第七話 思わぬところで
私はさっそく手に入れた擬態の能力を使ってみることにした。
使い方はテレキネシスと同じで頭の中で念じてスイッチを入れるだけ。
テレキネシスみたいにずっと念じなければならない訳ではないので楽だった。
「ちょめ?」 (どう?擬態できたかしら)
「ブルルルン」
馬小屋の馬はすぐに私を見つけて鼻先で頭を押す。
(何よ、見つかったじゃない。ちょっと、ちょめジイ。ちゃんと擬態できているのでしょうね)
(試しに馬小屋から出てみればよい)
(それもそうね)
馬は動物的な感覚を働かせて私の居場所を見破ったのかもしれない。
とかく動物は視覚による情報収集はあまりしていないものだ。
犬なら鼻、ネコならヒゲと言った具合に得意の感覚を優先している。
それはいち早く天敵や獲物の気配を察知せねばならないからだ。
私は外の様子を確かめて誰もいないことを確認してから外に出る。
ちょめジイのことを信じていない訳ではないがいちおう念のためだ。
(これで大丈夫なのかしら。ちょっと自信がないわ)
(その辺を歩き回って村人のいる場所まで行けばよい)
と言うことで私は村の中を歩き回って村人を探した。
村の中は相変わらず妙な緊張感に包まれている。
喧騒も聞こえないし馬車が走る音が遠くから聞えるぐらいだ。
辺りを見回しても村人の姿はどこにも見えない。
まるでゴーストタウンに迷い込んだようだった。
(何よ。みんなして畑にでも行ったっての。これじゃあ擬態できているかわからないじゃない)
今の私を見てくれる人がいないと確認できない。
本当に私が見えないのか思い違いだったら恐ろしい。
ちょめジイのことだから嘘を教えることはしないだろうけど。
私が辺りを見回しながら立ちつくしていると後ろから馬車が近づいて来た。
(ラッキー。これでわかるわ)
馬車は避けることもせずに真っすぐに進んで来る。
御者台に座っている行商人には私の姿は見えていないみたいだ。
ただ、馬の方は私の居場所がわかっていてわざわざ避けて通り過ぎて行った。
(どうじゃ。ワシの言った通りじゃろう)
(とりあえずありがとうを言っておくわ)
これで私の行動範囲も大きく広がったようなもの。
姿が見えないのなら透明人間になったのと変わりない。
これならば簡単に女湯に潜り込める。
そしてあられもない姿になっているカワイ子ちゃんを見まくるのだ。
ムフフフ。
考えただけでよだれが出て来る。
私は女の子だけど他の女子の裸は気になるのだ。
私よりも大きいとか小さいとか気にすることは多い。
女子も男子と同じでおっぱいのサイズを比べあうのだ。
一応今のところペチャぱいだけど将来は大きくなる予定だ。
グー。
そんなバカなことを考えていたらお腹が鳴った。
(お腹が空いたわ。とりあえず食べ物を探しに行ってみるわ)
(気をつけて行くのじゃぞ)
そう言うとちょめジイは念話を切った。
とりあえず私は村の中を歩き回って食べ物を探しに出かけた。
キャンプの時のように匂いが頼りだから嗅覚は研ぎ澄ませる。
空を見上げると太陽が10時に差し掛かっているところだった。
お昼にはまだ早いけれどお昼の用意をしているかもしれない。
一番、可能性が高い民家のある村の東側へ向かった。
ちょうど家の前で子供達が遊んでいる姿が見える。
家の周りからは離れようとはせずに家のそばにいる。
家を離れようとすると母親に叱られるようだ。
(随分と警戒しているわね。やっぱり幼女の生ぱんつを奪ったせいかしら。でも、これじゃあ家に近づけないわ……って私は今擬態しているんだった)
ついいつもの癖で自分の姿が見えていると思ってしまう。
擬態をしていても何が変わる訳でもないから自分ではわからないのだ。
とりあえず私は子供達が遊んでいる民家に近づくことにした。
周りの様子を気にしながら恐る恐る近づいて行く。
だが、子供達も女達も私のことにはいっさい気がつかなかった。
(大丈夫みたい。擬態は成功しているようね)
私は子供達に近づいて行って様子を窺ってみる。
しかし、子供達は全く気がつかずにボール遊びしていた。
(完璧だわ。これなら女湯にだって潜り込めるわ。とりあえず家の中に入ってみるわ)
私がどこかに入口がないか探しているといきなり背後から何かが襲って来た。
フギャン!
子供達が蹴ったボールが私の後頭部を直撃したのだ。
ボールはあらぬ方向に飛んで行ったが子供達は気にしない。
そして私がいることに気づかず踏みつけにして行った。
フギャン!フギャン!
