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第百三十話 驚異的な回復力

ちょめ助が元に戻るまで一週間もかからなかった。

驚異的な回復力を見せて日に日に状態がよくなっていた。

5日目になるとすっかり傷痕が消えてまっさらな肌になった。

それと同時にちょめ助も元のちょめ助に戻った。


「ちょめ助、もう大丈夫なの?」

「何のこと?」

「覚えてないの?」

「何を?」


私が以前のことを聞くとちょめ助は不思議そうな顔を浮かべる。

まるで全く知らないような口ぶりだ。

あれだけ酷い目にあったから記憶が消えてしまったのだろうか。


「本当に覚えていないの?」

「だから何なのよ」


私がしつこく質問をするとちょめ助の機嫌が悪くなる。


ここでちょめ助に何があったのか教えてあげることもできる。

ただ、ちょめ助が真実を知った時どう思うかが心配だ。

まさか自分が欲しがりさんになっていたなんて知ったら-――。


なので私はちょめ助に本当のことを伝えるのは止めておいた。


「何でもない。ちょめ助が元気でいればいいもの」

「なんか歯切れが悪いわね。言いたいことがあるなら言ってよ」

「別に言うことはないよ」

「……」


ちょめ助はじと目をしながら疑いの眼差しを向けて来る。

その視線を振り切って話題を変えた。


「それより、ちょめ助。にらせんべい屋の方はどうするの?」

「もちろんやるわ」

「なら準備の続きをしないとね」

「食材と場所取りはすんだの?」

「もう準備できてるよ。水も大丈夫」

「さすがはルイミンね。なら、リリナ達を呼んで来て」


私はちょめ助に言われた通りリリナちゃん達を連れて来た。


「ちょめ助くん、もう、大丈夫みたいですね」

「よかった。思っていた以上に回復力がすごかったですわね」

「だから、何なのよ。大丈夫だとか回復力がスゴイとか。意味が分からないわ」

「えっ、覚えていないんですか?」

「そうなのよ。ちょめ助は記憶がないんだって」


私の言葉を聞いてリリナちゃんもセレーネも意外な顔を浮かべる。


ちょめ助の記憶がないことはいいことなのか悪いことなのかわからないけど、もう過ぎたことなのだ。

今さら蒸し返しても何にもならない。


「それよりよくやったわね。これでにらせんべい屋をはじめられるわ」

「なら、後はにらせんべいの焼き方講習ね」

「ここじゃできないから学院の調理室を借りるわよ」

「では、私が先生にお願いして調理室の使用許可を取って来ます」

「任せたわよ、セレーネ」

「私とリリナちゃんは食材を運ぶよ」


と言うことで私達は役割り分担をしてそれぞれの準備をはじめた。


食材は部室に保管していたので調理室まで運ぶのが大変だった。

ちょめ助はみんなに見つかるとマズいので調理室の前で待ってもらった。

そしてセレーネが戻って来ると調理室に入って道具の準備をはじめた。


「お待たせ。小麦粉と水と卵とニラを持って来たよ」

「じゃあ、テーブルの上に並べておいて」

「わかった」


ちょめ助に言われた通り小麦粉と水と卵とニラをテーブルの上に置く。

すでにテーブルの上にはボールと菜箸とサラダ油が準備されてあった。


「それじゃあ、これからにらせんべいの焼き方講習をはじめるわ」

「よっ、待ってました」


ちょめ助はテーブルの上によじ登って焼き方講習をはじめる。

私がはやし立てるとまんざらでもない顔をしていた。


「まずはボールに小麦粉を適量入れるのよ」

「適量ってどれぐらい?」

「適量は適量よ。自分で考えなさい」

「ハッキリ言ってよ」

「ルイミンちゃん、適量は目分量でいいのですよ」

「目分量?わからないな」


料理経験のあるリリナちゃんは適量がわかっているけれど経験のない私には全くわからない。

何を基準に小麦粉の量を決めるのかわからないから理解できないのだ。

どうせなら何グラムとかはっきりとした数値で示してもらいたい。


「自分で食べたいぶんにすればいいのですわ」

「それならわかるかも。さすがはセレーネだね」


私はセレーネに言われた通りボールの中に小麦粉を食べたい分だけ入れる。


「できたよ」

「次は水を入れて小麦粉と混ぜるのよ。水は少しずつ入れるのがコツよ」

「少しづつね。了解」


ちょめ助の作業を観察してから同じように真似をして水を少しづつ入れる。

そして菜箸を使って小麦粉と水を混ぜて行く。

すると、小麦粉の玉ができてしまった。


「ねぇ、ちょめ助。小麦粉が丸く固まっているんだけど」

