第三話 黒い侍⑦
馬を飛ばして半日、安土城かにある霞北屋敷が見えてくると、屋敷は三〇人ほどの塀に囲まれていた。弥助にはそれが霞北家を襲う軍勢に見え、速度を落とすことなく屋敷の敷地内へ飛び込んだ。
「な、なにやつ!?」
兵士たちが一斉に槍を構える。旗指物を見ると水色の桔梗紋が入っていた。つまり、光秀の軍勢である。
「お前タチ、明智の軍勢か?」
「いかにも! そういう貴様は何者じゃ?」
「私の名は弥助、上様に使える小姓ダ!」
明智の兵と弥助の間に緊張感が高まる。弥助は足の痛みも構わず、兵たちをにらみつけた。風花と繁法師は屋敷の中にいるはずだ。忠繁の忘れ形見、命に代えても守る決意を固めた。
その時だった。
「弥助どの~。」
屋敷の中から一人の少年が駆け寄ってきて、弥助の足に飛びついてきた。
「うおっ!」
それがモロに矢傷に当たったため、弥助は苦痛に顔をゆがめ歯を食いしばった。
「弥助どの、どうしたの?」
「ハハ、繁法師サン。元気、イイコト。」
繁法師の懐きように、明智の兵たちは向けていた槍の矛先を下した。すると、屋敷の中から繁法師を追いかけて一人の女性が駆け出してきた。霞北忠繁の妻・風花である。
「弥助殿、いかがなされたのじゃ? 明智兵の皆さま。この物は霞北弥助、我が家の縁の者で、織田の上様の小姓でございます。」
風花はそう言って、弥助と明智兵の間に割って入った。
「風花サン、この者たちは?」
「十兵衛様が手配してくださった護衛の兵の皆さまです。それよりも弥助殿、上様と一緒にいたのでは・・・。まさか!」
風花は忠繁が未来からこの時代に来たことを知っている。そして、忠繁が命を懸けてまで本能寺に付き従い、そして、そこで何が起きるのかも聞いていた。
「はい。上様、忠繁サンも、本能寺で明智光秀に討たれまシタ。」
「ああ、やはり・・・。」
わかっていたとはいえ、愛する夫が逝ったのである。それを聞いた風花は必死に涙をこらえた。弥助がここにいて話をしているということは、すでにすべてが決しているということだ。風花の人生を変え、風花の愛した忠繁はこの世を去ったのだ。
「風花サン。面目ない、上様も忠繁サンも、守れなかったヨ。」
弥助の言葉に風花は首を振ると、
「もとより覚悟はしておりました。それよりも、弥助殿が無事でよかった。」
弥助はここに来たいきさつを話した。もはや主である信長はいない。織田家が無くなった以上、自分にできることといえば世話になった忠繁の家族を守ることくらいだと考えた。弥助の話を聞き風花はうれしそうに微笑んだ。
「明智の兵の皆様。この者は私たちの護衛として参りました。もはや織田家の者ではないゆえ、どうか武器をお納めくださいまし。」
風花の言葉に足軽頭の宇治原直信(うじはらなおのぶ)は、
「奥方様がそうおっしゃるのであれば、われらは従うまで。弥助殿、失礼仕った。」
そう言って頭を下げると、配下の兵たちに持ち場に戻るように伝えた。弥助は風花に案内されて屋敷に入った。
「弥助殿、ケガをされているではないですか。」
「ナンの、大したケガにゴザラン。」
「いけません。」
風花は血の滲んだ包帯を取り除くと、清潔な水で傷を洗い流し、薬を塗って巻き直してくれた。
「風花サン。私、あなたたちを守りたい。ここにいてヨイか?」
「それはもちろんいいけれど。でも、弥助殿も会いたいご家族がいるのではないですか?」
「家族・・・。」
弥助の脳裏に、遠く離れた土地に残してきたヌマルとアコスアの幼い姿が思い浮かんだ。
「前に話してくれた故郷のご兄弟に会いたくはないの? 上様も亡くなり、忠繁様も亡くなった今、あなたは自由に生きていけるのよ?」
「風花さん。」
いまさらながらに、弥助は血のつながった家族に会いたいと思う気持ちが強まった。だがしかし、故郷を出てもう一〇年以上になる。あの状況で、ヌマルたちが生きているとは思えなかった。
それから数日が過ぎ、初夏の日差しの強い日の昼下がりだった。西から数千の軍勢が屋敷に向かっているのが報告された。その旗印は千成瓢箪、羽柴筑前守秀吉の軍勢であった。秀吉勢は機敏な動きで屋敷を囲んでいった。屋敷の軒先で、風花たちが心配そうに成り行きを見守っている。明智兵たちは武器を構えて応戦の準備をしていたが、直信が前に出て声を上げた。
「羽柴筑前守秀吉様とお見受けいたす!」
「おう! その方は?」
「失礼いたした。それがしは宇治原直信と申す者、明智日向守様の配下の者にござる。羽柴様にお伺いしたい。我らが主、日向守光秀様はいかが相成ったか。」
馬上にいた秀吉は下馬すると、弟の羽柴秀長(はしばひでなが)と共に歩み寄った。
