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 翌日が休日ということもあってか、(たかし)の机の上には乱雑に様々な切り抜きが広がっている。

 一つ一つを確認しながら、崇は自分の考えをまとめるように口を動かした。

「十代後半から二十代前半が多いな……全員の共通点は、無残な殺され方、か」

 新聞だけでは足りない情報は、インターネットを使えばそれなりの情報が集まる。ただし、ネットの話しはあまり当てには出来ないという点があるが、仕入れた情報を精査していけば欲しい情報くらいは集まってくる。

 どこかで撮ったらしい写真は、画像は粗いが被害者の無残な姿を露わにしている。それらを写すノートパソコンの画面に、崇は自分達が目撃した被害者の姿を思い出して、小さな溜息を吐き出した。

 下手をすれば、めぐみもあんな無残な姿になっていたかもしれないのだ。

 あまり気持ちの良い想像ではないが、そうならなかった点は何なのか。そして、どうやって校舎に入り込み、危険を犯してまでめぐみを狙ったのか。

 今までの被害者は、全て屋外で、それも無差別に狙われている。だからこそ、めぐみの件は引っかかるのだ。

 座っている椅子の背に体重を預ければ、ぎしり、と悲鳴のような音が背中から聞こえてくる。

「さて、どうすっかな」

 八方塞がりとはこういうことなのだろうな。そんな呑気なことを考えている崇の耳に、コツン、コツンという小さな音が届いた。

 何だと窓の方を見やり、崇は頭を抱えたくなる。

 嫌々ながらもそちらに向かって窓の鍵をあげると、崇は呆れと疲れを半々に織り込んだ口調で話しかけた。

「お前、どこから入るつもりだよ」

 植えられている桜の木々を伝い、崇の部屋の窓際伸びる太い枝にちょこんと膝を折り曲げた状態でいためぐみは、ひょいっと身軽な動作で崇の部屋に入り込んだ。

 悪びれもせずに室内へと身体を滑り込ませためぐみが、もっともらしい理由を述べるのを、些か頭の痛い思いで崇はそれを聞いていた。

「こっちの方が早いんだもん。

 それに、こんなことばれたらお婆ちゃんだけじゃなくて、冴子(さえこ)おばちゃんにも絶対止めらるし」

「わぁったよ。で、そっちの首尾は」

「ばっちり」

 まるで勝利者のような笑みを浮かべためぐみが、ポケットに入れていたために幾分か潰れてしまった紙の束を崇に差し出す。

「よく手に入ったな」

「新聞記者志望の子がいてね、その子が出入りしてるところが、警察とすっごく仲がいいんだって」

「だからって、ここまで情報提供するか?」

「そこはほら。うん、まぁ、やばい範囲ではあるけど」

「……犯罪臭しかしないのは、俺の思い違いか?」

「大丈夫。ばれなきゃいいんだって」

 犯罪だな。

 そう思いながらも、崇は所々に貼られた付箋の類いに視線を落とし、めぐみが先にこれへと目を通したことを察してしまうと、苦い溜息を一つ吐き出した。

 ばさばさと紙片をめくりながら、一通りそれらへ目を通していく。そこに書かれている内容は、十分すぎるほどに崇の眉間にしわを寄せるに十分すぎる代物だった。

 当然のように崇が座る椅子の隣へと陣取り、めぐみは崇の机に置かれていた新聞の切れ端をいくつかつまんむと、床に座り込んでその文字を追いかけ始める。

「なんか、酷いね。手足もがれただけじゃなくて、内蔵全部引き出されたりって……これじゃ、人か獣か、どっちがやったんだかわかんないよね」

「人間には出来んだろ、こんなまね」

 まかり間違えば、自分達もこうなっていたかもしれないと思うと、背筋が寒くなるのは仕方がない。

 内容に目を通せば、被害者達は生きたままの状態でそれらの行為を行われたと書いてある。難しげな顔をする崇の様子に、めぐみは小さく身体を縮めて呟いた。

「なんか、やだな」

「あ?」

「だってさ、死にたくもないのに殺されるのって、不本意だったんだろうなって」

 そう言って、めぐみは膝を抱えてコツリとそこに額を乗せた。

 その様子に崇はぽんとめぐみの頭を軽くたたき、あまり考えすぎるなと言葉をかけようとするが、すんでの所でその言葉を飲み込んだ。

 めぐみの言葉は、正論のようでいて、矛盾をはらんでいる。この世の中に、殺されても仕方の無い人間というのは存在するのだ。だが、それを口にするには、まだめぐみには早すぎるだろう。

