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時間制御

作者: 夜の風


ある満月の夜。いつもよりひときわ明るく月が光る深夜。


静寂が辺りを包む中、

時折、山林の中を夜風が吹き抜けていく。

ここはとある街の郊外の山中にある小さな研究所。



カチャカチャ、カチャカチャ・・。

今、まさにこの研究所の入り口ドアが、あるひとりの泥棒の手によって開けられようとしていた。

入り口には特に防犯カメラなどもなく、ここまでの姿は誰にも見られていない。

この泥棒の名は、M。

全国指名手配されている、現在逃走中の大泥棒だ。

しかし、逃走資金がもう底をつき始めてきており、何か金目のものを盗もうと

場所柄から入りやすそうなこの研究所をターゲットにした。



ガチャリ。

ついに入り口ドアがMのピッキングによって開けられてしまった。

ここまで百戦錬磨の彼にとれば、最早ドアの鍵を開ける事なんて朝飯前だ。



「よし開いた。どれどれ、何かお宝はあるかな?」

目出し帽のMは一つ深呼吸してから手袋をはめなおし、息を殺しながらそっとドアを開けてみた。

するとそこには、まるで侵入者を阻むかのような漆黒の闇が広がっていた。

早速懐中電灯で周りを照らしてみると、目の前にまた、実験室と書かれた札のかかった扉があった。

「もう一つか。」Mは再び手袋をはめなおし、ゆっくりノブを回してみると、

特にカギはかかってなく、音もなくスムーズに開いた。



中は窓一つなく、さらに濃くなったような暗闇だった。

足元を照らしながら慎重に中に入り、再び周りを照らしてみると室内はそれほど広くはなく、真ん中に実験用の大きなテーブルがあるようだ。その周りは天井近くまで全てガラス棚になっており、時々当たった光を乱反射させている。中には試験管やビーカー、フラスコ、アルコールランプなど、様々な実験道具が所せましと並べられていた。Mは棚という棚を開け、テーブルの引き出しを全部開け、目についた全ての場所を片っ端からひっくり返してみた。



しかし、しばらくすると、Mは腕を組み、ため息まじりにつぶやいた。。

「うーん・・・。どうやら金目の物は一切見当たらないぞ・・。せっかく入ったのに。これじゃあ意味がないぞ。」

研究所とはいえ思ってたより盗める物がないのだ。

「くそう。何か無いかな・・」このまま引き下がるのは泥棒のプライドが許さないのか、

意地でも何か盗んでやりたいという気持ちに駆られ、再度、辺りを上下左右にゆっくり照らしてみた。



すると、「おっ。あそこはまだ開けてなかったな。」

光が照らす先に、一か所だけ、まだ手付かずの引き出しが見えた。

「どれどれ。今度こそ。」Mは引き出しを早速開けてみると、中には小さなダイヤルのついた金庫のような物が入っていた。蓋のところには張り紙がしてあり、【時間制御薬につき取り扱い注意】と大きく書かれていた。

「時間制御薬?なんだそりゃ?発明品か?よくわからんが。でもなんか面白そうだな。売れば大金になるかもしれん。」

張り紙がしてある割にはその金庫にカギはかかってないようだ。



ゆっくり蓋をあけ中を照らすと、黒いスポンジの上に、緑色の液体が入った小さい試験管が乗せられていた。「これが、時間制御薬?」

ゆっくり取り出し目の前で見てみると、メロンジュースのようにも見え、軽く振ってみると、泡立つのがわかる。

ゴム栓の部分の僅かな隙間から匂いを嗅いでみると、

果物のような花のようないい匂いがうっすらと伝わってきた。



さらによくみると、蓋部分の裏側に説明書きのような小さな紙切れが張り付けてあった。

明かりで照らしながら目を通すと、こう書かれていた。



時間制御薬について

【確認済事項】

人体への使用は一切問題なく、無害である。

効果はおよそ12時間。

【使用方法】

全量を一度に服用する事。

半端はかえって危険

【未確認事項と今後の課題】

風味(今後改良の必要性ありか?)

