第百三十五話 おとなびたせくしーぱんつ③
"ROSE"のメンバーはスカートの裾を押さえたまま動こうとしない。
もちろん歌も歌っていなければダンスも踊っていないかった。
ひとりステージで困惑していたのはナコルだ。
一体何が起こったのか理解できずにいる。
「カーッカッカッカ。”ROSE”のライブが止まったわ。これで私の勝ちよ」
私はひとりステージの真ん中で高らかに笑っている。
これでアーヤの勝ちを阻止できたからだ。
”ROSE”のメンバーはステージの後ろで固まったままでいる。
どうしたらいいのかわからずに迷っているようだ。
会場には”ルーズ”の楽曲が虚しく鳴り響いている。
盛り上がっていたファン達もハトが豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
「ちょっと、私の演出を無駄にするつもり。何をやっているのよ!」
アーヤはステージ脇から大声を張り上げて文句を言っている。
その姿を見ていたら無性に笑いが込み上げて来た。
「いい気味よ。ギャルアイドルなんて存在してはいけないのよ」
アイドルはアイドルのままの方がいい。
そこにギャルがプラスされる必要などない。
ギャルなんて河川敷で屯していればいいのだ。
「どう言うつもりよ。せっかく盛り上がっていたのに。これじゃあライブが台無しじゃない」
アーヤは眉尻を上げながらひとり憤慨している。
せっかく準備をして進めて来たのにライブが止まったからだ。
すると、ステージの後ろのほうにいた”ROSE”のメンバーがアーヤに指で×印を送る。
「何がダメなのよ。トイレにでも行きたくなったわけ?あとちょっとなんだから我慢しなさい!」
しかし、全くアーヤには真意が伝わっていない。
まあ、それもしかたのないことだろう。
ライブ中にぱんつがなくなるなんてことはないからだ。
「アハハハ。面白い、面白すぎるわ」
アーヤが怒っている姿を見ると心が晴れやかになる。
今までされた嫌なことも全て帳消しだ。
こんなに人(=うさぎ)が困っているのが面白いことはない。
下手なお笑い芸人よりも笑いを誘って来る。
「これで”ROSE”は終わりだわ」
ライブの中止はせっかく集まってくれたファンを裏切る行為だからだ。
今までいろんなアーティストを見て来たが途中でライブを中止した人はいない。
急な体調不良でステージを降りた人は除外するが。
さすがにファン達も異変に気づき会場が騒がしくなりはじめる。
「ライブが途中で止まっちゃった」
「”ROSE”に何かあったのかな」
「けど、メンバーはみんなステージにいるよ」
「体調不良だったら運ばれているはずだよ」
「なら、何でライブを止めたのかな」
「わからない」
ファンの方も何でライブが途中で止まったのか理解できていない。
ただ、隣の人と話しながらざわついているだけだった。
それは最前列で観ていたリリナ達も同じだった。
「どうしたのでしょうか。ライブを途中で止めるだなんて」
「ライブを中止せざるを得ない事態が起こったのですわ」
「ですが、”ROSE”のみなさんはステージにいますよ」
「急患とかではないようですね」
リリナとセレーネも困惑しながら話をしている。
ここにいる誰もがライブを中止した理由を理解できないでいた。
「さてと、ひと仕事終えたし、帰ろうかな」
私はステージを降りてから擬態を解くとルイミンと視線が合った。
「ちょめ助がやったんだね」
「な、何のことよ」
「また、どうせぱんつを盗ったんでしょう」
「人聞きの悪いことを言わないで。私はそんなことはしないわ」
「じゃあ、何で”ROSE”がライブを途中で止めたのよ」
「お腹が痛くなったんじゃない」
ルイミンに問い詰められて私は適当なことを言って誤魔化す。
相手がルイミンだから正直に話してもいいがあらぬ誤解が生まれるので止めておいた。
「まあ、私はどっちでもいいけどね。ナコルがバカをみるなら」
「ルイミンはほんとナコルが嫌いよね」
「あたり前じゃない。あいつはいじめっ子なのよ。許されない行為をしていたんだから」
「私も被害者だからルイミンの気持はよ~くわかるわ」
いじめっ子はどんなことをしてもいじめっ子でしかない。
いくら改心しても過去に犯した過ちが消えることはないのだ。
いじめっ子として生きて来た以上、いじめっ子として苦しむべきだ。
