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042_守り樹


 予定通り朝早くに出立したあたし達は、大田園を抜け、山へ入りそのまま南東へ歩き続けた。


 戦いを控えているためか、歩みはそこまで早くない。


 おかげでスサノオとあたしは、遅れずに済んでいる。


「本当に生き物の姿が見えないね」


 山に入ってから、二里程進んだ辺り。


 この時期、里山なら何度も鹿や猪を見掛けているはず。


 なのに、ここではその気配すらない。


「いやな しずけさ」


 背の高い樹を見上げながら、スサノオが呟く。


 鳥もおらず、聞こえるのは歩く際に武器や防具が立てる音だけ。


 御当主様の言葉もあり、それが状況の不気味さを際立たせていた。


 休憩を挟み、更に奥へと向かう。


 四里を過ぎた頃には、はっきりとした異常があたしにも感じられた。


 それは山に漂う、空気。


 別に殺気とか、そういう特殊なものじゃない。


 匂いが、消えていた。


 山特有の、豊かな土と草木の匂いが。


 見れば皆緊張した面持ちで、登っている斜面の先を凝視している。


 慎重に斜面を登り終えると、そこには周囲から孤絶するような窪地が広がっていた。


 草は生えているけど、鬱蒼とした樹々の姿はない。


 代わりに一本の大樹が、土地の中央に聳え立っている。


 薄紅色の、満開の花を咲かせて。


「あれが、大霞桜……」


 泥田坊達が守り樹と敬うのも、分かる。


 これだけ立派な桜、今まで見たことがない。


 咲き誇る花は、それ程までに綺麗だった。


 そう、()()()()……。


 花から枝を辿った、太い幹の下。


 根元が、(おびただ)しい数の死骸で覆われていた。


 死骸の殆どは骨になっており、そうでない物も辛うじて皮が残っている程度。


 頭蓋骨には、見覚えがある。


 あの形、恐らく山から消えた獣や鳥の物だろう。


 御当主様の指示のもと、隊列を整え窪地を下りていく。

 

 ツクヨミは御当主様と一緒に前方へ、あたしとスサノオは後方に配置された。


 正直思うところはあるけど、素人で世話役にしか過ぎないあたしが、口を挟めることじゃない。


 できるのは、いざという時スサノオの盾になれるよう、覚悟しておくことだ。


 隣に立つスサノオの手を、そっと握る。


「?」

 

 首を傾げて、こちらを見上げるスサノオ。


 里を出る時、あたしは自分として生きることを諦めた。


 それに比べれば、よほど有意義なこの身の使い方だろう。


「大丈夫、なんでもないよ」


 周りに兵がいるため、いつもの口調で話すのも小声。


 ただ声に出すことで、あたしの覚悟も定まった。


 やがて、先頭を行く者が大霞桜の前へ辿り着く。


 大霞桜に、変化はない。


 しかし御当主様は不敵に笑い、こう告げた。


「道理で気付かぬ訳だ。獣の魔物はこれまで何度も目にしたが、よもや樹の魔物とはな」

 

 その言葉に、大霞桜の枝が揺れた。


 揺れるたび、薄紅色の花が黒く染まっていく。


 もはや桜とは思えぬ花へと変貌した後、更なる変化が訪れた。


 大霞桜の幹にぎょろりとした無数の目が生まれ、全体を黒い靄が覆う。


「その異形、百目樹(どうめき)とでも呼称するか。群れの謎は解けぬままだが、いずれ此奴(こやつ)自身が答えてくれよう」


 そう口にし、御当主様が鞘から太刀を抜く。


 呼応するように、兵達も各々の武器を構える。


 正体すらつかめなかった魔物との戦いが、今始まろうとしていた。


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