色(時間経過により変色するか等)

【効果について】

先日の実験にて確認したところ、この薬を使用すると時間の制御が可能である事が確認された。

具体的には、飲み込んだ後、数回、『時間制御』と強く念じると効果が発動する。

ただし、最も注意すべき点としては、服用した者以外の他者の時間が・・・・・・・・



残念ながらここで文章は止まっていた。

「なんだよ、大事な点が書かれてないじゃないか。まあ、いいや。恐らくこれを飲めば時間を止める事が出来るんだろうな。ゴクッと飲んで、数回、時間制御と念じる、か。」

「待てよ?って事は、もしどこかで警察どもに追い詰められても、これさえ飲めば安心して逃げ出せるってわけか。こいつはいいや。金にならなかったとしても持っておくか。」



Mは薬を、着ていた上着のポケットへ仕舞い込んだ。

「さあて、後はもう何もなさそうだし、逃げるとするか。」ひとまず収穫ありと満足した

Mが足を踏み出した次の瞬間、入り口の方から、なにやらドタドタと激しい足音と大きな声が聞こえてきた。



「うん?何だ?」じっと耳をすまして様子を伺うと、

次の瞬間、バターン!!と勢いよくドアが開いた。

暗闇を薄めるように漏れてくる明かりで浮かび上がった2つの影は、

まさに制服警官の恰好そのものを映しだしていた。

「おい、誰かいるのか!!いるなら出てこい!!警察だ!!」

2つのライトが激しく、獲物を探すかのように上下左右を照らす。

「いるのはもうわかってるんだぞ!!おとなしく出てこい!」

「おい、すぐに緊急配備だ!!署に連絡しろ!急げ!応援もよこさせろ!」

「はい!!了解です!!すぐ連絡します!!」

口調からすると、どうやら上司と部下のようだ。

ライトが2つから立ち去る足音とともに1つになり、まだ床から天井から、

中をグルグルと照らし続けている。



すかさず、Mはテーブルの陰に隠れた。

「ま、まずい。警察じゃないか。なぜバレた?

防犯装置は一切なかったはずなのに。くそっ!どうする?」



「おいっ!出てこないならこっちから行くぞ!!」

残った警官が脅すような口調で大きく叫んだ。

再び外から向かってくる足音が聞こえ、明かりも2つに戻った。

「今、連絡してきました!すぐ来るそうです!」

「了解!ご苦労!よし、それまで絶対に逃がすな!よく探せ!!」

「わかりました!」

カツッ、カツッ、・・・カツッカツッ・・カツッ・・・カツッカツッ・・

2つの足音が床に反響し始め、同時に2つの光も上下左右に激しく動いたまま、確実にMの方へに向かい始めていた。

「おい、慎重に探せよ。相手は武器を持ってるかもしれんし、突然出てくるかもしれんぞ。とにかく気をつけろ。拳銃を抜いておけ。」

「はいっ!」



Mは全身に緊張が走り、もはや脂汗が止まらない。

鼓動も呼吸も脈拍までもどんどん早く激しく荒くなっていくのがわかる。

2つのライトは止まることなくこちらに迫り続けている。

あと、約5メートル、4メートル、3メートル・・・

Mはなるべく音をたてないようにして光をかわしていくが、気が付くと部屋の隅へと追い込まれてしまっていた。

このままではもう見つかるのは時間の問題だ。

窓がないためガラスを破って外へ逃げ出す事も出来ない。

最悪、射殺される可能性もある。

まさに袋のネズミ。

絶体絶命の大ピンチ。



何か突破する方法は?

何かないか?

何かあるはずだ。何か、何か・・・・

焦るな焦るな。大丈夫だ、大丈夫。

そう自分に言い聞かせ、

もうパニック寸前の頭で全身を上から下まで自らまさぐってみる。

あっそうだ!!これがあったじゃないか!!

Mはすかさず上着のポケットに手を入れ、奪ったばかりの時間制御薬を取り出した。

もうこれを使うしかない!!