でなければ、これまでにいじめられて来た子達が救われない。
「それはいいけどちょめ助がやったんでしょう」
「そうよ。あたり前じゃない……って」
「やっぱりそうだったのね。ぱんつを盗るなんてちょめ助しかしないもんね」
「うぅ……思わず口を滑らせて余計なことを言っちゃったわ」
ルイミンのことだから他の人に話したりはしないだろう。
なんて言ったって私とルイミンは心を通わせた親友なのだから。
「ライブも終わったし帰ろう」
「そうね。ここにいても意味がないわ」
「リリナちゃん達も呼びに行かないとね」
「なら、私は先に外で待っているから」
ルイミンはリリナ達を呼びに行ったのでここで別れることにした。
公園の外で待ち合わせをしておいたからあとで向かえばいい。
ただ、私はアーヤ達のことが気になったのでステージに戻った。
「あなた達、どう言うつもりよ。ライブを途中で止めるだなんて!何とか言ったらどうなの!」
ステージから大きな声が聞えて来たので見るとアーヤが”ROSE”のメンバーを問い詰めていた。
「プロデューサー、みんな事情があるのよ」
「どんな事情だっていうつもり。ライブを途中で止めるなんて前代未聞よ!」
「みんなもちゃんと説明しないとダメだよ」
ナコルはアーヤとメンバーの間に入ってどうにかしようとしている。
だけど、ブチ切れているアーヤの剣幕に押されてたじろいでいた。
「今からでも間に合うわ。続きをしなさい!」
「「ムリ……」」
「何がムリなの。私に恥をかかせるつもり!」
アーヤはおでこに青筋を立てながら怒り狂っている。
それは背後に私との勝負がかかっているからだろう。
その様子を遠目に見つめながら私はひとりほくそ笑む。
「アハハハ。アーヤ、ひとりでブチ切れている。こんなに愉快なことはないわ」
これでアイドルバトルは私の勝ちだ。
”ROSE”はライブを途中で放棄したからカウントされない。
なので、何をせずとも自ずと私が勝つのだ。
「もう、行っていいですか?」
「話は終わってないわよ!」
「今はごめんなさい」
ほへとが代表してアーヤに断りを入れてステージを降りて行く。
その背中を鋭い視線で睨みつけながらアーヤは憤慨していた。
それでも”ROSE”のメンバーは早々に楽屋へ駆け込んだ。
「それが自然よ。ノーパンのままライブなんてできないもの」
それができるのはド変態なおばさんぐらいなものだろう。
おばさんになると羞恥心がなくなるから何でもできる。
人前でおならをしてもガハハと笑い飛ばしてなかったことにするのだ。
「まったくなんだって言うのよ。これじゃあ、せっかくのライブが台無しだわ」
そう文句を言いながらアーヤは会場にいたファン達を睨みつけた。
「何を見ているのよ。ライブは終わりよ!」
「「ヒィッ」」
アーヤの剣幕に大勢のファン達も勢いに飲まれてしまう。
「アハハハ。アーヤのやつ、ファンに八つ当たりをしているわ。これじゃあ、プロデューサー失格ね」
私はひとりステージの脇からアーヤの無様さを嘲り笑った。
プロデューサーとしての説明責任を放棄して退場するなんてあり得ない。
本来であればプロデューサーが全面的に責任を負わなければならないのだ。
これで”ROSE” の人気も下火になるだろう。
すると、アーヤの代わりにスタッフがライブ中止の謝罪をはじめた。
「会場にお集まりのみなさまに悲しいお知らせがあります。”ROSE”のメンバのひとりが急な体調不良でステージを降段しました。専門医の話ではこれ以上ライブを続けるのは難しいとドクターストップが入りました。そのため、誠に申し訳ありませんが”ROSE”のライブはこれで終わりです」
「えーっ、何だよ、それ。私達をナメてるのか」
「せっかく、お金を払って来ているのよ」
「申訳ございません」
スタッフの説明を聞いてファン達はすぐさま食らいついて来る。
その勢いはエビを見つけた鯛のようだ。
スタッフはどんな暴言を浴びせられても平謝りしかできなかった。
「最後ませ見せてよ」
「見せろ、見せろ」
「「見せろ、見せろ、見せろ、見せろ」」
ファンの誰かが”見せろ”と言ったので見せろコールが湧き起った。
「アハハハ。さすがはバカギャルのファンだけあるわ。すぐに周りに感化されるのはバカの証拠よ」
自分と言う芯を持っていないから周りに流される。
