86話 剣客探索のこと
剣客探索のこと
「おーし、ここで停めろ。この先は細い路地だ」
「了解っ・・・と」
路肩の影になったところに車を停め、降りる。
サクラと神崎さんをおっちゃん宅へ残し、探索に来ている。
俺はいつも通りの装備に木刀。
リュックはいらないので車に残して行く。
おっちゃんは作務衣にランニングシューズ、それに木刀だ。
ヘルメットはかぶってるけど相変わらず軽装すぎる・・・まあ、おっちゃんがゾンビごときに捕まるとは思えないけども。
「相変わらず着込んでんなあ、動きにくくねえか?」
「俺は心配性なの!おっちゃんや師匠みたいなタイプと同じ動きは無理だからね」
「おいおい、田宮先生は別格だろ・・・ありゃバケモンだぞ。あの人なら木刀もいらねえだろ」
まあそれには同意するが。
元気・・・だろうなあ師匠。
あの人は世界がどうなっても生き抜いて行けそうだもん。
寿命以外で死ぬ未来が見えない。
さて、張り切って探索といきますか。
・・・なんかこの布陣、おっちゃんの好きな剣客〇売の親子みたいだな。
さしずめ俺は大〇郎と言ったところか・・・あれくらいの剛剣使いになりたいもんだ。
おっちゃんは言わずもがな、〇兵衛だな。
顔も似てるし強いし、戦闘スタイルも自ら寄せてるもんな。
「(・・・この先の角、何かいるな)」
「(ゾンビかな?)」
「(気配にムラがねえ、多分そうだろうよ・・・右側か)」
路地を歩いていくと、おっちゃんが耳打ちしてくる。
この距離で気付くのは凄いなあ。
俺なんか欠片もわからんぞ。
ムラなんてもっとわからん。
おっちゃんがおもむろに大きな石を拾い上げ、ひょいと投げる。
石は路地の奥へ飛んでいき、がつんと音を立てた。
「ギャアアアアア!!」「オオオオオオオウウ!!」「アアアアアアアアア!!」
ふむ、3体か。
おっちゃんはもう一度遠くに石を投げたので、ゾンビの声は遠ざかっていく。
これで曲がり角の安全は確保できたな。
3体なら楽勝だが、無駄な運動はできればしたくないし。
おっちゃんが石を投げた方とは逆、つまり左への道を行く。
「どうやら、ここいらにいたのはさっきの3体だけだな」
「おっちゃんの言う通り、ここゾンビ少ないねえ」
「元々人が少ないからな、それにおめえみたいな気楽者じゃなきゃ、あの日は大体仕事に行ってただろうしよ」
無職でよかった・・・のか?
しかし、気楽者とは言いえて妙だな。
「しかし、どうすんだボウズ」
「ん?何が?」
「この騒動が終わったらだよ」
「・・・考えたこともないけど、適当に働くんじゃない?貯金が尽きる前に」
おっちゃんの問いかけに返す。
まあ、これでこの国が滅ぶ・・・とかはなさそうだよな。
ゾンビは確かに厄介だけど、自衛隊が立て直して組織的に動けば殲滅は容易だろう。
円状に陣地組んで、おびき寄せて機銃掃射で片が付きそうだ。
「まあ、そうだろうな・・・それを聞いて安心したぜ」
「?」
「いやなに、随分と生きやすそうにしてるからな」
・・・バレてたか。
いや別に隠す気もないけどさ。
「ははは、だって気楽だもんこの状況・・・最近は守るものが増えてきたから、ちょっとは真面目にやってるけど」
「笑い事じゃねえぞ馬鹿野郎・・・とっとと嫁さんでも貰って真人間になっちまえ」
「そこらへんに落ちてたらねえ・・・」
軽口を叩きながら歩く。
もちろん、周囲に気を配りながらだけど。
そうこうするうちに路地を抜け、ちょっとした住宅街に入る。
昔ながらのごちゃごちゃした造りだ。
「住所を見るかぎり、小鳥遊の家よりコイツの方が近いな。先に回るか」
「がってん」
今回の対象者は2名。
おっちゃんの知り合いである小鳥遊さん。
そしてもう1人、同じ区画に住んでいる『東海林』さんだ。
・・・「しょうじ」じゃなくて「とうかいりん」と読む。
珍しいな、服部を「ふくべ」って読むくらい珍しい。
依頼主は奥さんで、本人は45歳。
自宅で仕事をしているらしい。
へえ、翻訳家かあ。
奥さんはパートに行った詩谷市でゾンビ騒動に巻き込まれ、帰れなくなったとのこと。
うーむ・・・当日に家から出てなければ大丈夫だと思うけど・・・
食料等のこともあるし、一歩も出てないってのは考えにくいな。
「この家だな」
結構立派な一軒家の前でおっちゃんが足を止める。
ローマ字でTOKAIRINって書いてあるし間違いないな。
近所に東海林さんの家があって間違えて入りそうになった。
紛らわしい配置である。
見たところ破壊されている様子はない。
庭は草が伸びて林みたいになってるけど。
・・・帰ってないのかな?
