第三話 黒い侍④
日本に降り立ったヴァリヤーノは、イエズス会の布教方針として、西洋の習慣を押し付けるのではなく、日本の文化に自分たちを順応させる指示を出した。まずは、先年キリシタンとして洗礼を受けた大友宗麟|(大友宗麟)と面会し、日本における布教活動に助力を求めた。このヴァリヤーノの行動は、強行主張の激しい他の宗派との対立を生み、それがやがてイエズス会と修道会の対立になっていくのである。
「ヴァリヤーノ様。遠路ようお越し下された。」
宗麟はそう言って頭を下げた。この時の宗麟は、肥前の国を治め、九州全土の統治を目指して各地へ戦線を広げていた。北の龍造寺、南の島津、強国に挟まれているが、宗麟の類稀な軍略で、確実に支配権を広げていた。
「宗麟殿、しばらく厄介になる。しかし、聞くところによると、勢力を拡大して順調なようですな。」
「いやいや。私などはまだまだ。東では織田家が勢力を機内一帯に伸ばしているようで、その隙に広げているだけでございます。」
「ほう。織田家とな。」
「はい。当主の信長は、もともと尾張の小大名のせがれでしたが、ここしばらくで急速に勢力を伸ばし、畿内一帯とその周辺はことごとく支配下に治めております。」
このころの信長は、将軍・足利義昭を手中に収め、将軍の名の下に勢力を拡大していたが、自分が傀儡だと気付いた義昭の策略によって、反織田連合が包囲網を築きつつあった。東に武田信玄、北には朝倉義景と浅井長政、西は本願寺一向宗と鉄砲の傭兵部隊で名を馳せる雑賀衆。織田徳川同盟軍は、いまだに窮地を抜け出せていなかったのだ。
しかし、宗麟の元には遠い東の情勢は入り切っていなかった。この時の宗麟は、将軍を抑えた信長が天下に覇を唱えていくであろうと考えていたのだ。その考えは決して間違いでもなかったが、包囲網に苦しむ信長にとっては、思うようにいかない時期でもあったのだ。
「ヴァリヤーノ様。日の本での布教を目指すのであれば、織田信長は避けては通れぬ相手です。早めに面会し、距離を近くしておくことが上策かと心得まする。」
「ふむ。」
ヴァリアーノはその話を聞き、しばらく滞在して身体を休めた後、肥前一帯での布教を進め、その後に京へ上ることを伝えた。そして、船に戻るとジェヤスフェなど数名の奴隷を呼び寄せた。
「ジェヤスフェ。しばらくしたらこの国の中心部へ出る。その時にお前達を宣教師団の護衛として連れていく。この地の支配者、大友宗麟から武芸を身に付けるように。」
「わ、わかりました。」
ジェヤスフェは、奴隷仲間であるオスマンとダウダと共に、一時大友家に預けられるのであった。この時に日本語を習い、武芸を身に付けることになった。武芸と言っても、言葉もたいしてわからぬ日本での武器や馬に乗って戦う技術などは短期間で身に付けることは困難なため、宗麟は基本的な刀の振り方や、身のかわし方など、基礎的なことを教えることにした。
しかし、その中でも、ジェヤスフェは狩猟で槍を好んでいたおかげか、刀よりも槍を持った方がよく動き回ることができた。一ヶ月もすると、我流だけではなく、宗麟たちに教わりながら基本的な型を覚えていった。
「ほう。この黒人は軽々と槍を扱いますなぁ。」
そう感心しながら城の広場に現れたのは、宗麟の盟友の有馬十郎晴信(ありまはるのぶ)だった。晴信は肥前国でも島原周辺を支配下にしている。宗麟との親交も厚く、翌年には洗礼を受けキリシタンとなり、やがて、宗麟などと協力して、ローマへの少年使節団を派遣する。
「晴信殿、お越しであったか。」
「ははっ。龍造寺に対するべく、宗麟様のお力添えを願いに参りました。」
