第五話 散策、イメル村
空が大きな口を開けて追い駆けて来る。
逃げても逃げても追い駆けて来る。
私を飲み込もうとして追い駆けて来る。
「ハァハァハァ。何よ、あの空。私が何をしたって言うの」
体が重くて思うように動かない。
まるで体中に重りを背負わされたような感じだ。
私は必死に空から逃れようと逃げ回る。
「いや、食べられたくない。まだ私にはやることがあるのよ」
まだ”ななブー”のサードシングル発売記念会に行ってないのに死ぬことはできない。
”ななブー”と握手をしてお喋りをしてチェキまで撮ってもらうのよ。
それから”ななブー”グッズを買って”ななブー”を応援してあげるの。
それがファンの使命なのよ。
「私は絶対に生き延びるんだから……わぁぁぁぁぁー」
そして私の願いは無残にも散ることになった。
私は空に飲み込まれて虚空の彼方に消えて行った。
「てっ、いやあぁぁぁぁぁー……ハッ」
勢いよく飛び起きてカッと目を開く。
すると、古ぼけた馬小屋の中にいた。
ただ、なぜだか頭に変な感触がある。
じめっとした柔らかいものが頭に絡みついていた。
「ちょめっ」 (ちょっと、私の頭を舐めないでよ。私は食べ物じゃないのよ)
「ブルルルン」
馬は私の頭を甘噛みしながら甘えて来る。
おかげで頭はベトベトになっていて気持ち悪い。
「ちょめ」 (もう、止めてよ。あなたのおかげで変な夢を見たじゃない)
「ブルルルン」
あれが夢であったことはよかったが現実は何も変わっていない。
私はちょめ虫のままで”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚集めなければならない”のだ。
どうせならこれも夢であって欲しかった。
そうしたら今頃、”アニ☆プラ”のサードシングル発売記念会を待ちわびていられたはずだ。
あと2日。
何としてでも日本に戻らなければならない。
グー。
そんなことを考えているとお腹が鳴った。
昨夜は、ちょめジイの恩赦でおにぎりをひとつ食べることができた。
だけどそれだけではお腹が満腹になっていない。
年頃の食べ盛りだからすぐにお腹は空くのだ。
「ちょめ」 (とりあえず鶏小屋へ行って卵を盗って来よう)
「ブルルルン」
私は頭に絡みつく馬の舌を引き剥がして鳥小屋へ向かう。
頭には乾草がへばりついていて毛が生えたようになっていた。
「ちょめ」 (あとで頭を洗わないとダメだわ)
生き物に頭を舐められたことがないから何とも言えない感覚が残っている。
匂いこそついていないが涎でベトベトで気持ち悪い。
おかげでテンションは駄々下がりだ。
鶏小屋へ辿り着くと鶏がエサに夢中になっていた。
「ちょめ」 (ちょっとだけ羨ましいけど今がチャンスだわ)
私は網腰に鶏の卵がないか巣の中を覗く。
しかし、卵はどこにもなくてすっからかんだった。
「ちょめ……」 (くぅー。一足遅れだったか。全部飼い主に取られてしまったみたい)
卵さえ手に入れることができたらスクランブルエッグやオムライスが食べれたのに。
残念だわ……と言うか悔しい。
馬が気をきかせてもっと早く起してくれていたら……。
朝に弱い自分を呪っても仕方ないが後悔せずにはいられない。
グー。
お腹は虚しく鳴るばかりでお腹はぜんぜん満たされなかった。
「ちょめ……」 (これじゃあお腹が減り過ぎて死んじゃうわ)
二度あることは三度あるって言うし、ちょめジイに頼んでみよう。
私は恐る恐るちょめジイに念話を送ってみた。
(ねぇ、ちょめジイ。お腹が空いたんだけどまたおにぎりを召喚してちょうだい)
(これだから嫌なのじゃ。少しだけ譲歩すればすぐにつけ上がって要求して来る。だからワシは反対しておったのじゃ)
(だって仕方ないじゃない。あてにしていた卵がぜんぜんなかったんだもの。これっきりにするからお願い)
(ダメじゃ)
(えーっ。昨日はくれたのに今日もくれたって罰はあたらないわよ)
(罰があたるのはお主じゃ。ワシは忙しいのじゃ)
プツ。
ちょめジイは理由をつけて念話を切ってしまった。
(何よ、自分ばっかり好き勝手やって。私だって好きでこうしている訳じゃないの。みんなちょめジイのせいじゃない)
考えれば考えるほど腸が煮えくり返るが現状を変えることはできない。
今の私はちょめ虫であって”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚集める”以外、自由になれる方法はないのだ。
