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第百話 ナコルの決断

サム達と別れた後、私はひとりで過ごしていた。

すぐにはアーヤの事務所の扉を叩くことができなかった。

それはサム達を捨てたと言う後ろめたさがあったからだ。

実際は教会に預けただけだけどサム達と別れたのは事実だ。


「きっとサム達は私のことを恨んでいるだろう」


一応、手紙は置いて来たがそれだけでは不十分だ。

だからと言って私に選択肢はなかった。

”ナコリリ”を辞めたことでサム達の仕事がなくなってしまったのだ。


「私といっしょにいるよりも教会に行った方が幸せになれるわ」


でなければ何のためにさよならをしたのかわからない。


神父さんの話では毎日食事を出して、お勉強までしてくれるってことだ。

”同じ身寄りの子供達もいるからすぐになれるだろう”とも言っていた。


「やっぱり同年代の子供達がいた方が楽しいよね。すぐに友達になれるし」


私と違ってサムもアンもいじめっこじゃないからすぐに友達ができるだろう。

そうすれば私のこともすぐに忘れてしまう。

楽しさの中に身を置いていれば悲しみなどすぐに消えてしまうのだ。


「私は私の成すべきことをやらなくちゃ」


私は心の中の迷いを振り切って顔を上げる。

だけど、一歩前に踏み出すことができなかった。


「やっぱりサム達のことが心配だわ。ちょっとだけ様子を見に行こうかな……」


サム達に見つからなければ問題はないだろう。

神父様にも”いつでも遊びに来ていいから”と言われている。

様子を見に行くだけだから大丈夫なはずだ。


私は回れ右をしてサム達が預けられた教会へ足を向けた。





教会は王都の東側の端っこの広場に建っている。

古い教会なので礼拝に訪れる信者たちはいない。

なので、辺りは静まり返っていて子供達の声だけが響いていた。


「この教会に来るのは2度目だけど、改めて見ると酷いわ」


教会の形は保っているが窓ガラスにヒビが入っていたり、屋根に穴が開いたりしている。

補修されているので雨風は建物の中には入って来ないが、教会の中は1、2度温度が低い。

冬にでもなれば寒くてしかたないだろう。


教会の運営費は信者たちの寄付で成り立っている。

なので寄付がなくなると教会は破たんしてしまう。

新しい教会が建設されるときは寄付が減ったと言う。

それでもやりくりできたのは神父様たちがバイトをしたからだとの話だ。


そうまでして教会を守ろうとする神父様たちには頭が上がらない。

神父様やシスターたちは自分達の幸せよりも孤児達の幸せを一番に願っているのだ。


「私とはぜんぜん違う。やっぱり神に仕える人達は心まで清らかなのね」


いじめっこをして手を汚して来た私には到達できない地位だ。

私の心はすっかり薄汚れていて涙で洗っても汚れが落ちない。

それはまるで使い古したぞうきんのような汚さだ。


ただ、そんな私でもサム達の将来を心配することはできる。

私のようになってほしくないから教会で勉強して立派な人間になってほしい。


「サム達ならきっとできるはずよ」


短い時間しかいっしょにいなかったけれどサム達のことはわかっているつもりだ。

サムは妹想いの優しいお兄ちゃんで妹のためなら何でもできる強さを持っている。

時にリーダーシップをはっきして私達をぐいぐいと引っ張って来た。

私の前では甘えは見せたことがない。


妹のアンは純粋で無垢で素直な女の子だ。

幼いからワガママを言うけれど話せばちゃんとわかってくれる。

サムが強いお兄ちゃんだからアンが弱く見えてしまうけれどそうでもない。

ひとりでいても”寂しい”と言ったことはないのだ。


「いっしょにいた私の方が子供だったかもね」


そんな想いを巡らせながら教会のたもとまで歩み寄った。


ちょうどお勉強の時間で子供達が椅子に座って前を見ている。

先生をしているのは神父様でちょうど算数の授業をしているようだ。

黒板には数字と果物や動物のイラストが並べられていた。


「サム達はどこにいるかな」


私は背伸びをして教会の窓から中の様子を確める。

サムとアンは一番後ろの席に仲良く並んで座っていた。


「ちゃんとノートとえんぴつももらったようね」


机の上に広げられたサムのノートには落書きが書いてある。

退屈だから気分転換に落書きをしたのだろう。

