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盛っちゃいました


 生憎の曇り空のなか、どんよりとした空気を吹き飛ばすかのように活気付く朝市の中を、ミトスとアデューとリーリアの3人は歩いていた。


 時々、昨日の逃走劇を手助けしてくれたおばさま方がニヤニヤ笑いながらリーリアに手を振った。


 あるおばさまは『馬に蹴られるところだったわ』と言うので心配すると大声で笑われ、アデューの肩を力強く叩きながら『しっかり手綱握っておくんだよ』と言って去っていった。

 アデューの馬だったの?とリーリアが聞くと、アデューは困惑顔で首を振り、そんな二人を見てミトスは深いため息をついた。


◆◇◆◇◆◇◆


 カラランッ


 ドアベルの音を響かせながら、一人の青年が扉をくぐって入ってきた。


 青年は人より頭ひとつ分高い身長を生かし、依頼の受注で混雑したギルド内を見渡すと、酒場へと歩みを進めた。


 ギルドに併設されている酒場は、朝は食堂として軽食を提供し、昼からは酒場として酒の提供が始まる。

 今は食堂の時間帯のため穏やかな空気が流れる中、こちらに背を向けながら座る銀髪を発見したアデューは、昨日の仕返しとばかりに後ろから男の頭を平手打ちしようとし、あっさりと避けられた。


「朝から殺気立ってんなぁ」


 にやにや顔のギリアムが振り返り、フォークに刺したウインナーをアデューに突きつけて、腹減ってんのか?と問いかけた。

 無言で殴りかかるアデューの腕をギリアムはあっさりいなすと、流れるように足払いをかけてアデューを転倒させ返り討ちにする。


「くっそ!騙しやがったな!クソジジイ!」


 アデューの大声と派手な音に、ギルドで依頼の受注待ちの列に並ぶ人々や酒場のウェイトレスが、なんだなんだと二人のやり取りに注目する。

 ウェイターのバルドはちらりと見やると、ため息をついた。


「なんのことだ?人聞きの悪いこと言うんじゃねぇよ」


 眉をひそめて、『心外です』という表情をしているが、僅かに口角がピクピクしている。

 ギリアムは次第に表情を取り繕えなくなり、がっはっは!と大口開けて笑いだした。


 するとその口に、隠れていたミトスがプルの実を撃ち込んだ。


「ぐっ、おえっ!ごほっごほ!!」


 見事に喉を直撃し、激しくむせて涙が出てくる。

 口の中の物を吐き出し目尻の涙を拭うと、横からリーリアが飲み物が入ったコップを差し出すので、有り難く受け取り一気に飲み干した。


「ん?この味は…」

「大丈夫ですか?ギリアム殿」


 声がした方へ振り向くと、目の前にミトスが(自分の仕業だということはおくびにも出さず)心配そうな顔で立っており、ギリアムの手からコップをそっと取り上げる。


 直後、ギリアムはミトスを抱き締めた。

 抵抗して胸を押し返すミトスをものともせず、顎に手をかけて無理矢理上を向かせるとその唇に熱いキスを落とした。


 静まり返るギルド。


 ミトスの手からコップが滑り落ち、カシャーンッと高い音を立てて割れた。

 

 その音に、はっ!と我にかえったギリアムは、目の前の最愛の妻の表情を見て、顔面蒼白になった。


「あれ、薬屋のお兄さんよね?嘘ー。」

「え、ギリアムさんって‥そっち系」

「うわぁ、、あの兄ちゃん可哀想に」


 周囲から冷たい視線が、声が、ギリアムを突き刺してゆく。ギリアムは慌てふためき、周りに叫んだ。


「あ、いや、これは違うんだ!」

「違う?」


 ミトスは俯き、ポツリと呟いた。

 その体は小刻みに震えている。


 周囲からは、またひそひそと批難する男達の声が聞こえてくる。


「震えてるよ、可哀想に」

「違うって、誰が見ても無理矢理だったよな」

「ギリアムさん、サイテーっす」

「ギリアムさん、ダイテーっす」

「「「え?」」」

「え?」


 ギリアムは大いに焦っていた。


 先ほどリーリアから渡された飲み物は、ほんのり甘酸っぱい果実水だった。飲み干した後、外では話しかけられるはずのない人の声が聴こえて振り向いた。

 

 そこには愛しい人がいた。何度も告白しては玉砕し、疎まれ、呆れられ、それでも諦めきれずアタックし続け、ようやく絆されて捕まえた唯一無二の女性。

 基本ツンだが、たまにデレるのが堪らなく、料理の腕も抜群で胃袋をがっしり捕まれている。


 いつもであれば、外ではお互いに干渉せず、目を合わすこともない。なぜなら、ギリアムが既婚者であることは周知の事実だが、相手が誰かはミトスの願いで秘密にしていたからだ。

 ミトスが、『結婚していることは言ってもいいが、店では老婆の格好をするので、相手が自分だと言わないで欲しい』と言うので、彼女の意見を尊重した。


 だから、先ほどの自分の行動は普段なら決してあり得ないことだった。家ではベタベタと抱きついて、鬱陶しい!と怒鳴られることはあっても、外では指一本すら触れたことはない。


 昨夜はまた店に泊まったのか家に帰って来なかったのでスキンシップ不足ではあったが、だからと言って人前で()()()()()に抱き締めてキスなんて。


 そこまで考えて、ギリアムはハッとした。

 先ほどの甘酸っぱい果実水。おそらく、プルの実が混ぜられていたのだ。


 おそらく、ミトスの計画はこうだ。

 アデューが大声で周囲の注意を引き、ミトスが自分の喉に何かを撃ち込み、リーリアの持つプルの実が入った果実水をギリアムに飲ませる。

 そして、男装のミトスに手を出させることで、社会的制裁を与えようという魂胆‥。


(罠だ!3人ともグルだったんだ!)


