第百二十話 大泥棒
アイドル部の部室の金庫は思いの外重厚な造りをしている。
中にどれだけの部費が入っているのかわからないが中々だ。
きっと厳重にしている分だけ中身に期待してもいいかもしれない。
「ちょめちょめ」 (さて、部費を拝借しようかしら)
私はテレキネシスを使って金庫のノブをひねってみる。
「ちょめちょめ」 (んっ、んっ。やっぱり開かないか)
わざわざ金庫に入れているのだしカギをかけていないことはない。
カギもかかっていなかったら何のための金庫なのかわからなくなってしまう。
金庫はプッシュ式のタイプで暗証番号を入力するようになっている。
だから、ピッキング道具を使っても金庫が空かない仕組みだ。
「ちょめちょめ」 (これは手強いわね)
ダイヤル式だったら適当にいじっていれば開く可能性もある。
けれど、プッシュ式は的確な暗証番号がなければ開かないのだ。
「ちょめちょめ」 (どうしようかしら。金庫ごと持って帰ろうかな)
金庫は置いてあるだけだから持って帰ることもできる。
ただ、持って帰ってもカギが開かなければ意味がない。
私が欲しいのは金庫の中身であって金庫でない。
「ちょめちょめ」 (仕方がないわ。片っ端から暗証番号を入力してみよう)
私は思いつく暗証番号を適当に入力しまくって開錠に試みた。
しかし、やれどやれどスカばかりで正しい暗証番号を見つけられない。
数字のボタンが0~9まであるから何万、何十万通りの組み合わせを試さないといけないのだ。
それから30分、アイドル部の部室の金庫を対峙した。
だけど、カギが開くことはなくただ疲れただけだった。
「ちょめちょめ」 (ハアハアハア。だめだわ。勘じゃビクともしない)
私はその場にへたり込んでガックリと肩を落とした。
「ちょめちょめ」 (これじゃあ無駄に時間を使うだけだわ。もっと効率の良い方法を見つけないと)
せめて暗証番号の数字さえわからばなんとかなる。
10通りある数字が4つに絞られるから組み合わせもぐっと減る。
全部で256通りの組み合わせを試せばいいからだ。
「ちょめちょめ」 (暗証番号がわかる方法はないかしら)
私は頭をひねりながら金庫を見つめアイデアが降って来るのを待つ。
“レパン”だったらちょちょいのちょいで金庫を開けてしまう。
ただそれは”レパン”だからデキることであって私にはできない。
私にもできるもっと的確な方法を考えないといけない。
すると、私の脳裏に刑事ドラマの現場検証のビジョンが浮かび上がった。
「ちょめちょめ」 (刑事ドラマで現場を調べるとき鑑識が入るのよね)
刑事ドラマではよく事件現場に鑑識が入っている映像が流れる。
数字のカードを置いたり写真を撮ったりしながら資料を集めて行く。
中でもよく見かけるのが耳かきの綿のような棒で指紋を調べている映像だ。
粉のようなものを振りかけて指紋を浮かび上がらせる。
そして透明のフィルムに貼りつけて指紋を採取しているのだ。
「ちょめちょめ」 (鑑識の持っているような粉なんてないしな……あっ、そうだ。小麦粉で代用できるかも)
実際はやってみないとわからないが同じ粉だから指紋を採取できるかもしれない。
精度は悪くても、どのボタンが押されているのかわかればそれだけで十分だ。
私はさっそく転移の指輪を使ってミクの部屋に戻る。
そしてママにお願いして小麦粉を分けてもらった。
「ちょめ太郎、小麦粉を持って料理でもするの?」
「ちょめちょめ」 (まあ、そんなところよ)
「できたら私にも味見させてね」
「ちょめちょめ」 (余ったらね)
出かけにミクがそんなことを言って来るので適当にあしらった。
今はミクに説明するよりもアイドル部の金庫を開けることの方が大切だ。
あまり時間をかけていれば授業が終わって部員がやって来るかもしれない。
その前に仕事を終わらせて戻って来る必要がある。
私は再び転移の指輪を使ってアイドル部の部室に戻った。
「ちょめちょめ」 (準備が整ったところで、さっそくはじめてみよう)
うまく行くかはわからないが出たところ勝負だ。
私はテレキネシスで小麦粉の入った袋を持つと金庫に振りかける。
なるべくボタンのところにたくさん小麦粉がつくように調整した。
すると、すっかり金庫が小麦粉で覆われて真っ白く変わった。
「ちょめちょめ」 (こんなものでいいわ)
後は小麦粉を払って指紋を浮かび上がらせるだけだ。
