第百二十四話 屋台の準備
私はルイミン達を連れて屋台のレンタルショップへやって来る。
以前よりも来客が多くてレンタルショップ内はざわついていた。
「で、どの屋台が欲しいの?」
「ちょめちょめ」 (こっちよ、こっち。ついて来て)
私はお目当ての屋台のある場所へルイミン達を案内する。
すると、他の客もいて狙っていた屋台を見ていた。
「これがちょめ助の欲しい屋台なの。なんだか古臭い」
「ちょめちょめ」 (古臭いと言わないで。味があるって言って)
「もっと新しい屋台の方がいいんじゃない」
「ちょめちょめ」 (新しい屋台じゃ”にらせんべい”と合わないのよ)
あくまで売るのは”にらせんべい”だからイメージが合わないといけない。
”にらせんべいは”お洒落な食べ物ではないから古臭い屋台の方が合うのだ。
「イメージ重視なのですね」
「ちょめちょめ」 (そうよ。そのイメージが肝心なのよ)
「新しい屋台より年季が入っている方が美味しいものを売っているように思えますわ」
「ちょめちょめ」 (わかっているじゃない、リリナ。私の狙いもそこにあるのよ)
美味しい街中華屋と同じ理論で少し店が汚い方が美味しい料理を提供してくれる。
それだけ料理に意識を向けているから作る料理が美味しくなるのだ。
お客の方もそれがわかっているから汚い店の方を選んでいる。
「で、肝心のレンタル料はいくらなの?」
「1日あたり銀貨3枚と書いてありますわ」
「ちょめちょめ」 (お買い得じゃん!ラッキー!)
すると、そこへレンタルショップの店主がほうきを持ってやって来た。
「また来やがったのか。お前のような奴がいると客が逃げる。とっととどこかへ行きやがれ」
「ちょめちょめ」 (ちょ、ちょっと。ほうきの先で顔をこすらないでよ。痛いじゃない)
「ちょっとおじさん。この子は客よ」
「何が客だ。たたの虫じゃないか」
「見た目は変な虫だけど人間並みの知能を持っているのよ」
「ちょめちょめ」 (変な虫だけ余計よ、ルイミン)
ルイミンの言葉を聞いてもレンタルショップの店主は納得していない。
私のことをゴミを見るような冷ややかな目で睨みつけていた。
「とにかくだ。こいつを連れて出て行ってくれ」
「その前に、この屋台が欲しいんだけど」
「はん。何に使うんだ」
「”にらせんべい屋”をやるの」
「”にらせんべい”だと」
「ちょめちょめ」 (あなたには高尚な”にらせんべい”などわからないだろうけどね)
レンタルショップの店主は目的を聞いて考え込む。
そして私達の足元を見てふっかけて来た。
「よし、わかった。売上の1%がレンタル料だ」
「ええっ。1日あたり銀貨3枚じゃないの」
「やなのかい。俺はどっちでもいいんだぜ」
「ちょめちょめ」 (こいつ、客を見て値段設定するタイプなんて)
おかげでべらぼうなレンタル料を取られそうだ。
たくさん儲ければたくさんレンタル料を払わないといけない。
ただ、儲けが少なければレンタル料も僅かですむ。
”にらせんべい”は単価の安い商品だから儲けは少なくなるだろう。
ならば、こっちの方がお得かもしれない。
「ちょめちょめ」 (いいわよ、それで手を打とうじゃない)
「なんて言っているんだ?」
「この屋台が欲しいだってさ」
「そうか。なら、契約成立だ。ちょっと待ってろ。契約書を持って来るから」
そう言うと店主は嬉しそうに事務所へ契約書を取に行く。
「けど、売上の1%なんて大丈夫なのかしら?」
「”にらせんべい”をいくらで売るかにもよりますね」
「ちょめちょめ」 (全部、私に任せておけば大丈夫よ。心配しないで)
いちおう”にらせんべい”は2枚つけて銅貨1枚で売る予定だ。
子供のお小遣いでも買えるレベルにしてあるから客は多いだろう。
後はいかにして”にらせんべい”が美味しい食べ物であるか知ってもらうことが肝心だ。
すると、レンタルショップの店主が契約書を持って戻って来た。
「ここにサインをしてくれ」
「ちょめちょめ」 (ここでいいのね)
「おっ、何だ。ペンが勝手に動き出したぞ」
「ちょめちょめ」 (ちょめちょめちょめっと。これでいいわね)
「何だかよくわからんがこれで契約成立だ。レンタル料は月末に払ってくれよ」
「ちょめちょめ」 (わかったわ。それじゃあ行こう)
私はルイミン達に屋台を引かせてレンタルショップ屋を出て行った。
「で、この後はどうするの?」