「なんぞ、動きがあったか。」
「いえ。火急のことはございませぬ。ご機嫌伺のついでにござる。」
そう言いながら、晴信は練習用の槍を持って広場に出た。槍と同じ長さの杖に、先端には怪我をさせないように布の塊をかぶせてある。それでも疲れれば痛いし、叩かれれば怪我もしかねない。
「お相手しよう。有馬晴信じゃ、そなたの名は?」
「・・・。」
ジェヤスフェの困った表情を見て、宗麟は笑って答えた。
「ははは。晴信殿、すまぬがこの者達は言葉がまだわからぬ。その大男はジェヤスフェ、太い方がダウダ、ひょろ長い方がオスマンじゃ。」
「言葉が通じぬのはちと面倒じゃな。ほれ、かかって参れ。」
晴信は切先でジェヤスフェの切先を何度かつついた。ジェヤスフェはそれを受けて、攻撃して来いと判断し、晴信に向かって突き出した。が、軽くかわされ、晴信の切先はジェヤスフェのわき腹に突き刺さっていた。あまりの痛さに思わず転がりまわったが、晴信はそんなジェヤスフェが起き上がるのを手伝ってやると、
「ははは。すまぬな、思い切り入ってしまった。」
ジェヤスフェの背中の泥を叩いてやりながら、
「さぁ。もう一本!」
そう言って再び構えた。そうやって何度も何度も叩きのめされては立ち上がり、何度だって向かっていった。結局、ジェヤスフェの切先が晴信に届くことはなかったが。しかし、その根性にすっかり感心した晴信は、宗麟に申し出て、しばらくジェヤスフェたちの稽古を見る約束をしてくれた。
晴信はそれから一ヵ月ほど滞在し、ジェヤスフェたちに稽古を付けてやった。三人の中でもジェヤスフェの身体能力は非常に高く、晴信たちをしばしば驚かせた。稽古で疲れれば日本語を教える時間を取り、数週間もすると、基本的な立ち振る舞いのほか、簡単な日本語なら話せるほどになっていた。その成長ぶりは何より教えていた晴信が一番驚いていた。
「ほんの興味本位から指南役を受けましたが、いやはや、何とも異国の者達は飲み込みが早いですな。」
長く領地を開けるわけにもいかず、晴信は精進を怠らないように言うと自分の城へ引き上げていった。宗麟はこの数ヵ月でボロボロになったジェヤスフェたちの身体を洗い、衣服を与えて労った。ヴァリヤーノが出発のために戻ってくると、顔付きの変わったジェヤスフェたちに驚いたようだった。
「宗麟殿。これは、だいぶ鍛えてくださったようですな。」
「たまたま十郎晴信殿が来られまして、指南役を引き受けてくれました。彼らはこの数ヶ月、厳しい稽古に根を上げることなく頑張りましたぞ。」
すっかり南蛮衣装が似合うようになったジェヤスフェたちが、ヴァリヤーノの前に出て膝を付いた。
「ヴァリヤーノ、様。イツデモ、オ供、ツカマリマス。」
「ほう。日本語も習ったのか、見事見事。」
まだ不慣れな日本語であったが、ヴァリヤーノには十分満足したようだ。この日以降、三人はヴァリヤーノたちの護衛として、奴隷の中でもかなりの好待遇を受けることになった。ヤオ達と港町で働かされていた頃に比べれば雲泥の差だ。しかし、あのつらい日々がジェヤスフェの柔軟でしなやかな身体を作ったともいえるため、無駄ではなかったと思いたかった。
「ヤオ。黄金の国、来たよ。」
ジェヤスフェは出発前夜、星空の中に浮かぶ月に向かってそうつぶやいたと言う。
肥前を出発したヴァリヤーノ一行は、陸路で北九州から山陽を通り、安芸国では毛利輝元に面会をし、海路の通行手形を発行してもらった。輝元はヴァリヤーノの用意した焼き菓子、今で言うクッキーをえらく気に入って上機嫌だったと言う。
「ヴァリヤーノ様。私達はどこへ向かっているのですか?」
