第百八話 ファーストシングル
翌日から私の作詞作曲作業ははじまった。
集中できる環境が必要なのでミクの部屋を借りた。
勝手がまるでわからないので机とにらめっこ。
「ちょめちょめ」 (作詞なんてどうやったらいいのよ)
これまで作詞を作った経験は全くない。
あるとしても国語の授業でやった詩づくりだけだ。
それも適当にやっていたから全然身についていない。
早朝から作業をはじめて1時間も過ぎていた。
その間、ペンが進まずに何も書き出せていない。
ワンフレーズも頭の中から出て来なかった。
「ちょめちょめ」 (ダメだわ。これじゃあ何もはじまらない)
これまでに”アニ☆プラ”の楽曲ならすり減るまで呼んで来た。
だから、少しぐらい書けるかと思っていたがまるで違かった。
インプットはできてもアウトプットに繋がらないのだ。
「ちょめちょめ」 (”アニ☆プラ”の楽曲を丸写ししようかしら)
”ファニ☆プラ”は”アニ☆プラ”にちなんでつけた名前だし、ここは異世界だ。
著作権侵害とかモラルとかは一切関係ない。
だけど、”アニ☆プラ”ファンとして丸パクリはプライドが許さない。
それは”アニ☆プラ”への冒涜で、”ななブー”を裏切ることになる。
「ちょめちょめ」 (ダメよ、私。甘い誘惑に負けちゃいけないわ)
不意に”ななブー”の笑顔が浮かび上がって私は自分を取り戻す。
「ちょめちょめ」 (これは私の試練なのだわ。プロデューサーとして”ファニ☆プラ”をメジャーにしなければならない)
そのためならどんな試練だって乗り越えるのだ。
とりあえずスマホを取り出してネットで作詞のやり方を検索した。
「ちょめちょめ」 (作詞のやり方っと……この記事が良さそうだわ)
私は”誰でも簡単に作詞ができるようになる方法”と言う記事を選んで表示させた。
記事には以下のことが書かれていた。
①テーマを決める
②サビで一番伝えたいことを書く
③Aメロであらすじを書く
④Bメロで情景を描く
⑤メロディーのことを考えて文字数を意識する
だった。
テーマは何でもいいそうだ。
例えば、恋愛とか青春とか応援などと言ったキーワードで十分だ。
そしてひとつのキーワードを選んで掘り下げて行く。
例えば恋愛だったら、純愛なのか失恋なのかすれ違い、両想いと言う具合に掘り下げる。
恋愛で失恋をテーマにするとしたら、どんな失恋を描くのかを決める。
例えば、”青春時代の甘くてほろ苦い失恋や彼氏から振られてしまった失恋”など。
そこまでできたら誰の視点なのかを決める。
例えば、”親友に彼女を盗られて戸惑っている僕”の視点や”告白したのに素っ気ない態度で振られてしまった私”の視点と言った具合にだ。
最後はテーマから思い浮かぶキーワードを書き出して行く作業だ。
ここで5W1Hに分けて書き出しておくといいらしい。
例えば、”親友に彼女を盗られれ戸惑っている僕”だったら場合は。
いつ……登校時間、お昼休み、放課後、休日
どこで……学校の廊下、駅のホーム、学校の帰り道、近くの公園
誰が……主人公、彼女、親友
何を……告白する、嘘を吹き込む
なぜ……親友の彼女を好きになったから
どのように……彼女を呼び出して告白する、待ち伏せして告白する
ここではとにかく思いつくキーワードを書き出すのがいいらしい。
そして次は実際に歌詞に書き起こして行く作業に移る。
テーマを考慮しながらキーワードを組み合わせて歌詞にして行く。
この時にストーリーを作っておくと作業が捗るらしい。
「ちょめちょめ」 (んなこと言われてもテーマなんて思いつかないよ)
恋愛や青春なんてありきたりだし、応援だって同じだ。
誰もが書き尽くして来たテーマだから新しいフレーズなんて思いつかない。
どうせストーリーを考えてもどこかで聴いたことのあるストーリになってしまうのがオチだ。
「ちょめちょめ」 (やっぱり禁じ手を使おうかな)
禁じ手と言うのはAIに歌詞を書かせることだ。
今はAIが進化しているから絶妙な歌詞を書いてくれる。
キーワードさえ間違えなければ完成されたものが出来上がるのだ。
「ちょめちょめ」 (だけどな……なんか間違っているような気もするし、卑怯にも見える)
やっぱり自分で頭を捻って考えた歌詞でないと伝わらない。
AIなら的確なフレーズを書き出すかもしれないけれど人の言葉には敵わない。
それっぽくできても所詮それっぽいだけなのだ。
「ちょめちょめ」 (やっぱり自分で考えるか)
私はお手本に習ってテーマを決めることからはじめた。
まずは、書き出せそうな”青春”をテーマに考えてみる。
”青春”だったらやっぱり”部活”が思い浮かぶだろう。
次はどんな”部活”なのか書き出して行く。