”朱に交われば赤くなる”のように周りに染まり過ぎだ。
やっぱりおばさんの原石と呼ばれるだけのことはある。
おばさんも周りの意見に流されやすいからすぐに”烏合の衆”になるのだ。
「最後まで笑かしてくれたわ。もう、お腹いっぱい。これに懲りてアーヤもプロデューサーを辞めればいいんだけどな~」
私はバカなカラス達に背を向けてルイミン達が待っている公園の外へ向かった。
その頃、”ROSE”の楽屋では緊急ミーティングが行われていた。
アーヤはパイプ椅子に踏ん反りかえって”ROSE”のメンバーは立たされている。
ナコルは間に割って入ろうとしていたが1ミリも隙間を見つけられないでいた。
「私に言うことはない?」
「……ごめんなさい」
「ごめんなさいじゃないわよ。あなた達は何をしたのかわかっているの!大事なライブを途中で止めたのよ!こんなの前代未聞だわ!」
アーヤの剣幕に”ROSE”のメンバー達は萎縮してしまう。
謝るのが精いっぱいで何もできないでいた。
みかねたナコルが間に割って入ろうとする。
「プロデューサー、まずは理由を聞きませんか?みんなが何の理由もなくライブを途中で止めるなんてしないと思うんです」
「ナコル、随分と偉くなったじゃない。私に楯をつくつもり?」
「そんなこと微塵も思っていません。プロデューサーがいたから私はアイドルでいられるんです」
「まあ、いいわ。理由を聞こうじゃないの」
そう言ってアーヤは前屈みになると足に手をついて上目遣いで”ROSE”のメンバーを見た。
「……なくなったんです」
「えっ?聞えないわよ。理由があるならはっきり言いなさい」
「ですから、ぱんつがなくなったんです」
「ぱんつがなくなったぁ?嘘をつくなら最もらしい嘘をつきなさい」
「嘘じゃないんです。ほんとうにぱんつがなくなったんです」
「ナオの言っていることは本当です。私もぱんつがなくなりましたから」
そうナオが理由を話すと他のメンバーも同じだと返事をした。
「じゃあなに?ここにいるメンバーのぱんつが急になくなったと言うわけね」
「にわかには信じられないでしょうがみんなの言っていることは本当なんです。ちなみに私は大丈夫でした」
「ナコルだけ大丈夫だったってね……」
アーヤは腕組みをしながら難しそうな顔を浮かべる。
理解しがたい事実だから混乱しているようだ。
「わかったわ。あなた達の言うことを信じようじゃない」
「ホッ」
「その代り本当にぱんつが盗られたのか見せなさい」
「えっ、スカートを捲るんですか……」
「女同士だし恥ずかしくないでしょう」
「で、でも……」
予想もしていなかったアーヤの注文に”ROSE”のメンバーは困ってしまう。
人前で恥ずかしいところを晒すなんて顔から火が出るほど恥ずかしい。
同じ同性同士とは言え恥ずかしいのは恥ずかしいのだ。
「早くしなさい!」
「はいっ……」
そして”ROSE”のメンバーはアーヤに言われるがまま恥ずかしいところを晒した。
「本当だったようね」
「もう、いいですか」
”ROSE”のメンバー達はスカートを下ろしてから頬を赤らめて恥ずかしそうにする。
ギャルと言えども人前で恥ずかしいところを晒すのは恥ずかしいようだ。
「こんなことをするのはあいつしかいないわ」
「あいつって誰ですか?」
「ナコル、心あたりがあるんじゃない?」
「ひとり(一匹)だけ心あたりがあります」
不意にアーヤが質問をするとナコルは何か思いついたように返事をする。
「言ってみなさい」
「いつもルイミンといっしょにいるちょめ助です」
「やっぱり」
ナコルの答えを聞いてアーヤも大きく頷いて納得した。
「これからどうするんですか?」
「もちろん仕返しをするわよ」
「けど、どうやって」
「目には目を歯には歯をよ」
アーヤはひとり鬼のような顔をしながら強かに笑った。
そんなことが起こっていることなど知らず私は浮かれていた。
憎っきアーヤをコテンパンにしたから超嬉しいのだ。
この世界に来てはじめて心の底から笑えた。
これでアーヤの面目は丸つぶれだから”ROSE”の人気も下火になるだろう。
”タトウー”じゃないけれどファンを軽く見たら相手にされなくなってしまうのだ。
「アハハハ、愉快、愉快」
「ちょめ助、遅刻して来たのにその態度は何よ」
「ごめん、ごめん。とっても嬉しいことがあったからさ」
「また、どうせアーヤのところへ行っていたんでしょう」