(元の姿に戻ったらちょめジイの横面を殴ってやるわ)
私は肩を落としながら鶏小屋から離れると村の中央にある井戸へ向かった。
まずは水を浴びて頭をすっきりさせる必要がある。
冷たい水を浴びれば頭も冴えるしキレイになれるからだ。
空を見上げれば太陽が10時を指している。
村の中には人通りが少なく見つからずに井戸に近づける。
村の外に視線を向けると遠くの畑に人の影が見えた。
「ちょめ」 (朝から畑仕事だなんて大変ね。私は絶対に真似できないわ)
私のいつもの一日は”ななブー”のモーニングコールではじまる。
”アニ☆プラ”のグッズでメンバーの声を録音した目覚まし時計があるのだ。
ちょっと高かったけどファンとしては絶対に手に入れたいアイテムだ。
その後でモーニングコーヒーを飲みながら”アニ☆プラ”の音楽を聴く。
もちろんコーヒーにはミルクと砂糖がたっぷり入っている。
まだ私にはブラックコーヒーは早いからだ。
とりわけ”ななブー”のパートのところは何度もリピートして繰り返し聴く。
やっぱり推しの声を朝から聴けると一日がハッピーになれるのだ。
頭と心が癒されたら学校へ行く準備をはじめる。
学校には同じ”アニ☆プラ”のファンがいるので情報交換をするのだ。
大半は絶対的センターである”あずニャン”推しだけど私と同じ”ななブー”推しもいる。
私達”ななブー”推しのファンの間では絶対に”ななブー”がセンターを取ると噂になっていた。
それがサードシングルで実現したのだから注目度も高い。
(きっとみんなは今頃、心を躍らせているのだろうな……羨ましい)
そんなことを考えると今の現状が虚しく覚える。
ちょめジイに召喚されてしまったばっかりにチャンスを失うなんて悲劇としか言いようがない。
学校が終われば真っすぐに家に帰って来る。
”アニ☆プラ”のDVDを見る楽しみがあるからだ。
みんなで楽しみたいファンもいるが私はひとりで楽しみたい派だ。
”ななブー”を独り占めするために部屋に閉じ籠るのだ。
その時はおやつとジュースの確保は忘れない。
私の両親は共働きだから夜にならないと帰って来ない。
そのためおやつと簡単な軽食は用意されているのだ。
だからその間は私の部屋はライブ会場になる。
ガンガンと”アニ☆プラ”のDVDを回してダンスを真似して盛り上がる。
オタ芸はすでに男子仕様になっているから女子はしない。
なので女子の間では”アニ☆プラ”のダンスを真似るのが流行っている。
”アニ☆プラ”の音楽をかけて踊ってみた動画をネットにアップしているのだ。
(あーぁ。スマホがあれば”アニ☆プラ”の音楽が聴けたのに)
一日一回は”アニ☆プラ”の音楽を聴いているから聴かないと変な気分だ。
テンションは上がらないし、活力も湧いてこない。
頭の中では繰り返しリピートされているけど本物の音源が欲しい。
(スマホはこの世界に悪い影響を与えそうだから召喚してくれないだろうな)
そんなことを考えている間に村の中央にある井戸へ辿り着いた。
周りに村人の姿はなくガラ~んとしている。
空の桶が井戸の淵に乗せてあって水は入っていなかった。
(とりあえずテレキネシスを使えば水ぐらい汲めるわよね)
私は意識を集中させてテレキネシスで桶を持ち上げた。
そして迷わずに桶を井戸の中に放り込む。
すると、カラカラと音を立てながら桶が底まで落ちて行った。
ジャッポン。
(あとは桶を引き上げるだけだわ)
ただ”ちょめリコ棒”とは違って水の入った桶は思ってた以上に重い。
意識を集中させてテレキネシスを使うがすぐに集中が途切れてしまいそうになる。
(ハァハァハァ……辛い)
井戸は10メートルぐらいあるので中々の重労働だ。
途中で断念しそうになるが歯を食いしばって我慢した。
おかげで水がいっぱい入った桶を引き上げることができた。
(死ぬぅ……)
こんなに苦労をするならばちょめ虫のスペックを上げて欲しい。
「ちょめ」としか喋れないし、テレキネシスだけだなんて力不足だ。
その上、手足もないから自由度が全くない。
もともと人間だったからすごく不便に感じる。
(とりあえず水浴びはできそうね)
そのまま水を頭にかけるのもよかったが私は桶の中に頭を突っ込んだ。
水をかけたぐらいだけでは馬の涎は取れないと思ったからだ。
念入りに頭を洗わないとキレイになることは叶わない。
手がないので直接頭を洗うことができないがテレキネシスで水を回転させた。
