイドルにはなれないわよ」
アイドルとしてステージに上がる以上、100%のパフォーマンスをしなければならない。
それにプロとかアマチュアとか関係なくて全力でファン達を元気にさせるのだ。
それがステージに立つものの使命だ。
「ルイミンちゃん、私達ならできますよ」
「リリナちゃん……そうだね。私達ならできるよね」
「できますわ。全力でファンのみなさんを元気にしましょう」
プレッシャーを感じているルイミンの手を握ってリリナは励ます。
すると、ルイミンの迷いも薄らいでやる気が湧き上がって来た。
「それじゃあ、会場入りするわよ」
私が先頭になり会場となるクジラ公園に入って行く。
「うわぁ~、すごい人」
「普段の路上ライブよりも、ファンが多いですね」
「こんな規模のライブをするのははじめてですわ」
クジラ公園の隙間がないぐらい”ファニ☆プラ”ファン達が集まっている。
それは普段の路上ライブの数倍の客入りだった。
「”ファニ☆プラ”も有名になったわね。いい傾向だわ」
「すごく緊張して来た。ちょっとトイレに行って来る」
「私も」
「ちょっと、トイレなんて最初にすませておきなさいよ」
そんな私の言葉を聞くことなくルイミンとリリナはトイレに行ってしまった。
「全く。セレーネは行かなくていいの?」
「私は慣れていますから」
「さすがはセレーネね。プロレイヤーの貫禄かしら」
「このぐらいでビビッていたら最高のパフォーマンスはできませんからね」
その言葉はプロレイヤーとして最先端を走って来たセレーネしか言えない。
セレーネもどことなく誇らしげで逞しく見えた。
「ところで、ちょめ助くん。相談があるんですけど」
「なに、相談って」
「アイドル活動をはじめてから5ヶ月経ちました。約束ではあと1ヶ月でアイドル活動を止めることになります」
「そう言えばそうだったわね」
「私、”ファニ☆プラ”は好きですし、正直言うとやめたくありません。けれど、レイヤーとしての活動も再開しないといけないんです。私はどうしたらいいでしょうか?」
「難しい質問ね。プロデューサーの私とすればセレーネにやめてほしくないわ。けれど、約束は約束だからね」
正直、セレーネを失うことは惜しい。
せっかく”ファニ☆プラ”として軌道に乗りはじめていたからだ。
もし、約束どおりセレーネがやめたら新しいメンバーを入れないといけない。
リリナとルイミンの2人だけでは”ファニ☆プラ”は荷が重いだろう。
「私がやめたあとどうするつもりなんですか」
「セレーネの代わりはできないけれど新しいメンバーを入れるしかないわ」
「新しいメンバーですか……」
セレーネは少し寂しそうな目をして視線を落とした。
「セレーネ、これだけは言っておくわ。いつでも戻って来ていいからね」
「ちょめ助くん」
「リリナとルイミンとセレーネの”ファニ☆プラ”は世界にひとつしかないんだからね」
「ありがとうございます」
私の言葉を聞いてセレーネの迷いが吹っ切れたようだった。
とは言うものの、残り1ヶ月の間に新メンバーを探さないといけない。
セレーネがやめてから探しても遅いから前もって準備を進めておくのだ。
けれど、セレーネは”ファニ☆プラ”の中で確固たる地位を築いたから代わりを探すのは大変だろう。
だから、セレーネの代わりを見つけると言うよりも新しいメンバーを見つける方にした方がよさそうだ。
新生”ファニ☆プラ”を誕生させたら、また新しいページをめくれるはずだ。
そんな話をしているとトイレに行ったルイミンとリリナが戻って来た。
「お待たせ」
「もういいの?うんちをして来てもいいのよ」
「そんなのしないよ」
「恥ずかしいことを言わないでください」
私が冗談を言うとルイミン達の緊張は解けた。
「それじゃあ楽屋へ向かうわよ」
私達は会場の裏口を通って楽屋に入った。
「うわぁ~、何これ。お花が飾ってある」
「これ、ファンのみなさんがくれたものです」
「”リリナちゃん、ファン一同”だって。さすがね」
「そんなことないです。セレーネちゃんの方がスゴイじゃないですか」
リリナのファンがくれた花よりも豪華な花が隣に飾ってあった。
「”セレーネ、ファン一同”ってあるけど背後にエロおやじ達の影が見えるわ」
