第一話 軍師の刀
霞北忠繁が織田信長より与えられた名刀・時霞。この時霞にまつわる物語です。
登場人物紹介
関兼定 ・・・関村の刀鍛冶。
彦五郎 ・・・兼定の一番弟子。
織田信長 ・・・尾張からのし上がった大大名。
霞北忠繁 ・・・元会社員。タイムスリップし、信長の家臣として和泉守を名乗る。
元亀二年(一五七一年)初秋。その日、信長はわずかな共の者を連れて、岐阜城下の外れにある村へやってきていた。ここは関村といい、古くから刀鍛冶の村として栄えていた。その中でも刀匠・関兼定(せきかねさだ)の作る一刀は、刃こぼれも少なく、斬れ味が鋭いことで有名だった。この関兼定を継いでいったものが、やがて幕末期に活躍する新選組の副長・土方歳三の愛刀である『和泉守兼定』となっていくのである。
この時代でも森可成が愛用し、宇佐山の戦いで命を落とした時には、忠繁が命がけで浅井長政より取返し、可成の子である長可に受け継がせた『十文字槍』などが有名であるが、それ以外にも柴田勝家、明智光秀、池田恒興、細川藤孝など、そうそうたる戦国武将たちが愛用したとされている。
「入るぞ。」
信長は無作法に一軒の鍛冶小屋の戸を開けると中へ入った。丁度、炉へ入れた玉鋼が熱をもって赤橙に光を放っていたところだ。その熱した様子を見つめながら、兼定は信長を一瞥すると、おもむろに炉からそれを取り出し、金槌を使って思い切り打ち付けた。何度か繰り返すと、油に入れて熱を冷まし、再び炉の中にほ放り込んだ。
「信長様。かようなむさ苦しいところへいかがなされたか。」
「注文した刀のことでな。」
「こいつのことですかい。悪いですがまだまだ時間がかかりますぜ。」
そう言って、兼定は再び色を変え始めた鋼の塊を指さした。
「それならちょうどよい。ひとつ、頼まれてはくれないか。」
「はぁ。なんでしょう。」
「この刀を持つ男は、武将にしては優男でな。人が死ぬのを極端に嫌う。そこでじゃ。」
信長は近くにあった椅子を手繰り寄せて腰かけると、いたずらっぽく微笑んだ。信長というよりも、悪童だった吉法師のころのような顔だったに違いない。
「振りやすく、折れない刀を作ってくれ。」
「振りやすいうえに折れにくい・・・。」
要はできるだけ軽くて丈夫にしろということだ。刀は丈夫にしようとすると刀身も太くなり、当然その分の重さが増す。振りやすくするには刀身を細くしなければいけないが、それでは折れてしまう。なかなか難しい注文だった。
「どうじゃ。できるか?」
信長の『できるか?』は、要はやれということだ。答えなど決まっている。
「やってみましょう。少し時間をくだせぇ。」
「頼んだぞ。」
そう言って立ち上がった信長は、懐から小さな包みを取り出して作業台の上に置いた。
「手間をかけるからな、追加の手間賃だ。」
それだけ言うと、信長は共の者を引き連れて引き上げていった。姿が見えなくなってからそれとなく包みを広げると、兼定が考えていたよりもよっぽど多くの金が入っていた。
「やれやれ。こりゃ、気合を入れないといけねぇな。」
そう言うと、炉から鋼を取り出し、力強く金槌で叩き始めた。
1ヶ月後、兼定は出来上がった刀を持って岐阜城へ登城した。広間で待たされると、しばらくして信長本人が入ってきた。
「ご要望の品、お届けに上がりました。」
「おう、出来上がったか。待っておったぞ。」
信長が腰を下ろしたので、兼定は出来上がったばかりの刀を包みから取り出して献上した。信長は刀を受け取ると早速抜いてみた。濃紫の鞘から取り出された刀身は、通常のものよりも身幅が小さい。しかし、太さは通常の刀よりもしっかりしている。要は細長いのだ。
「なるべく細身に、それでいて太く丈夫に仕上げました。」
信長は立ち上がると、その刀を何度か振るった。自分が使うものよりも軽すぎる気がしたが、それが信長の中で想像していたものであったために笑みがこぼれた。
「兼定、上出来じゃ。よぅ、わしの考えをくみ取ってくれたな。」
「恐れ入りまする。」
この刀が、信長より忠繁に贈られ、400年の時を超えて伝えられることになる名刀『時霞』だった。この後、忠繁はこの時霞と共に戦場を駆け抜け、信長の助けとなっていくのである。(時霞~信長の軍師~ 第四章⑧)
忠繁に時霞が下賜されてからしばらく、兼定のもとへ、今度は忠繁が出向いてきた。初めて会う男の来訪に、兼定はいささか戸惑ってしまった。