おかげで傍から見たら映画のワンシーンみたいな光景になっている。
私の体は逆さまになって桶の中でクルクルと回り続けていた。
(ウプッ。ちょっと酔っちゃったわ……)
だけどキレイになれた。
例のごとく水は切れないので自然乾燥を待つ。
(天気もいいし、しばらくすれば乾くわ。お肌には悪そうだけど)
できれば水をキレイにふき取って保湿液でもつけたいところだ。
以外にも”ちょめ虫”の肌はきめが細かいので肌ケアが欠かせない。
若いうちからケアしておかないと肌がガサガサになってしまうのだ。
(とりあえず今は我慢するしかないわ)
私は村の中を見回しながら村人がいないか確かめる。
まずはこの村の情報を集めることが必要だ。
この村が何と言う村でどれだけの住人がいるのかだとか。
直接話を聞くことができないから会話を盗み聞きするしかない。
みんな畑仕事に出ているようで誰も見つけられなかった。
(仕方がない。遠いけど畑に行くしかないわ)
畑は村の外にあって広大な敷地を占めている。
芽だけが出ているだけなので何の野菜を作っているのわからない。
村人達は腰を曲げながら畑に生えている雑草を取っていた。
私は身を低くして畑の棟に隠れながら近づいて行く。
あいにく私の体の色は畑に馴染むので気づかれなかった。
(みんな真面目ね。こんな手のかかること普通はしたくないものよ)
私だったら絶対にしていない。
土で汚れるのも嫌だし、汗をかくことも嫌だ。
私にできることと言えば”ななブー”の推し活をすることぐらいだ。
いや、それだけをしていたい。
すると村人が手を止めて休憩をとりはじめる。
畑にシーツを広げてそこに座り込みお茶を飲む。
お茶うけは漬物と渋めのメニューだった。
(炎天下で作業をしているのだから水分と塩分の補給は必要ね)
ただ、畑で仕事をしていたのは年寄りばかりだった。
一番の働き手でもある男達の姿は見えない。
別の仕事に借り出されているのだろうか。
私は畑に馴染みながら村人たちのところへ近づいて行った。
「村の男共がおらんと仕事が捗らんな」
「仕方ないのじゃ。男達は村長の家に集まっておるからな」
「でも何で村長の家に集まっておるのじゃ、バアさん」
「ジイさんは知らんのか。変態が出たのじゃよ」
ジイさんとバアさんはお茶を飲みながら世間話をしている。
(今、変態って聞こえたけど。どう言うことかしら)
そのキーワードに私はすぐさま反応して聞き耳を立てる。
「変態とは何じゃ?」
「ジイさんは何も知らないようじゃな。森で幼女のぱんつが盗まれたのじゃよ」
「ぱんつとな」
「被害者は5人にも上るとのことじゃ」
ジイさんはきょとんとした顔でバアさんの話を聞いている。
ジイさんからしてみたら幼女のぱんつなど興味がないから理解できないでいる。
普通のジイさんならそう言うものだ。
ちょめジイは特殊なジイさんのようだから幼女の生ぱんつを欲しがるのだわ。
(でも、なんだか雲行きが怪しくなっているみたい……)
私が幼女ばかりを狙って生ぱんつを奪ったからだ。
だけど、おしっこをする時に履き忘れたとも考えられるわ。
子供っておしっこをする時、ぱんつを全部脱ぐから。
「世の中には変わった者もおるのじゃのう」
「くわばらくわばら。ワシのぱんつも盗られるかもしれんのう」
「ガハハハ。誰がバアさんのぱんつを盗るのじゃ。そんなもの雑巾にしかならぬわ」
(ナイスツッコミだわ、ジイさん。バアさんのぱんつなんて何の価値もない。ネットに売りに出しても売れ残るところだわ)
いずれ自分もバアさんになることを考えると虚しくなるが、それはずっと先のことだ。
私がバアさんになるころにはバアさんのぱんつにも価値がついているかもしれない。
そんな淡い期待を抱きながら私はジイさんとバアさんの話に耳を傾けた。
「そんなことを言って。ぱんつを盗ったのはジイさんじゃないのか」
「バカを言うでない。ワシは若い娘のぱんつにしか興味ない。幼女なんて眼中から外れておる」
「ジイさんも懲りんのう。そんなことを公言しておるから若い娘から嫌われるのじゃ」
「嫌よ嫌よも好きのうちじゃ。バアさんは知らないようじゃがワシは意外とモテるのじゃぞ」
(それはきっとジイさんの勘違いだわ。若い娘はイケメンにしか興味ない。いや、女子はいくつになってもイケメンしか好まないのだ)
私がいた日本でも若い男性アイドルに夢中になっているバアさんはけっこういた。