アンのノートにも花やイチゴの絵が描かれてあった。


「何だか親になった気分だわ」


親が子供を想う気持ちはきっとこんな感じなのだろう。

子供がちゃんと勉強してくれたらいいが、授業を受けているだけで嬉しい。

たとえ落書きをして遊んでいても、その場にいることだけで十分なのだ。

そこに子供の成長を感じられるからであろう。


「これなら大丈夫そうね」


私がほっと安心をして気を抜いた瞬間、サムがこちらを見た。

サムと目が合ってしまって私は固まってしまう。

すると、サムが席を立って教会から飛び出して来た。


「何しに来たんだよ!」

「え、あっ。ちょっと様子を見にね」

「帰れ!ここはお前の来ていいところじゃない!」

「サム……」

「気安く俺の名前を呼ぶんじゃねぇ!」

「……」


サムはすごい剣幕でまくし立てて来る。

まるで憎しみの全てを私にぶつけているかのようだ。


「帰れ!」

「悪かったと思ってる」

「何が悪かっただ。端から俺達を騙していたんだろう」

「そんなことはないわ。サム達との暮らしは楽しかった」

「嘘をつけ!楽しかったら出て行くことなんかしないだろう」

「それはサム達の将来のことを考えてよ」

「そうやって大人達は将来のことを口にして子供達を垂らし込むんだ。自分達の将来なんて自分達で決めれる」


サムがこんな風に思ってしまうのは今まで出会って来た大人のせいだろう。

愛情を持って育てていれば素直な子供になっていたはずだ。

それをそう変えてしまったのは全て大人達の責任なのだ。


サム達の両親はサム達のことをゴミのように捨てたらしいから深く傷ついた。

そのことがトラウマになっていて同じようなことが起こると重ねて見てしまう。

私が家を出た時にも過去のトラウマが蘇って来たのだろう。


「サムは傷ついて来たんだね。ごめんね」

「同情しているつもりか?俺はそんなものに騙されないぞ!」

「同情なんかじゃないわ。心の底からサム達のことを心配しているの」

「嘘だ、嘘だ!俺達を裏切ったやつの言うことなんか信じるかよ!」


私の言葉にさらに逆上してサムは感情を撒き散らす。


素直に受け入れられないのは裏を返せば、それだけ心に響いていることだ。

ただ、愛情が傷口に染みるから痛すぎて感情を爆発させているのだ。

サムの傷が完全に治るのにはまだまだ時間が必要だろう。


すると、騒ぎを聞きつけたアンが教会から飛び出して来た。


「ナコルねぇちゃん!」

「アン」

「ナコルねぇちゃん、会いたかったよぉ」

「私もよ」


アンは私を目に止めるなり駆け寄って来て私に抱き着いた。

私もアンを抱きとめるように優しく抱いて頭をいーこいーこした。


「おい、アン!そんな奴にくっつくんじゃねぇ!こっちに来い!」

「イヤ。アンはナコルねぇちゃんと帰るの」

「アン……」

「そいつはお前を迎えに来たんじゃない!俺達を馬鹿にしに来たんだ!」

「本当なの?」

「それは……」


アンは不安げな表情をしながら私の顔色を窺う。

その純真な瞳を直視できずに私は視線を逸らした。


サムが言ったことは半分当たっているが半分間違っている。

サム達の様子を見に来ただけで迎えに来た訳ではない。

ただ、サム達を馬鹿にしに来た訳でもない。


「ナコルねぇちゃん」

「……」

「それがそいつの答えだ。わかったろう、アン」

「うそだ。ナコルねぇちゃんがそんなことをする訳ないもの」

「ごめんね、アン」

「うそだ、うそだ。アンは信じない」


アンは目にいっぱい涙を溜めて私の服を引っ張る。

そのいじらしい姿が心に染みて悲しい気持ちが込み上げて来た。


「こっちに来い、アン。あいつも俺達を捨てた大人と同じなんだ」

「いやだよぉ、アンは、アンは。行かないで、ママぁー」


アンは両親から捨てられた時のことがフラッシュアップして叫んだ。

それがアンの心からの叫び声だったのだろう。

その場にいた誰もが動けずに固まったままでいた。


「アンちゃんは過去の悲しい想い出を蘇らせてしまったようですね。アンソネットさん、アンちゃんを頼みます」

「わかりました。さあ、アンちゃん。お部屋に戻りましょうね」

「ママー!ママー!」

「大丈夫よ。怖くないから」


アンソネットは泣き叫ぶアンをそっと抱きしめて優しく包み込む。


「ママー、ママー」

「大丈夫、大丈夫」

「ママ……ママ……」

「いい子だね、アンちゃんは」


