017_無言の中で
目紛しく状況が変わり、気付けば昼はとうに過ぎ夕刻が迫りつつあった。
あたしは呪具と食材を確認した後、一先ず濁りが出なくなるまで米を洗い、水に浸けた。
米が水を吸うのを待つ間、離れの掃除をしながら考えるのは夕餉の献立。
「秋らしく茸とむかごがあったっけ。主催は干した山女魚を焼けば……」
小声で呟きながら、手順を確認する。
うん、ちょうどいい時刻にできあがるはず。
日々手入れされていたのか、掃除はさして時を要することなく終えることができた。
叩きや雑巾を片付け、夕餉の支度に掛かる直前にちらりと少年へ目を向ける。
少年はあれから、縁側に座ったまま微動だにしていない。
あまりに動きがなく、見ていて心配になった程だ。
まずはむかごを擂り鉢で転がし、表面の皮と一緒に土の匂いを落とす。
それを水に浸けた米と一緒に釜へ入れ、水と少しの塩を加え竈に刻まれた朱色の文字に触れる。
「壱から伍のうち、火が一番強いのは伍らしいけど……」
試しに伍の文字に触れると、薪もないのに竈の中で火が起こった。
「おお、これは便利! しかも強いな火!! って、あ……」
思わず大きな声ではしゃいでしまい、慌てて口を噤む。
恐る恐る少年を窺うと、相変わらず外を眺めていた。
安堵と共に、この少年本当に大丈夫なのだろうかという不安が過ぎる。
やがて夕餉の支度が整い、呪具の行灯に触れ灯火をつけると、あたしは思い切って声を掛けた。
「よければ、夕餉にしませんか?」
「……」
「えっと……」
「……」
続く、無言。
せめて何か反応があれば違うのだけど、無さ過ぎて待てば良いのか促せば良いの分からない。
これ、どうしたらいいのだろう?
侍従頭には、こんな状況の対処方まで教えられていないし……。
悩んだ末、あたしは行灯を縁側に移し、盆に乗せた夕餉を少年の側へ持って行くことにした。
声に反応しなくとも、匂いや光なら反応するかもしれないと考え。
ついでに、箪笥からある半纏を取ってくる。
陽が沈んだ秋の縁側は、かなり肌寒い。
少年は何ともなさそうだけど、きっと体は冷えているだろう。
少年の側へ夕餉を配膳し、行灯を移す。
それでも、少年は何の反応も示さない。
できれば温かいうちに食べてほしいけど、これ以上促すのは気が引ける。
少年が外を見詰める様子は、他人が無闇に入り込んではいけない、そんな印象を受けたからだ。
まあ、いざとなれば夕餉は温め直せるしね。
せめて体調を崩さぬよう、一言断りを入れてからあたしは持ってきた半纏を少年の肩に掛けた。
これだけでも、大分違うはず。
そのまま少し後ろに控え、四半刻。
徐に少年が肩の半纏に気付き、そして行灯と配膳、最後にあたしへ目を向けた。
「夕餉にしませんか?」
改めてそう言うと、少年は微かな頷きを返してくれた。