私は”推し活”をしていたから”部活”はしたことがない。
なので、”大好きなアイドルの推し活をする部活”と言う設定にしておいた。
「ちょめちょめ」 (これなら書き出せそうだわ)
次は5W1Hの分解作業だ。
いつ……放課後
どこで……ライブ会場
誰が……主人公、アイドル
何を……推しに気持ちを伝える
なぜ……アイドルのファンだから
どのように……握手会で直接会って
「ちょめちょめ」 (ここまでは何とかできたわね)
次はストーリー作りだ。
ここでどんなストーリーにするかによって歌詞の内容も変わって来る。
私が考えたストーリーはこんな感じだ。
”大好きな推しの握手会のチケットを手に入れた主人公が推しのライブに参加して握手会で自分の気持ちを伝えて両想いになる”
と言うものだ。
これは私の願望がいっぱい詰まったストーリーになっている。
とりわけ最後の”両想いになる”はまさに願望を現していた。
「ちょめちょめ」 (後はキーワードを書き出して行って歌詞を組み立てるだけね)
ここまでの作業だけで1時間も使ってしまった。
とかく頭を使う作業は体力をすごく使うから疲れてしまう。
学校の授業や宿題を終えた時には酷く疲れていたのを覚えている。
「ちょめちょめ」 (よし、キーワードを書き出すわよ)
自分が主人公になったと思って書き出すことにした。
ななブー、好き、愛している、誰にも渡したくない、私だけのモノ、天使のような笑顔、コブタがカワイイ、ななブーも私を見ている、ライブでは何度も目が合う、何枚もCDを買った、グッズも全て持っている、ななブーに癒されている、元気をもらえる、大切にしたい、アニ☆プラ、一番輝いている、隠れセンター、可愛らしい声、仕草も素敵、恋をしている、愛よりも深い想い、ファンを虜にするなど。
次から次へとキーワードが思いつくのでノートは真っ黒になった。
「ちょめちょめ」 (ダメだわ。”ななブー”への想いが強すぎてキーワードが私の願望だらけになっているわ)
これじゃあ熱狂的なストーカーのようだ。
「ちょめちょめ」 (お手本ではこの後、キーワードをパズルのように組み合わせて歌詞を作っていくことになっているがストーカーの歌ができそうだ)
私はとりあえずお手本通り一番伝えたいことを書くサビの歌詞作りからはじめた。
ストーリーが、”大好きな推しの握手会のチケットを手に入れた主人公が推しのライブに参加して握手会で自分の気持ちを伝えて両想いになる”だから一番伝えたいことは――。
私の気持だ。
となると、こんな感じになるだろうか。
”世界中の誰よりもキミが好き 海よりも深い気持ちで抱きしめて”
”ふたりがひとつになれたなら 幸せへ続く空に虹がかかるだろう”
「ちょめちょめ」 (う~ん。何だかそれっぽくてそれっぽくない印象を受けるわ)
だけど、はじめてにしてはよくできた方だと思う。
比較するものがないから自己判断でしかないけど。
「ちょめちょめ」 (次はあらすじを書くAメロの作成よね。何も思いつかないわ)
そもそも私は国語が苦手だったから作詞には向いていない。
読書をしてもすぐに眠くなって居眠りしていることの方が多い。
だから、いつも国語の授業では教科書を立てて居眠りしていた。
おかげで国語のテストは赤点で取っても30点台だったのを覚えている。
「ちょめちょめ」 (あ~ぁ、こんなことになるなら国語の授業を真面目に受けておくんだったわ)
今さら後悔しても遅いが後悔せずにはいられない。
「ちょめちょめ」 (あらすじだからストーリーの全貌を書くのよね)
”推しのライブへ行って握手会で気持ちを伝えて両想いになる”だから――。
”指折り数えた日々 何もかもがキラめいて”
”鈍いアスファルトさえ 氷のステージのように見えた”
”押し寄せる人並みは 熱気と歓喜をはらんで”
”夢の世界へ運んでく そこにある幸せを求めて”
こんな感じだろうか。
「ちょめちょめ」 (全然、あらすじっぽくない)
これを自分で書いたのが恥ずかしくなるぐらいの出来だ。
ただ、思いついた言葉を連ねているだけの仕上がりになっている。
「ちょめちょめ」 (あーっ、こんなんじゃダメ。こんなのゴミよ、ゴミ)
私は仕上がりに納得がいかなくてノートを破って紙を丸めて捨てた。
その放り投げた紙が後から来たミクの頭にポンとあたった。
「ちょめ太郎、こんなところにゴミを捨てちゃだめじゃない。ちゃんとゴミ箱に捨ててよ」
「ちょめちょめ」 (今はそれどころじゃないの。話しかけないで)
「ちょめ太郎、どうしたの?……なんて顔しているの」
ミクは私の座っている椅子を回して私をミクの方に向ける。
そして私の酷い顔を見て驚きの声を上げた。
「ちょめちょめ」 (なんて顔って、私は前からこの顔よ)
