61話 詩谷駅潜入のこと
詩谷駅潜入のこと
「こいつは・・・」
「ええ、やはり予想通りでしたね。」
俺と神崎さんの目前に広がるのは、ゾンビの海である。
現在地は、わが市最大の駅である『詩谷中央駅』の道を挟んだ向かいにあるビルの屋上。
少し離れた駐車場に車を停め、ここまで歩いてきた。
ちなみに、ビルの階段にいた学生ゾンビ達はしめやかに成仏していただいた。
あんな場所にいたってことは学校サボってたのかな?
恐らく、このゾンビ騒動が発生した時は平日の昼だっただろうし。
屋上に登り、単眼鏡と双眼鏡でそれぞれ偵察。
詩谷駅には正面の『中央入り口』と反対側の『北側入り口』、それに併設されている8階建ての駅ビルの2階部分の合計3つの入り口がある。
現在俺たちは正面入り口方向を見ているが、ゾンビまみれで入り口どころかその手前すら見えない状況だ。
「こっからのアプローチは無理ですね・・・」
「あと5倍ほどの弾薬があればなんとかなりますが・・・」
なんで皆殺しにする方向で考えてるのこの人。
思考回路がアクション俳優すぎる。
そりゃ神崎さんはいいけど俺は即お陀仏だからね?
同時に相手取れるゾンビなんて頑張っても5、6体が精々だ。
「・・・まあ、とりあえず迂回しながら北側入り口に行きましょう。」
「はい。・・・今のは冗談ですからね?」
「はいはい。」
「ほ、本当ですよ?」
「はぁい。」
急にワタワタし出した神崎さんを伴って移動開始。
駅を見つつ、ゾンビに出会わないようにぐるりと迂回して裏側に移動する。
・・・どうやらここら辺のゾンビはほとんど駅に集中しているようだ。
移動は楽なんだけど、その分駅の内部はえらいことになってそうだなあ。
ちなみに俺はいつもの格好と装備+花火やロープをしこたま詰めたリュックを背負っている。
正直結構重いが、後ろの神崎さんに比べればまだマシなほうだ。
「神崎さん、手りゅう弾いくつか持ちましょうか?」
「そうですね、4つほど渡しておきます。使用方法は覚えていますか?」
「ピンを引き抜いて、投げる・・・でしたね。」
「はい、相手はゾンビですから投げ返されることはありませんの・・・でそれでいいかと。」
小さめのスプレー缶みたいな形をした手りゅう弾を4つ受け取る。
けっこう重いなこれ。
花火が切れた時の最終手段として使おう。
「・・・重くないんですか、その恰好。」
「慣れていますので。」
神崎さんの格好だが、いつもの軍服(迷彩服3型と言うらしい)の上に映画でよく見るような弾薬を入れられるごついベストを着ている。
そのポケットというポケットにはマガジンが所狭しと詰められ、手りゅう弾もぱっと見て8個は装着している。
さらに腰のホルスターには角ばった形状の拳銃。
いつものライフルは手に持ち、背負った背嚢もパンパンで重そうだ。
・・・一体全部で何キロあるんだろうか・・・?
「大丈夫です、使えばどんどん軽くなりますし。」
あっ・・・そ、そうですね。
頼もしすぎるわ。
フルアーマー〇ンダムが護衛についてるようなもんだぞこれ。
・・・俺もせめてジ〇くらいには活躍しないとな・・・
「・・・むう、やっぱりそうか。」
「正面よりは気持ち少ない程度・・・でしょうか。」
カサコソ歩いてたどり着いた北側出口。
そこは正面と大体同じようにゾンビまみれであった。
たしかこっちの入り口は、改札を抜けると地下トンネルをくぐってホームにつながってるんだよな。
トンネル・・・ミチミチにゾンビが詰まってそうだ。
ふう、こっち側もダメか。
そりゃ、やっぱり通勤通学の時間帯に出たんだなゾンビ。
・・・待てよ通勤通学?