「ちょめちょめ」 (食材の仕入れと場所取りと調理講習ね)
「いろいろとあるんだね」
「ちょめちょめ」 (一編にはできないから役割り分担をするわ)
とりあえず調理講習は食材の仕入れが終わらないとできないので最後にする。
なので先にやることは食材の仕入れと場所取りだ。
「どう言うチーム分けにするの?」
「ちょめちょめ」 (私とルイミンは食材の仕入れ、リリナとセレーネは場所取りをお願いするわ)
「ちょめ助と私が食材の仕入れで、リリナちゃんとセレーネが場所取りね」
「チーム分けはわかりましたけど、どんな場所がいいのかしら?」
「ちょめ助くんの要望を聞かせてください」
もちろん一番重要なのは人通りが多いところだ。
人がいなければ商売にならないから外すことができない。
だけど、人が多いだけでは不十分だ。
大通りのように人が行き交う場所だと立ち止まってはくれない。
できれば公園のようにのんびりとした場所が適している。
「ちょめちょめ」 (リリナ達が場所決めする時の感覚でやってもらえばいいわ)
「路上ライブをする時に場所取りをする感じで決めてくれればいいってさ」
「それなら任せてください」
「私達の得意とすることですわ」
リリナ達に私の考えが伝わったところでさっそく準備をはじめる。
「ちょめちょめ」 (それじゃあ私達は食材の仕入れに行くわよ)
「リリナちゃん。また後で会おうね」
「場所取りは任せてください」
「行きましょう、リリナさん」
私とルイミンは市場へ、リリナとセレーネは公園へ向かった。
「何を仕入れるの?」
「ちょめちょめ」 (必要なのはニラとタマゴと小麦粉と水よ)
「それだけ?」
「ちょめちょめ」 (”にらせんべい”はシンプルな料理だからね)
「ニラ以外はパンケーキの材料と似ているわ」
「ちょめちょめ」 (似たような食べ物だからね)
多少の材料の違いはあれど料理の仕方は同じだ。
小麦粉を溶いたものをフライパンで焼くだけだ。
それなのに違った感じに仕上がるのは使う粉が違うからだろう。
そんなことを話している間に王都の市場へ辿り着いた。
「ちょめちょめ」 (けっこうに賑わっているわね)
「ちょうど夕市の時間だからだよ」
「ちょめちょめ」 (朝市は聞いたことあるけど夕市なんて珍しいわね)
「王都では朝市、昼市、夕市と1日に3回市場も開かれるんだ。だから、1日通して市場は賑わっているよ」
1日に3回も市場を開くほど食材が豊富で大量なのだろう。
まあ、この王都は超巨大都市だから納得もできるのだが。
「ちょめちょめ」 (それじゃあ最初はニラから探すわよ)
「ニラなら野菜売場だね」
私とルイミンは市場の野菜売場を中心に探し回った。
「ちょめちょめ」 (クンクン。ニラの匂いがする)
「えっ、そう。私はわからないけど」
「ちょめちょめ」 (あったわ。あそこよ)
「ちょめ助、待ってよ」
ようやく野菜売場でニラが置いてあるのを見つけた。
「ちょめちょめ」 (何、このニラ。ずいぶんとしなびているのね)
「あまり新鮮には見えないね」
私はニラの鮮度を確めるためニラを追っておつゆの出具合いを見た。
しかし、そのニラの鮮度は悪くておつゆが出て来なかった。
「ちょめちょめ」 (これじゃあ家畜のエサにしかならないわ)
「ダメみたいだね」
「ちょめちょめ」 (他の野菜売場を見に行くわよ)
「その方がいいね」
私とルイミンは他の野菜売場に置いてあるニラを探しに行った。
だけど、どの売場のニラも同じ状況でしなびたニラしか置いてなかった。
「ちょめちょめ」 (これだけ探しても新鮮なニラがないなんて)
「たぶん夕市だからかもしれないね。野菜とかは朝市がメインだから」
そう言えばあっちの世界ではレタスを収穫する時に早朝から収穫をしていたことを覚えている。
それは太陽が昇ると鮮度が落ちてしまうから薄暗い時間から収穫をはじめるのだ。
だから、朝市に新鮮なレタスが大量に出荷されている。
「ちょめちょめ」 (朝市か……)
「明日の朝出直す?」
「ちょめちょめ」 (それよりも確実な方法があるわ)
「確実な方法?」
それは生産者と直接取引をする方法だ。
中間マージンを省けるから市場で手に入れるよりもお安くできる。
おまけに新鮮なニラを定期的に仕入れられるから願ったり叶ったりだ。
「ちょめちょめ」 (ねぇ、おじさん。このニラはどこで仕入れているの?)