「ボウズ、見てみろ」
おっちゃんが玄関に向かって顎をしゃくる。
・・・横の壁に押し付けたような血痕。
そのまま玄関まで赤い道筋が付いている。
怪我をして壁に寄りかかりながら歩き、やっと玄関に入ったような感じだな。
「結構な出血だね・・・乾いているから大分前だな」
「位置と出血量からして、左の肩だな・・・噛まれたにせよ怪我にせよ、軽い傷じゃねえ」
・・・中で死んでるかゾンビになってるかだな、こりゃあ。
玄関は昔ながらの引き戸だった。
鍵はかかっているようだが、正直この程度なら腕力で破壊できる。
一応家の周囲をぐるりと回り、人の気配や施錠の状態を確認。
見たところ内部に人の気配はなく、窓に小石を投げても反応はなかった。
仕方ない、ちょっと失礼するか。
奥さんからの申し送りには、家内部の現状把握も書かれていたし。
玄関の鍵破壊くらいなら許されるだろう。
「開けろ、俺が構えとく」
了解、適材適所ね。
古いタイプの鍵なので、引き戸を下から持ち上げつつ斜めに押し、テコの原理で破壊することにした。
んぎぎぎぎ・・・力こそパワー!!!
めきめきと音を立て、鍵が歪んで破壊された。
そのまま手前に戻し、強引に横スライドさせて玄関を開けていく。
おっちゃんがコンパクトに木刀を構えている。
何かあったら即突きに入れる体勢だ。
玄関を開けたが、中に人影はない。
おっちゃんとアイコンタクトを取り、剣鉈を抜いて内部へ侵入する。
脇差は保険として差したままだ。
ゾンビ相手には無理がきく剣鉈の方がいいしな。
俺が先頭に立ち、まずはすぐ近くにあった襖に手をかける。
右手で剣鉈を持ち、左手で開けた。
・・・ここは居間だな、人影はないが畳に夥しい量の血痕がある。
奥の襖へ続いているな。
さらに襖を開けようとしたら、おっちゃんが肩に手を置く。
・・・?
どうしたんだろう。
「(合図したら一気に開け)」
そう言うとおっちゃんは木刀を正眼に構え、ゆっくりと足を開いた。
・・・いるのか、この先に。
「(良し)」
しゃがんで合図に合わせ、襖を勢いよくスライドさせた。
目前に血まみれの中年男性がのそりと立っているのが見えた。
目は真っ赤・・・ゾンビだ!
本当にいた!