「結末は最後まで見ないと面白くないからね」
「ちょめ助って性格が悪いんだね」
ルイミン達は20分も待たされたのでご機嫌斜めだ。
待ち合わせをしたのに遅れて来た私が悪い。
だけど、アーヤのことが気になって仕方なかったのだ。
「いくらアーヤさんが嫌いだからと言ってやり過ぎですわ」
「わ、私は何もしてないわよ」
「とぼけたって無駄です。私は知っているんですから」
「くぅ……」
セレーネは私からぱんつを盗られたことがあるから確信をついて来る。
極寒の冷ややかな目で私を見ながら蔑んでいた。
ただ、リリナは事情が分かっていないようでポカンとしている。
「ちょめ助、セレーネのぱんつにも手を出したの?」
「人聞きの悪いことを言わないでよ。私がそんなことをするわけないでしょう」
「見境がないね」
「だからぁ……そんな目で見ないでよ」
ルイミンが心ないことを言うのでセレーネの視線が私を貫いた。
確かにセレーネのぱんつに手を出したけれど仕方なかったのだ。
私は”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚”集めないといけない。
そうしないといつまで経ってもちょめ虫のままなのだ。
文句を言うなら私に命令をしているちょめジイに言ってもらいたい。
「私も仲間に入れてください」
「ごめんごめん。リリナちゃんは知らなかったね」
「ちょめ助くんがぱんつを盗るってことですか?」
「そうなのよ。困っちゃうでしょう」
「それなら私も盗られました」
「えっー!リリナちゃんも!」
「はい」
「ちょめ助ぇ~!」
ルイミンは鬼のような顔をしながら私の首を鷲掴みにする。
「ちょっと、何でルイミンが怒るのよ」
「私のリリナちゃんに手を出したからよ!」
「手を出したって、ぱんつを盗っただけじゃない」
「認めたね。もう、許さないんだから!」
そして手をキツク絞り込んで私をあの世へ送ろうとしはじめた。
「くっ、くっ……」
「ルイミンちゃん、ちょめ助くんが死んじゃいます」
「いいのよ。1回地獄へ送らないとちょめ助の病気は治らないの」
「気持ちはわかりますけれど、そろそろ力を抜いた方がいいですわ」
私の顔が真っ青になっているのを見てセレーネが手を差し伸べてくれた。
おかげで三途の川を渡らずにすんだ。
「ゲホゲホゲホ」
「いい、ちょめ助。今度、リリナちゃんに手を出したら絶対に許さないからね」
「わ、わかってるよ」
1度ぱんつを奪ったリリナはもう用済みだ。
それは同じ人間からぱんつを重複して奪えないからだ。
ちょめジイは1人1ぱんつと言うルールをとっているので従わないといけない。
まあ、カウントされないのならば、はじめからぱんつを奪うことはしないのだ。
そんな風に私達がくだらない話をしていると”ROSE”のファンは帰りはじめた。
「本当に”ROSE”のメンバーの体調不良なのかな」
「どうだろうね。直前まではちゃんとしていたし」
「アーヤの怒り方もすごかったからな」
「もしかしてメンバーの誰かが離脱するんじゃない」
「アーヤの剛腕ぶりに嫌気がさしたのかも」
「そうだね。アーヤって厳しそうだし」
カラス達のそんな話声が聞こえて来る。
私はひとりニンマリとしながらカラス達を見送った。
「アハハハ。愉快、愉快。これでアーヤは嫌われ者だわ」
「ちょめ助、人の不幸を喜ぶなんてしちゃだめだよ」
「いいのよ。アーヤはとことんまで潰さないといけないのよ」
「それじゃあ、ナコルと同じだよ」
ルイミンからそう言う風に思われても構わない。
私にとっては邪魔なアーヤがつぶれる方がいいのだ。
アーヤが嫌われ者になれば”ROSE”のファンも減るはずだ。
そうなればこの王都はギャルウイルスから救われる。
ギャルなんてしょうもない人間はこの世から消えればいいのだ。
「これで私の勝ちね。アハハハ」
「そんなことを言っていていいの。きっと、アーヤが復讐をしに来るよ」
「来るなら来いってんだ。逆にはっ倒してあげるわ」
「私、知らないからね、どうなっても」
ルイミンは心配し過ぎだ。
ただのウサギになったアーヤに何が出来るものか。
私のような特殊能力はないから心配することは不用だ。
「さ~てと、帰ってにらせんべいを売るわよ」
私はひとり浮かれながらルイミン達を連れてクジラ公園へ戻った。