いけるかもしれん。
また移動し、駅ビルの裏口に来た。
「やっぱり・・・!」
目の前に入り口の自動ドアがあるが、その前にコーンが置かれている。
助かった!
ゾンビ発生時がいつだったにせよ、あれだけ人がいたってことはだいたい8時~10時くらいだろう。
この駅ビルの平日の営業開始時間は11時だ。
まだ営業は始まってなかったはず。
「ここから入りましょう。」
「はい。」
俺たちは意気揚々と駅ビルの入り口に手をかけた。
が、自動ドアが開かない。
いや、電気が来てないから動かないのは当たり前なんだが、上の方に鍵がかかっていて物理的に動かないのだ。
あー、警備員の人がドアの上とか下に鍵を差し込むのを見たことがある気がする。
悠長に警備員を探している時間はないし、こうなったら筋肉の力を使おう。
鍵の形状は簡単なひっかけるタイプのものだから、いけるはず。
自動ドアの僅かな隙間に指をねじ込み、一呼吸。
音を立てないようにじわじわと力を入れていく。
「ぬぬぬぬぬ・・・ぐぐぐぐぐぐ・・・・おおおおお!(小声)」
奥歯をかみしめながら渾身の力を込めると、ビキリという音と共に鍵が破壊され、ドアが開いた。
「やったぜ・・・力こそパワーだ!!(小声)」
「よくわかりませんが、お見事です(小声)」
さて、ドアが開いたのでさっそく駅ビルに侵入sクッサ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
ぐあああああ鼻が、鼻が死ぬ!!!!!!!!!!
一時撤退、タオルをマスクよろしく巻き付けて再突入することにする。
神崎さんは平気そうだが、タオルの予備があるので渡しておく。
臭くないに越したことはないからな。
「たしかここら辺は喫茶店とか軽食屋のフロアだったな・・・さっさと上に行きましょう。」
「そ、そうですね。」
なんか顔が赤い神崎さんを促して、周囲をうかがいながらエスカレーターへ向かう。
・・・息苦しいんだろうか。
生鮮食品が腐っていることから、ここに人はいないし電気もきていないことがわかる。
まあ、電気については自動ドアの件でわかってたけども。
だがゾンビにはこの臭いも関係ないようだ。
エスカレーターに向かう途中に、喫茶店の制服を着たゾンビが立っている。
数は3体。
とりあえず適当に音を立てて分散させて・・・
「撃ちます。」
パスパスパスという軽い音が鳴ると、3体のゾンビは綺麗に脳天を撃ち抜かれて倒れた。
はやっ。
神崎さんを振り返ると、銃口から煙が立ち上る拳銃を両手で構えていた。
ふわー・・・すっごいカッコイイ。
サイレンサーってホントに音が消えるんだなあ。
「すごいですねサイレンサーって・・・」
「これは火薬の量を減らした弱装弾ですので、音も小さいんです。」
へえ、そんなものがあるんだ。
でも、火薬が少ないと威力も減るんじゃないのかな?
「頭さえ撃ち抜ければ問題ありませんから。」
・・・頼りになるゥ!
俺の仕事あるかな・・・?