Mはブルブルと震える手を何とかこらえながら、試験管の栓を外し、こぼさぬよう一気に全部飲み込んだ。

もはや味も匂いもわかったもんじゃない。

そして、「時間制御、時間制御、時間制御・・」と何度も強く念じた。



その数分後・・・・Mはうまく逃げるどころか、あっさりと逮捕されてしまった。

実はこの薬は、服用した者以外の他者の時間が止まるというわけではなく、


服用した者のみの時間が止まるしくみになっていたのだ。



追い詰めた警官たちはニヤニヤ笑いながら、Mの真ん前に立ち、薬の効果で動けなくなったのをあざ笑い、立ち尽くすその顔に思い切りライトを当てていた。



ここぞとばかりに侮辱の限りを尽くしてくる。



「ふふ。うまくいったな。作戦通りだ。しかしこりゃあ見事に止まってるじゃねえか。しかも大物だ。

今日はすげーラッキーだ。お前これ、グイっと飲んだのか?グイっとよ。いい飲みっぷりだったんだろうな。え?。天下の大泥棒さんよ。こーんなバカ面してたのか。背も俺よりチビだし。体も細いし。こんなのが大泥棒なんてちゃんちゃらおかしいわ。笑っちまうよ。俺たちも舐められたもんだな。ま、でもよかったな、お前が記念すべき第一号だ。喜べ。おい、さっそく署に連絡だ。」

「わかりました。大成功で署長も大喜びしますよ、きっと。」

「もしかしたら、昇進しちゃうかな?俺たち。」

「いやあ、それは・・・無いんじゃないですか?」

「無いかあ・・。にしても、まあ、よく考えたよな、時間止めちゃう薬なんてよ。ここの博士はきっと天才なんだろう。会った事も見た事もないけどよ。ガキの頃からよっぽど勉強しまくってたんだろう。頭よくなきゃ作れないって、こんな薬。」

「ホントそうですねえ。すごいとしか言いようが無いですね。」

「ま、しょせん俺達には縁のない世界ってやつだな。ほれ、お前が手錠かけろ。こないだの借り返すわ。

 今日は譲ってやるよ。お前の手柄にしていいぞ。」

「えっ、いいんですか?じゃあ、お言葉に甘えて。ありがとうございます。では。」

Mの両手に冷たい手錠がかかる。

「お前の運もここまでだったな。今まで散々騒がせやがって。署でみっちり絞ってもらえよ。」

おちょくるように顔を寄せ、手のひらでペチペチペチとMの頬を叩き、再びあざ笑う警官。



あまりの言われようにぶん殴ってやりたい衝動に駆られるが、全く体がいうことを利かない。睨みつけようにも目が動かない。まるでマネキン人形のようだ。しかし、耳だけは聞こえており、癪に障るような警官の会話はイヤでも聞こえてしまうのだった。



あーくそっ!!何故だ、何故?なんでこうなる?オレが逮捕されるだと??ふざけんな!これは夢だ!

悪い夢を見てるとしか思えん!!

時間制御薬って周りの時間が止まるんじゃなかったのか?

名前からして誰だってそうイメージするだろうよ!!違うのかよ!!ちくしょうめ!!



とてつもなく腹が立ち、イラつき、悔しさで胸いっぱいになるが、

既に口も動かずそれを言葉にすらできない。



「連れてけ。」

「いや、まだ応援が来てませんが。おまけに薬の影響で犯人も歩けないですし。」

「まだ?じゃあ、俺とお前で抱えていけってか?」

「それしかなさそうです・・・。」

「おいおい、本気かよ。しかも重たいぞ、こいつ。」



Mのような大物犯罪者を逮捕するため、ここの研究所と警察が連携し長年の研究と努力を積み重ね、

ついに完成された時間制御薬。

見るからに小さい研究所であり、全く無名であるが、それは仮の姿。

技術の最先端をいく、知る人ぞ知るこの国の誇りなのだ。

その最先端技術で開発された防犯センサーが確実にMの侵入を感知していたのだ。



「くそっ!離せっ!やめろ!ちくしょう!」Mは心の中で叫び続ける。まだ声も出せない。

全く無抵抗のままに息も絶え絶えの警官に抱えられてパトカーの後部座席へと押し込まれ、警察署へと連行されていくのだった・・・・。



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