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時霞外伝 ~戦国武将小話~ 【不定期連載中】【第四話完結】  作者: 水野忠


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第四話 猪武者の苦悩

 天正八年(一五八〇年)初夏、忠繁は森蘭丸と弥助を供に、各地で謀反を先導している白髭の老人の正体を掴むべく、勝家が方面大将として管轄している越前の北ノ庄城に出向いた(本編第八章①)。勝家の甥の盛政に話を聞いてみたが、けっきょくのところ大したことはわからなかった。


「せっかく遠路来てもらったのに、大した話ができずに申し訳なかったな。」


 勝家は盛政との話の後、忠繁達を城内に造ったと言う茶室に案内していた。ここに来てから急造で建てたと言うが、こじんまりとはしているが気品があり情緒もある茶室だった。また、茶室から見える庭も小さいながらも伝統を重んじる造りに整えてあり、そこに植えられた梅の木の曲線がまた何とも言えず美しかった。


「いえ。もともと雲を掴むような話ですので。どうぞお気になさりませぬよう。しかし、それにしても素晴らしい茶室でございます。」


 忠繁は申し訳なさそうに詫びてきた勝家に、話題を変えて茶室の話を振った。


「そうか? お主にそう言ってもらえると嬉しいものだな。」


 勝家は慣れた手付きで三つの茶を点てると、忠繁達の前に置いた。蘭丸は茶の心得があるが、弥助は茶など飲んだことがない。目の前に出された緑色の液体に困惑していた。


「ははは。弥助、茶の道は奥深いものだが気にせずともよい。千宗易が申しておった。茶は、ただひたすら飲めばよいとな。」

「は、ハイ! いただきマス!」


 弥助は茶碗を掴むと、驚く忠繁と蘭丸を横目に一気に流し込んだ。そして、そのあまりの苦みに顔をくしゃくしゃに歪ませて悶絶した。


「これ、弥助!」

「ははは、よいよい。弥助、わしの茶はどうじゃ。」

「ハイ。何とも、身体によさそうにございマスル。」


 歪んだ顔のまま、弥助は何とかそれだけ言った。忠繁と蘭丸はあきれながらも、作法通りに茶を飲んだ。研ぎ澄まされた茶の味が口に一杯広がる。


「けっこうなお手前でございます。」

「かたじけない。」


 忠繁としては、猪武者で武辺一辺倒と思っていた勝家のもてなしに驚きを隠せなかった。勝家もそれを感じ取ったのか、


「わしが茶を点てるのは意外という顔をしておるな。」


 そう言って笑った。


「も、申し訳ございませぬ。柴田様は武勇誉れ高いお方ゆえ、茶の道などはご興味がないものと勝手に思っておりました。」

「ははは。あながち間違ってはおらぬ。北ノ庄に来てから急に学びたくなってな。一度、千宗易にお越し願って教えを乞うたのじゃ。」


 勝家の性格上、それはとても意外なことであった。忠繁が言っていた通り、武勇に長けた勝家が礼儀作法の厳しい茶道を学ぶなどなかなか印象がない事であったのだ。


「なにか、心境の変化がおありでしょうか。」

「そうじゃな。しいて言うならお主の影響じゃな。」

「わ、私でございますか?」


 勝家は忠繁と別室に移動し、北陸の郷土料理などを振舞った。弥助達も別室に通されて歓待されているようだ。勝家たっての希望で、二人で食事をすることになったのだ。


「正確に言うと、お主だけではなくサルや光秀達じゃな。皆、それぞれ政をしっかりやっておる。わしは猪武者だが今は北陸一帯を預かる身、そして、これからは上様の天下の下、強い日の本を作るために頭を使わなければならん。いつまでも猪武者ではいけないと思ったまでよ。だがな。」


 酒を飲み干すと、勝家は少し困ったように話し始めた。


「わしに上様やサルやお主のような政ができるものなのか不安に思っておる。何から手を付ければいいのか、何を学べばいいものなのか皆目見当がつかぬ。お主の言うように、わしは武芸一筋で突き進んできた男じゃ。今更、変われるものかどうかもわからぬ。どうしたものか、それを軍師殿に相談したかったのじゃ。」


 それを聞いた忠繁は、箸を置くと姿勢を正して勝家に向き直った。改まった忠繁の動きに、勝家も少し緊張して背筋を伸ばした。


「今のままの柴田様でようございます。」


 意外にも、忠繁から出た言葉はその一言だった。合点がいかずにキョトンとしていると、それを察したのか忠繁は追加で話し始めた。


「初めて私が織田家に来た頃、柴田様は武勇一辺倒の剛の者でございました。農民出の藤吉郎様や、出自の怪しい私のことはお認めにならず、自分が織田家の家老なのだと、自分こそが織田家にあってもっとも信長様の力になる者ぞと、自信に満ち溢れておいででした。」

「ははは。その時は悪かったの。」

「あの頃の柴田様だったら、藤吉郎様のなさいようを真似しようとか、私に教えを乞うようなことはなかったと思います。それが、武勇だけではいけないと、茶道を学ばれ、そして、私などに相談をなさっております。それはきっと、柴田様の中での変化、心のご成長があったからこそとお見受けいたします。そして、柴田様のそのようなお姿は、家臣達の手本になり、家臣達もまた、柴田様のためにと研鑽を欠かさないことでしょう。」