長生きするための秘訣と言って若者並みに推し活していたのを覚えている。
それはジイさんも同じことだろう。
結局のところ人間は若さが一番なのだわ。
「さてと、くだらない話はここまでにしておいて続きをするのじゃ」
「よっこらしょっと。ずっと座っていたから腰が痛いわい」
ジイさんとバアさんは話を止めて残りの仕事の続きをはじめた。
(年寄りが元気なことは喜ぶべきことね。それよりも村長の家に集まっている男達のことが気になるわ)
どんな話にまとまるのか現段階では予想もできない。
村中の男達が集まるぐらいだから重要な会議になるのだろう。
今後の私の身の振り方にも影響するから調べておいた方が良さそうね。
私は畑を離れてトンボ返りをして村に戻って来る。
そして村長の家を探しに村の中を歩き回った。
(村長の家の場所を聞いておくべきだっだわ)
今の私のサイズからしたら村は大都会だ。
犬や猫のような機動力はないから村を中を探し回るのにも苦労する。
ちょっと歩いただけで息は切れるし、汗だくになってしまう。
(これじゃあ何のために水浴びしたのかわからないわ)
おまけに民家の飼い犬には吠えられるし、ノラ猫にはガンをつけられる。
確かに犬や猫からしたら私は宇宙人なのだろうけど同じ生き物なのだ。
もうちょっと大事に扱ってもらってもいいはずよ。
(ちょめ虫って嫌われものなのかしら……グスン)
日本の学校でも私はオタクグループの中心にいた。
対立していたギャルグループを追い抜いてカーストの上位になったぐらい地位は高かった。
それなのにこんな風に下等生物に見られるなんてことは腹立たしい。
けっしてちょめ虫は犬や猫に劣るほど知能は低くないのだから評価されるべきだ。
なんて言ったって人間である私がちょめ虫に転生しているのだから。
(それにしても村長の家ってどこにあるのよ。もう1時間は経っているわよ)
民家のある村の西側を中心に見て回ったが村長の家は見つけられない。
村長の家と言うぐらいだから他の民家とは格が違っているはずだ。
もしかしたらでっかいお屋敷なのかもしれない。
(こんな時にスマホがあれば一発なんだけどな。検索マップで見たら一目瞭然だし)
まあ、検索マップがこの世界の情報までカバーしているとは思わないけれど。
でも、生成AIを組み合わせたら意外と可能かもしれないわ。
とにかくここ最近のAIの発展は著しいから。
私は村の大通りで足を止めて辺りを見回して確認する。
辺りに建っているのは普通の民家ばかりだ。
都会とは違って商店街や繁華街はないからシンプルな造り。
だから、村長の家なんてすぐに見つかると思ったのだけど。
すると、村の中の鐘が鳴ってお昼を告げた。
(いやーん。もう、お昼になっちゃったじゃない)
お腹も空いているし、村長の家も見つからないしで苛々して来る。
このまま行き倒れにでもなったらどうなってしまうのか。
珍しい生き物だからはく製にされるかもしれない。
(あーん、もう。ちょめジイ、お腹空いたー。何か食べ物を召喚してよ)
……。
(完全無視を決め込むつもりね。ムカつくわ)
確かに私はちょめジイに甘えているけどちょめジイしか頼る人はいなのだ。
全く知らない世界に召喚されてちょめ虫になってしまったのだから仕方ない。
もし、私が普通に人間として召喚されていたらこんなことにはならなかっただろう。
自分の力で道を切り開いて冒険をしていたはずだ。
(これもそれもみんなちょめジイの責任なのよ)
おまけに”カワイ子ちゃんの生ぱんつを100枚集める”使命も与えるし、やりたい放題だ。
そんなにぱんつが欲しければ自分で集めればいいだけの話だ。
それをいたいけな私に押しつけるなんて非常識にも程がある。
(このままのたれ死んだらちょめジイを恨むからね)
そんな文句を呟いてもちょめジイは全く反応を見せなかった。
恐らく今頃、コンビニの弁当を召喚して漫画を読みながら食べているのだろう。
ちょめジイのことだから十分にあり得る。
(あーん。余計なことを考えたらお腹が空いて来ちゃったじゃない)
もう16時間も何も食べてはいない。
断食と思えばどうと言うことはないのだろうけど体に悪い。
育ち盛りなのだから我慢はいけないのよ。
そして不意に村の北の方向へ視線を送ると視線が止まった。
小高い丘の上にひと際大きな家が建っていたからだ。
(あれが村長の家よ。間違いないわ)
やっとのことで私は村長の家を見つけることができた。