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未曾有の気候危機

作者: 星野☆明美

未曾有の気候危機 (バゴプラさんに応募して落選しました)


「お母さん、空が暗くなってきたよ」

不安気にあきらが窓際で言った。

がくんと暗くなって、ぶーんという羽音のような何かの雑音がだんだん大きくなってきた。

「あきら。窓を開けちゃだめよ」

「どうして?」

「あっちの林檎の木をよく見て」

あきらが目を凝らすと、木の葉がみるみるなくなってゆく。黒い影が覆い尽くす。

「イナゴの大群よ。カタストロフィだわ」

そこらじゅうの植物という植物が食べ尽くされて、やがてイナゴの大群は去っていった。

辺りが明るくなって、静けさが戻った。

母親の携帯が鳴り響いて、電話口に出ると、彼女の夫が心配してかけてきたのだった。

「あなた。私たちどうしたらいいかしら」

「まず、財産をクレジットに変えて旅行に出る準備をするんだ」

「旅行?でもどこに行っても大雨だったり、竜巻だったり、森林火災だったり、安全なとこなんてありゃしないわよ」

「空だ」

「空?」

「宇宙に脱出するんだ」

「それ本気で言ってるの?」

「幸い、ここ数十年でこんな状況を想定して月や火星の開拓が進んでる。スペースコロニーの計画もあるし、太陽系外縁天体へ行く宇宙船の建造も進んでいる。地球は、もうだめだ」

「地球を捨てるの?」

「ほとぼりがさめたら戻ってくるさ。大丈夫。気持ちを落ち着けて。あきらはそこにいるかい?」

「ええ」

「今日の夕方帰宅するから、それまでにできるだけのことをして待っててくれるかい?」

「ええ、わかったわ」

電話を切ると、あきらが不安そうにこっちを見ている。

「お母さん。ぼくたちどうなるの?」

「あきら。いろんな人たちが知恵を出し合って生き抜くために必要なことをしてくれてるわ。私たちは大丈夫よ」

母親はあきらをぎゅっと抱きしめた。

「政府の管轄で、宇宙へ移住する決心がついた人をサポートする部署があるの。これから必要なものを揃えて、旅行に出るわよ」

「旅行?またここに帰って来られるの?」

「いつになるかはわからないけどね。きっと帰ってくるわ」

「うん」

あきらの青ざめていた頬に少し赤みが差した。

「お母さんは今から準備で忙しくなるから、あきらもできるだけ協力してね」

「うん」

マニュアルを取り寄せていろんな手続きをした。手荷物は最小限に。家を売り払って、家財道具を引き取ってもらう。

「さあ、お父さんが帰ってきたら、3人で出かけるわよ」

飼っている猫をどうするかで悩んだが、動物保護センターが引き受けてくれた。後から宇宙で落ち着いたら送ってくれるそうだ。

「バカンスよ。まだ見たことのない世界へ出かけましょう」

「怖いよ」

「お母さんもよ」

やがて父親が帰宅した。

「さあ、行こうか」

車も宇宙港まで乗って行ったら売り払う。

知り合いや遠い親戚に宇宙港の立体電話で別れを告げて、彼らは宇宙船に乗り込んだ。

「決断が早くて良かったですね。これから先ほど脱出が難しくなると思います」

職員がそう言った。

一家は寄り添って、離れてゆく地球を見つめ続けた。

「どこを目指すの?」

「噂では月は満杯らしい。火星を目指そう。新しい住居をレゴリスという砂を使って3Dプリンターで建設中らしいし。もしそこが無理なら、コロニー居住に志願して……」

「気が遠くなりそうよ」

「今日はとりあえず休もうか」

「眠れるかしら?」

「横になってるだけでもだいぶ良いと思うよ」

3人は、不安と興奮で気持ちがたかぶっていた。

「眠れない」

そう言いながら、あきらが寝息をたて始めた。夫婦もいつの間にか寝入ってしまった。

「夢じゃないんだ……」

目覚めたとき、あきらは最初にそう思った。

宇宙船は火星を目指していたが、長旅になりそうだった。絶えず続く微動にはいつのまにか慣れてしまった。人工重力のおかげで体調はまずまずだった。

両親はぐっすり眠っていたのでそっとしておくことにした。

船外を映すモニターは真っ暗だった。目を凝らすと遠くの星の光が、かろうじて見えた。

「ぼくは今、宇宙にいる」

そう呟くと、あきらは身震いした。

「お父さんが、昔の人は、エリートじゃなきゃ宇宙へ行けなかったんだぜ、って言ってたなあ。ぼくは平凡でなんの取り柄もないのに、宇宙にいる。それもお父さんとお母さんと一緒に」

離れてゆく地球。あそこがルーツ。いつか還る。絶対に。

そのために必要なことはなんだろう?