足の裏に妙な感覚がして子供達は振り返ったがすぐにボールを追い駆けて行った。
(何も踏みつけにしなくたっていいでしょう。前歯がゴチンとなっちゃったわ)
だけどこれで擬態が完璧であることが証明された。
ただ、周りから見えないのも考えものだと思った。
便利ではあるが、ある意味不便な能力なのかもしれない。
私は泥を払うと体を起こして立ち上がった。
後頭部には足跡とボールの跡がついている。
まあ、私には見えないからどうなっているのかはわからないが。
私は素早く民家の軒先に移動してどこかに入口がないか探した。
(玄関には鍵がかかっていないけど閉まっているわ。テレキネシスで扉を開けてもいいけど、近くに母親がいるから見つかっちゃう)
なので他の入口を探すため壁伝いに民家の周りを一周した。
すると、西側の窓が少しだけ空いているのを見つけた。
換気のために風通しをよくしているのだろう。
窓があるところまでは2メートルぐらいの高さがある。
ただちょめ虫のベースは芋虫なので壁を這って登れる。
さっそく私は壁を這って窓のあるところまで登って行った。
(この部屋は主寝室のようね。大きなベッドが1つあるわ)
私は堂々と窓から主寝室の中に入って行く。
部屋の中は人の家の独特な匂いがする。
けっして臭くはないが私の部屋とは大違いだ。
私の部屋は芳香剤の匂いがしていたから。
(とりあえず金目の物を見つけるわ……って、ちがーう!)
誰も見ていないのにひとりでノリツッコミをしてしまう。
これも中坊あるあるのひとつだ。
子供は人の真似をするものだが中坊クラスになるとネタを考えるようになる。
同級生の爆笑をさらうため常日頃からお笑い番組を見て学習しているのだ。
ただ、今の私のノリツッコミは最低ランクに位置するほどウケてはいない。
自分でもそれがわかるからなぜだか恥ずかしい気持ちになった。
(スベリ芸人もきっとこんな気持ちなのね……)
私は気を取り直して主寝室の扉を開けてリビングに移動する。
リビングは主寝室より広くてダイニングと一体型になっていた。
(外から見ると普通の民家だったけど中はすごいわね)
高級家具や調度品はみあたらなかったが質のよいものを揃えている。
残念なことを言えばリビングはおもちゃが散乱していたことだけだ。
それは幸せな家庭そのものなのだがせっかくの雰囲気が台無しだ。
きっと母親は毎日おもちゃの片づけに追われているのだろう。
私はおもちゃを掻き分けてリビングを抜けるとキッチンへまでやって来る。
キッチンは母親のテリトリーと言うことだけあってキレイに片づいていた。
(冷蔵庫があるわ。とりあえず食べられそうなものを……)
私はテレキネシスを使って冷蔵庫の扉を開けると中を物色した。
冷蔵庫の中には取り分けしたタッパが並べられている。
タッパの中には様々な料理が取り分けされている。
忙しい家事を楽にするために時短をしているのだろう。
その下には肉の塊やソーゼージなど肉類が入っている。
さらにその下は瓶ビールが山のように入っていた。
この量からすると主はけっこうな飲兵衛なのだろう。
扉側には卵や調味料の類が並べられてあった。
下の野菜室には生野菜が山のように入っている。
ちゃんと保湿できるように新聞が巻いてある。
冷凍室にはアイスと氷がたくさん入っていた。
(ここの家の主婦はできる主婦のようだわ)
私の家と比べ物にならない。
私の家は両親が共働きだったからいつも店屋物だった。
スーパーの味が母の味と言ってもいいほど店屋物に頼っている。
働いているから時間がないと言うことはわかるがもう少し頑張ってもらいたいものだ。
(とりあえずソーセージをもらおうかしら)
ここへ来ての肉はありがたい。
この世界に転移して来てからまともな食事をしていないからなおのことだ。
できればパンにはさんでホットドックにしたかったが贅沢は言えないだろう。
ムシャムシャムシャ。
(うまーっ!)
肉のうまみが口いっぱいに広がって幸せな気持になる。
適度な弾力もあって肉を噛み締めることが楽しい。
このソーセージを火で炙れたらもっと美味しくなるだろう。
ソーセージを噛み締める度にパリッと音が鳴って弾けて……。
考えただけでよだれが出て来るわ。
(でも、さすがに火は使えないよね。そんなことをしたらすぐにバレちゃうもの)
仕方がないので生のソーセージで我慢することにした。
(ねぇ、ちょめジイ。この食料を取り置きしておけないかな)
(バリボリ……何じゃ、また用か)
(また、ポテチ食べていたでしょう)
(モグモグ……ゴクリ。そんな訳なかろう。それより何じゃ?)
