033_冷たい再会
巡察のための準備を整え、侍従頭が迎えに来たのが卯月の下旬。
スサノオだけが向かうものと思い込んでいたあたしは、世話役も同行すると知り多いに慌てた。
まあ、旅支度する程の物がある訳じゃないので、主に気持ちの面で。
離れの生活に、すっかり慣れたせいかもしれない。
あたしには里で暮らしていたよりも快適で、そして穏やかな日々だったからね。
ただ、あれに用いている物を壺以外持ってくることを厳命されたことには、少々首を傾げたけど……。
竹垣の扉を開けスサノオと一緒に外へ出れば、半年近く前に見た立派な庭が、春の色に変わり広がっていた。
特に目を引いたのは、整然と咲き誇る紫色の藤の花。
庭の小道へ沿うように植えられたそれは、春の柔らかな陽射しと相まって、夢幻の世界へと誘っているかのようだった。
しかしそんな一時は、門の前で待ち受ける御当主様の姿を見て泡沫の如く消え去る。
まだ距離はあるんに、伝わってくる威圧感が凄い。
無意識に唾を飲み、腹を括って進もうとするあたしの袖を、スサノオが掴む。
「どうしました?」
外向きの言葉遣いで尋ねると、スサノオは足を止めじっとどこかを見詰めていた。
視線の先を追うと、そこにはどことなくスサノオに似た、長い黒髪の美しい少女が立っていた。
黒の装いは御当主様やスサノオと一緒だけど、スサノオと違い銀糸で家紋が刺繍されている。
御当主様は、金糸の家紋。
スサノオだけ、家紋がない。
スサノオが御当主様の子供だと、あたしは本人から聞いた。
だとすれば、家紋のある衣を許されたあの少女も……。
そう心の中で思っていると、スサノオの視線に気付いたのか、少女がゆったりとした足取りでこちらへ近付いてきた。
背丈はあたしと変わらない。
ただその容姿はスサノオと違い、中性的ではなく明らかに女性的。
幼さこそ残るものの、切長の目に細い眉、少し厚めの唇が蠱惑さを醸し出している。
そして何より違うのが、額から生える二本の角。
「お久しぶりです、お兄様。まだ生きていらしたんですね」
「……ツクヨミ」
ツクヨミと呼ばれた少女が、棘のある言葉をぶつけてくる。
「そういえば、近頃刀術を習い始めたと世話役が囀っていました。いまだ妖術を使えないくせにその無駄な努力、頭が下がります」
細めた目に侮蔑の色を濃くし、薄ら笑いを浮かべながら、最後だけ敬うような台詞で締める。
御当主様は、何も言わない。
似たような扱いは、あたしも里で受けたことがある。
けどあからさまにスサノオが蔑まれる光景は、自分の時以上に怒りを覚えた。
感情の赴くまま、一言物申そうとした刹那。
スサノオがあたしの袖を強く引き、首を横に振った。
「何も言い返さないとは……やはり一族の恥晒し。この巡察の間、不用意に牛車から出ないでください。家名に泥を塗られては困りますから」
そう言い残し、ツクヨミが元の場所へと戻って行く。
スサノオは、少し間を置いてからツクヨミの後を置い、御当主様の許へ向かった。
離れ際、小さな声で『ありがとう』と言い残し……。