 そんな葛藤をよそに、めぐみは不思議そうな声を上げた。

「でも、何で狙われたのかな?」

 素朴な、けれども決して回答の見えない疑問。

 何人も殺しているのだ。最初の現場に居合わせ、もしかしたら姿を見られたかもしれないと考え、目撃者である自分達を殺そうとしたのだろうか。だが、そうなると、獣が犯人という線は消える。だが、殺され方を見るに、人間に出来るとは思えない死に方を全員がしているのだ。

 それは、めぐみもずっと考えていたのだろう。ゆるりと首を上に向けて、崇に視線を合わせためぐみは、抱えている疑問を投げつけてくる。

「崇ちゃんは、あれの顔見た?」

「いや。お前は見たんじゃないのか?」

 あの時、背中合わせになっていたために、崇はめぐみが最初に見つけた『あれ』の顔を見たのではないかと勘ぐった。

 が、それはあっさりと否定され、代わりに、少しばかり躊躇いがちにめぐみは話し出した。

「最初の時も、二度目の時も顔なんて見てないんだけど……二度目の、狙われたって分かったあの時、あれの腕掴んだの。

 それでね、その時感じたんだけど、あれ、人の、それも女の人の腕だった」

「なっ!」

「でもね!人間じゃ無いと思うの!