「・・・ッシ!!」
ゆったりとした構えから一気に放たれた突きが、口を開きかけたゾンビの喉に突き刺さる。
ごずり、という何とも言えない音と共にゾンビが壁まで吹き飛ばされた。
ずるずると壁から地面に滑り落ちるゾンビの首は、関節の可動域を超えて背後へ倒れている。
・・・即死?だな。
首の一点に威力を集中させた凄まじい突き。
全身の動きにブレがないからこその破壊力。
いつだったか腹に食らったのを思い出すなあ。
衝撃が背中まで突き抜けたもん。
あれでも手加減してたんだろうなあ。
「・・・たぶんこいつだろうが、一応ほかの部屋も確認しとこうぜ」
「写真貼ってないしねえ、了解」
2階建てなので、まずは1階をぐるり。
何もなかったので2階へ。
こちらも誰もいない。
ってことは1階のゾンビが東海林さん確定かな。
一応遺書みたいなものもざっと探したんだけど見つからなかった。
変異するのが早かったんだろうな。
首がえらいことになっているので、軽く修正し目を閉じさせてから写真を撮る。
積極的に奥さんに見せるつもりはないが、もしも言われた時用のものだ。
「本当に行ったのか」っていちゃもんつけられても困るし。
証拠品として、腕時計を外して持っていくことにする。
「やっぱり左肩に噛み傷があるね、これでゾンビになったんだな」
「だな。噛まれて生きてたら100%ゾンビになる、か・・・恐ろしいな、まったく」
・・・敦さんは指だけで済んでよかった。
俺の太刀捌きも捨てたもんじゃないな。
咄嗟に動けて本当によかった。
ゾンビとはいえ、さすがにそのままにするのは気が引ける。
おっちゃんと二人で庭に穴を掘り、埋葬することにした。
このまま家に放り出しとくのはなあ・・・
完成した東海林さんのお墓に手を合わせ、家を出る。
・・・なんか、嫌だけど墓を作るの慣れてきたなあ、俺。
小鳥遊さんの家はもう少し先らしい。
「そういえば、小鳥遊さんの前のお父さんは何で亡くなったの?」
「事故だよ、交通事故。信号無視したトラックに撥ねられたんだ」
おおう、そりゃあかわいそうに・・・
「娘が轢かれそうになったから突き飛ばして代わりに・・・な」
・・・いいお父さんだったんだなあ。
中々できることじゃないぞ。
・・・敦さんなら絶対やりそうだし生き残りそうだけども。
「それもあったんだろうなあ・・・母ちゃんの再婚相手とうまくいかなくてよ、結局養子縁組もしなかったんだ」
ああ・・・誰も悪くないけどその気持ちはわかるような気がする。
お父さんが好きだったんだろうなあ。
「ふうん、ちなみにおっちゃんは死んだお父さんとはどんな・・・?」
「客だったんだよ、アイツ弓道やっててな。高校の教師で顧問もしてたんだ」
なるほど、おっちゃんは武道系には顔が広いからなあ。
うちの師匠もいろいろおっちゃんから買ってたし。
槍とか六尺棒とか。
・・・剣術???
「奥さんはどうしてるんだろうね」
「たしか、龍宮のデカいデパートで働いてたような・・・」
龍宮市か・・・県庁所在地な上にデパート・・・
えらいことになってそうだな・・・
「お、あれだあれ。あそこの緑色の屋根」
しばらく歩くと、おっちゃんが目的の家を発見した。
土地勘がある人がいると楽でいいなあ。
レンガ造りの塀に囲まれた立派な一軒家だ。
門も頑丈そうなタイプで、ここから見ても破損は見られない。
見た感じでは大丈夫そうだ。
呼び鈴のボタンを押す。
当然反応はない。
電気来てないもんな。
さて、どうしたもんか。
ここから呼びかけるには結構な大声を出さないといけないし・・・
あんまり騒ぐとゾンビが出てきそうだ。
「っていうか娘さん、ここにいるのかな?仕事に行ってるんじゃ・・・」
「今は働いてねえはずだ」
おや・・・?お仲間の気配が・・・?
「おめえと違って会社が倒産したんだとよ。この騒動の前に店まで挨拶に来てたんだよ、親父の関係で付き合いは続いてるんだよ」
おおう・・・俺と違ってヘビーな無職だ・・・
俺はある意味ボーナスを貰いまくって円満退職したようなもんだしな。
「娘・・・香ちゃんも親父の影響で大学まで弓道部でな。今でも社会人枠で競技してんだよ」
へえ、続いてるんだな。
それでおっちゃんと付き合いがあるのか。
腕前も凄そうだ。
「とにかくこうしてても始まらねえな、門乗り越えて玄関から声かけるか」
「了解」
「頼むぞボウズ、中から門開けてくれ。若いんだから頑張れよ」
「へいへい・・・」
俺、一般論でいえばもうじき中年に差し掛かるんだけどなあ・・・まあいいか。
おっちゃんより若いのは確かだし。
木刀を門柱に立てかける。
勢いをつけて門に飛びつき、よじ登る。
門の上についている棘に刺さらないように気を付けつつ、音を立てないように飛び降りる。
さて、鍵を開けるとするか・・・
「ボウズっ!!」
おっちゃんの声。
何かを引き絞る音。
これは、弓の弦鳴り!
