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第二話 走れ強右衛門⑤

捕らえられた勝商が考えている計略とは、、、


戦国版走れメロス「鳥居強右衛門物語」

いよいよ完結です。。

 勝商は勝頼達に引き連れられて、長篠城の北側、山道から城門へ続く道の下まで歩かされた。そして、そのまま山道を登り、城門が見える場所までやってきた。この場所は、弓矢が届くかどうかぎりぎりの場所だ。


「長篠城の者に物申す! 城主、奥平定昌殿、参られい!」


 釣閑斎が松明を片手に声を上げる。その声に、にわかに城内がざわめき始めたが、しばらくして櫓の上に人影が立つと、


「おぅ! わしが奥平定昌じゃ。こんな夜更けに何用じゃ!」


 と、声を返してきた。たった二日間会っていなかった主君の声に、勝商は思わず泣きそうになってしまった。まだその声に闘志が溢れていたので安堵したのだ。定昌が元気なら、城兵もまた元気で、戦う気力が残っていることを物語っている。勝商は、それが何よりも嬉しかった。


「わしは勝頼公の臣にて長坂釣閑斎と申す者。定昌殿の家臣、鳥居勝商を捕らえたゆえ、報告に参った!」


 その言葉に、再び城内に動揺が走った。釣閑斎は不敵に笑うと、


「ほれ。お前の出番じゃ。しっかり説得しろよ? 家族のためにものぅ。」


 そう言って勝商の肩を何度か叩いた。言葉こそ穏やかであったが、しっかりやらねば家族は殺すと言っているようなものだ。そうであれば、やることはただ一つだけだった。勝商は大きく深呼吸してから前に出た。


「長篠城の皆に申し伝える。わしは鳥居強右衛門じゃ!」


 その声に、城内から勝商の名を呼ぶ声が聞こえてきた。無事に戻ってきたと言っても捕らわれの身、それが何を意味しているかは城内の者にもよくわかる。暗がりの中に落胆の声や嗚咽が連鎖していた。勝商が長篠を出たのは一昨日の夜である。おそらく多くの者が岡崎に辿り着けずに捕まったと思っているのであろう。


「強右衛門!」

「殿!」

「無事でよかった。怪我はないか?」


 この期に及んでまだ家臣の心配をする。それもたかだか足軽一人のことをだ。その優しき主君に、勝商の胸は一杯になった。


「定昌様! 並びに城内の者に申し伝える!」


 振り返ると、豊達が兵士に掴まれている。その隣に勝頼と釣閑斎が立ち、勝商を見て小さく頷いた。合図があれえばすぐにでも家族は切り殺されてしまうのであろう。勝商は鼻をすすると、大きく息を吸い込んだ。


「徳川様、織田様は援軍の約束をしてくださった! 数日のうちには大軍を引き連れて長篠に来られる。各々方、もうしばしの辛抱じゃあ! 決して諦めずに戦えぃ! 必ず援軍は来るぞぉ!!」


 駆け寄った釣閑斎が勝商を殴り飛ばした。地面に転がりながらも、


「援軍は来る! 援軍は来るぞぉ!!」


 勝商は何度も声を上げた。


「くっ、この!」


 釣閑斎は斬り捨てようと刀を抜いたが、


「やめぃ!」


 勝頼の一喝に動きを止めた。


「しかし殿!」

「もう遅い。この者は見事に伝令を果たした。」


 勝頼が長篠城を指差す。城内では援軍来るの報に湧きあがり、外からでも活気が戻ってきていることが感じ取れた。勝頼が言うように、伝令としての務めを最大限に果たしたのだった。


 しかし、同時にそれは勝商の運命をも決める結果となる。


「勝商、見事な口上であったな。この四郎勝頼、そなたに感服したぞ。覚悟はできておろうな。」

「へぇ。どうぞこの首、討ってくだせぇ。」


 勝頼にそう言うと、勝商は深々と頭を下げた。それは武士の意地でもあった。定昌のために動くということは勝頼の期待を裏切ること。その詫びの意味もあった。一方の勝頼はその姿を見て満足そうに笑った。策を弄したのだ。このような小細工で城が落とせるのならそんなに簡単な話はない。勝商を使って安易に城を取ろうとした上に、勝商の定昌を思う忠義の心を見誤った自分の愚かさを笑ったのだ。


「この野郎。家族もろとも斬り捨ててくれよう!」


 釣閑斎が息巻いて歩み寄ってきたので、勝商は考えていたもう一つのことを実行した。


「名門武田家のご当主であらせられる勝頼公は、敵兵の家族と言えど、たかだか足軽の農民家族、ましてや非力な女子供を手にかけるような無慈悲な方ではないとお見受けいたすが、いかがでござろうか!」


 勝商の突然の言葉に、釣閑斎は面を喰らって立ち止まり、去りかけていた勝頼は振り返った。そして、勝頼は勝商が命がけで家族の助命嘆願をしていることを察した。勝商がこうも大声を上げてしまえば、長篠城内にも周りの武田兵にもやり取りは聞こえてしまっている。こうなっては選択肢など無いに等しい。勝頼はまたしてもしてやられたのだ。