 完全に、ギリアムの嘘がミトスにバレている。

 確かに、ちょっとやりすぎかとは思った。

 が、実の娘同然に育ててきた可愛いリーリアの、本人も気付いていなさそうな恋の応援でもあったのだ。

 アデューは意外と奥手だし、恋愛ごとにはどうも免疫がないようで、告白もしないヘタレっぷりを見ていると発破をかけたくなったのだ。


 …まぁ、面白そうが7割、応援が3割だったが。


 しかし、このままでは端から見たら痴漢になってしまう。どうにか切り抜けなければ!と思うが、焦って頭が回らない。

  

「いや、だから、無理矢理じゃなくて!

 こいつは俺のよ…って言えねぇんだったぁっ!」


 頭を抱えるギリアム。

 だいたい、本当に嫌だったのならミトスがあんな可愛い抵抗で済むはずがないのだ。コルク栓の集中砲火ぐらいこないとおかしい。

 だから、さっきのはギリアムを罠に嵌める為に嫌がる素振りをしただけで…。


「そうだ、あれだ!

 嫌よ嫌よも好きのうちってやつだ!」


 余計にざわつく周りに、失言と気付いたが時すでに遅し。

 あわあわと取り乱すギリアムは助けを求めるようにミトスを見るが、アデューとリーリアの背中を押してギルドを出るところだった。


「許しませんからね」


 ミトスは振り返らずに告げ、ギリアムの絶叫を背に3人はギルドを後にした。



◆◇◆◇◆◇◆



 アデューがリーリアを待ち伏せしていた朝。


 早朝にゴミ出しに外へ出たあるおばさまは、路地に潜む男を見て悲鳴をあげた。よく見ると雑貨屋のお婆さんお気に入りの冒険者アデューくんだった。

 雑貨屋のお婆さんは、昔から人を見る目があると評判で、彼女のお気に入り=善良な人というお墨付きというのが、ご近所のおばさま方の共通の認識である。


 疲れた顔をして薬屋を見つめる様子に何事かと気になり、自宅の窓からこっそり覗いていると、薬屋からリーリアちゃんと店番のお兄さんが出てきた。

 アデューくんが飛び出し、何やら言い合う様子にハラハラしながら覗いていると、アデューくんがリーリアちゃんにキスをした。


 思わず「あ」と声が出て、薬屋のお兄さんと目があった。覗きが見つかった気まずさに、愛想笑いで会釈をして、カーテンを閉める。

 聞き耳を立てていると、扉の閉まる音がして声がしなくなった。カーテンの隙間からそっと覗くと、誰もいなくなっていた。


「凄いところ見ちゃった!」


 その後、興奮冷めやらぬまま、会う人会う人に話して回り、話すうちに脚色していき『リーリアちゃんをめぐって、薬屋のお兄さんとアデューくんが対決し、アデューくんが愛の力でリーリアちゃんを取り返した。その熱意に薬屋のお兄さんも潔く身を引いた』というあながち間違っていない話になっていた。 

 

 お喋りなおばさま方が瞬く間に話を拡散し、3人が店を出る頃には町中に知れ渡っていて、ニヤニヤと生暖かい目で見ていたのだった。


 しかし、それもギルドでの騒動が起きるまでの短い間のことだった。

 世間のアデューとリーリアへと向いていた関心は瞬く間にギリアムへと移り、しばらくギリアムの噂で持ちきりになったのである。


 もちろん、ミトスの作戦だ。

 ご近所さんに見られていたのに気付いたミトスは、すぐに噂が広まり、2人が好奇の目に晒されることは容易に想像できた。

 アデューの気持ちを確かめるために挑発したのはミトスだ。いきなりやらかす(キスする)とは思っていなかったが、それでも店に入ってから話をしていれば、目撃されることは無かっただろう。


 罪悪感と、花が咲いたばかりの2人に無粋な真似をしてほしくない想いと、ギリアムへの制裁も兼ねてミトスは計画を立てた。

 道すがら計画を話すと、アデューはとても乗り気だったがリーリアはやり過ぎじゃないかと躊躇っていた。

 存分に反省するまで、痛い目を見ればいい。自業自得だ。『うちの娘』に死の恐怖を与えたのだから、これでも軽い罰さと言うと、リーリアは驚いて目を見開いた。

 

「…うちのむすめ…えへへ」


 嬉しそうにはにかむと、リーリアも計画に賛同したので、店を出る前に細かくしてきたプルの実を渡した。


 酒場でアデューが暴れている間にウェイターのバルドに果実水をもらい、プルの実を混ぜた。

 バルドはそれを見ると、見たことのない満面の笑みでリーリアを送り出し、見事に事件成立となった。


 その後のアデューとリーリアはというと。


 市場で手を繋ぎながら買い物をしている姿が、頻繁に見られるようになった。ギリアムの噂を耳にして、お互いの顔を見てアデューはざまぁみろと笑い、リーリアは苦笑するのであった。


おしまい

やっと完結しました!ここまでお付き合いいただき有り難うございましたm(_ _)m

3/7追記:投稿初日に149人もの方々に閲覧いただきました!拙い文章にお付き合い頂き、本当に有り難うございました!。・(つд`。)・。


いつもは読む専門なので、『なかなか更新されないな~早く更新されないかな~』とか思っていましたが、産みの苦しみを体験してそんな簡単なものじゃないと分かりました。。作者の皆様に尊敬の拍手!(*’ω’ノノ゛☆パチパチ

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