75話 不穏な気配と団欒のこと
不穏な気配と団欒のこと
「おっおおおお疲れさまでした!神崎さん!田中野さん!!」
「ただいま戻りました、森山巡査」
「・・・お疲れ様でーす」
全身の骨格が針金でできてるんじゃないか、なんて思うほどカチコチな森山くんに出迎えられ、駐車場へ車を停める。
・・・いくら神崎さんが好きだっつっても、そろそろ慣れようよ森山くん。
神崎さん最近きみの体調を心配し始めたぞ?
「彼はいつ見ても緊張しています、ストレスでしょうか?」
なんて言ってたし。
そろそろ病人認定されるぞ、それだと。
「それで、この荷物は何です?田中野さん?」
「あー、人は見つからなかったけど避難所を見つけましてね。お近づきの印にって」
「干物です、魚の」
車から降り、荷台から固定用のロープを外す。
ブルーシートをめくり上げると、森山くんの目が丸くなる。
「うわっ!すごい!!・・・魚なんて久しぶりに見ましたよ!!」
「そういうわけで、寄付するんでこれを皆さんで運んでもらえますか?宮田さんに報告してきますんで」
「ありがとうございます!了解しました!!」
敬礼する森山くんに頭を下げ、後を任せる。
・・・神崎さんが絡まないと、ごく普通の警官なんだよなあ。
あ、いや戦闘力は底辺に近いけど。
原田以上一般警官以下って感じかな。
・・・それってどうなのさ。
「田中野さん、どうしました?」
「ああ、いえ・・・その、今日のゾンビのことを考えてました」
神崎さんと歩きながらこじらせ森山くんの今後を考えていると、不意に質問された。
咄嗟に嘘をついてしまったが、本当にそれも気になる。
今まで確認されなかった場所に、ゾンビが急に出現するってのはどういうことなんだろうか。
「夜の間に市の中心部から移動してきたんでしょうかね・・・?」
「確かに、今までこれほど大規模な移動は確認されていませんからね・・・ゾンビも進化したということでしょうか?」
「うーん・・・戦った感じでは、そんな様子はなかったですねえ」
より能動的に動くようになったのなら、戦闘時の行動もそれに準じた多様なものになるはずだ。
だが、今日相手した奴らはこれといって今までと変わった様子はなかった。
と、なるとだ。
「・・・何かがあってゾンビが移動した、と考える方が自然かと」
「ええ、俺もその可能性が高いと思います」
誰かを追いかけてきたか、動物の立てる音やなんかを伝って来たのか。
「何か、自然現象で大きな物音がしたとか・・・」
・・・最後に、これは考えたくないが。
「誰かが、あそこまでゾンビを誘導したか。・・・ですね?」
さすが神崎さん。
話が早い。
「・・・ええ、誰が何の目的でかは知りませんがね。今まで遭遇したアレな生存者どもを思い返すと、そういうことを考える奴がいても不思議じゃない」
何のためらいもなく、無抵抗の市民を虐殺できる奴らだったしな。
避難所にゾンビをけしかけるなんざ軽いもんだろう。
ただ、そうすると疑問が一つある。
「でも略奪が目的なら、ゾンビまみれにしてどうすんでしょうね・・・?」
「・・・現時点では情報が不足していますね。とにかく、これからも悪意のある生存者については気を付けないといけませんね」
「ええ、これからは自給しなけりゃ食料も不足してくるでしょうし・・・」
ゾンビ誘導はさておき、まっとうな避難所が襲われる可能性は高くなるな。
ここは警官がいるから大丈夫だろうが、水産センターなんかは不安が残るけど。
ま、とりあえず・・・宮田さんたちに丸投げしよっと!!
「干物の件、本当にありがとうございます」
「いえいえ、あんな量1人じゃ消費できないですから。そんなに長持ちするもんでもないですし」
いつもの校長室で、宮田さんが深々と頭を下げてくる。
やめてくださいよ、今日なんか半分くらい遊んでただけですから・・・
校長室に着いて今日の報告をしたところ、予想以上に感謝されてしまった。
なんか心苦しい・・・
なお、空気を読んで釣りでハッスルしたことは内緒にしておいた。
漁港を探索していたら避難所を見つけて~っていう筋書きにしておいた。
俺は空気が読める無職だからな!
・・・たまに自分から読まないけど。
「水産センターには、時期を見て警官を派遣しようと思います。食料の調達にもなりますし」
それはいい。
向こうは警官と野菜が手に入り、こっちは魚と情報が手に入る寸法だ。
「田中野さんの活躍で、大型トラックと燃料も確保できましたからね」
お、以前の建設会社から回収したのか。
そりゃ、あれだけの規模なら備蓄の燃料もたっぷりあったろうな。
俺は軽トラで十分だから興味はないが。
「しかし、ゾンビの誘導ですか・・・たしかに、可能性としては心に留めておく必要がありますね」
腕組みをして考え込む宮田さん。
「ただ、動機がよくわかんないんですよ。食料や設備が欲しいならなんでそんなことをするのか・・・」
「・・・いえ、それについてはなんとなくわかります」
俺の疑問に、宮田さんが答える。
・・・なぬ?