私は大きく息を吸い込んで白くなった金庫に吹きかけた。
「ちょめちょめ」 (ブホッ。ゲホゲホ)
軽い小麦粉は宙に舞い上がり辺りを真っ白に変える。
目にでも入れば痛くなるから私は目を細めて作業を続けた。
一通り金庫に息を吹きかけるとほとんどの小麦は落ちた。
そして狙い通りよく押されているボタンのところに小麦粉が残った。
私はミクの家から持って来た耳かきの綿を使って小麦粉を落して行く。
「ちょめちょめ」 (見よう見まねだけれど案外うまく行くものね)
少しずつ小麦粉を払って行くと指紋がくっきりと浮かび上がった。
「ちょめちょめ」 (3と5と8と9のボタンのところに指紋があるわ)
と言うことは暗証番号は3と5と8と9の数字の組み合わせと言うことになる。
この4つの数字の組み合わせを256通り試せば暗証番号がわかるのだ。
「ちょめちょめ」 (ここからは体力勝負ね。私が勝つか金庫が勝つかの勝負よ)
私は忘れないように床に3と5と8と9の数字を書いておいた。
程よい感じで小麦粉が散らばっているので文字をかけるようになっている。
それはいいのだが私も小麦粉まみれになっていて少し白ばんでいた。
それから私は片っ端から順番に数字を組み合わせて行ってカギが開かないか試した。
「ちょめちょめ」 (そう簡単に問屋を下ろしてくれないようね)
すでに100通りの数字の組み合わせを試してみたがカギは空いていない。
残りは156通りだからようやく半ばまで来た感じだ。
「ちょめちょめ」 (単純な作業って意外と疲れるのね)
想定する数字のボタンを押してから金庫のノブをひねるという作業の繰り返しだ。
数字のボタンを押し間違えるとやり直しになるので慎重さも求められる。
大した作業ではないのだけれど神経を使うせいか肩が凝ってしまった。
「ちょめちょめ」 (と言うか、私に肩ってあったかしら……)
人間の時の感覚がまだ残っているから何となく肩が凝っていると感じるのだ。
そんなことを考えながら時折首を回して肩をほぐしてから作業を続ける。
そして200通りを越えたところでようやく暗証番号の数字の並び順に行きついた。
その数字の順番にボタンを押したらカチッとカギの開く音が聞えたのだ。
「ちょめちょめ」 (やったー!金庫のカギが開いたわ)
暗証番号は8359で8から順番に押して行けばいいのだ。
「ちょめちょめ」 (フゥー。長い勝負だったわ。でも、これで私の勝ちね)
私は首を回してから金庫の前に立ってニンマリと笑みを浮かべる。
この中にアイドル部の部費が入っていることを思うと期待が膨らむ。
どれだけ入っているかわからないが恐らくたくさん入っていると思う。
リリナ達は週1で路上ライブをしているからがっぽりと稼いでいるはずだ。
私は期待を膨らませながらテレキネシスを使ってゆっくりと金庫の扉を開いた。
「ちょめちょめ」 (おおっ、大きな布袋が置いてあるじゃん)
金庫の中には大きな布袋とたくさんの資料が置いてあった。
資料は入部届や契約書の類で部員の数だけ揃えてある。
きっと何か問題が起こった時のために保管しているのだろう。
それよりも。
私はパンパンに膨れ上がっている布袋の方が気になる。
恐らくこれが部費だから思っていた以上にたくさん入っていた。
「ちょめちょめ」 (さ~て、その煌びやかなお顔を見せてちょうだい)
私は布袋の紐を解いてから布袋の口を大きく広げた。
「ちょめちょめ」 (うひょーっ。たんまりとあるじゃない)
中から顔を出したのは金貨と銀貨の山だった。
ざっと見積もっても50枚ぐらいはあるだろうか。
円に換算したら途方もない金額になる。
「ちょめちょめ」 (アイドル部って儲かるのね)
これもみんなリリナ達のファンが出したお金だ。
ファンは推しのためなら金額はいとわないからたんまり稼げる。
私も”ななブー”にはたんまりと使ったからわかるのだ。
「ちょめちょめ」 (これだけあればいろんな事業展開をできそうだわ)
当面は”にらせんべい屋”だけれど他のことを考えてもいいかもしれない。
”にらせんべい”は材料費もかからないから単価が安くなるので儲けも薄い。
アーヤの豚骨ラーメンに比べたら儲けに大きな差ができるだろう。
「ちょめちょめ」 (後のことはその時になったら考えればいいわ。今はこれを持ち帰ることだけね)
私はテレキネシスを使って布袋を持ち上げようとしたがよろめいてしまった。
