029_冬の昼
想い交わるあの日から、二ヶ月。
季節は秋から冬へと変わり、雪のちらつく日も多くなった。
水の冷たさは洗濯していると手が凍るかと思う程で、里にいた頃は手を擦り、息を吐いて自分で温めていた。
けど、今はあたしを気遣ってくれる子がいる。
「クシナ こっち」
洗濯を終え離れの中へ戻ったあたしに、スサノオが声を掛けてきた。
その手元には、火鉢が置かれ炭が赤く燃えている。
「ありがと」
勧められるまま、火鉢の側に腰を下ろし手をかざす。
指先からじんわりと伝わってくる、熱。
「あったかい……」
ほっと溜め息を溢しながら、しばし温もりに浸る。
スサノオが、灰に隠れていた炭を火箸で取り出し更に熾す。
火力が強まり、寒さで強張っていた体が解れていく。
冷え過ぎた体は、急に温めると痺れに似た痛みを覚える。
それに配慮してくれたのだと分かり、あたしは心まで温かくなった。
「穏やかだね」
「うん」
あれ以来、十日に一度の決め事はスサノオが自ら行っている。
その痛みをせめてあたしも共有したかったけど、スサノオに強く止められた。
また倒れたら心配とは、スサノオの言。
代わりに、血を採り終えたら膝枕するのが密かな決め事となった。
安心し切った様子で体を預けるスサノオを見下ろしていると、その愛らしい姿も相俟って、庇護欲を強く掻き立てられる。
思わず抱き締めそうになったのは、一度や二度じゃない。
我ながら、よく自制できたものだ……。
小さく笑い、火鉢の中の五徳へ薬缶を置く。
程なくして湯が沸き、急須で茶を淹れ湯呑み二つへ交互に注ぐ。
そうやって静かな時を堪能していると、昼餉前に頼んでおいて食材が届いた。
土間で籠から食材を取り出せば、季節にちなんだ物が交ざっていた。
「あっ、餅!」
里であたしが餅を食べることは、殆どなかった。
でも年に一度、雑煮だけは食べるのを許されていた。
といっても、親指程の大きさの餅が二つか三つ入っているだけだったけど。
しかし今、大きな餅がどーんと目の前にある。
これだけあれば、雑煮だけでなく焼いて食べても良さそう。
「スサノオに聞いてみようかな」
何を食べたいか尋ねると、最近は自分の意志で答えてくれるから作り甲斐がある。
結局、その日の夕餉は餅に醤油や胡桃味噌を塗ったり、山椒の実の佃煮を載せ、火鉢の上で焼いた物にした。
焦げ目の付いた餅の生む香ばしさが、なんとも食欲をそそる。
スサノオとあたしは、熱いまま餅をはふはふ言いながら食べた。
ちなみに醤油や胡桃味噌は好評だったけど、辛味のある山椒は苦手らしく、顔を顰めたスサノオを笑ったらぽかぽか叩かれ、いつもより賑やかな夕餉となった。




