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62話 桜井敦さんのこと

桜井敦さんのこと




「そうか、君が美沙がよく話してた一太くんかあ。妻子共々お世話になったね」


「いえいえ、美沙姉たちには昔からよくしてもらってますからお気になさらず」


目の前で嬉しそうに話す人型の熊・・・じゃなくて熊によく似た人間。

今回の探し人である桜井敦さんだ。


現在位置は詩谷駅6番線ホームにある駅員詰め所の中である。

だいたいのゾンビは爆竹作戦で遠ざけたが、さすがにホームの上で呑気に立ち話をするのも無用心過ぎるからな。

桜井さんに鍵を開けてもらい、室内に入って小休止だ。


桜井さんも煙草を吸うのは美玖ちゃんの話でわかっていたので、許可を取って火を点ける。

もちろん桜井さんにも1本あげた。


「ふぅ~・・・生き返るよ。さすがに煙草だけはどうにもならなくてねえ」


「食料とかは大丈夫だったんですか?」


「うん、天井とかパイプをつたってホームの売店から集めたり、ここの備蓄を消費したりね」


・・・なんだって?

えっ、フリークライミングでもやってたのかこの人。

山登りが趣味とは聞いてたけど・・・


「幸か不幸か、同僚やまともな人間は早々に死ぬかゾンビになっちゃったからね・・・1人だけなら食料も少なくて済むし。」


「・・・桜井さん、いったいここに何が起こったんですか?」


「うーん、僕にも何が何だか・・・」


腕組みをして考え込む桜井さん。


「でも初めは多分、龍宮からの快速電車だったんだと思う・・・」


彼は、記憶を思い返すように話し始める。


「あれは・・・10時前かな?オーバースピードで突っ込んできた電車がなんとか止まって・・・」


「僕はその時、立体橋にいたんだけどね・・・事故だと思った同僚たちがこじ開けたドアから、ゾンビがなだれ込んできて・・・」


「その後はもう滅茶苦茶さ。なんとか避難誘導したりしてたけど、気が付いたら駅から出られなくなってたってわけだよ。駅ビル経由で抜けるとは考えつかなかったなあ」


ふむ、この駅は龍宮からの下り電車にゾンビが詰まっていたと。

龍宮市が発生源・・・っていうわけじゃなさそうだな。

神崎さんに聞いたけど、秋月町のゾンビも同じ日の同じくらいの時間帯に発生してるし。

まあ別にいいか。

そういうのは研究者の人に任せておくとしよう。


「しかし、こんなところまで来てくれるなんて。美沙から聞いた話と同じだねえ」


「・・・美沙姉は一体俺をどう言っていたんですか・・・?」


「うーんと、ああ、アレだ。高校生の時、女の子を守って入院したっていう・・・」


「やめ!やめてください!!」


「私!気になります田中野さん!!」


「黙秘!黙秘します!!」


俺すら忘れていた過去の黒歴史によって不意打ちを食らってしまう!

美沙姉!情報漏洩は禁止!禁止です!!

ちょっと神崎さんも食いつかないの!!


「と、とにかく・・・ここをとっとと離れましょうか。桜井さん、何か持っていきたいものとかあります?」


「いや、特にないかなあ」


「武器とかはどうしますか?」


そう聞くと、桜井さんは詰め所の奥から鉄パイプらしきものを持ってきた。


「昔から武道はてんでダメでね・・・これでいいかなあ?」


ぶんぶんと軽く振り回しているが、音が迫力ありすぎる。

・・・それ、鉄の塊じゃない?