(だから、この食料を取り置きしておけないかと思って。また、いつ食事にありつけるかわからないから)
(そんなのはできん)
ちょめジイは私の言葉を聞くなりきっぱりと否定して来る。
(”ちょめリコ棒”はぱんつを仕舞っておけるんだから同じ要領で出来るんじゃないの?)
(”ちょめリコ棒”はぱんつ専用のマジックアイテムじゃ。他のことには使えん)
(なら、”ちょめリコ棒”のように亜空間に仕舞っておくことは?)
(それもできん。食べ物をしまっておけるほど容量はないからな)
(チッ、使えないわね)
(何と言われてもできんものはできん)
きっとちょめジイは面倒くさいから否定しているだけだ。
亜空間にぱんつを仕舞っておく技術を開発しているのにできないはずがない。
まあ、でもここで粘ってもひっくり返らないから他の方法を考えるしかない。
(とりあえず食溜めをしておくわ)
私はお腹の中に入るだけ食べ物を入れた。
これで何日もつのかわからないけどお腹は満たせた。
(ふわぁ~。お腹がいっぱいになったら眠くなって来たわ)
私は冷蔵庫の扉を閉めると来た道を引き返して馬小屋に戻った。
主寝室のベッドの誘惑は強かったがそこで眠る訳にも行かない。
もし家主に見つかってしまえば大変なことになってしまうからだ。
だから、しばらくの間は馬小屋が私の宿になるのだ。
私は乾草のベッドの上に寝ころんで深い眠りについた。
その頃、村の男達は村長の家に集まっていた。
今後の具体策を決めるための会議をしている。
ローラー作戦は不発に終わったから別の対策が必要なのだ。
「やっぱりまたローラー作戦をするべきじゃないのか。このままではいられない」
「だが無駄に労力を割くだけだぞ。もし次もまた不発に終わったらどうするつもりだ」
「もう森の中には隠れていないと見るべきかもな」
あれだけ森の中を探し回ったのだからもう潜んでないと見ていいだろう。
何の痕跡がなかったことからしてもその可能性は高いのだ。
「だが、だったら犯人はどこに隠れているんだ」
「もしかして、すでに村の中に入っているかもしれないぞ」
「それはあり得ないだろう。俺達が気づいてからすぐに警備体制を強化したのだからな」
「だが、村を出入りしている行商人に扮したらどうだ。それなら見分けがつかないぞ」
確かにそれが一番可能性が高い方法だ。
この状態になっても行商人の出入りは規制していない。
物流が滞ると村人の生活が成り立たなくなってしまうからだ。
イメル村は畑があるので自給自足はできるがそれだけでは外貨が稼げない。
なので観光業や交易に力を入れて村の経済を支えているのが現状だ。
ただ、これ以上、規制を強化してしまうと全てが滞ってしまう。
「もし、犯人が村の中に入っているとしたらどこに隠れているんだ?」
「行商人達と同じで宿に滞在しているのじゃないか」
「だが、それだと2、3日しか滞在できないぞ。行商人達は体を休めるだけだからな」
もし、犯人が宿に宿泊していないとしたら村のどこかに身を潜めていることになる。
それは村人達にとって非常に脅威となる。
常に犯人の目が光っていることを意味しているからだ。
「最悪のことだけは考えたくないな」
「最悪って何だよ?」
「どこかの民家に潜り込んで人質を取っているってことだよ」
「そんなことがあるものか。ここにいない奴はいないだろう」
男達はお互いの顔を見合わせて誰も欠けていないことを確かめる。
だが、その心配は無用で村にある民家の主は全てこの場にいた。
「ビビらせるんじゃねぇよ」
すると、村長の家の玄関の扉が激しくノックされた。
「何だ?」
「そ、村長。お伝えしたいことが。扉を開けてください」
「おい、扉を開けて中に通すんだ」
村長の家に駆け込んで来たのは近所の主婦だった。
青い顔をしながら血相を変えて雪崩れ込んで来る。
そして村長の前に躍り出ると集まっていた男達に伝えた。
「私の家に何者かが忍び込んだのです。冷蔵庫の食料が喰い漁られてありました」
「何じゃと!」
「最悪の事態になったな……」
近所の主婦の言葉を聞いて村長たちは言葉を詰まらせる。
心配していたことが現実に起こってしまったからだ。
すでに犯人はこの村の中に忍び込んでどこかに身を潜めているのだ。
「で、犯人はひとりなのか?」
「恐らくひとりだと思います。食い漁られた食料も僅かでしたから」
「非情にマズいことになったな」