「日向殿とは山崎にて合いまみえ、合戦ののちに小栗栖で討ち取った。我らは本能寺で上様に殉じた我が友、霞北忠繁殿のご家族をお迎えに参ったのじゃ。」
「承知仕りました。」
直信は腰から刀を抜き取り、膝を着くとその前に刀を置いた。直信に倣ってほかの兵たちも同じようにそれぞれの武器を目の前に差し出した。降伏の意味である。
「わが主、明智日向様のご命令でございます。自身のたくらみが成就しなかったときは、ここへ来る軍勢が霞北様のお味方であれば速やかに降伏せよ。それが日向様からのご命令でございました。われら、日向様とともに参ります。」
「ならぬ!」
秀吉は一括すると直信に歩み寄り、その肩に手を置いた。
「直信、そなたたちの心意気、誠にあっぱれ。殉ずるのはならぬ。今後は我が配下に入り、上様が成し遂げられなかった天下泰平のために尽くしてほしい。光秀殿なら必ずそう言うはずじゃ。」
秀吉の言葉に、直信は地面につくほど頭を下げ、
「かたじけないお言葉、承ってございまする。」
そういって涙を流すのであった。
「風花殿。忠繁殿のこと、誠に残念でござった。忠繁殿は夫、上様と光秀殿はいわばそなたの義理の父
。一辺に亡くされた御身の心痛を考えると胸が張り裂けそうじゃ。」
「藤吉郎様。わが身を案じてお越しいただきましたこと、夫・忠繁に代わって御礼申し上げます。」
「うむ。時に風花殿、上様が亡くなり天下は再び混乱の極みにある。そなたらはしばし清瀬の帰蝶様のもとで保護してもらおうと考えているがいかがかな?」
帰蝶のいる清州城は、信長の弟である織田三十郎信包(おだのぶかね)が管轄していて、小谷城落城後に信長の妹・市とその子供の三人の姫が預けられていた。市が嫁ぐまでは、帰蝶とも市ともよく一緒に過ごした。
「ありがたきお引き計らい、お礼を申し上げます。」
「準備ができ次第出発しよう。じゃが、とりあえずは、昔のように茶でも入れてはくれまいか風花殿。」
そう言って秀吉はにっこりと笑った。霞北家で一泊し、翌朝、風花たちは屋敷を出発することになった。弥助も着いていく準備をしていたが、出発直前になって風花に呼び止められた。
「弥助殿。これを。」
差し出された袋には、決して少なくない額の金子が入っていた。弥助がなんだかわからずにキョトンとしていると、
「故郷に、家族の元にお帰りなさい。」
そう言って風花は袋を持たせた。
「風花サン。ワタシ、必要ナイ?」
「そうじゃないの。あなたがいればすごく心強いわ。でも、これからこの国はどうなっていくかわからなくなってしまった。だから、あなたには故郷の家族を探してきてほしいの。そして、一緒に暮らしてもいいし、また戻ってきてもいい。忠繁様がいなくなって、家族のありがたみが身に沁みました。あなたのご兄弟も、きっとあなたに会いたいと思っているはず。」
風花は弥助の手を取って微笑んだ。
「ご家族を探して、幸せになって。」
風花は弥助が奴隷だったことも知っている。だからこそ、理不尽に離れ離れになった家族に会わせてやりたいと考えたのだ。
「もし、私の家族、もうイナカッタラ?」
「その時は、霞北弥助として、また私たちのところに戻ってきてちょうだい。」
「は、はい!」
風花は弥助の家族がいてもいなくても、彼が戻れる場所を用意したのだ。家族が見つかって一緒に幸せになるのもよし。戻ってきて、ともに霞北家を守っていくのもよし。ただ、風花としては、弥助には本当の家族と一緒に過ごして幸せになってほしいという思いがあった。
「弥助どの~!」
繁法師が重そうに槍を引きづって外に出てきた。
「これ、あげる!」
それは、かつて忠繁が森可成に師事していた時に使っていた槍だった。これも関兼定が打ったもので、忠繁が卒業の証に可成から贈られたものだ。忠繁自身は槍よりも刀の方が肌に合ったため、家宝として霞北家の居間に飾ってあったのだ。
「弥助どの、これでいろんな人を助けてあげてね。」
にっこり微笑む繁法師の姿に弥助は感極まって涙を流した。
「弥助どの。大丈夫?」
「ハイ。ワタシ、嬉しくて泣いているのデス。繁法師サン。ありがとう。」
「うん!」
秀吉と共に、風花たちは帰蝶の待つ清州城へ出発していった。弥助は屋敷の前で一行が見えなくなるまで見送った。忠繁も風花も繁法師も、今まで奴隷として扱われてきた自分を『一人の人間』として付き合ってくれた。霞北家は弥助にとって大事な大事な居場所だった。
「風花サン、繁法師サン。どうかお元気で・・・。」
もう一度深々と頭を下げ、弥助は霞北家を後にし、西を目指した。
続く。
すみません。
次回、最終回と言いながら、
ボリュームが大きくてまとめきれませんでした。
m(__)m
次回、本当に最終回、
弥助は故郷へ帰れるのか?
おたのしみに!