「ふふ。我は甲斐の虎と言われし武田信玄の子。農民に手をかけるほど愚かではない。わしをたばかった以上、貴様は斬るが家族に用はない。釣閑斎、この者の家族は必ず無事に家まで帰せよ。」

「し、しかし。」

「この者は命を懸けてわしに直談判したのじゃ。これでこの者達を斬ってみよ。四郎は怒りに任せて農民を斬るような愚か者だと言われよう。」


 そう言い残して引き上げていった。勝頼が去ると、一緒にいた武将が兵に命じて勝商の家族を避難させていた。


「昌幸! 何をしておるか。」


 昌幸と言われた若武者は、兵に行くように指示をすると、


「殿のご命令です。あの者達を家に帰しました。」


 と、しれっと言うのであった。これが、武田家の知恵者と名高い信濃先方衆であった真田幸隆(さなだゆきたか)の三男・昌幸(さなだまさゆき)である。切れ者で有名な昌幸を、歳も近いこともあって勝頼は重用していたが、出世欲の強い釣閑斎は、この若くて才能あふれる青年が好きではなかった。


「昌幸! 強右衛門の処刑を実行する。」


 釣閑斎が刀を構えたので、勝商は頭を下げた。


「釣閑斎様。あなた様のお怒りはごもっとも。どうでしょう、お詫びに一つ提案がごぜぇます。」

「なんじゃと?」

「わしは、伝令と言う主命を果たすべく勝頼様のお誘いを反故にいたした。もしそのことで怒りが収まらねぇと言うのでしたら、わしを城兵に見えるように磔にでもしたらええ。」


 その申し出に釣閑斎は頭の中で策を巡らせた。確かに、勝商を城兵に見えるように磔にし、惨たらしく処刑すれば、武田に逆らえばこうなるということを見せつけられる。湧きあがった士気が少しはそぐことができるかもしれない。


「よかろう。城内の者に見えるように惨たらしく殺してやろう。昌幸、磔の準備をせい!」

「一度、殿におうかがいを立てられてはいかがでしょうか。」

「たわけ! 雑兵一人処刑するのにいちいち指図を仰げるか。」


 昌幸はそう言われると、


「では、準備をいたしますので場所を変えましょう。ここでは城内から見づらいでしょうし、もっと見晴らしのいい場所を用意いたします。」


 そう提案した。


「そうせい、そうせい。」


 ようやく昌幸が自分の命に従ったので、釣閑斎は満足そうに歩き出した。昌幸は兵に縄を用意させると、勝商の後ろに回ってその腕を縛り上げた。


「磔にして城兵に見せることで、さらなる士気の高揚を狙ったと言う訳か。」


 勝商の耳元で、昌幸がささやいた。自分の目論見がばれたことに驚き、勝商は振り返って昌幸を見た。


「南側の河原に行きましょう。そこなら城からもよく見え、また、ご家族からはそなたを離すことができる。」

「ど、どうして。」

「なに、そなたの命がけの行動に感服したのは勝頼様だけではないということ。残念ながら助けることは叶わぬが、せめてそなたの策に乗り、そして、せめて苦しまぬようにしてやろう。」


 昌幸はそう言うと、勝商を兵に任せて準備のために去っていった。その後姿に、勝商は深々と頭を下げるのであった。



 明朝、長篠城南側の河川敷に、勝商は衣服を剝がされ、ふんどしひとつで磔にされていた。見上げると、長篠城の櫓から定昌であろう姿を確認することができた。


「これより、鳥居強右衛門勝商の処刑を執り行う。城兵は心して見よ!」


 釣閑斎がそう言って処刑の指揮を執っていた。磔にされた勝商の左右には二名ずつ四名の兵が槍を持って構えていた。その指揮を執るのは昌幸だった。


「強右衛門!」


 場内から声をかけてくる人がいた。他でもない定昌の声であった。


「何か言い残すことがあれば申すがよい。」


 昌幸が言ってくれたので、勝商は頭を下げた。


「定昌様! 立派な殿になってくだせぇ! あなた様ならきっと、天下の名君になられましょう。この鳥居強右衛門、いつまでも見守っております!」

「強右衛門! すまぬ、許してくれ。すまぬ・・・。」

「何をおっしゃいますか! 殿、あなたが下さった握り飯、美味しゅうございました。強右衛門は果報者にごぜぇいます!!」


 勝商の言葉に、定昌が泣き崩れるのが見えた。


「真田殿、お世話になり申した。」

「うむ。・・・構え!」


 昌幸は兵に槍を構えさせた。そして、合図とともに四本の槍が繰り出され、その矛先は勝商の身体を貫いた。一瞬だけ、身体の中に熱い痛みが駆け巡ったが、それを痛いと思う間もなく勝商は絶命した。昌幸は兵に命じ、貫いた槍が確実に心臓に達するように何度も指南していたのだ。そのおかげで、勝商はほとんど苦しむことなく逝くことができた。