「職業上、以前にそういった人間と関わったことがありましてね」
「・・・それは、犯罪者ってことですか?」
「ええ。こればかりは自衛隊の方でもわからないでしょう」
宮田さんが神崎さんをちらりと見ながら言う。
「・・・世の中にはね、『とにかく誰かを殺したい』という人間がいるものなんですよ」
重苦しい声が響く。
「損得勘定でなく、ただただ殺したい、壊したい、蹂躙したい・・・そういう考えの人間がです。」
「・・・俗に言うサイコパスってやつですか?」
「私はそちらの専門家ではないので断定はできませんが・・・平時でもいたということは、今なら余計に」
なんてこった。
そいつは確かに盲点だ。
俺はああいう生存者どもは全て、何らかの『欲』で行動していると思っていた。
楽がしたい。
飯が食いたい。
女が欲しい。
そういう欲を手っ取り早く満たすために、略奪や暴行をするのだと。
いや待て。
『殺したい』っていうのも、欲か。
・・・なるほど、そう考えるとしっくりくる。
言われてみりゃ、無差別連続殺人犯とかいたしな。
先のことなど考えず、殺すために行動する・・・
一種のバケモンだな、そりゃあ。
殺しが目的達成の『手段』ではなく『目的』になっているやつらか・・・
ある意味行動の読みやすかった今までのアホと違って、そういうのは恐ろしいな。
このゾンビ騒動でたがでも外れちまったんだろう。
・・・おとなしくゾンビを殺して発散してりゃいいものを。
「いるかどうかはさておき、これからはそういう相手も想定して動く必要がありますね・・・」
「ええ、そういう相手にとってウチのような避難所はまさに・・・垂涎の的でしょうから」
・・・やだねえ、物騒になってきやがった。
あ、やべえ。
嫌なこと思い出した。
「あの、宮田さん・・・龍宮市にありましたよね、刑務所」
宮田さんがハッとしたように顔を上げた。
神崎さんも目を見開いている。
「そうでした!・・・今まで全く考えに入れていませんでした」
「盲点でした、ゾンビのことばかり考えていましたから。っ宮田巡査部長!たしかあそこは・・・」
神崎さんが何かを思い出したようだ。
心なしか顔色の悪い宮田さんが、絞り出すようにつぶやく。
「ええ、長期懲役刑の重犯罪者専用の刑務所です・・・」
嘘だろ!?
まさに無差別殺人犯とかそんなんばっかりの所じゃんか!?
・・・仮に、そこが破られているとしたら・・・
龍宮、とんでもないことになってそうだな。
いやでも、龍宮通り越して詩谷まで遠征してくるとは考えにくい。
・・・今はまだ、だが。
これからはどうかわからんな。
「とにかく、これからはより一層警戒していく必要がありますね。未だに政府の支援がない以上、自分の身は自分で守るしかなさそうです」
今回の報告会は、重苦しい雰囲気で幕を閉じた。
「どーいつーもこーいつも!かーらたけわーり~♪」
カーステレオから流れるお気に入りの曲に合わせて歌いながら、流れる景色を見つめる。
何ともいえぬ重圧の中、神崎さんたちに別れを告げて友愛を後にした。
犯罪者っていうか刑務所のことは、俺も完全に頭から抜けていた。
今現在収監されてなくても、前科者なんかもいるだろうし。
そういう奴らにとって、今の状況は願ったりかなったりなんだろうなあ。
・・・俺にとっても居心地がいいという事実からは、これから先も全力で目を逸らし続けていこう。
生きるか死ぬかっていうシンプルさがあるもんなあ・・・
「いちろーおじさぁん!」
「美玖ちゃん!」
モンドのおっちゃん宅に着き、車から降りると美玖ちゃんが走り出てきた。
早い!耳がいいなあ美玖ちゃんは。
まあ、ここに車で来るのなんて今のとこ俺だけだもんなあ。
「ほらほらほらほらーっ!」
飛びついてきた美玖ちゃんを受け止めてグルグル回転する。
いつものムーブだ。
「きゃーっ!あはははは!」
嬉しそうな笑顔。
さっきまでの鬱屈とした気持ちがどんどんなくなってゆく。
うーん、いつもながら心が洗われるようだ。
娘がいたらこんな感じなのだろうか。
「うわ!事案だ!!」
美沙姉が玄関から叫ぶ。
ヤメロォ!シャレになんないからそれ!!
「んん~?」
美玖ちゃんが不思議そうに俺の匂いを嗅いでいる。
えっなに?臭い?
ついに俺にも加齢臭が・・・!?