「ちょめちょめ」 (意外に重いわね。これじゃあ持ち運びできないわ)
小分けにして少しづつ運び出した方がいいかもしれない。
「ちょめちょめ」 (とりあえず、掴めるだけ掴んでミクの部屋に転移しよう)
そう思った時、誰かの話声が聞こえて来て部室の扉が開いた。
「でさ、先生の頭が真っ白になっちゃって」
「ウケる~。今どき扉に黒板消しを挟む罠に引っかかる人もいるのね」
「それって小学生ぐらいじゃない」
「先生、その時、両手が塞がっていたから足で扉を開けたのよ」
「なる~。それじゃあ仕方ないわね」
「けど、その後大変だったんじゃない」
「まあね」
そんなお喋りを楽しそうにしながらアイドル部の部員たちがロッカールームに入って来る。
話の感じだと3名ぐらいいるようだ。
私はその場で固まって息を殺しながら待ち構える。
ここで気づかれてしまえば私は泥棒になってしまうからだ。
だから、その前に何としてでもここから離れなくてはならない。
「あっ、また大きくなったんじゃない」
「そうかな。けど、最近、肩が凝るんだ」
「羨まし~い。私なんかお腹のお肉がつまめるようになったのよ」
「それヤバいかも」
「そのままにしておいたらおデブの仲間入りね」
「いや~。おデブだけは勘弁して」
どうやらアイドル部の部員たちは着替えをはじめたようだ。
お互いの体をチェックし合うなんて青春の一ページだ。
大人になったら自分で鏡を見てチェックするようになる。
誰もツッコんでくれる人がいないからちょっとだけ悲しい。
「ちょめちょめ」 (とりあえず気づかれていないようだわ。今のうちに逃げよう)
私は部費を小分けにすることを諦めて大きな布袋を持って逃げることにした。
テレキネシスを使って布袋を引きずって自分の方へ手繰り寄せる。
その時に椅子にぶつかって大きな音が出てしまった。
「ねぇ、今、音しなかった?」
「先客がいるの?」
「えっ、でも、私達が一番乗りじゃない?」
ロッカールムから驚いた声が聞えて来たので私は身構える。
すると、歩く音が近づいて来たので私はその場で転移の指輪を使ってミクの部屋に逃げ込んだ。
「ちょめちょめ」 (ハアハアハア。なんとか逃げて来られたわ)
「ちょめ太郎、どうしたのその格好」
「ちょめちょめ」 (ちょっと料理に手間取っちゃって)
「料理って」
ミクに自分の格好をツッコまれてしまったので適当にあしらう。
鏡に映った自分の姿は頭の先からつま先まで真っ白だった。
イメージカラーの緑色がなくなって白色のちょめ虫になっていた。
「ちょめちょめ」 (とりあえずシャワーを浴びて来るから待っていて)
「それはいいけど、この大きな袋は何?」
「ちょめちょめ」 (それがアイドル部の部費よ)
「部費って……わぁーっ、すご」
ミクは布袋の口を開いて驚きの声をあげる。
「ちょめちょめ」 (アイドル部はけっこう儲けているのよ)
「こんな大金はじめて見た」
「ちょめちょめ」 (まあでも半分は私のおかげよ)
「でも、勝手に持って来てもいいの?」
「ちょめちょめ」 (いいのよ。その中には私の稼いだ分も入っているんだから。それに私はプロデューサーなんだから部費を使う権利はあるわ)
「けど、マズいんじゃない」
ミクは大金を見て急に怖くなったようだ。
弱気な言葉を吐いて逃げ出そうとする。
「ちょめちょめ」 (心配しなくてもいいわよ。これは借りているだけで後で返すつもりだからね)
「そうなの。でも、私はちょっと」
「ちょめちょめ」 (ミクには協力してもらうからね。通訳がいないとはじまらないもの)
「……」
私が協力を言及したのでミクは逃げ場をなくして黙り込んだ。
そんな私達のやりとりとは裏腹にアイドル部の部室は騒ぎになっていた。
奥の部屋に置いてあった金庫が破られて部費がなくなっていたからだ。
おまけに奥の部屋は小麦粉が散らばっていて荒らされた形跡が残っている。
第一発見者の部員たちは酷く怯えていて青い顔をしていた。
「犯人は見なかったの?」
「私達が部屋に入った時には誰もいませんでした」
「ただ、金庫が破られていて部屋がこんな状態で」
「先生、泥棒ですよね。これって泥棒の仕業ですよね」
顧問の先生は現場の様子をみて第一発見者の部員たちに話を聞いていた。
「間違いなく泥棒でしょうね」
「どこから入ったんですか。部室にはカギがかかっていたんですよ」
