創作落語『蟹』
どうぞご自由に台本としてご使用ください。改変も自由です。
大学をクビになった勝五郎さん、心機一転魚屋になって儲けようと思い、一計を案じた。
天秤棒を担いで町中で大声を上げる勝五郎さん。
勝五郎「人類が滅亡するよーっ! 人類が滅亡するよーっ!」
不審に思って長屋から出てきた熊さん、
熊「誰かと思ったら、大学の先生じゃないですか。一体どうしてそんなことをやってんですか?」
勝五郎「お、熊さんか。どうだ、水揚げされたばかりの蟹があるよ」
熊「蟹かぁ。最近急に冷えてきたしな、蟹鍋ってのも悪くないか……じゃなかった、人類が滅亡するって? 剣呑なことをおっしゃるが、どういう意味なんです?」
勝五郎「ええ、それがねえ、蟹を買ってくれた方にだけお話することになってるんで」
熊「ふうん、近頃はそういう商売があるのかね。しかし気になる話だし、一杯もらうとするか……ってなんか臭うな。この蟹傷んでないですかね?」
勝五郎「水揚げされたばかりって言ったろう。傷んじゃいねえよ」
熊「それで、人類が滅亡するっていうのは?」
勝五郎「それがこの蟹に関係する話なんで。なんで蟹を『解る虫』って書くかご存知ですか?」
熊「それは聞いたことがあるな。確か簡単に解体できるからって」
勝五郎「それは俗説に過ぎないんです。この解は理解の解。蟹は高度な理解能力を持った知的生命体だったんです」
熊「とんでもないことを言うねあんた。しかし先生、確か大学では……」
勝五郎「ええ、蟹を専門に研究していました」
熊「蟹の専門家が言うってからには、まんざら嘘ってこともあるまい。しかし俺にはこの蟹に知性があるとは思えないな。合点がいかねえ」
勝五郎「大昔の話です。私は蟹を研究するうちに、その解剖学的な奇妙さに気づいた。なぜこんなに長い眼柄があるのか。なぜ手がハサミになっているのか。しかし、蟹がかつて巨大な脳を持っていたのだとすれば、すべて合理的に説明できるんです」
熊「???」
勝五郎「アトランティス、レムリア、ムー。これらの超古代文明を作ったのは蟹だったんですよ。彼らは高度な科学力を誇っていたが、それが故に神……ってのは科学的じゃないな、生命の創造主、サムシング・グレートの怒りを買ったんですよ。そして知性の源である巨大な脳を奪われた。長い眼柄だけが名残になってその事実を伝えている」
熊「???」
勝五郎「もちろん創造主、デミウルゴスとも言いますがね、こいつは蟹が再び進化して知性を取り戻すことがないようにした。手を道具を使ったり作ったりするのに不向きなハサミに作り替えて、さらに海中に追放することで、火を使えないようにした。超古代文明の大陸が海に沈んだってのは、これを意味してるんですな。人類もこのまま文明を発達させ続けるなら、同様の運命をたどることは避けられない。だから私はこうして警鐘を鳴らしているんですよ」
熊「先生、その話は自分で考えたんで?」
勝五郎「うむ。私はこの説を論文にまとめ、ネイチャーに投稿したのだが、掲載してもらえず、大学からも職を追われたのだ」
熊「なるほど、異端だってわけですね」
勝五郎「だから傷んじゃいねえ。でね、私は耳を貸さない学会の連中にこう言ってやったんだ。」
熊「なんて?」
勝五郎「私の説を真摯に聞き得れないと、人類文明の死を招きますよ、ってね」
お後がよろしいようで。