しばらく抱きしめているとアンは次第に落ち着いて来る。

アンソネットの温もりが母親の温もりと重なって見えたのだろう。


「ママ……」

「それじゃあお部屋に戻ろうか」

「うん」


アンソネットは神父様にアイコンタクトするとアンを連れて教会の中へ戻って行った。


「アンちゃんはもう大丈夫みたいだね。あとはサムくんだ」

「俺は絶対に許さないからな」

「許さなくてもいいわ。だけど、信じていて欲しい」

「そんな都合のいいことを言うんじゃねぇ!」

「そうだね。都合がよ過ぎるよね。私もわかってる。自分がどうしようもない奴だってことは。だけどね、サム達のことを思う気持ちだけは本物なのよ」


これが私の本当の気持ちだ。

サムが否定しようが本当にそう思ってる。

ただ、その気持ちがサムに伝わらないだけだ。

すごくもどかしいけれどサムはそれ以上に傷ついているのだ。


「そうやって、いっつも大人達は自分に都合のいい言い訳をするんだ。口先だけなら何とでも言えるんだよ!」

「口先だけなんかじゃない。心の底からそう思っているわ」

「嘘つき野郎の言葉なんて信じられるかよ!いじめっこのクセに生意気なんだよ!」

「サム……」


サムの口から”いじめっこ”と言う言葉を聞くとは思ってもみなかった。

これまでいっしょに過ごしてきた時間の中でもサムはそんなことは言わなかった。

かつての私がいじめっこをしていたことを知っても口にせずにいたのだ。

それはサムが私のことを信じてくれていたからだろう。


でも、今は違う。


すると、様子を見守っていたオールソン神父が間に割って入った。


「これ以上、話合っても平行線をたどるだけですね。今は気持ちを伝えることよりもお互いに距離をおいた方がよろしいですね」

「神父様……」

「心配しないでください。ここへ来てはいけないと言うことでもありませんから」

「俺は反対だ。こんな奴が二度と近づけないようにしてくれ」

「サムくん。こんな奴と言ってはいけませんよ。ナコルさんはあなたの家族なのですから」

「こんな奴、家族じゃねぇよ」


オールソン神父は声を荒げることもなく優しく諭すように言葉をかけて来た。


オールソン神父の言うように今は距離をおいた方がいいかもしれない。

この場で言い合っていてもお互いの気持ちがすれ違うだけだから意味がない。

ならばお互いの気持ちが落ち着くまで離れて向き合えるようになるまで待つのだ。

昨日の今日だから私もサムも気持ちが昂っていて冷静さを失っている。

そのことを一番理解していたのはオールソン神父なのだ。


「わかりました、神父様。しばらくこの教会を訪ねません。その代りサム達のことをお願いします」

「わかっていますよ。サムくんもアンちゃんも素直な子供達ですから大丈夫です」

「二度と来るな!来たらぶっ殺してやるからな!」

「サムくん、言葉が過ぎますよ。”ぶっ殺す”だなんて言ってはいけません」


サムがキラーワードを言うとオールソン神父が声を荒げて注意する。

神に仕えている立場だから”死”を連想するような言葉にシビアなのだろう。

たとえその言葉を発した者が子供であっても厳しく注意をするのだ。


「それでは私はこれで」

「ナコルさんに幸せが訪れることを祈っております」

「ケッ。あいつが幸せになんてなっちゃいけないんだ」


これが最後になるかもしれないのにサムは相変わらず悪態をついていた。


しばらくの間、いや、もう二度とここへは来ないつもりでいる。

距離をおけば気持ちは落ち着くかもしれないが傷は消えない。

再び顔を合わせたら昔の傷がうずいて苦しむだけだろう。

ならば、これっきりにして合わない方がお互いのためなのだ。

ただ、サムとアンの口座にはお金を積み立てて行くつもりだ。

将来、きっと必要になるだろうし、私ができるせめてもの償いだからだ。


「これで私はまたひとりぼっちになってしまった」


それも身から出た錆だから言い訳をしようとは思わない。

甘んじて受け入れて孤独を噛み締めながら生きてくつもりだ。


いじめっこは所詮、いじめっこ。

代えようと思っても代えられない。

重い十字架を背負っているのだ。


私はそんなことを考えながら街をフラついた。

行あてもなく彷徨うノラ猫のように行ったり来たり。

そんな何でもない時間の中に私は溺れていた。


「はぁー。これからどうしようかな」


私は道の真ん中で立ち止まって大きなため息を吐いた。