「霞北和泉守と申します。このたびは、素晴らしい刀を作っていただきありがとうございました。」
「ああ、信長様に献上した刀はあんたに渡すものだったのか。すまねぇです。わしら刀鍛冶は、要望があれば刀を打ちやすが、どなたに下賜されるものかまでは知らないもので。」
「信長様が非力な私のために作ってくださったと聞きました。私の細腕でも扱うことができますので、大変助かっております。」
うれしそうに話す忠繁を見て、兼定も胸をなで下ろした。
「そこで、兼定殿にお礼をと、堺に南蛮から入ってきた玉鋼をお持ちしました。次に作る刀に使っていただければ幸いです。それから、こちらは京で流行っている金平糖というお菓子です。お疲れになったら食べてください。」
忠繁の合図で、家臣が包みを広げた。兼定だからわかる。昨今、なかなか見かけないような上質の原材料だ。
「こ、このようなもの受け取ってよろしいのですか。」
「もちろんです。兼定殿の腕の良さは、亡き可成様からもうかがっております。あなたの作った十文字槍は、森家を継いだ長可殿が立派に使っておりますよ。私のこの時霞も、いずれは子達に受け継がれていくでしょう。」
そう言って、時霞と名付けられた刀を見せてくれた。
「時霞。」
「ええ。信長様が、私は霞のようでもあり、霧のようでもあり、しかし、その存在は確実に時代を推し進めることに一役も二役も買っておる。とお褒めいただきまして、そこから時霞と付けられました。」
「よい響きにございますな。」
「それもこれも、兼定殿が素晴らしい刀を打ってくれたからこそでございます。」
そう言って忠繁は頭を下げた。
「い、いや。もったいない。」
武家の者が、たかだか刀鍛冶に頭を下げることなどまずない話である。それに、刀を打ったからと言ってわざわざ礼を言いに来ることもそうそうない。兼定はすっかり恐縮したうえに、この霞北忠繁という男が律儀で礼儀正しい人物であることを知った。
「織田家の重臣方にも、今後、刀や槍を作るときはぜひ兼定殿にと伝えさせていただきますね。」
「あ、いや。お言葉ありがたく。」
忠繁が引き上げていった後、受け取った玉鋼を眺めながら、兼定は弟子達と久しぶりに酒を飲んだ。金平糖は驚くほど甘く、疲れていた身体を癒していった。こんなにうまい酒を飲んだのはいつぶりのことだろうか。弟子の彦五郎が独り立ちした時か、いや、初めてのような気もする。それほど忠繁の気遣いが心に染みたのだ。
時は流れて、兼定はいよいよ刀が打てなくなりつつあった。一昨年の秋、頭痛がしたかと思うとにわかに右腕が震え始め、力が入らなくなってしまったのだ。現在で言う脳卒中の症状である。幸いに軽いものだったが、もう昔のように刀は打てないことを悟った。
「彦五郎。関兼定の名を、とうとうお前にくれてやる時が来たようじゃ。」
「師匠、何をおっしゃいますか。まだまだ師匠の腕は健在です!」
「ふふ、気づかいすな。自分の身体は自分が一番ようわかっておる。お前が継ぐんじゃ。」
兼定は横になると、天井を見上げながら、
「これから作る刀は、和泉守兼定と名を付けよ。」
おもむろにそう呟いた。
「和泉守兼定、ですか?」
「そうじゃ。お前も知っておろう、織田家の軍師、霞北忠繁様がかつて拝領した官位じゃ。忠繁様が方々にわしの刀を勧めてくれたおかげで、関兼定の名は全国に広まった。しかし、わしの刀が広まったのはわしの技術だけではない。忠繁様が広めてくださったからこそじゃ。だからこそ、和泉守様の名を刀に付けるのじゃ。」
それが兼定の遺言になった。彦五郎は兼定のこの言葉を忠実に守り、兼定から受け継いだ技術を磨き続け、名刀・和泉守兼定は後世まで何代にも続いて栄えていくことになる。奇しくも忠繁の時霞は、この和泉守兼定の原型になったのであった。(諸説あり)
第一話 軍師の刀 終わり
いかがでしたでしょうか。お読みいただいてありがとうございました。
\(^o^)/
名刀・和泉守兼定の由来にもまつわる小話でした。時を超えて現代に繋がれていった風花の想いと時霞。裏ではこんな始まりの物語があったのでした。
不定期ですが外伝を更新します。
頑張って書いていきますので、
ぜひ、ブックマークといいねと高評価での応援をよろしくお願いいたします。