 あれの眼はね、額のところに紅い眼と、金色の両目があって、人間じゃない、ってすぐに分かったんだけど……」

 見間違いかも、とも思ったんだけど、と言葉を濁しためぐみに、崇は難しい顔でめぐみの言葉を脳内で反芻し、それをなんとか理解しようと試みる。

 だが、人間であって人間でないもの。そんなものが、実在するのであろうか。

 そんな崇に向けて、とつとつとめぐみは語り出す。

「化け物、っていい方が、一番近いと思う。でもね、人間、だと思いたいんだ。

 あの手の柔らかさとか、絶対、女の人だって思うし……」

 化け物。

 その単語に、崇は非憎げな笑みを漏らす。

 自分も子供の頃もそう言われた。悪意と嫌悪を込めて。

「崇ちゃんは違うよ」

 はっと、崇は顔をあげる。

 じっと見つめるめぐみの眼はひどく澄んでおり、それだけで荒みかけていた心が落ち着きを取り戻す。そんなめぐみの頭をくしゃりと撫でたのは、礼の意味も込めてだ。

 それをくすぐったそうに受け入れ、めぐみはにこりと笑いながら言葉を続けた。

「崇ちゃんは、人間だよ。もしそうじゃなかったら、あたしも同類って見なされるし」

「なんだそりゃ」

「類は友を呼ぶ、っていうでしょ。昔っから、崇ちゃんの側にいるんだから、類友扱いされてもおかしくないじゃない」

 がつん、と、今まで撫でていためぐみの頭を崇は叩き付ける。

 その衝撃に涙目になりながら、めぐみは崇を恨めしげに見上げた。

「自業自得だ」

 そう言いながらも、崇はめぐみの様子に笑みをこぼしてしまう。

 この輝きに、どれほど救われただろう。いつも自分を励ましてくれた優しい……。

 そこまで考え、ふと時計を見た崇が、げっ、と声を上げる。

「おい、もう帰れ」

「え?って、もうこんな時間!」

 差し出された置き時計を見せつけられ、めぐみが慌てて立ち上がる。

 すでに時計の針は十二時を過ぎており、いつの間にか明日が今日になっている。

「やっば。おばぁちゃん気が付くかな?」

「知るか!」

「そうだ!ここに泊まればいいじゃん」

「アホか!」

 速攻で却下された案件に、ぷぅっと頬を膨らませためぐみだが、それくらいは分かっているのだろう。

 そそくさと窓に近寄り、がらりとそれを横に押し開いた。

「そこから帰るのかよ」

「だって、来た時はここからじゃん。だから、帰りもここからに決まってるでしょ」

 疲れたように溜息をついた崇が、それでもめぐみの背中に声をかける。

「気をつけて帰れよ」

「うん。お休み」

 身軽に枝を渡りながら自分の部屋へと戻ったことを確認し、崇はゆっくりと窓を閉めて再度吐息をついた。

 本当に、お転婆どころの騒ぎではない。窓から窓への移動は、幼い時から行われていた移動方法だが、さすがにこの年でそんなことをするとなると、少し考えざる得ない。

「ったく」

 口の中で文句を言いつつも、崇は思わず小さく笑ってしまう。

 いつまでたっても変わらないめぐみの姿は、崇に安心感をもたらしてくれる大切な存在だ。それを失わずにすんだことは、本当に幸運だったのだろう。

 かさり、と机に並べた紙片の中に、くしゃくしゃの状態の写真らしきものを見つける。

「こいつ……」

 荒っぽい画像のために判別は難しかったが、どこかであった事があるという既視感を受ける。

 そして……。

「この間のヤツか」

 つい最近めぐみに難癖をつけてきた少年の一人だと気づき、慌てて崇はその記事関連の情報に目を通し始めた。

 眉を潜めつつも、この少年に関する情報だけは嫌になるほど揃っていることに気付いてしまい、崇はめぐみの意図にすぐに気が付く。

 めぐみは馬鹿ではない。何かが引っかかってここまで情報を仕入れたのだろう。

 だが、今日はここまでだ。あまり遅くまで明かりをつけていれば、冴子が気になって部屋に訪れ、芋づる式にこの事件のことを調べているのがばれてしまう。

 明かりを消し、ごろりとベッドに横になる。だが、一向に眠気は訪れない。

 無理矢理に瞼を閉じ、崇はゆっくりと息を吐き出して身体の力を抜いた。




                ☆ ☆ ☆




 いつの間にか眠りに落ちていたのだろう。

 荒々しく身体を揺すぶられて仕方なく瞼を開ければ、明るい室内に崇は一瞬眼を細めてベッドの脇に立つ存在を見上げた。

「兄貴、めぐみちゃんから電話だよ」

 藍香(あいか)が呆れたような目線を向け、窓のカーテンを開けながらそう言った。

 ぼんやりとした頭を横に振り、なんとか意識を通常レベルにまで戻そうとするが、なかなかそれも上手くいかない。ちらりと時計に視線を向けてみれば、まだ朝の七時半を示している。

 日曜なのだからもう少し寝ていたいと思うのだが、藍香のさっさと行けという視線に負けた形で、渋々ながら崇はベッドから起き上がった。

「んだよ。朝っぱらから」

 そう呟きながら、崇は階段を降りてリビング内にある電話に手を伸ばす。

 携帯でも良いものを、とも思ったが、そういえば昨日マナーモードにしっぱなしだったことを思い出す。何度も電話をかけたが崇が一向に出ないために、わざわざ家の電話にかけてきた、というところだろうと、想像せずとも判断出来た。

「もしもし」

『おっはよー!目、覚めてる?』

「お前のおかげでさめた」

『それはよかった』

 妙にはしゃいだ声が受話器から聞こえ、崇は憮然とした表情を隠すこともなく用件を尋ねた。

「で?何のようだ?」

 一瞬、めぐみが黙り込む。

 それだけだが、めぐみが無理矢理にはしゃいだ声を上げているのだとわかり、崇は声を落としてめぐみに再度問いかけた。

「何があった?」

『あの、ね、友達からメール来ててね、後でそれ見せたいんだけど、いつ頃お邪魔したらいいか教えて』

「どんなメールだ」

『……また、この間の連中が一人殺されてたって事と、あいつらのリーダー格の家が分かったって』

「なっ」

 思わず言葉を失った崇の頭が、一気に覚醒する。

 知らず知らずのうちに受話器を力強く握りしめ、崇は幾分か声を落として問いかけた。

「ほんとか?間違いないんだな?」

『この件で嘘言ってどうすんのよ』

 些か憮然とした口調で、めぐみがそう切り返す。

 確かに、この件でめぐみが嘘を言うはずがないだろうし、信憑性の薄い話しならばわざわざ電話などかけてこないだろう。

 それにしても、だ。

 ズキズキと痛み出した頭で、崇は苦い口調を隠そうともせずに電話の向こうにいるめぐみに向かって、溜息めいたものを交えつつ突っ込みを入れてしまった。

「お前の友達ってのは、どういう経路でその話し仕入れたんだよ」

『まぁ、あの子、あたしの周辺結構嗅ぎ回って、色々粗探しするのが好きみたいだし』

 それを友達と言っていいのかという疑問は残るが、めぐみの周辺を嗅ぎ回る輩はかなり多い。天才ピアニストとしても有名人なのだ。そんなめぐみのことを嗅ぎ回り、あまつさえ脅しにかかる人間がいないとは限らない。

 友人と言うには些か語弊がありそうな関係だが、それでも昨日の情報といい、今回の情報といい、浅くもなく深くもない交友関係を築いているのだろう事は予想出来る。

「後で俺の方からお前の家に行くから、それまではおとなしくしとけ」

『うん、分かった』

 素直にそう答えためぐみの答えを聞くと、受話器を乱暴な動作で電話に戻した。

 ぐしゃぐしゃに前髪をかき回し、崇は一つ溜息をつくと台所に立つ母親に声をかけた。

「母さん、オレ出かけるから」

「はいはい。それじゃあ早く朝ご飯食べなさい」

 リビングから慣れた動作で朝食の用意をする冴子を見、崇はふと机の上に置いてある新聞に手を伸ばした。

 地方紙欄に眼を通せば、小さく、だが確かに少年が殺されたことが記載されている。

 それに溜息をつき、崇は新聞をたたんでテーブルの上に置いた。

 どうやら思っていた以上にややこしい事態に陥るだろう事は、崇は直感的に理解させられていた。

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