「私達が部室に入る時にはカギを開けましたから」
「合鍵を持っていたのですか」
「わからないわ。ただ、これはプロの犯行よ」
素人の顧問の先生から見てもプロの犯行と言うことに行きつく。
これが素人の犯行であれば目撃されたりしていたからだ。
誰にも見つからずに施錠されていた金庫を開いて部費を盗む。
明らかにプロの泥棒にしかできない所業だ。
「酷い荒らされようですね」
「あっ、リリナちゃん」
「盗まれたのは部費だけですか?」
「あっ、ロッカーを確認していなかった」
「今すぐ確認して来ます」
リリナの指摘を受けて部員たちは自分のロッカーを確認しに向かった。
「先生、これはプロの犯行でしょうか」
「間違いないわ。何も痕跡も残していないからね」
リリナは先生と話をしながら現場の様子を確めた。
「先生、荷物は大丈夫です」
「私も何も盗まれていません」
「ブルマーも運動着もあります」
「部員たちの荷物にはいっさい手をつけず部費だけを盗む。これは間違いなくプロだわ」
「先生、警察を呼びましょう」
「そうね。それが一番ね」
話がまとまったところで顧問の先生が部屋を出て行こうとした時にセレーネが立ち塞がった。
「先生、警察に連絡するのはマズいのではないでしょうか」
「どう言うこと?」
「騒ぎになるのは避けるべきだと思うのです。例のいじめの一件があったので学院に悪いイメージがついています。ここでまた騒ぎになればさらに学院のイメージがダウンするでしょう」
「それもそうね。でも、どうしようかしら」
セントヴィルテール女学院としたら今回のことはなるべく騒ぎにしたくない。
もし騒ぎになってしまえばセレーネが指摘する通りイメージダウンになるからだ。
一度落ちたイメージを回復させるのには長い時間と労力が必要になる。
そのリスクとコストを考えたら迂闊な行動はとれないのだ。
「先生、私に任せてもらえませんか」
「任せるって?」
「知り合いに迷探偵がいるんです。今回のことはその迷探偵に任せるつもりです」
「迷探偵って、大丈夫なの?」
「見た目はボロ雑巾のようですけれど腕は確かです」
「何だか不安だわ」
顧問の先生は浮かない顔を浮かべながらセレーネの提案を危惧する。
名探偵ではなく迷探偵でしかも見た目がボロ雑巾のようだからだ。
それだけ聞いても腕のいい迷探偵とは想像できない。
しかし、警察沙汰にはできないので選択肢は他にない。
「先生」
「わかったわ。その迷探偵に任せるわ」
「ありがとうございます。では、さっそく依頼をして来ます」
「セレーネさん、このことは内密でお願いね」
「承知しました」
そう言うとセレーネは部屋を出て行って迷探偵に依頼へ向かった。
「セレーネって意外に顔が広いよね」
「セレーネさんの人脈の賜物です」
「けど、見た目がボロ雑巾のような迷探偵ってどんなのだろう」
「ルイミンちゃん、心配しなくても大丈夫ですよ。セレーネさんに任せておけば安心です」
リリナの自信はどこから来るのかわからないがルイミンはちょっと安心した。
「それじゃあ、みんなは教室に戻って」
「「はーい」」
「言っておくけど誰にもしゃべっちゃだめだからね」
「「はーい」」
その返事をどこまで信用してもいいか顧問の先生は不安だった。
女子はお喋りをしたがるからついうっかり話してしまうこともある。
ましてやこんな大スクープを見逃す女子はこの世にはいないだろう。
「このことが外に漏れたらあなたがた自身にも影響があるからね。その辺を自覚しておきなさい」
「わかってますよ。私達、そんなに愚かじゃありません」
「そう言うところが心配なのよね」
「あーっ、先生。私達のことを信じてない」
「「ブー」」
部員たちは不満そうな顔をして一斉にブー垂れた。
「みなさん、安心してください。セレーネさんに任せましょう」
「リリナちゃんがこう言っているんだから信用しなさい」
「先生もいいですよね」
「わかったわ。みんなのことも信じてあげる。だから、他言無用よ」
リリナのフォローで部員たちも先生もひとまず納得した。
後はセレーネが依頼をしに行った迷探偵次第だ。
犯人が捕まれば晴れて事件は解決する。
もし、できなければ部費は戻って来ないのだ。
今できることは疑うことではなく信じることだ。
その方が心強くいられるから不安が生じない。
リリナ達は答えが出るまでしばらく待つことになった。