「それは玉って言うのよ。それがなくなるまでよくかき混ぜるのよ」

「玉がなくなるまでね。ちょっと大変ね」


菜箸で小麦粉を掻きまわしてみるが玉は中々消えてくれない。

水を少しづつ加えて様子を見て見るが玉は玉のまま残ってしまっている。


「私は終わりましたわ」

「私もです」

「えっ、もう。私なんて全然だよ」


セレーネとリリナのボールを確認するが玉はなくさらさらの生地に仕上がっている。

それに比べて私のボールは玉だらけでボコボコしていた。


「ルイミン、水の入れ方が悪いのよ。水はボールの肌を滑らすように入れるの。そしてひたすらかき回して玉をつぶして行くのよ」

「そう言うことは早く言ってよ」


その後で中々消えてくれない玉をひとつずつ潰して何とかさらさらの生地に仕上げた。


「ふぅー、やっと終わった」

「ルイミンて以外に不器用なのね」

「しょうがないじゃん。女子寮は食事が出て来るから自炊しなくてもいいんだもん」


それはとてもありがたいのだが料理の経験を積めないのは残念だ。

学院を卒業したら食事は自分で用意しないといけないから大変になる。

だから、学生のうちに少しでも料理の経験を積んでおいた方がいいのだ。


「小麦粉が水に溶けたら卵を入れるわ。よくかき混ぜるのよ」

「これは簡単」

「卵の殻を入れないように気をつけてね」

「あっ」


言っているそばから卵を手で割って殻が入ってしまう。


「ほんと不器用だね、ルイミンって」


言い返す言葉もない。

卵ぐらい簡単に割れると思ったけれど力の加減を間違えて潰してしまった。

おかげで卵を生地に馴染ませる作業は少なくてすんだ。


「次はニラを刻んで生地と混ぜる工程よ。ニラは3センチ幅でざく切りにしてね」

「ざく切りって?」

「そんなこともわからないの。呆れた。ざくざく切ることよ」

「それならわかるわ」


私はまな板の上にニラの束をおいてちょめ助が言った通りざくざく切る。

すると、切り口からニラのおつゆが溢れ出て来た。


「おつゆが出るってことは新鮮なニラって証拠よ」

「うわぁ~、ニラくさ~」

「ニラは香りの強いお野菜ですからね」

「体にもいいからより健康になれますわ」


リリナとセレーネは私の知らないニラ情報を出して来る。

リリナとセレーネは料理経験もあるし、食事に気を使っているからよく知っている。

それは女子の嗜みと言われたら私の出る幕はない。

私は健康よりも美味しく食べられる食べ物を優先しているからだ。


「にらせんべいはヘルシーなおやつだから健康にもいいわよ」

「それならにらせんべいダイエットなんかも流行るかも」

「「それはないと思いますわ」」


私の素っ頓狂な回答にリリナとセレーネは声を揃えて否定した。


「ニラと生地がよくまざったら生地は完成よ」

「私は終わりました」

「私もです」

「私もこれぐらいでいいかな」


ニラは生地と混ざっていい感じになっている。


「最後は焼きの工程よ。まずは軽くサラダ油をしいて」


ちょめ助はそう言うとサラダ油を注いで火にかける。

しばらくするとフライパンから煙が立ち上りはじめる。


「フライパンが温まって来たら火力を弱くして追加のサラダ油を注いで」


ちょめ助はサラダ油をドバドバと注いでフライパンに小さな池を作る。


「揚げ物でも作るの。サラダ油を入れ過ぎじゃない」

「これがポイントなのよ。田舎のおばあちゃんの味を追求するならたっぷりのサラダ油が欠かせないのよ」

「何だか体に悪そう」

「これがいいのよ。焼き上がったら食べてみるといいわ」


ちょめ助のフライパンにはサラダ油の池ができている。

明らかに油の入れ過ぎとわかるくらい油が溜まっている。

てんぷらをするわけでもないのだからこんなにも必要でない。


ただ、リリナとセレーネはちょめ助と同じようにサラダ油を入れていた。


「フライパンが温まって来たら菜箸の先に生地をつけてフライパンに垂らして熱さを確認するのよ」

「あっ、てんぷらみたいに生地が油の中で踊っている」

「それは十分に温まっている証拠よ。そうしたらお玉で生地を掬ってフライパンに注いで」


ちょめ助はお玉で生地を掬うとフライパンの上に丸く広げた。


「こんなの簡単。生地が勝手に広がって行くもの」

「生地が丸く広がったら焦げ目がつくまで中火で焼くのよ」

「焦げ目がつくって裏返しにしないとわからないよ」

「生地の表面にプクプクと泡が弾けて来たらひっくり返し時よ」

「泡か」


まだ火を入れたばかりなので気泡は立ち昇って来ない。

代わりに生地の表面にうっすらと幕が張っていた.