「殿に逆らうから死ぬことになる。馬鹿な奴よ。」


 釣閑斎がそう言って笑い転げているのを見て、


「馬鹿はどっちであろうな。」


 とつぶやく昌幸であった。


「ん、何か言ったか昌幸?」

「いえ。では、後の処理をしておきますので、釣閑斎様は勝頼様の所へ。」

「そうか、では任せたぞ。」


 勝商を処刑して留飲を下げたのか、釣閑斎は満足そうに去っていった。その姿が見えなくなると、昌幸は兵に命じて勝商の亡骸を降ろし、陣羽織を脱ぐと優しくかけてやった。


「そなたの決死の計略、この真田昌幸、心から敬意を表する。」


 そう言って手を合わせて冥福を祈った。そして、兵達に手厚く葬るように指示をして、長篠城へ向けて深々と頭を下げると本陣へ引き上げていくのであった。



 勝商の死から二日後、織田・徳川連合軍は三〇〇〇丁もの鉄砲を三段構えに駆使し、最強と謳われた武田騎馬隊を完膚なきまでに叩きのめした。(時霞~信長の軍師~ 第六章①~⑤)


 武田兵が敗走を始めると、長篠城に籠っていた奥平勢も城を飛び出し、敗走する武田兵を散々に打ちのめした。この時、勝商が磔にされた最後の姿は、長篠城内の者達によって次々に描かれ、旗印として立てられた。『強右衛門の死を無駄にするな。』この掛け声の下、定昌は武田を追い立てていったのである。(諸説あり)


 この戦いでの奥平家の勇猛さは信長や家康の耳にも入り、信長は勝商の活躍と共に定昌の戦功を称え、自らの名を与えた。これにより定昌は信昌(おくだいらのぶまさ)と名を変え、家康もまた、名刀・大般若長光を授けて称賛した。そして、この面会の時に定昌の人となりにすっかり惚れ込んだ家康は、長女・亀姫を正室に与え、奥平家を一門衆として扱った。



 勝商の亡骸は、戦の後、昌幸の計らいで奥平家に返された。勝商の最期を聞いた信長は、


「長篠の最大の戦功は鳥居強右衛門にあり。」


 と言って称賛したと言う。また信長は、勝商の忠義の心に報いるべく、家康と相談して、長篠城近くに大きな墓を作らせた。定昌は家康に願い出て残された家族を引き取り、不自由ないよう取り計らったという。



 勝商の子・竜右衛門は、後に信商(とりいのぶあき)と元服し、父の武功によって一〇〇石を与えられ、定昌の子である松平家治(まつだいらいえはる)に仕えた。鳥居家を農民の足軽から武家に押し立てた勝商の功を忘れないために、信商は鳥居家の嫡男に強右衛門の名を代々受け継がせていった。勝商から数えて一三代目の鳥居商次(とりいあきつぐ)は徳川家中で家老に取立てられるなど、子孫に至るまで厚遇されたと言う。この勝商の家系は、時代を渡り歩き、現在でも存続している。



 その日、忠繁は信長の名代として長篠城を訪れていた。信長が命じて作らせた甘泉寺にある勝商の墓は、実に立派なものであった。用意していた花束を墓石の前に添えると、一緒に来てくれた定昌や亀と共に手を合わせた。


「強右衛門の命がけの行動が、奥平家を守ってくれた。」


 定昌はそう言うと、優しく墓石に触れた。


「岡崎城に着いた時に、城のみんなに申し訳ないと、鳥居殿は出された食事も手を付けず、ただひたすら援軍をお願いしておりました。なんて仲間思いの方だろうと心が締め付けられる思いでした。またお会いしましょうと約束しましたが、果たせなくなったことが残念です。」

「されど、軍師殿や亀が強右衛門の面倒を見てくれたおかげで、われらは強右衛門の言葉を聞くことができ、城を守り抜くことができた。そのうえ、亀を嫁にもらい受け、徳川様の一門の端に加えていただけた。」


 定昌は墓石に頭を下げると、


「われら奥平家の今があるのは、強右衛門、そなたのおかげじゃ。わしは、生涯そなたの忠義を忘れはせぬ。そして、そなたを見習って徳川家と太平のために尽力しようぞ。」


 そう言う定昌の言葉に亀もうなずくと、三人は再び墓石に向かって手を合わせた。その時、優しい風が吹き抜け、墓石に備えた花々を揺らしていった。定昌には、それが勝商が笑っているように思えてならなかった。



 鳥居強右衛門勝商の、長篠から岡崎への往復二八里(約一一〇キロ)の物語は、『戦国版・走れメロス』として、現代でも歴史好きの間で語り継がれている。一人の足軽が城を守っただけでなく、奥平家の命運を明るい方へ導いたのだ。勝商の墓は、現在でも愛知県新城市作手鴨ケ谷の甘泉寺に現存し一般公開されている。



第二話 走れ強右衛門 終わり

第二話の完結までお付き合いいただきありがとうございました。


強右衛門の壮絶なまでの忠義と最期、

それが長篠城の仲間に与えた勇気は大きかったものだと思います。


今回のお話はどうでしたか?

次回第三話もどうぞお楽しみに!


ぜひ、いいねとブックマークと高評価での応援、

よろしくお願いいたします。


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