「おじさん、海のにおいがする!」
・・・なんだそっちか。
強力デオドラント製品の補充を決意するところだった。
いや、そっちも補充しておいた方がいいな。
「うん、今日は海まで探し物をしに行ってたからねえ」
「へー、いいなあ・・・」
美玖ちゃんがちょっと羨ましそうだ。
連れて行ってあげたいけどなあ・・・・
今の状況だと厳しい。
せめてもう少し安全が確保できれば・・・
「と!いうわけで!」
「ひゃっ!?」
若干大きな声を出して誤魔化す。
すまん、許せ美玖ちゃん。
「美玖ちゃんたちにお土産がありまぁす!・・・見たい?」
「おみやげ?見たい見たい!」
「よっしゃ!ではではこちらへご案内~♪」
肩車の体勢になって荷台まで移動。
かぶせていたシートをめくり、クーラーボックスを出す。
「じゃじゃーん!!」
「わぁっ!」
クーラーボックスを開ければ、そこにはミッチミチに詰まったお魚さん達が!
「すっごーい!おじさんがとったの!?」
「凛おねーさんにも手伝ってもらったんだけどね」
「ほほう・・・デート・・・デートの匂いがするぞ一太ぁ・・・」
脇から急に出てこないで美沙姉!!
何の匂いだよそれは!!
「「「いっただっきまーす!!!」」」
目の前には、キラキラと輝くアジとサバ、ツバスの刺身。
さらには即席南蛮漬けに、なめろうの姿もある。
おばちゃんの手によって、さらにワンランク上の存在になったお魚さんたちだ。
・・・あれ?魚を渡したら帰るハズだったんだけどな・・・?
何故俺は食卓を囲んでいるのだろうか。
「んん~っ!おいひい!おじしゃん、おいひいよ!!」
俺の横で口いっぱいにアジの刺身を頬張って、目を輝かせている美玖ちゃん。
・・・彼女のお願いには逆らえないもんな、うん。
「むむむむも!もももむ!!」
・・・由紀子ちゃん、いっぱいあるから焦らないでいいからね。
「ひんっ!おい、おいひい~!」
・・・泣くほど美味いのか、比奈ちゃん。
「は~い、あっくん!あ~~~~ん!」
「むぐむぐ・・・おいしいなあ、ありがとうね田中野くん」
あま~~~~~~い!!!!
あれ、この醤油って砂糖入ってたっけか???
付き合い始めの高校生みたいないちゃつき方だなホントにアンタらは!!
「酒が止まらねえぞボウズ!でかした!」
「あんた、ほどほどにね。でも魚が新鮮だから、ほんとにおいしいねえ!」
おっちゃん達も喜んでくれたようで何よりだ。
・・・すげえ勢いで酒が消えていくんだけど!?
おばちゃんも同じくらいのハイペースなんだけど!?
おっちゃんと違って上品な飲み方なのに、なんだあの減り方は!?
えっ?焼酎ってコップでぐいぐい飲むもんだったっけ???
酒豪夫妻かよ!!
いやあ、でもほんとに美味いわあ・・・
俺だけだと刺身か焼き魚くらいしか思いつかないもんな。
ここに持ってきて正解である。
この南蛮漬けがまた美味いのなんの・・・!
なめろうもあるし、飯が無限に食えそう!!
ぬ!美玖ちゃんが両親の様子を見て何かを思いついた顔をしている!!
「・・・おじさん!あ」
「美玖ちゃん!あ~~~~~~ん!!!」
「あ~ん!・・・もむもむ」
ふふふ!させるかよ!
俺とていつまでも幼女に手玉に取られているわけにはいかんのだ!!
あ、もちろん箸は未使用のやつです!!
「ん~!おいしい!いつもよりおいしい気がする!」
・・・そんなに変わるかなぁ?
まあ、喜んでくれているみたいでよかったよかった!
「そうかそうかあ、ほら食べてどんどん食べて~」
「むぐむぐ」
よし!これで危機は去ったな!
幼女にあ~んされる30代無職はもういない!!
あの・・・比奈ちゃん?由紀子ちゃん?
いつの間に俺の横に?
・・・何ですか君たちその顔は。
何待機ですかそれ。
目が怖いよ目が!
なにその期待に満ちた目は!?
ちょっと!誰か助けて!!ちょっとぉ!!
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「一太、いつか刺されるんじゃないかな」
「男の甲斐性・・・と言いてえところだが、ボウズにとっちゃ全員妹みたいなもんなんだろうさ」
「いいのいいの、優しくて強けりゃ男はそれでいいのよ」
「僕も美玖に食べさせてあげたいなぁ・・・」
「あっくん!ホラホラホラ!あ~ん!あ~~~ん!!」
「・・・美玖に兄弟ができる方が早そうだな、こりゃ」
異世界おじいさんもよろしくお願いします!
不定期更新なのでこちらの更新に影響はありません。
ほんのちょっとこの物語とつながりがあります。
・異界血風録~若返ったので異世界でわしより強い奴に会いに行く~(https://ncode.syosetu.com/n9008hc/)