中まで鉄が詰まってる、畑に支柱を立てる時に使う鉄棒じゃないか・・・

竹刀みたいに振り回しちゃって・・・


「・・・とりあえず、そいつでとにかく頭をぶん殴ればいいと思いますよ・・・」


「そうかい?頑張るよ!」


天井移動できる膂力といい、この状況下で生き残るメンタリティといい・・・

美沙姉が旦那にするわけだわ。

これならおっちゃんたちにも受けが良かっただろうし・・・



いつまでもここにいても仕方ないので、そろそろ移動を開始することにする。

来た時と同じルートをたどればいいはずだ。


俺が先頭で、神崎さんが殿。

桜井さんはとんでもないフィジカルとはいえ戦闘には慣れていないので、真ん中だ。


周囲を確認しつつ、階段を上る。

ゾンビはもういないとは思うが、用心に越したことはない。


立体橋の通路にもゾンビはいない。

ここまでは平和だな。

問題はこの先だ。

駅ビル内部までさっきの爆竹が聞こえていた場合、ゾンビの配置が変わっている可能性がある。

気を引き締めていかねば。

木刀の握りを確認し、駅ビル方面の改札を乗り越える。



やっぱり、さっきまでいなかったゾンビが何体かいるな・・・

入り口から中を窺いながら考える。

後ろを振り返り、小声で2人に注意を促してからゆっくりと移動を開始した。


まずは前方のゾンビにそろそろと近付き、後頭部を殴って無力化する。

直線状の距離が離れているゾンビには、神崎さんがすかさず射撃。

的確に処理しつつ移動していく。


エスカレーター前に到達し、下を覗き込む。

・・・いるな、1体。

神崎さんに合図を送って処理してもらう。


ゆっくりとエスカレーターを下り、1階に到着。

今処理したゾンビ以外の姿はない。


「(いやあ、君たちすごいね・・・手慣れてるというか、いいチームだね)」


「(でしょう・・・?神崎さんは最高の相棒ですよ!)」


「(みゅっ!・・・無駄話はやめてください!)」


小声で会話しつつ、周囲を索敵。

ここ、臭いから早く出たいんだけどな・・・油断は禁物だ。


名状しにくい臭いを我慢しながらゆっくりと進み、侵入した裏口が見えてきた。

ふう、やっと帰って来たか・・・

見える範囲にゾンビはいないな・・・




何かが割れるような音と同時に、体に衝撃。

床に倒れてしまう。

背中に何かが覆いかぶさっている。


「アアアアアアアアアアアアアアアアウウウウウウウウウ!!!」


・・・ゾンビだと!?


気が緩んでいたわけでも、油断していたわけでもない。

だが、さすがに上からはないだろう!?


噛まれるわけにはいかん!!

リュックのアタッチメントを外しつつ、背後に頭突き。

体をひねりながら回転、肘も叩き込む。

その勢いで立ち上がり、周囲を確認。


俺の周りにはこいつだけか。


神崎さんは・・・ちょうどゾンビの脳天を拳銃でぶち抜いたところだ、残りは1体だから大丈夫!


桜井さんは・・・3体のゾンビにたかられている!

マズイ!!

鉄棒を薙ぎ払っているが、ちょっとしたパニック状態になっているようだ。


床に倒れているさっきのゾンビの顔を蹴り上げて首をへし折り、桜井さんに向けて走る。


「桜井さん下がって!振り回しながら後ろへ逃げろっ!!」


走りながら木刀を投擲。

回転しながら飛ぶ木刀がゾンビの足を掬い、倒れさせる。

あと2体。


銃声、もう1体が頭を反らして倒れる。

あと1体。


もう少し!!

刀に手をかけながら走る。



「ぐあっ!?」



その時、桜井さんが掴まれた左手を噛まれるのが見えた。


小指のあたりを。




血の気が引いていく。


体感時間が遅くなる。



『パパのせなかっておっきくて、美玖だいすき!』



パパについて話す美玖ちゃんの笑顔が。



『これよこれ、制服のサイズがなくて特注なんだけどカッコいいでしょ~?』



惚気ながら写真を渡す美沙姉の照れ笑いが。


脳裏に浮かぶ。



「・・・俺に向かって手ェ伸ばせ!!」



俺は踏み込んだ勢いで抜刀。


「ぐううっ!!」


桜井さんの薬指から小指まで、掌ごと斬り飛ばした。



「おぉらっ!!!」


そのまま肩からゾンビに突っ込み、吹き飛ばす。


「手首押さえて、止血してください!!」


叫びながら、倒れたゾンビの首を踏み折る。

木刀でこけたやつも同様に。


「神崎さん!大丈夫ですか!?」


「はい!・・・桜井さん!傷を見せてください!」


応急処置は神崎さんに任せ、リュックを回収。

ゾンビも俺も叫んじまったから、すぐにこっちに来るぞ!