「ちょめ助くん、せっかくファンのみなさまがくれたものですから悪い風に言わないでください」
「だって、セレーネのファンってエロおやじばかりじゃん」
「多少、年齢が上なだけです」
セレーネは否定しているが実際はエロおやじばかりだ。
スケベ根性丸出しでセレーネの気を引こうとして気張ったのだ。
そんなことをしてもセレーネの気持は引けないのにご苦労なことだ。
エロおやじになると金にものを言わせるからたちが悪い。
私達が騒いでいる横でルイミンは自分の花がないか探していた。
「私の花だけない」
「あたり前じゃない。ルイミンはアイドルでもレイヤーでもないのよ」
「けど、推し活はして来たよ」
「それじゃあダメなの。見る立場じゃなくて見られる立場にならないとファンはつかないわ」
一番ファンの気持ちがわかるルイミンなのに勘違いしている。
そりゃあ推し活は大変な活動だけれどそれだけでファンはできない。
やっぱりアイドルとかレイヤーとか見られる立場にならないとダメなのだ。
すると、セレーネが脇にあった小さな鉢植えを見つけた。
「ルイミンさん、こっちにありますよ」
「ほんと!推し活部のみんなからじゃん。嬉しい」
「それにしても随分とシケているわね。ひまわりの一輪挿しだなんて」
「そんなことを言っちゃ、ルイミンさんが可哀想です」
「だって、本当のことなんだもん」
「私は何を言われてもへーきだよ。応援してくれる人がいるってわかったからね」
ルイミンは鉢植えを大事そうに抱えながらテーブルの上に乗せた。
「こうして見るとルイミンさんの花の方が素敵ですわね」
「どっこが~ぁ」
「花はたくさんあると目を見張りますが凛と佇んでいる一輪挿しも風情があります」
「セレーネって意外とシブいのね。エロおやじの影響かしら」
私はやっぱり花はたくさんあった方が嬉しい。
豪華だし、キレイだし、歓迎されているって感じるから。
「今度、私のファンクラブでも作ろうかしら」
「ちょめ助のファンクラブぅ?何も活動してないじゃん」
「”ファニ☆プラ”のプロデューサーをやっているのよ。それだけで十分だわ」
「けど、その見た目じゃね。せいぜい釣り人から関心を持たれるだけよ」
「ちょっと失礼なことを言わないでよ。元はすっごくカワイイ美少女だったんだから」
「口では何とでも言えるよ。誰もちょめ助の元の姿を見たことがないんだしね」
ルイミンがもっともなことを言って来るので返す言葉を失った。
「それよりも時間が迫ってますわよ。早く衣裳に着替えましょう」
「今回の衣裳っていつものとは違ってシックですね」
「”春恋別れ”に合わせたのよ。失恋の歌を歌うのに派手派手じゃ合わないでしょう」
「けれど、”ファニ☆プラ”の新しいページをめくれそうだね」
衣裳のオーダーは私がすませておいた。
以前にお世話になった服飾店でオーダーした。
おかげでこちらが言わんとするイメージは伝わって求めていた衣裳ができあがった。
次回からもその服飾店を利用しようと思っている。
ルイミン達はその場で服を脱いで着替えをはじめる。
試着室は狭いからあえて楽屋の中で着替えたのだ。
周りには誰もいないから覗かれる心配もない。
ただ、私にはルイミン達の恥ずかしい格好が丸見えだった。
「ねぇ、ちょめ助。後ろのジッパーを上げて」
「そんなの自分でやりなさいよ」
「だって、手が届かないんだもん」
「ルイミンちゃん、私がしてあげます」
「ありがとう、リリナちゃん」
ルイミンが見せた一面はお着替えあるあるだ。
普通の服とは造りが違うからひとりでできないことの方が多い。
よく結婚式でお色直しをする花嫁さんと同じだ。
だから、メンバーで協力してお着替えをすませるのだ。
「これも青春ね」
私はのんびりお茶を啜りながらルイミン達の着替えが終わるのを待った。
「あと10分で本番でーす」
「はーい。承知しました」
すると、廊下からスタッフが時間のお知らせをして来る。
「何だか緊張して来たわ」
「私も。膝がガクガクしてます」
「久しぶりだから仕方ありませんわ」
「何を言っているのよ。これにはアーヤとの勝負がかかっているんだから。こっちに来なさい」
私は緊張しているルイミン達を呼びつけて円陣を組ませる。
「さあ、手を出して重ねて行って」
「こう?」
