序
彼が、普通の人間と自分は『何か』が違うと朧気に感じ始めたのは、物心つくかつかないかの時。
それは大人達でさえうっすらとではあったのだが、彼が普通の子供らしくないと感じ始め、どこか腫れ物のように接し始めたのは、それと同時期であったろうか。
彼が普通の子供と違ったこと。
例えば……。
彼の勘の良さ。運動神経。記憶力等々。
どれを一つとっても、周りに居る子供達とは格差がありすぎた。それ故に、だろう。ある者は彼を神童だと称え、ある者は薄気味悪いと恐怖の眼を向けた。
彼の心のことなど、一切考えることもなく。
彼が最もこの力を恐れているというのに、大人達は誰も彼もが彼を遠巻きにして見遣るだけではなく、一定の距離をとって彼と接していた。ましてや子供は、そんな大人達の行動に敏感に感じとるのにはたけていた。それ故に子供達は、冷たい眼をして彼から離れていくのは、当たり前といえば当たり前のことだろう。
ようやく作った友人を失いたくない、と、ただそれだけのために彼は必死になって『普通』の子供と同じような態度をとり続け、結果、何とかそれに成功した。
とはいえそれは、ただ一つのことを除けば、ではあったのだが。
時折彼の瞳は、燃えさかる焔のような緋色に輝くことがあった。
それさえ隠せていれば、完璧すぎるほど完璧に、彼は子供らしさを発揮していた。
加えて、彼が緋色の瞳となる時は限定されていた。
例えば、自分に害が及ぶ時や子供達とのとっくみあいのように、害悪や暴力が絡んだ時のみ。けれども、かっとなり、我を忘れて暴力を振るおうとする時、必ず恐れることなく彼を止める者がいた。
この瞳の色や力に恐れもせずに、彼の側にいつまでも離れない者。
その存在がいなければ、とっくに彼の心はささくれ立ち、折れ曲がっていただろう。
だからこそ、尋ねていた。
恐ろしくないのか、と。
けれど、彼女はきょとん、と眼を大きく見開くと、あっけらかんと笑いながらこう答えた。
『なんで?めぐみ、ぜんぜんこわくないよ。
だって、たかしちゃんのそのめ、とってもとってもきれいだもん』
虚を突かれると同時に、泣きたくなるような安堵感を抱いた。
彼女の前なら、いつまでも自分は素直でいられる。
人の何倍も神経を使うこの瞳が、それ以降変わることがなくなったのは、彼女のその言葉があったからだ。
彼女は、自分を助け、そして支えてくれる仲間。
それは彼、日野崇が、ずっと心に秘めた秘密であり、口には出来ない事柄でもある。