この後でアーヤの事務所を訪ねる予定にしていたが気分が乗らない。

今はただ、ひとりで孤独を味わって悲しみに打ちひしがれていたい気分だ。

サムやアンの悲しみに共感したいから私も同じような状況に身を置くのだ。

そうすることで少しでもサムやアンに心を近づけられると思えるからだ。


そう私がひとり感傷に浸っていると誰かから声をかけられた。


「あら、遅かったじゃない。待っていたんだよ」


顔を上げるとアーヤが微笑みながら立っていた。


私がいた場所はアーヤの事務所の前だった。

宛てもなくフラついていたのに自然と足が向いたようだ。

恐らくアーヤの事務所の地図が記憶に残っていたからだろう。


「アーヤ」

「随分とシケた顔をしているじゃない。あなたらしくないわ」

「私だってこう言う気分の時はあるのよ」

「へぇ~、あのいじめっ子のナコルがねぇ~」


アーヤは全く信じていないようだ。

いくら私がいじめっ子だとしても厚顔無恥ではない。

傷つくときは傷ついて涙する時は涙をするのだ。

今も本当は泣き出したいぐらい悲しみに包まれている。

ただ、それだと自分に負けているような気がするからしないのだ。


「それより、本当にアイドルになれるんでしょうね」

「もちろん。あなたのために用意したようなものだからね」

「えっ?それはどう言う意味よ」

「こんなところで立ち話も何だから事務所へ入るわよ」

「ちょ、ちょっと」


アーヤは私のズボンを強引に引っ張って事務所の中へ連れて行く。


アーヤの事務所は大きな建物ではなくてこじんまりとしている。

売りに出されていた古店舗を安値で買ってリフォームしたらしい。

なので事務所の中にはその時に使っていたテーブルや椅子などが置いてあった。


「ここが私の事務所よ」

「事務所って言うよりもお店ね」

「まだ改装中だから昔の名残があるのよ」

「どうせならお店を続けた方がいいんじゃない」


そう思えるぐらいにリフォームは進んでいなかった。

恐らく資金がないので工事がストップしているのだろう。


「アーヤ社長、お帰りなさいませ」

「お出迎え、ごくろうさま」

「そちらが例の」

「そうよ。新しいグループのメンバーよ。挨拶をして」

「ナコルです」

「私は受付兼秘書をしておりますニコルです。今後ともよろしくお願いしますね」

「はぁ」


ニコルはスーツ姿にメガネスで如何にも秘書と言う感じのする女性だ。

年齢は20代前半と言った感じで髪が長く後ろでまとめている。

事務仕事の邪魔にならないように配慮しているのだろう。


「彼女達はまだ中にいる?」

「中でお待ちしております」


アーヤが奥にある扉を親指で指すとニコルが答えた。


「じゃあ、みんなに紹介するわ。中に入って」


アーヤがそう言うとニコルが先回りをして奥の部屋の扉を開ける。


「あっ、アーヤが帰って来た」

「遅ーい」

「待ちくたびれて疲れちゃったわ」

「お土産は」

「私、タピオカがいい」

「ふる~い。いつの時代よ」


部屋の中にいたのは金髪でゴリゴリのギャル達だった。


小麦色の肌に金髪、つけま、派手なメイク。

まさにギャルそのものだった。

私もギャル部だったから同じような格好をしていた。

だから気持ちはよくわかる。


「遅いってね。たった5分空けただけでしょう」

「5分あればカップラーメンができるんだよ。長いわ」

「えーっ、カップラーメン派なの。私はカップうどん派」

「うどんよりもそばの方が美味しいわ」

「ダイエット中?」

「ダイエットならバナナがいいらしいよ」


ギャル達は私を無視してとりとめもない会話をしている。

話が転々と変わって行くので何の話をしているのかわからなくなる。

喋っているギャル達も自覚していて馬鹿笑いしながら盛り上がっていた。


「はいはい。お喋りは終わり」

「えー、まだ話足りな~い」


あれだけお喋りしていたのに話足りないなんてどれだけ腹ペコなのだろう。

さすがはおばさんの原石と呼ばれるギャルだけのことはある。


「紹介したい子がいるの。自己紹介して」

「ナコルです」


私が自己紹介するとギャル達は一斉に私を見つめる。

そして舐め回すように私見ると揃えて同じセリフを吐いた。


「「いじめっこのナコルじゃん!」」


と。


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