「そう。それじゃあ行くわよ。今日のライブは最高に盛り上げるわよ。絶対にアーヤを打ち負かしてアイドルバトルに勝つのよ。”ファニ☆プラ”の目の前には勝利しかない。最高のライブにしましょうっ!」
「「しょうっ!」」
私が仕切って気合を入れるとルイミン達の緊張もほぐれた。
「私は舞台袖から見守っていてあげるわ」
「行きましょう、ルイミンちゃん、セレーネちゃん」
「うん」
「はい」
私に見送られながらルイミン達はステージに向かった。
その足取りは軽くさっきまで緊張していたとは思えなかった。
きっと”ファニ☆プラ”の路上ライブは成功するだろう。
なんとなくそんな予感がしていた。
ルイミン達がステージに登場すると会場から割れんばかりの拍手が湧き起る。
待ちに待った”ファニ☆プラ”のステージだけにファンのボルテージも上がる。
その歓声に応えるようにルイミン達は手を振ってファンサービスをした。
「みんな、お待たせしました。”ファニ☆プラ”は帰って来ました」
「「ウォー!!、LOVE、ラブリー、リリナ!!」」
相変らずリリナファンは80’に流行った親衛隊みたいなリアクションを返す。
叫んでいる本人達より周りで聴いている人達の方が恥ずかしくなる。
なんだか”やってる”って感じがするから。
「みなさん、元気でしたか。私達もみなさんに会えることを楽しみにしていました」
「「セレーネちゃん、最高!!」」
セレーネファン達も同じで写真を撮ることに夢中になっている。
エロおやじ達は声を揃えて声援を送るので重低音が鳴り響く。
それはそれでアリなのかもしれないけれど普通の方がいい。
「私のことを覚えてますか。ルイミンでーす。私もみんなに会いたかったよー」
「……」
まだルイミンが浸透していないのかファン達は何も返さない。
すると、会場の最前列にいた推し活部の仲間が応援をしてくれた。
「ルイミン、ガンバ。私達はみんなルイミンを応援してるから」
「ルイミン、頑張って」
「今日のルイミン、最高だよ」
「ありがとう、みんな。みんなのために頑張るね」
涙ぐましい光景が目の前に移る。
”ひとりでも歌を聴いてくれる人がいるなら歌います”的なアイドル魂を感じさせる。
今はまだルイミンファンは少数派だけれど、いつかリリナやセレーネのファンを越えるはずだ。
「”ファニ☆プラ”の子達はけなげね。”ROSE”のファンとは比べ物にならないわ」
「どう言う意味よ、アーヤ」
「わからない?そう言う意味よ」
後に気配を感じたので振り返るとタイミングよくアーヤがやって来た。
「バカにしているのね」
「わかった。さすがはマコね」
「アーヤが言うことなんてだいたいわかるわ」
「それはよかった。なら、アイドルバトルに勝つのも私だってわかっているわけね」
何を思ってそう言ったのかわからないがアーヤは勝つつもりでいる。
ライブを途中で中止したのに自信満々だ。
「今に見てなさい。その出鼻をくじいてあげるから」
「楽しみに待っているわ。”おもらしマコちゃん”」
「キィー、ムカつく。絶対に”ファニ☆プラ”が勝つんだから」
「ムリよ、ムリ。”ぱんつの歌”でなんか勝てないわよ」
アーヤは私を下目に見ながら勝ち誇っている。
だけど、私が新曲を用意してあることを知らないようだ。
「これはアーヤを出し抜くいいチャンスだわ」
「なんか言った?」
「別に―」
私達がそんなくだらないやりとりをしている間にルイミン達は歌の準備を終えていた。
「今日はみなさんにプレゼントがあります」
「私達の心を込めた新曲です」
「聴いてください、”春恋別れ”」
”ファニ☆プラ”の3人が紹介を終えると”春恋別れ”のイントロが流れはじめる。
すると、アーヤはハトが豆でっぽをくらったような顔をしながらボソリと呟いた。
「新曲ってどう言うことよ」
「だから、私が新曲を書き下ろしたのよ」
「だって、2週間しか時間がなかったじゃない」
「私みたいな名プロデューサーになると2週間でも十分なのよ」
アーヤは私の言っていることを理解できないようで困惑している。
その驚き振りを眺めながら私はひとりほくそ笑んだ。
「これじゃあ、私が負けちゃうじゃない」
「あたり前よ。はじめっからアーヤの負けは決まっていたのよ」