「処置完了!撤退しましょう!」


「す、すまない・・・」


「気にしないでください!・・・神崎さん、桜井さんを外へ!」


2階と、駅の改札方面からゾンビの声が聞こえてくる。

駅とつながっている正面玄関の自動ドア越しに、こちらへ走る多数のゾンビ。

気付かれたな。


「田中野さんはっ!?」


「心配しなくても一緒に逃げますよ!もう泣かれるのは御免なんでね!」


軽口を叩きながら納刀し、ポケットから手りゅう弾を取り出す。


「荷物を軽くしておくだけですよ!」


ピンを勢いよく引き抜き、エスカレーターからわずかに見える2階へ投擲。

もう一つ取り出して、駅の改札方向へ放り投げる。


「撤退!!!」


自動ドアを開ける神崎さんに向かって走り出す。


背後からくぐもった爆発音が2回聞こえ、わずかに衝撃が来る。

これで攪乱されてくれればいいが・・・

いやだめだ、まだこっちにくる足音が聞こえる。


「桜井さん!車まで走りますよ!!」


「わ、わかった!」


「背後からゾンビ、多数!!」


拳銃を連射しながら神崎さんが叫ぶ。

3つ目の手りゅう弾のピンを抜き、後ろに向けて放り投げる。

背後から爆発音と何か柔らかいものが地面に飛び散る音を聞きながら、俺たちは走り出した。



「桜井さん、あの軽トラです!荷台に飛び乗ってください!」


「よし!」


「田中野さん手りゅう弾を!援護します!!」


最後の手りゅう弾を、追いかけてくるゾンビの方向へ投げる。

走りながら後ろを確認したが、まだ10体以上が追いかけてくるな。


桜井さんが無事な右手を荷台のふちにかけて飛び乗る。

走りながら取り出しておいたキーでロックを解除、乗り込む。

神崎さんが助手席の横でライフルを構え、腰だめでゾンビに向かって連射。


エンジンをかけ、神崎さんが乗り込んだことを確認して急発進。


体のいたるところに銃創をこさえたゾンビ共を、かすめるように跳ね飛ばして道に出る。

強化バンパー、付けといてよかった・・・


しばらく走ると、追ってくるゾンビは姿を消した。

バックミラーで確認すると、桜井さんが荷台に座り込んでいるのが見える。

重苦しい溜息を漏らし、神崎さんに話しかける。


「・・・神崎さん、噛まれてからゾンビに変わるまでって・・・」


「・・・最短で2時間、最長で1日半です。これ以上長い例は確認されていません」


桜井さんが噛まれたのと、患部を斬り飛ばしたのはほぼ同時だ。

某ゾンビ映画のように手首をやればよかったが、位置が悪かったのとあの太い手首を咄嗟に斬り落とす自信がなかった。

果たしてこのゾンビが何によって感染するのかはわからんが、あのタイミングなら何とかなったはず・・・


「神崎さん、ご相談があるんですが・・・」




「どうぞどうぞ、汚い家ですけど」


「すまないねえ、お邪魔するよ」


「お邪魔します」


俺たちは友愛に帰らず、自宅へ戻ることにした。

神崎さんには先ほど宮田さんに連絡を取ってもらい、


「駅を確認したがゾンビの数が多すぎる、駅ビルに安全な拠点を確保したので何泊かしてゆっくり探索する」


という嘘の無線を送ってもらった。


その間桜井さんは、自宅で俺と神崎さんの監視下に置き、リミットの1日半を越えるまでここで過ごしてもらう。

同じような隔離場所は友愛にもあるが、万が一そこでゾンビになってしまったら美玖ちゃんにとてつもないショックを与えてしまうだろう。

俺も神崎さんも、桜井さん本人もそれは避けたかったのでこのような形になった。


くつろいでくれるように言い、俺は近所の薬局へ外出する。

そこで、神崎さんが病院と連絡を取り自衛隊の衛生科から聞いた薬品や消毒液をメモ片手に確保した。


「神崎さんただいま・・・これ、薬品です。桜井さん、大丈夫ですか?」


「おかえりなさい田中野さん。はい、確かに」


「ありがとう、田中野くん。うん、痛いけど我慢できてるよ」


神崎さんが桜井さんの治療をしているのを見るともなく見る。

・・・神崎さんがいて助かったなあ。

俺1人だったら、今回はどうにもならなかった。

持つべきものは頼れる仲間だな。



さて・・・これからどうなるか・・・

とにかくあと1日半、1日半だ・・・

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― 新着の感想 ―
[一言] 判断が早い。これは合格がもらえるレベルだ。 …だからゾンビ発症しないよね? ね?
[一言] Twitterで流れてきたので読んでみました 最高でした 続きが楽しみです
[一言] バイオ村のパパみたいになったのか。
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