「そうじゃなくて目の下にクマができているじゃん。顔色も悪いし、病人みたいだよ」
「ちょめちょめ」 (仕方ないじゃない。難題に挑戦しているんだから)
「難題って?」
ミクは机に広げてあったノートを覗き込む。
「宿題をやっていたの?」
「ちょめちょめ」 (宿題じゃないわ。作詞していたのよ)
「作詞!すごいじゃん。ちょめ太郎にも意外な才能があったのね」
「ちょめちょめ」 (全然、才能なんてないわ。うまい歌詞がかけないんだもん)
朝から作業をはじめて3時間も経っているのにひとつもできていない。
捻りに捻りを加えて書き出した歌詞もイマイチな仕上がりだ。
これではとてもじゃないが人前には出せない。
「うまく書く必要なんてないんじゃない」
「ちょめちょめ」 (どう言うこと?)
「作文もそうだけれど自分が体験したことを書くんだよ。そうすればスラスラと書けるよ」
「ちょめちょめ」 (推し活も体験したことだけど全然思いつかないのよ)
”ななブー”の推し活なんて私が元いた世界で日課のようにやっていたことだ。
実体験だから歌詞もスラスラと書けるはずなのにできないのは何が悪いのか。
圧倒的に経験の少なさだと思うけれど、今は作詞をしないといけないのだ。
「ちょめ太郎はきっと想いが強すぎていい言葉が出て来ないんだよ。だから、もっと客観的になれる体験にした方がいいよ」
「ちょめちょめ」 (推し活以外の体験なんてこっちの世界に来てからのことしかない)
「ちょめ太郎は私と出会う前は何をして来たの?」
「ちょめちょめ」 (教えてあげられないわ)
何せ”カワイ子ちゃんのぱんつ”を奪って来たのだから。
私が”ぱんつ”を盗っていることはミクは知っているが言わない方がいいだろう。
変にツッコまれて説明するのも面倒だし、”ド変態ぱんつ泥棒”とも思われたくはない。
「言いたくないならいいよ。どうせあのことだろうし」
「ちょめちょめ」 (何よ、その言い方。逆に気になるじゃない)
「とりあえず、そのことを書いてみるのがいいよ。きっとうまく行くはずだよ」
「ちょめちょめ」 (わかったわ。とりあえずその方向で考えてみるわ)
「じゃあ、私はルイの部屋にいるから何かあったら呼んでね」
そう言い残すとミクは隣にあるルイの部屋へと向かった。
「ちょめちょめ」 (それじゃあ”カワイ子ちゃんのぱんつ”を盗って来たことを書いてみるわ)
けれど、私の体験を元にすると客観的になれないから”ぱんつ”をテーマにしよう。
最初に盗ったのは”いちごぱんつ”だから”いちごぱんつ”にまつわるストーリーを考えよう。
”いちごぱんつをはじめて履いてよりカワイクなる少女”
「ちょめちょめ」 (イマイチだわ。”いちごぱんつ”に限らなくてもカワイイぱんつを履けばカワイくなれるわ)
もっと興味を引くようなストーリーにしないといけない。
ならば、誰もが興味を持つ恋愛の要素を加えてみることにした。
ストーリーはこうだ。
”片思いをしている少女がいちごぱんつを履いて自信をつけて好きな人に告白する”
って感じだ。
「ちょめちょめ」 (これなら恋愛要素も加わっているし、歌詞にしやすいかもしれない)
できればバラードじゃなくてポップな明るい感じの歌詞にしたい。
恋愛ソングはバラードが多いけれど楽しくなるような歌詞の方が合うはずだ。
私はできあがったストーリーを元にしてお手本通りに作詞を書きあげた。
「ちょめちょめ」 (できたわ。何とか書き上げることができた)
私はペンをおいて歌詞の書かれているノートを眺めてホッと息をついた。
全ての歌詞を書きあげるまでに3時間も時間を費やしてしまった。
途中でミクがおやつの時間を教えてくれたがおあずけにしておいた。
休憩を挟んでしまうとせっかく乗って来たリズムが失われてしまうからだ。
ヒラメキも大切だから最後まで集中していたかったのだ。
「ちょめちょめ」 (歌詞はこれでいいわ。あとは曲名ね)
どうせならインパクトのある曲名にしたい。
ありきたりの曲名だと誰の興味も引けないからだ。
曲名を見た人が驚くようなものがいい。
「ちょめちょめ」 (”いちごぱんつ”は入れたいわね)
このフレーズを外すと何の曲なのかわからなくなってしまう。
主要キーワードになるから外すことはできない。
「ちょめちょめ」 (あとは恋愛をしているのだから恋愛に関するフレーズね)
”初恋いちごぱんつ”
「ちょめちょめ」 (没ね。チョコレート菓子の名前のようだわ)
”大好きないちごぱんつ”
「ちょめちょめ」 (これじゃあぱんつに恋している歌になっちゃうわ)
私は頭を捻り倒してフレーズを絞り出した。
「ちょめちょめ」 (主人公は恋をしているんだから……そうだわ!)