「……せない。許せないわ。”ファニ☆プラ”のライブを邪魔してやる」
「ちょっと、反則行為は止めてよ。真剣勝負なんだからズルはしないで」
そんな私の非常識な言葉を聞いてアーヤの怒りが頂点に達する。
「最初に反則をしたのはそっちでしょう。”ROZE”のみんなのぱんつを奪ってライブを中止にさせたじゃない」
「ギクリ」
「今さらなかったなんて言わせないからね」
「それはたまたまよ。”ROZE”の子達がカワイイぱんつを履いていたから欲しくなっただけ。ライブの邪魔をしようと思ったわけじゃないわ」
「どの口がそう言っているのよ。なら、私だって邪魔をする権利はあるわ」
「なら、ルイミン達のぱんつを盗る?」
そんなことアーヤにできっこない。
”カワイ子ちゃんのぱんつ”を奪うのは私にだけ許された行為なのだ。
ちょめジイが私にちょめリコ棒をくれたからデキる所業だ。
アーヤも召喚された時にちょめジイの言うことを聞いていればちょめリコ棒をもらえたはずだ。
その時は私に代わってアーヤが”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚集める”ことになっていたけど。
とにかく今のアーヤには何もできない。
「くぅ……こうなったら正攻法で勝ってあげるわ」
「だから無理だって言っているじゃない」
「だいじょぶよ。”ROSE”のファンの方が多いもの」
「確かに言われてみれば……」
”ファニ☆プラ”のファンはもともとリリナを応援していたアイドルオタク達とセレーネを応援しているエロおやじ達だけだ。
ルイミンの推し活部の仲間を加えたとしても300人まで届かない。。
それに比べて”ROSE”のファン達はギャルを愛する10代女子達ばかり。
ざっと見積もってもライブには300人強は来ていた。
もし、それが氷山の一角だとしたらとんでもない数のファンがいることになる。
なので絶対的に”ファニ☆プラ”が不利だ。
だけど――。
「マコがどんな新曲を用意していても勝つのは私よ」
「それは新曲を聴いてからにしてよね」
新曲を聴かせてファンを取り込めばいいのだ。
それだけの自信が持てるぐらいに楽曲は仕上がっている。
あとはルイミン達がステージでどれだけパフォーマンスをするかがカギになる。
「私は信じているわ。生意気なアーヤをぶん殴ってちょうだい」
私はそんな願いを込めながらルイミン達のパフォーマンスを見守った。
新曲”春恋別れ”はパート分けしたようにリリナの歌からはじまる。
”春の風が駆け抜けて 桜の花片を舞い上げた”
”靡く髪に写る顔 恋の香りが鼻をくすぐる”
”空はこんなに青なのに 私の心はくすんだ色”
”白いキャンバスが踊る 悲し気な音を立てて揺れて”
「ええっ、ええっ。これマコが書いたの?」
「そうよ。私が本気を出せばこんなものよ」
「ただのバカだと思っていたのに計算外だわ」
「これで勝負は私の勝ちね」
「まだよ。Aメロぐらい誰でも書けるわ」
アーヤは強がってくるが次のルイミンの歌を聴いて出鼻を挫かれた。
”こんな風に思えたのは 卒業式の終わり頃から”
”みんなが慌てる季節 足早に立ち去って消えてく”
”消えて行く影を追い 切なさで胸が溢れかえる”
”「さよなら」は言いたくない 全てが終わりそうな気がして”
「どう、感想は?」
「恋愛経験も大してないのにこんな歌詞が書けるなんて」
「これが才能ってやつよ」
「くぅ……」
そしてさらにセレーネのBメロを聞いて深手を負う。
”いっしょに帰るいつもの道で ふと呟いた言葉を忘れない”
”小さく震える唇を見て 時が終わりを告げることを知った”
「ニカッ」
「こんなの認めない。どうせAIにでも書かせたんでしょう」
「私が書いたのよ。信じないわけ」
「信じられない。マコにこんな才能があるだなんて幻だわ」
最後にアーヤのとどめを刺したのはサビだった。
”キミと出会わなければ 涙を知らなかった”
”戻れるならば あの頃に戻りたい”
”なくす心の距離と 押し寄せる切なさが”
”私の恋を 深い海に沈めた”
サビを聴いてアーヤから精気が消えて行く。
白目を剥きながらポカンと口を開けたまま佇んでいた。
「けんじつ~」
私は”NIKKO”の真似をしながらアーヤをバカにした。