家の2階、開いた窓に人影!
左腰の脇差を抜きつつ、半身にスイッチ!
びょう、と鳴る音に続いて飛来した矢を斬り飛ばす。
あっぶねえ!
いい腕だな・・・真っ直ぐ胴体を狙ってきたから斬れた。
二射目に備え、左肩を前に出し、脇差の柄で頭部を庇う。
剣鉈も抜き、逆手に持って体で隠す。
南雲流、矢切ノ型『千手』
・・・名前はかっこいいんだよな。
実際は両手に持った武器をぶん回して矢を切るだけなんだが。
「香ちゃん!俺だ!なかむr」
おっちゃんの声が響くが、同時に二射目が飛来する。
本当にいい腕だな畜生!
頭部を狙った矢をまた斬る。
この構えだと狙いが限定されるので捌きやすい。
射手が1人なら、急所さえ庇えば何とかなるからな。
師匠の気違い染みた訓練のおかげで助かった・・・
弓道の弓なら、これくらいの距離なら俺のベストもインナーも貫通しそうだしな。
「中村だ!そいつは俺の知り合いだ!」
おっちゃんの声をやっと認識したのか、三射目は来ない。
「・・・モンドのおじちゃん?ほんとに?」
窓からか細い声が聞こえる。
これはアレだな、長い間人と話してなかったからだな。
「嘘ついてどうすんだよこんなこと、ホレ見ろこの顔!とにかくそいつは敵じゃねえぞ」
ヘルメットでも脱いだんだろうか。
窓の方から息をのむような声。
「ごっ・・・ごめんなさい!」
バタバタと走る音が聞こえる。
今は階段を下りてるくらいかな?
しばらくすると、玄関からガチャリと音がして開いていく。
「ほ、ほんとうにごめんなさいっ!」
中から出てきたのは、泣きそうな顔をしたセミロングの女性。
アレなんて言うんだっけか、洋服の上半身に女性が弓道で使う防具みたいなのを付けている。
さっきのおっちゃんの反応を見るに、この人が小鳥遊さんで間違いないな。
若干頬がこけているな。
食料が足りてないんだろうか。
丸腰だったので構えを解き、納刀。
「いやいや、お気になさらず。急にこんなのが入ってきたら暴漢だと思いますもん・・・こちらこそ申し訳ありません」
普通に考えたら不法侵入の現行犯だもんな、俺。
これなら道から声をかければよかったなあ。
ゾンビを気にしてたらこれだ。
反省しなければ。
「ごめんなさい・・・あの、門、開けても大丈夫です」
お言葉に甘え、門の鍵を開ける。
「こっちこそすまねえ、香ちゃん。俺たちがあらかじめ声をかけるべきだった」
門を開けて入ってきたおっちゃんが言う。
俺と同意見のようだ。
内側から鍵をかけ直し、3人で向かい合う。
「久しぶりだな香ちゃん、元気・・・そうには見えねえが、とにかく生きててよかった」
「おじちゃんも無事だったんだね・・・よかったぁ。そっちの人は?」
水を向けられたので自己紹介。
「こんにちは、俺は田中野一朗太っていいます。おっちゃんとは古くからの知り合いで・・・」
「あ・・・小鳥遊、香です。先程は大変申し訳・・・」
「いやいやいや、あれが普通の対応ですって!俺たちが悪いんですから、もう言わないでください」
略奪者に対してはアレで百点満点の対応だからな。
いつぞやの商店街と違い、ここは小鳥遊さんの家の敷地。
いきなり攻撃されても何の文句も言えない。
つくづく俺たちの行動がまずかったのだ。
お互いに頭を下げあう妙な展開になってしまった。
「そ、そう言ってもらえると・・・あの、とりあえず入ってください。お茶でも入れますから・・・」
「ボウズ、甘えるとしようや。どの道立ち話するほど短い話じゃねえだろう?」
まあそうなんだけどさ。
「じゃあすいません、お邪魔します」
俺たちは小鳥遊さんの後に続き、家に入ることにした。