「おじさん、このニラはどこの畑で採れるの?」
「ああ、それかい。そのニラは王都の南東に広がる畑で採れるよ」
「ちょめちょめ」 (生産者の名前を教えてちょうだい)
「畑の主は何と言う名前なの?」
「ゴスケさんだよ。野菜を中心に幅広く栽培しているよ」
名前だけわかればこっちのものだ。
後はゴスケと直接交渉すればいい。
「ちょめちょめ」 (ありがとう)
「ありがとうございました」
私達は市場のおじさんにお礼を言ってその場から離れた。
「ちょめちょめ」 (次はタマゴよ)
「タマゴは朝市じゃないと売っていないよ」
「ちょめちょめ」 (ええーっ、そうなの)
「タマゴは朝採れるからね」
タマゴなんてスーパーで売っているものしかみたことがないから知らなかった。
スーパーへ行けばいつでもタマゴを売っているものだから好きな時に買える。
しかも、お安いと来たから食卓には欠かせない一品になっているのだ。
「ちょめちょめ」 (なら、タマゴの仕入れ先も調べないとね)
「直接交渉するの?」
「ちょめちょめ」 (その方が確実だからね)
「なら、あそこのおじさんに聞いて来よう」
私達は近くにいた市場のおじさんにタマゴの仕入れ先を尋ねる。
王都の東側で鶏卵場を営んでいるダイゴと言う人物を教えてもらった。
「ちょめちょめ」 (とりあえずニラとタマゴは明日に回すわ)
「後は小麦粉と水だね」
「ちょめちょめ」 (小麦粉は保存がきくものだから2、3袋仕入れるわよ)
「なら、台車を借りた方がよさそうだね」
1袋10キロあるから担いで運ぶのは難しい。
ましてや私達はか弱き乙女なのだ。
ルイミンは市場のスタッフから台車を借りて来た。
「ちょめちょめ」 (それじゃあ小麦粉を探すわよ)
「小麦粉ならあそこだよ」
ルイミンが指を差した方を見ると茶色い袋がたくさん積んであった。
「ちょめちょめ」 (ねぇ、おじさん。小麦粉を3袋ちょうだい)
「おじさん、小麦粉を3つ売ってください」
「悪いね、うちはバラ売りしてないんだよ」
そう言って市場のおじさんは断りを入れて来る。
その隣で小麦粉を荷馬車に積んでいる商人がいた。
「ちょめちょめ」 (私はお客なのよ。少しぐらいいいじゃない)
「どうしてもダメなんですか」
「参ったな。うちは大口しか相手にしていないからな」
すっかりおじさんは困ってしまい腕を組んで考え込む。
そんなに難しいお題を提示したわけでもないのに不思議だ。
すると、小麦粉を馬車に積んでいた商人が声をかけて来た。
「お嬢ちゃん、小麦粉を欲しいのかい?」
「はい。3つほどですけど」
「なら、これを持ってきな」
「いいんですか?」
「構わないよ。どうせ取引先に卸しに行くだけだからな」
「ありがとうございます。それじゃあ遠慮なく」
商人は大口で仕入れて複数の取引先に卸す。
そのため小口で取引するのでバラ売りしても構わないらしい。
ルイミンは小麦粉3袋分の代金、銀貨3枚を商人に渡した。
「毎度~」
「やったね、ちょめ助。小麦粉が手に入ったよ」
「ちょめちょめ」 (後は水だけね)
これが一番難易度が高いかもしれない。
水ならどこでも手に入るけれど純度の高い水でないといけない。
不純物が混じっていると味に影響するから妥協できないのだ。
「水ならどこでも手に入るよ」
「ちょめちょめ」 (ダメよ。そこらへんにある水じゃダメ)
「何で?」
「ちょめちょめ」 (ニラやタマゴと同じで鮮度も大切なの)
「水に鮮度なんてあるの?」
「ちょめちょめ」 (もちろんあるわよ。水道の水よりも湧き水の方が新鮮なのよ)
コンビニでも”富士の水”など採取している場所を記した水を売っている。
富士山のイメージと水のイメージがマッチして新鮮さを強調しているのだ。
おまけに富士ブランドも確立されているから想起しやすくなっている。
「なら、湧水を探すの?」
「ちょめちょめ」 (もちろんそのつもりよ)
「えーっ、もう夕方だよ。夜になっちゃうよ」
「ちょめちょめ」 (それでも探すの。妥協はできないわ)
こだわるならとことんまでこだわならいと意味がない。
アーヤのラーメンに対抗するならなおさらのことだ。
新鮮な食材を使っているとふれ込めば”にらせんべい”のイメージも向上する。
とかく客は体によいものを欲しがるからなおのことこだわるのがいいのだ。
「ねぇ、ちょめ助。明日にしようよ」