「ねぇ、ちょめ助はにらせんべいを自分で作っていたの?」

「おばあちゃんが教えてくれたのよ」

「ちょめ助のおばあちゃんもちょめ虫なの?」

「違うけど今はそうしておくわ」


ちょめ助がこの姿なのだからおばあちゃんも同じ姿なのだろ。

それなのににらせんべいの作り方を知っているなんて驚きだ。

もしかしたらちょめ虫のなかで流行っているのかもしれない。


「気泡が湧いてきましたわ」

「私の方も同じです」

「それじゃあ、フライ返しを使ってひっくり返して」

「ホイッ」

「ホイッ」

「うわぁ~、リリナちゃんもセレーネもうまい」


リリナとセレーネはいとも簡単に生地をひっくり返してみせる。

私も同じようにして真似をしてみたが生地が切れてしまう。


「うわぁ~ん、うまくできないよ」

「ルイミン、フライパンをうまく使うのよ」

「そんなこと言われてもうまくできないよ」

「フライパンを前後に振って手首のスナップを利かせるのよ」


スナップと言われてもテニスじゃないしよくわからない。

おまけにひとりで葛藤している間に生地はボロボロになっていた。


「私のだけぐちゃぐちゃ」

「とりあえず焼けていれば問題ないわ」


リリナ達は丸くキレイに焼けているのに私のはスクランブルエッグみたいだ。

ただ、香ばしいニラの香りが立ち昇っていて美味しそうには感じられた。


「後は生地の焼け具合を確めながらじっくりと焼けば完成よ」


それから5分ほど焼くとようやくにらせんべいが焼き上がった。


「それじゃあ、お皿に移して試食よ」

「いい感じに焼き上がりました」

「すごく美味しそうですわ」

「いいな~二人とも。私のなんてこんなのよ」


リリナ達のにらせんべいと比べると私のはみすぼらしく見える。

同じ材料を使って同じように焼いたのにこの差は何なのだろう。

私はひとりしょぼくれながらぐちゃぐちゃのにらせんべいを見つめた。


「まずは何もつけないで食べてみて」

「「いただきます」」


パクリ……モグモグ。


「うわぁ~美味しい」

「ニラの香りが口の中に広がって幸せですわ」

「生地も外がカリカリで中がもっちりとしていて食感が楽しいです」

「おまけにあれだけ油を使ったのにしつこくありませんわ」

「これがおばあちゃん直伝のにらせんべいよ」


私のぐちゃぐちゃしていたにらせんべいも美味しいのひと言に尽きる。

小麦粉と水と卵とニラでこんなに美味しい食べものができるなんて驚きだ。

さすがはちょめ助のおばあちゃんが考案したおやつだけのことはある。


「次は砂糖をつけて食べてみて」

「えーっ、ニラに砂糖?合わないんじゃない?」

「騙されたと思って食べてみてよ」

「不安だな~」


私達はちょめ助に言われた通りにらせんべいに砂糖をつけてみる。

そして恐る恐る口の中に運んで咀嚼した。


「うわぁっ、以外。けっこうイケる」

「でしょう。よくおばあちゃんは砂糖をつけて食べていたのよ」


生地がパンケーキに近いからか以外にも砂糖がよく合う。

ニラの味と混ざっても違和感を感じずに美味しく食べられる。

おまけに生地に油がついているから砂糖がよくつくのだ。


「ふーっ、美味しかった。全部食べちゃったよ」

「私もです」

「私も」

「どう、これがにらせんべいよ」


はじめはどうかと思ったが以外にイケるかもしれない。

お手軽に作れるし、材料も少ないから手間もかからない。

おまけに紙で包めば食べ歩きもできるから完璧だ。

後はにらせんべいをいくらで売るのかがカギになって来る。


「ちょめ助、にらせんべいをいくらで売るつもりなの?」

「にらせんべい2枚で銅貨1枚にする予定よ」

「結構リーズナブルですね」

「あまり高く設定しても売れないからね。お手軽さをウリにするのよ」


ちょめ助曰く”子供でもお手軽に食べられるおやつ”がコンセプトらしい。

銅貨1枚なら子供でも持っているからおやつにピッタリだ。

腹持ちもいいからお腹を空かせた子供にウケるだろう。


「なら、たくさん売らないと儲けられないね」

