031_寝物語
触れられたのは、あたしの左手。
スサノオの手は小さく、夕餉に食べた餅のように柔らかかった。
里での厳しい生活で硬くなったあたしの手とは、大違い。
ただ、不思議と妬ましいとは思わなかった。
むしろこんな手で申し訳ないというか、恥じらいの方が強い。
幼い頃から白い容姿を馬鹿にされ育ったのに、今更こんな気持ちを抱くなんて……。
あたしは時間を掛けて眠気を遠ざけたように装い、その実動揺を静めてからゆっくりと口を開いた。
「眠れないの?」
自分のことは、見事に棚上げ。
やや合って、スサノオがぽつりと溢した。
「クシナは つよい」
抑揚のない、その口調。
けど続く言葉が、決して軽い気持ちから発したものではないと教えてくれる。
「ぼくは よわい」
「……」
そんなことはないと、伝えるのは簡単だ。
実際、あたしはそんな風に思っていない。
けどスサノオが感じていることを否定するのも、違う気がする。
スサノオは、弱音を吐いているんじゃない。
自身の有り様を、語っているのだから……。
黙したまま、スサノオの手をそっと握る。
動揺も恥じらいも、既に消え失せていた。
ただ側に居ることを、伝えたいと思った。
握り返された指先に力が込められ、スサノオが寝物語に綴る。
過去と、そして今を……。
スサノオは、ここツルギ家の御当主様の子供だった。
そしてツルギ家は、豊富な妖力と強大な妖術を使う、黒の一族でもある。
黒の一族とは、容姿のどこかに黒い特徴を持った者達の総称で、多くが魔物から国を守護する黒衛士に就く。
黒の一族とは、黒い特徴的な容姿の妖し達の総称で、多くが魔物から国を守護する黒衛士に就く。
黒衛士は魔物と戦う危険な役を負う反面、それに見合うだけの給金と地位が約束されるという。
側から見れば、羨む程の生まれだ。
しかしスサノオは、その家で片角の無い咎者として生まれた。
スサノオを見た奥様は発狂し、生まれて直ぐ『このような者我が子ではない!』と言い放ったらしい。
一方、御当主様は冷静だったようだ。
冷静に、使い物になるかを見極めようとした。
全身の古傷はその時に試された痕で、結果下されたのは、妖力は膨大だが肝心の術が使えぬ役立たずという評。
それ以来離れで暮らし、十日に一度血を採られるという日々を何年も続けているとのことだった。
挙句容姿から世話役に襲われたり、目の前で勝手に死なれることが続き、素の自分は心の奥深くへ……。
「クシナは どうして つよくなれたの?」
「強くなんて……」
あたしは妖術はおろか、そもそも妖力すら持たない忌子だ。
周りから見れば、スサノオよりも遥かに弱い。
ただ、しぶとい気はする。
忌子として蔑まれ、相応の扱いを幼い頃から受けてきた。
それでも腐らずにいられたのは、癪だけど母のおかげかもしれない。
睡眠の代わりに叩き込まれた学により、自分を客観視することを覚えた気がする。
その結果、理不尽なことでも割り切って受け入れるようになったんじゃないかと、今なら思う。
それがスサノオの求める強さなのかは、分からないけど……。
自信なく答えるあたしに、スサノオが『かっこいいなあ』と呟く。
かっこいい……これは誉め言葉として喜んでいいのだろうか?
悩むあたしの横で、
「ぼくも クシナ みたいに……」
と眠た気な声で最後まで言い切らず、スサノオは夢の中へと落ちていった。
あたしだけを、現に残し。
スサノオの心に思いを馳せている間に夜は更け、気が付けば東の空が茜色を帯び始めていた……。
長めの夏季休暇が取れ、次回投稿は8/22となります。
皆様も、ゆっくり休めますよう。