一時的に避難するための場所。居心地良く、いろんなものが揃っている場所。

ただそこに逃げてむなしく時を過ごすのではなく、地球の天候を制御できる技術を開発しなければならない。

勉強しなくちゃ。そしていろんな人たちがぼくたちのために用意してくらたものに感謝して、次の人たちにもっといいものを遺してあげなきゃいけない。

地球の学校で習っていたことよりももっと実践的な仕事がたくさん待っているだろう。それを習得しなくちゃ。

あきらは気が遠くなりそうだった。

「あきら。あきら、どこにいるの?」

母親が目覚めてあきらを呼んだ。

「ぼくここにいるよ」

「どこかに行っちゃったと思って心配したわ」

「モニターで宇宙船の外の映像を見てたんだ」

「まあ。……ねえ、あきら」

「なに?お母さん」

「宇宙は果てしない虚空なの。だから、それに吸い込まれないように気をつけてね」

吸い込まれないように、か。さっき、やらなくちゃって思ってたことは壮大すぎて、それで気が遠くなりそうだったのかもしれない。

「ねえ、お母さん」

あきらはさっき考えたことを母親に話した。

「そうね。そうね。あきらの言う通りよ。でもお願いだからあきら独りで全部背負い込まないで。お母さんもお父さんもついてるし、他にもいろんな人たちがいるから、頼ることも必要よ」

「そうだね。みんなで力を合わせたらきっとすごく上手くいくだろうな」

あきらは肩の力が抜けた。

「ぼく、独りじゃなくて、本当に良かったって思うよ」

「そうね。お母さんもよ」

「お父さんは、のけものかい?」

父親がずるいぞ、と起きてきた。

「とりあえず、何か食べましょう」

「そうだな。腹が減っては戦はできぬって言うし、空腹だと良い考えが浮かばないから」

3人は宇宙船の食堂に向かった。

主要な栄養素のサプリメントが用意されていたが、食事らしい食事が摂りたくて、テーブルについた。

「3Dプリンターで作成したお肉と宇宙船内の農園で取れた野菜の料理です」

ウエイターが白い皿に盛られた料理を運んでくれた。

「これ、かなり高額な食事だから、普段はサプリメントに慣れとかなきゃいかんぞ。何かお祝いの時に食べるって決めとこう」

と父親が言った。

「じゃあ、新しい門出を祝って」

と母親が言うと、父親とあきらは微笑んだ。

「いつも思うんだけど、お母さんって強いね」

「あきら。だからお父さんはお母さんを選んだんだよ」

「ふうん」

ぼくもお母さんみたいな強い女の子と結婚しよう、とあきらは思った。

ちょうどそのとき食堂に居合わせた別の家族と目が合った。

「こんにちは。こんばんは、かな?」

あきらが声をかけると、

金髪をポニーテールにしている女の子が早口で何か言った。

みんな顔を見合わせて、あきらの父親が今度は英語であいさつをした。

向こうの家族はそれで警戒を解いて打ち解けてくれた。

「あきら。デバイスの翻訳機能をオンにして」

そうか、言語が違うんだ。これにも慣れなくちゃ。

腕時計型デバイスを操作する。

あきらは素直に受け入れた。

火星までの長旅で、同じくらいの年頃の子どもたちの集まりができた。

いろんな国の子どもたち。

ぼくら地球の子どもらさ♪

賑やかな時間が過ぎて、みんなそれぞれ自分の意見を持って成長していく。

「ぼくらには使命がある!」

「そうだ!」

「生き抜いて幸せになるんだ!」

「みんな一緒に!」

きゃあきゃあわいわい。

「若い子は元気だなあ。羨ましいよ」

大人たちがそう言って元気をもらっていた。

やがて、宇宙船は火星に着いた。

移住家族たちはみんな、宇宙服を身につけて、荷物を自動運転のローバーに乗せて、火星の都市があるドームに向かった。

定期便を待っていた人たちがわれ先に出迎えてくれた。

自治体の係の人がそれぞれの家族に住居の割り振りをして、一年が何ヶ月もあるカレンダーを渡し、物資の届く日や、行事の日時を説明した。

「ここは受け入れ体制がしっかりしてますね」

あきらの父親がそう言うと、

「それでも、ここより良い場所を求めて出て行く人が後をたたないんですよ」

とそっけなく言われてしまった。

「ここより良い場所ってあるのかな?」

あきらは首をひねった。

「住めば都」

母親がそう言って、荷物を収納棚に配置していった。

「あきら。フロンティアスピリットって知ってるか?」

「開拓者精神?」

「大昔、イギリス人がアメリカ大陸を開拓したときの話をしようか?」

「その時は原住民を奴隷にしたり、あんまり良いやり方じゃなかったんでしょう?」

「人類は進歩してると思うかい?」

「多分ね」

あきらと父親の会話を母親が黙って聞いていた。

「あきら!みんなで集まるわよ」

いつかの金髪をポニーテールにした女の子が迎えに来た。

「ぼく、行ってくる」

「気をつけて」

送り出した母親も、どこのコミュニティに所属するか決める会合に出る用事があった。

父親は着いた初日から住居を建設する仕事を割り当てられて、今日もそれに費やすことになりそうだった。

「面白いものが見れる場所があるんだ」

と誰かが言って、みんなぞろぞろ着いて行った。

ステンレス製のモニュメントが建てられていた。

みんな、自分たちの姿が映っているのを見た。

「ぼくたちは地球人、アーシアンだ。そして、同時に火星人でもある」

みんなざわついた。

「じゃあ、あそこに映ってるのは火星人?」

「そうだ!」

「すごいや。生きてるうちに火星人に会うなんて」

「あいつら、なんて思ってると思う?」

「えっ?」

「ようこそ第二の故郷へ」

みんな胸にその言葉を大事にしまった。

「ぼく、先に帰るよ」

「あきら?」

「地球から飼っていた猫が来るんだ」

「あーうちもペット届くんだった!」

みんな嬉しそうに大急ぎで新しい家へ帰って行った。



<fin.>


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