003_無言の離郷
あたしを引き取りに来るのは、翌日だと言う。
これには、さすがに驚いた。
里は近くの都からも遠く離れており、呼んで直ぐ来れるような場所じゃない。
つまり父親は、ずっと前からあたしを売ると決めていたことになる。
前日になって言ったのは、大方あたしに逃げる時を与えないためだろう。
そこまで考えが及ぶと、なんだか笑えてきた。
売られる先が、気にならい程に……。
翌朝、荷車に乗って現れたのは丸い耳と目に大きなお腹をした、茶色い壮年の妖狸だった。
妖しの中でも商売を得意とする種族で、都に立派な屋敷を持つ者も多いらしい。
妖狸は父親と幾つか言葉の遣り取りをし、小さな袋を手渡した。
恐らく、あれがあたしの値段。
大きさからして、大した額ではないだろう。
けどこんな辺鄙な里で暮らす家族……だった者には、ありがたいはずだ。
そうでも思わないと、気持ちが片付かない。
何の意味も価値もなく売られるくらいなら、山でひっそり土に還ってもよかったのだから。
引き戸の閉まる音が、後ろから聞こえる。
それ以外に、聞こえる声は無い。
妖狸に促され、荷車へ向かう。
俯きながら歩く、その時。
ふと、白く小さな物が視界に入り込んだ。
見上げると、季節外れの雪が降っている。
手のひらで受ければ、直ぐに溶けた。
雪は、溶けて色を無くせる。
白であることから逃れられない、あたしと違って……。
やっぱり、雪は嫌いだ。
ただ、今は少しだけ感謝してもいい。
周囲を霞ませる雪が、思い出も霞ませてくれたから。
お読み頂き、ありがとうございました。
明日もまた、この時間にて。
次話は少々明るめなお話です。