「そこがたまに傷なのよね。できればもっと効率よく稼ぎたのが本音よ」

「とりあえずはいいのではないでしょうか。私達がはじめてお店を開くのですから」

「まずは儲けよりも経験ですわね。経験は財産になりますし」

「いいこと言うじゃん、セレーネ。さすがだわ」


セレーネがうまく締めてくれたのでこの話は終わった。


「で、いつからはじめる予定なのですか?」

「あまり日を開けたくないから次の週末からね」

「次の週末って3日後じゃん」

「路上ライブを休んでみんなでにらせんべいを売るからね」

「楽しみですわね」


とりあえず準備はできているからあとはお店をオープンさせるだけだ。

場所はいつも路上ライブをやっているイルカ公園に決めてある。

週末だからファンがたくさん集まるのを見越しての場所選びだ。

まずはファンから攻めて徐々に客層を広げて行く戦略だ。

にらせんべいの美味しさを知ったら口コミで広がることを期待している。


「格好はどうする?私服?」

「そこまで考えてなかったわ。できればみんなお揃いがいいけれど」

「なら、今から買い出しに行こう。服も揃えた方が気合も入るしね」


と言うわけで私達はにらせんべいの焼き方講習を終わらせて街へ出た。


私達は学院の近くの服飾屋にやって来た。


「まずはどんな格好をするかですよね」

「あらかた格好は決めているわ」

「どんな格好ですか?」

「上がTシャツに下がジーパン。それにエプロンと頭巾をかぶったスタイルよ」

「お店の売り子らしいスタイルですわね」


飲食店だから動きやすい格好の方が合っている。

変にカッコつけてお洒落をしても誰も見てはくれないのだ。

だから、どこにでも見かける普通のスタイルが合っている。

ジーパンにTシャツなんて休日の人の日常スタイルだ。


「ジーパンはともかくとしてTシャツは何色にするの?」

「もちろんニラカラーの緑よ」

「えーっ、黒の方がいいんじゃない?」

「黒はアーヤ達とかぶるから却下よ」


アーヤのラーメン屋は黒Tに黒ジーンズの黒一色で決めている。

差し色にエプロンをピンク色にしてROSEのイメージカラーと合わせているのだ。

私の方としてもナコルと同じになるのは嫌なのでちょめ助の意見に賛成だ。


「なら、エプロンと頭巾はビタミンカラーが合いますね」

「ミドリベースにオレンジか……いいかも」

「それに決まりよ」


と言うことで私達のスタイルが決まったところでサイズの合う服をチョイスする。

そしてセレーネが代表をしてみんなの服を購入してくれた。


「コスチューム代は部費から差し引きますね」

「領収書をもらっておいてちょうだい」

「わかりましたわ」


私達は買い物をすませて部室に戻って来た。

それは買った服を試着するためだ。


「それじゃあ、着替えましょう」


私達はその場で服を脱いで買って来た服を身に着ける。

ジーパンのサイズもピッタリだし、Tシャツも体に合っていた。


「結構、似合っているね」

「ベースカラーのミドリと差し色のオレンジの対比が素敵です」

「新鮮な食べ物を売っている感じが出ているわね」

「どう、私のチョイスは」

「完璧」


ちょめ助にファッションセンスがあったことに驚きだが似合っている。

よく見ればベースカラーのミドリはちょめ助のベースカラーと同じだ。

ちょめ助にオレンジ色の頭巾をつけたら私達といっしょだ。


「ちょめ助、実は自分のカラーを元にしたんじゃない?」

「な、何を言っているのよ。私がそんなことするわけないでしょう」


ちょめ助の慌て様からしたら図星をついてしまったようだ。

自分がプロデュースしていることを強く押し出したかったのだろう。

きっとそれはアーヤに対抗するためなのかもしれない。


「それじゃあみんな手を出して」


ちょめ助は私達に手を重ねるようにする。

そしてちょめ助が音頭をとって気合を入れた。


「にらせんべい屋を絶対に成功出せるぞ!」

「「おおーッ!」」


と。


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