「この国の王、安土にいる織田信長の所だ。いま、この国で一番力を持った大名と言われている。我らは信長に取り入り、この地に布教をするのだ。」
「アヅチ、ダイミョー、ノブナガ。」
聞きなれない言葉に、ジェヤスフェは目を丸くした。ジェヤスフェは物覚えがいい。ヴァリヤーノは時間を見付けては、彼に日本語を教えるように、部下の宣教師たちに命じていた。
堺の港に到着すると、そのきらびやかな街並みと、街行く人々の明るい笑顔にジェヤスフェは驚いた。肥前の人達も気さくな人はいたが、なんというか、街も人も、そこにある者がすべて幸せに暮らしているような、そんな羨望も含めた印象を受けたのだ。
「ヴァリヤーノ様。この者達は、貴族の方々ですか?」
「いやいや。皆、普通の町人だ。」
その答えにジェヤスフェが驚いたのは言うまでもない。一般市民がこれほどまでに笑顔で生活ができている。今までのジェヤスフェの常識からは考えられないものであった。
「ここは、天国か・・・。」
同じ人間に生まれ、こうも違うものかと思うと自然と涙が出てきた。ここでは子供でさえ、きれいな衣服を身にまとって笑顔で過ごしている。もしも、自分やヌマルたちがここに生まれていたら、どれだけぜいたくな暮らしができていただろう。
堺に入ると、商人で茶人の今井宗久(いまいそうきゅう)が一行をもてなしてくれた。ヴァリヤーノたちは布教が主な目的であったが、ここで商人達との交易の窓口を確立することも目的の一つになっていた。
「遠路はるばるよう来なさった。しかし、ヴァリヤーノさん。この黒い大男たちは初めて見ますがなんですか?」
「この者達、私達と同じ人間です。世界にはいろいろな肌の色の人種がいるのです。私達のような白い者がいれば、今井さんのように黄色い人もいる。彼らの生まれた国では黒いのが当たり前、すべては神の決めたことです。」
ヴァリヤーノと宗久たちが商談に入っている間、ジェヤスフェたちは屋敷の前で待たされ、その間は護衛らしく周囲に警戒を怠らなかった。しかし、屋敷の前を通る人が等しく皆、彼らを見ては驚き、目を見開き逃げていく。
「ジェヤスフェ。俺達、立っているだけで人が逃げていくぞ。」
「ジパングの人は臆病なのかもしれないな。」
不思議と、ジェヤスフェたちは肌の色が違っていても驚きはしなかった。白人たちを見て慣れていたせいもあるが、同じ人間の形をしているのなら、同じ人間であって当たり前。レイヨウだってカエルだって、魚であっても、肌や毛並みの色や柄は違う。そんなことではいちいち気にしない。それと同じくらいにしか感じていなかったのである。
その日の夕方。ヴァリヤーノたちとは別室だったが、ジェヤスフェたちにも夕飯が振舞われた。肥前などですっかり慣れてきた日本食だが、奴隷である自分達に出される食事も、かつての港町の時のような粗末な物ではなく、しっかりとした食事を取ることができた。それだけでも、彼らが感激していたのはゆうまでもない。奴隷の身分とはいっても、主に付き従っていれば食事も寝る場所も与えてもらえるのだ。
明日はいよいよ安土へ向けて出発する。そこで、自身の人生を左右する大きな出会いがあるということに、今のジェヤスフェはまだ気が付いていなかった。
続く
多分、今でも肌の色が青かったりみどりだったりした人が突然現れたら、
きっと驚いてしまいますよね。
当時の日本の人々も、
初めて見るジェヤスフェの肌の色には相当驚いたに違いありません。
そんなことを思いつつ描いております。
次回はいよいよジェヤスフェが安土へ入ります。
どうぞお楽しみに!