 それだけではなかった。勝家に会ったからこそわかる。彼の表情が昔に比べてとても穏やかなのだ。いい時間を過ごせている証拠でもあるのだろう。


「それに、柴田様は長年に渡り上様を支え続けてこられた重臣中の重臣。かつて信行様がご謀反をされた時は、信行様の家老であったにもかかわらず、上様の力を信じてそれを打ち明け、これまでたくさんの武功を立てられました。私は、織田家で上様に対しての忠義が一番厚いお方は柴田様と思っております。どうぞ今の柴田様のまま、上様のため、織田家のためにご尽力くださいませ。」


 そこまで言うと、忠繁は手を着いて深々と頭を下げた。


「ふふ、そのままでよいか。そうか。」

「はい。柴田様の忠義に厚いところは、この忠繁も見習っていることでございます。」

「お主に相談したのは正しかったな。わしはわしのやれることをやっていこう。」


 勝家は楽しそうに笑っていた。今まで心のどこかに何かつっかえていたことが、スーッと楽になっていくのを感じたのだ。


「そなたの言葉はまるで医者の様じゃな。散々、心につっかえていたことがすっと楽になったぞ。礼を申す。」

「もったいないお言葉にございます。」

「軍師殿。お互いに役目がある故になかなか会うことはできぬが、またこうやって酒を飲み、相談に乗ってくれぃ。」

「ははっ。」


 その日は遅くまで飲み明かし、翌朝、忠繁達は勝家に見送られて帰路に着くのであった。しかし、こののち面会することはあっても、本能寺の変まで二人がそろって酒を酌み交わすことは最後となってしまったのだった。



 時は過ぎて天正一一年(一五八三年)四月。越前国北ノ庄城。日が傾きかけた夕刻前、勝家は城の天守から城下を見下ろしていた。城に攻め寄せた羽柴秀吉勢一八〇〇〇が、一兵たりとも逃さぬように城を取り囲んでいた。昨年六月、明智光秀の謀反によって、主君である織田信長が本能寺の変で倒れると、織田家中は支配権をめぐって有力家臣達の対立が深まり、とうとう秀吉と勝家の間では修復できない大きな亀裂ができてしまったのだ。


「ふふ。見事に負けたものよ。」


 眼下の兵士達を見下ろしながら勝家はつぶやいた。信長の死後、勝家は信長の三男である信孝に請われ秀吉と戦った。話し合いをして解決していくことも考えていたが、信孝の織田家再興の熱い気持ちに心打たれ、負け戦とわかっていて賤ケ岳の戦いに挑んだのだ。


 昨日は敵に囲まれた中で別れの酒宴を開いた。妻のお市と三人の娘達、一緒に死なせるには忍びないと、市には秀吉に降るように説得をしたが聞き入れてくれなかった。今日の昼前になり、ようやく娘達だけを逃がすことを了承してくれた。茶々、初、江は、市が後から降ることを信じて城を出ていった。市に強い憧れを持ち続けている秀吉のことだ、娘達を決してないがしろにはしないだろう。


「殿、そろそろ。」


 白装束に着替えた市が、勝家の刀を片手に歩み寄り、徐にそれを差し出してきた。


「あの子達には申し訳ないことをしたな。浅井殿とわしと、二度も父親を失うばかりか、二度も城が落ちるのを見させるとは。」

「大丈夫でございます。あの子達は、天下人織田信長と名門浅井家の血を継ぎ、そして、柴田勝家という義父に育てられたのでございます。きっと、強く生きることでしょう。」

「わしは、そなたにも強く生きてほしかったのだがな。」

「ふふ。勝家様、もうそれは言わないでくださいまし。」


 市はそう言うと、腰を降ろし恭しく勝家に頭を下げ、


「柴田勝家様。短い間でございましたが、夫婦として過ごしていただきありがとうございました。市は果報者にございます。」


 そう言って目を閉じた。覚悟を決めたのだった。勝家は市から受け渡された刀を抜くと、


「何を言う。わしのほうこそ、礼を申さねばならぬ。市、感謝するぞ。」


 そう言って、勝家は刀を振り下ろした。市は声を上げることもなくこと切れ、勝家はこの時になって初めて自分が涙を流していることに気が付いた。そして、改めて市を愛している自分の気持ちに気付かされたのだ。


「市、すまぬ。許してくれ、市よ・・・。」


 市の亡骸を抱きしめ、しばらくの間、勝家は涙を流した。そして、市を寝かせると、陣羽織を脱いで市の顔にかけてやった。両手を合わし、


「市、すぐにそちらに参る。長政に詫びを入れねばな。」


 そう言って立ち上がると、


「聞荷斎!」


 と、天守下で待っていた家臣の中村聞荷斎(なかむらぶんかさい)に声をかけた。聞荷斎の娘は勝家の養女として高城胤則(たかぎたねのり)に嫁いでいる。賤ケ岳の戦いで敗れ離散した兵士達をまとめ、最後まで勝家に付いてきた家臣だった。