「ちょめちょめ」 (ダメよ。他の誰かに取られちゃったらどうするつもり)
「水なんて取られないよ。そこに湧いているんだもん」
「ちょめちょめ」 (それでも水をくむ権利を牛耳る奴もいるのよ)
とかく湧き水などは見つけたもん勝ちの節がある。
湧き水はみんなに共有できるものなのだけど権利を主張したがる。
とかく人間はお金になると判断すると何でもするのだ。
私とルイミンは市場を後にして王都の近くにある山間を探した。
「ちょめ助、もう帰ろうよ。こんなところにいたらモンスターに襲われちゃうよ」
「ちょめちょめ」 (モンスターぐらい問題ないわよ。それより水よ)
「ちょめ助はモンスターの恐ろしさを知らないのよ。人間を食べるって噂もあるんだから」
「ちょめちょめ」 (なら、私が逆にモンスターを食べてあげるわ。この口でね)
この世界に来てから1度もモンスターに出会ったことはない。
王都から離れているミクの家の周りにでさえモンスターはいなかった。
だから、王都から少し出たぐらいでモンスターに出会うことはないのだ。
「なら、ちょめ助だけ水を探して入れば。私は帰るからね」
「ちょめちょめ」 (薄情者。ルイミンがそんな奴だとは思わなかったわ)
「何とでも言っていいよ。モンスターに襲われるよりマシだから」
「ちょめちょめ」 (もう、怖がり過ぎなのよ、ルイミン。って、もう行っちゃった?)
後を振り返るとそこにルイミンの姿も台車も残っていなかった。
きっとルイミンが荷物を持って帰ってしまったのだろう。
空を見上げると東の空から夜が近づいていた。
「ちょめちょめ」 (ルイミンの根性なし)
私はブツクサと文句を言いながら湧水がないか探し回る。
しかし、どこを探しても湧き水が出ている場所はなかった。
「ちょめちょめ」 (何よ、ぜんぜんないじゃん。王都に水があるんだから近くに湧水があってもおかしくないでしょう)
でなければ王都に水があることが説明できない。
どこからか水を通してなければ王都に水があることがないのだ。
「ちょめちょめ」 (きっとどこかに大量の湧水があるんだわ。絶対にそう)
私は山間を奥へ奥へと進んで行った。
その頃になると陽はすっかり沈んで辺りが薄暗くなってしまう。
「ちょめちょめ」 (私がちょめ虫だから平気なのだけど人間であったら無理ね)
ルイミンが心配していた通り夜の森は危険なのだ。
冒険者ですら夜の森を出歩くことはしない。
それはモンスターが暗闇を好むからだ。
辺りも妙に静まり返っていて恐怖を連れて来た。
「ちょめちょめ」 (もう、帰った方がいいかも)
さすがの私も怖くなって来てしまった。
暗闇はちょめ虫になってからでも怖い。
人間と同じように昼間しか活動していないからだ。
私は来た道を引き返して王都へ急ぐ。
すると、不意に草が擦れる音が聞えて来た。
「ちょめちょめ」 (ヒィッ。風のいたずらよね。そうよ、きっとそうだわ)
しかし、そう思っていたのは私だけで木陰からゴブリン達が姿を現した。
手にはこん棒や槍、弓矢などを持っている。
アニメで見た通り体は緑色で小柄だ。
しかも牙が鋭くてクマのような爪を持っている。
あれでひっかかれたら一撃で仕留められてしまうだろう。
「ちょめちょめ」 (何よ、やる気なの。私に手を出したら酷い目に合うからね)
「グキー」
「グホグホ」
「ググググ」
ゴブリンは何やらゴブリン語で会話をしている。
何を言っているかわからないがピンチであることに変わりはない。
1匹だったら相手にできるけれど5匹も相手にはできない。
いくらテレキネシスがあるからと言って一度に相手するのは無理だ。
「ちょめちょめ」 (仕方ないわ。今のうちに擬態して姿を眩まそう)
私は擬態を使って辺りの背景に溶け込む。
「ちょめちょめ」 (これで後は逃げるだけね。それじゃあ、さよなら)
そう私がその場から立ち去ろうとするとゴブリンが私の前に立ちはだかった。
「ちょめちょめ」 (私が見えているわけ。そんなことないわよね。きっと偶然だわ)
私は方向転換をして逆の方に歩いて行く。
すると、再び別のゴブリンが私の前に立ちはだかった。
「グギー」
ゴブリンは棍棒を振り回して私を威嚇する。
「ちょめちょめ」 (偶然なわけないわよね……)
辺りを見回すとすっかりゴブリン達に囲まれてしまっていた。