”恋するいちごぱんつ”
よ。
これなら語呂もいいし、恋愛要素も入っている。
言葉だけ見るといちごぱんつが恋をしているように見えるが主人公がいちごぱんつを履いていて恋をしているのだと予想がつく。
字面だけみてもインパクトもあるし、これしかないだろう。
「ちょめちょめ」 (曲名は”恋するいちごぱんつ”に決まりよ)
ようやく作詞が終わったので私はホッと安心してしまった。
「ちょめちょめ」 (これでおやつが食べられるわ……って、曲がまだじゃん!)
作詞を書くことに全力を注いでいたので作曲することを忘れていた。
歌詞があっても曲がなければ楽曲は完成にならない。
「ちょめちょめ」 (作曲か……これはどうあがいても無理よね)
そもそもセンスもないし楽器も弾けない。
作曲にはギターやピアノが必要だ。
セントヴィルテール女学院の音楽室に行けばあるけれど弾けないのなら意味がない。
「ちょめちょめ」 (禁じ手だけれどAIの力を借りるしかないわ)
AIならキーワードを入れたらすぐに作曲をしてくれる。
しかも、キーワード次第で何通りもの曲を書いてくれるのだ。
その中から一番歌詞に合う曲を選べばいい。
私はスマホを取り出して音楽生成AIをインストールした。
「ちょめちょめ」 (明るい楽しそうな楽曲にしたいから、まずは”ポップ”よね)
私は思いつくキーワードを並べる。
”ポップ” ”カワイイ” ”リズミカル”
と打ち込んで音楽生成AIに作曲させてみた。
モノの数秒で音楽生成AIは候補となる曲を作ってくれる。
「ちょめちょめ」 (ポップで楽しいメロディーだけれど、ちょっと歌詞と合っていないな)
どちらかと言うとダンスが主役のメロディーになってしまった。
”リズミカル”と言うキーワードを入れたからかもしれない。
私は”リズミカル”の代わりに別のキーワードを入れてみた。
”ポップ” ”カワイイ” ”流行り”
すると、今度は流行りの音楽のような楽しい曲調の曲が出来上がる。
「ちょめちょめ」 (ちょっと違ったかな。いい線は行っているんだけどな)
キーワードを設定するだけでいいのは簡単だけれど組み合わせで悩む。
頭の中に描かれているイメージとマッチするような曲でないとダメなのだ。
次はガラリとキーワードを変えてみることにした。
”楽しい” ”エッチ” ”ぱんつ”
そして音楽生成AIが作った曲はおかしな曲調になった。
恐らく”ぱんつ”をうまく変換できなかったのだろう。
それから私は何度もキーワードを変えて音楽生成AIに作曲してもらった。
その中から有力候補になる曲を1つ選んだ。
「ちょめちょめ」 (とりあえず、この曲にするわ)
後はメロディーと歌詞を合わせて微調整をして行くだけだ。
メロディーに合うように文字数を合せないといけない。
曲の方をいじることができないから歌詞の方を変えるのだ。
私は編曲ソフトを使って仕上がった楽曲の微調整をした。
「ちょめちょめ」 (やったー、終わった)
この作業が一番時間のかかる作業だった。
フレーズを置き換える作業は思いの外難しい。
文字数制限があるから文字数内で納めないといけないからだ。
おかげで楽曲が出来上がった時には外は茜色に染まっていた。
『恋するいちごぱんつ』
作詞 ちょめ太郎
作曲 ちょメカ
編曲 ちょめ太郎、ちょメカ
ちなみに”ちょメカ”はちょめ太郎が音楽生成AIに作らせたのでメカをつけたした名前にした。