「このことは他言無用じゃ。他の村人の耳には入れてはならぬぞ」
迂闊に情報を漏らせば村が混乱に陥ってしまう。
犯人を捕まえることも大事だが今は村の安定が必要だ。
ただでさえ緊張感に包まれているのだからなおのこと。
「村長さん。早く犯人を捕まえてください。このままでは不安で外にもでれません」
「わかっておる。後のことはワシらに任せておけ。お主は家に戻って子供達を家の中に入れてカギをかけておくのじゃ」
「……わかりました」
近所の主婦は不安そうな顔を浮かべていたので他の男が家まで送り届けた。
「村長、どうするつもりだ?村の中を探し回るのか」
「それは返って危険じゃ。もし、犯人に逆上されて人質でも取られた日には目も当てられなくなる」
「なら、どうするんだ」
「……彼らに頼るしかないようじゃ」
そう言って難しい顔をしながら村長は机から一枚のチラシを取り出した。
「何だ、それは?」
「名探偵の仕事募集のチラシじゃ」
「名探偵?」
「以前に王都へ行った時に入手したのじゃ」
そのチラシには”名だたる事件を解決して来た名探偵。あなたのお悩み解決します。お仕事の依頼はこちらまで”と住所も記載されてあった。
「犯人を捕まえるなら探偵の方がいいと言う訳か」
「そうじゃ。冒険者を雇っても返って危険になるじゃろう」
「そうだな。冒険者はモンスターを倒すことが本業だから力任せなことをするかもしれない」
「そんなことをすれば返って犯人を刺激してしまうのじゃ。ことはデリケートな問題だから慎重に進める必要があるのじゃ」
男達は村長の提案に納得してコクリと頷く。
「で、今から依頼すればいつぐらいにその名探偵は来るんだ?」
「王都までは3日ぐらいで手紙が着くじゃろう。それからと言うことになるから1週間はみておいた方がいいな」
「それまでは犯人に怯えながら過ごさなければならないのか」
「お主達は極力、家から離れる時間を少なくするのじゃ。村の経済も大切じゃが、家族の方がもっと大切じゃからな」
それがどれだけできるのかが問題でもある。
村の男達がみな家に籠ってしまえば村の経済は滞ってしまう。
おまけに畑も荒れてしまうから適度に外にでなければならない。
だから、女達には家で子供達の面倒を見させることにするのだ。
それ以外のことは男達と年寄りで何とかすることに決まった。
「さっそくワシは名探偵に手紙を認める。お主達は家に戻っているのじゃ」
「ああ、わかったよ。そっちは任せたからな」
村長たちは会議を終わらせるとそれぞれの家に戻って行く。
1週間後にまた集合することに決めて、それまでは大人しくしてもらうことにした。
村長は男達を見送ると机に座って紙とペンを取る。
「まずは村の現状を簡単に書いておかなければな」
正確な情報を伝えなければ名探偵とて判断はできないだろう。
自分達の手で解決できる案件なのか把握する必要がある。
今回の事件は殺人事件ではないが危険であることは間違いない。
今でも村の人間だちが犯人に怯えて暮らしているのだから。
だから、名探偵にはぜひとも犯人を捕まえてもらわねばならない。
村長の悲痛な叫びも文字に変えて手紙に認めた。
「あとはこの手紙を行商人達に頼んで王都まで持って行ってもらうだけじゃ」
村の男達に頼む方法もあったが1週間も家を空けるのは危険が伴う。
もし、男達が留守の間に民家が襲われたら目も当てられなくなる。
だから、今の現状では村人をひとりでも欠く訳にはいかないのだ。
村長は家を出て行商人達が集まっている酒場に向かった。
「頼みがあるのじゃが」
「何だ?」
「この手紙を王都のこの住所まで届けてほしい。報酬はやる」
そう言って村長は認めた手紙と報酬の金貨5枚を行商人に渡した。
「いいだろう。俺に任せておけ」
「任せたからな」
金貨5枚と報酬は高くついたが行商人は快く引き受けてくれた。
頼んだ行商人の風貌はガタイがよくて見た目的にも強そうな男だった。
村に何度も出入りしている顔馴染の行商人だったので信用した。
「あとはこの手紙が名探偵のところに着くのを待つだけじゃ」
村長は酒場を出て空を見上げる。
太陽は既に15時を指していて西の空が変わりはじめるところだった。
この平和な空を見ている限りではイメル村が不穏な状況になっているとは思えない。
だが、それは間違いのない事実で村人は犯人に怯えて生活しているのだ。
だから、いち早く事件が解決することを強く望んだ。