「ははっ、これにございます。」

「待たせたな。これより腹を切る。機を逃さず火を付けよ。」

「ははっ。殿、介錯は。」

「無用じゃ。サルめは元農民、切腹の作法なぞ知るまいであろうから、これを機に学ばせてやろうぞ。」


 そう言って豪快に笑ったのは、勝家の精いっぱいの見栄であったのであろう。聞荷斎は深々と頭を下げ、無念そうに階下に引き上げていった。勝家はそれ見送ってから甲冑を脱ぎ、脇差を片手に天守閣の外へ出た。自分の姿を見つけた眼下の兵達がそれぞれ声を上げる。


「寄せ手の羽柴の者ども! 北陸の大将、柴田勝家である!」


 勝家の声に、集まった羽柴勢は何事かと静まり返った。少し離れた本丸の門の手前に羽柴家の旗印である千成瓢箪が見えた。遠くてよくは見えなかったが、おそらくあの馬上の男が秀吉であろう。


「サル! まんまとうまくやったな。この柴田権六、感服したぞ!! だが、農民出の貴様は真の切腹など作法も知らぬであろう! 織田家筆頭家老としての最後の教えじゃ。権六の死に様、とくとその目に焼き付けよ!!」


 そう言うと勝家は脇差を抜き、躊躇うことなく自分の腹にそれを突き立て、一気に横へ引き裂いた。かつて記憶にない激痛が走り、生暖かい液体が身体の外へあふれ出ていった。一度引き抜くと、息を殺しながら今度は下腹部に突き立て、下から上に縦に引き裂いた。今度は腹の中のものまでずるずると流れ出てきた。これが十文字斬りと呼ばれる最もつらい切腹方法だった。


「ど、どうじゃ! これが十文字斬りじゃ!」


 勝家はそう言って自分の臓腑を引きずり出すと、脇差で切り取っては眼下の兵士達に投げ付けた。血しぶきと共に降りかかる勝家の臓物に、雑兵達は腰を抜かして悲鳴を上げた。その情けない姿を見て、決して自分は愚かに負けたのではないと確信する事ができた。


「こ、これが北陸大将の腸じゃ! なますにでもして食らうが良い!! はーっはっはっ!!」


 そして、意識がもうろうとしてきた中、己の首を切り裂いて勝家は絶命した。そのあまりの壮絶な最期に、集まった羽柴勢は言葉を失って立ち尽くしていた。まさに鬼柴田と呼ばれるに相応しい最期だった。


 天守下で準備をしていた聞荷斎は、勝家の断末魔となった最後の大笑いを確認すると、仕掛けてあった火薬に火を落とした。


「勝家様。黄泉への道案内、この中村聞荷斎がしかと承りまする。」


 火薬壺に引火、爆発の直前に、聞荷斎は自刃して果てた。まもなく轟音と地響きが羽柴勢を飲み込み、立ち尽くしていた兵達は、降り注ぐ天守の残骸に我に返ると周りを押しのけながら我先にと城から離れた。


「勝家殿。見事、見事なご最期。この筑前、しかと焼き付けましたぞ。」


 秀吉はさみしそうにそう言うと、弟の羽柴秀長(はしばひでなが)に後を任せて早々に陣小屋へ戻った。その日の夜、憧れていた市と、対立しながらも心のどこかで好敵手と慕っていた勝家の死に涙を流し、誰とも会おうともしなかったという。


 鬼柴田、かかれ柴田など、剛の者として織田家を牽引し、誰よりも信長に忠義を尽くし、その忠義によって秀吉の天下になるのを良しとせず、負け戦とわかっていても戦い抜いた勝家の最期、その生き様は後世にまで語り草となる。この時、勝家は従五位下・修理亮に叙任されていたが、昭和三年(一九二八年)一一月一〇日、忠を尽くした誠の武士と称えられ、宮内省より従三位が贈られた。


 こうして賤ケ岳の戦いから始まった北陸合戦は、北ノ庄城落城で幕を閉じ、信長の死後に不安定だった織田家中はまとまり、秀吉の天下統一へと突き進んでいくのであった。



第四話 猪武者の苦悩 終わり

みなさま、ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。

\(^o^)/\(^o^)/


柴田勝家は『猪武者』とか猪突猛進なイメージがありますが、

北ノ庄城の戦いの前、与力の前田利家には親交のある秀吉には必ず降るように勧めたり、

長年にわたってお市に恋心を抱き続けたという意外なエピソードもあり、

人間らしい一面もたくさん伝えられています。


今の言い方で言えば、

不器用なロマンチストだったのかもしれませんね。



ここまで読んでいただき感謝しております。

ぜひ、ブックマークといいねと高評価での応援をお願いいたします!


それでは、また。


水野忠

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 [一言] 最後は切なくなるお話でしたね。 IFを考えてしまいますね。
2024/05/31 18:27 退会済み
管理
[良い点] 今回は勝家が忠繁と会談した以外は歴史学者がコンセンサスしている史実に忠実なんですね。と思ってますけど、どこかひねりとか入れられていても拙者にはわからないでござる。
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