エスカレーターを上って2階へ。
ここは確か女性ものの服を扱うゾーンだったな。
ここをまっすぐ抜ければ、駅への連絡通路に行けるはずだ。
進行方向に服屋の店員ゾンビを確認。
撃とうとする神崎さんを手で制し、忍び寄って後頭部を殴打。
倒れ込んだところに突きを入れ、頸椎を砕く。
これだけ近かったら殴っても倒せるし、弾丸を無駄に使わせるわけにはいかないもんな。
そうやって何体かのゾンビを成仏させつつ、駅への連絡通路にたどり着いた。
ガラス越しに駅方面を覗き込むと、駅員の格好をしたゾンビが見える。
懐から単眼鏡を取り出し確認。
・・・違うな、写真を見るまでもない。
この前、美沙姉から旦那さん・・・桜井敦さんの写真を預かっておいたから、会ったことのない俺でも顔はわかる。
顔って言うか・・・旦那さん、すごくガタイがいいからある程度は見た目で判別できるしな。
初めて写真見た時、人型の熊かと思ったもん。
正直、駅員より山小屋の管理人とか山岳救助隊の方が似合いそうな外見だ。
実際に山登りが趣味だって聞いた時は笑っちゃったもんな、あんまりピッタリすぎて。
なお、その際に美沙姉は聞いてもないのに馴れ初めまで教えてくれた。
同じ大学出身で、なんと美沙姉の一目惚れらしい。
「熊みたいでカッコよくてかわいくて~アタシ一目であっくんと結婚したい!って思ったのよね~♪」
美沙姉は、昔からゴツくてかっこいい?男性が好みだったらしい。
ちなみに、俺の身長があと20㎝高くて体重が筋肉で30キロほど増えていればモテモテになるとのことだ。
物理法則を捻じ曲げるのはさすがに無理でござる。
っていうか、それでモテる相手は美沙姉と野生の熊くらいじゃないだろうか。
「おじさんがくまさん?かっこいい!」とは美玖ちゃんの発言である。
・・・どうやら男性の好みは親子で遺伝しているらしい。
「強そう、というか強いことは大いに魅力的ですよ田中野さん!もちろん内面も重要ですが・・・」
と言うのはその際の神崎さんの発言である。
うん、神崎さんもそういう男性が好みなのは聞かなくてもわかるよ。
・・・森山くん、せめてパツパツに筋肉を付けねばキミはスタートラインにすら立てないぞ。
入り口と同じように扉をこじ開け、やっと駅に進入できた。
開いた隙間から、パスンと神崎さんが狙撃。
駅員ゾンビを無力化する。
「いよいよですね、こっからが正念場だ。」
「先程までとはゾンビも段違いに多いでしょうし、警戒を密にしましょう。」
息を殺しつつドアをくぐり、電源の切れた改札を乗り越えて駅フロアに侵入する。
ここ、詩谷駅は全部で8番線まである。
市内最大と言っても、地方都市なので所詮こんなもんだ。
俺たちが侵入したのは、1・2番線から7・8番線までをつなぐ屋根付きの立体橋の部分だ。
現在地はちょうど3番線と4番線の間にいる。
美沙姉に聞いた話だと、旦那さんは休憩時間はだいたい6番線ホームにある駅員の詰め所にいつもいるらしい。
中央改札口方面は見た感じ入り口から続くゾンビまみれだったので、あっちを確認するのは最後だ。
ゾンビは改札をくぐるという知能もないだろうが、万が一捕捉されてしまうと改札機くらいブチ壊しながらこっちに来そうだもんな。
通路の端から手鏡を棒に張り付けたものをソロソロと伸ばし、立体橋の様子を確認。
お・・・いるな。
左に2体、右にも2体。
「(左2体は距離が遠いので、お願いします)」
神崎さんに小声で告げると、こくりと頷く。
指を3本立て、カウントダウンする。
3・・・2・・・1っ!
同時に通路に飛び出し、ゾンビに向かう。
近い方のゾンビは後ろを向いているので、上段から後頭部を叩き潰す。
倒れ込むゾンビの向こうに、こちらを向いているゾンビ!
叫ばれる・・・前にぃ!!!!
思い切り前方へ踏み込み、渾身の突きをゾンビの口へ叩き込む。
ボキボキと歯の砕ける感触の後、ゾンビの首の骨は折れた。
そうか、口か喉を狙えば叫ばれることもないな。
また一つ賢くなってしまった。
「(お見事です。)」
グッと親指を立ててくる神崎さんに苦笑いを返しつつ、4番線方向へ。
窓から線路側を見下ろすと、ゾンビがそこかしこに見える。
列車のいくつかは脱線して横転しているし、ホームには腐ったなんらかの肉片が散らばっている。
まるで地獄絵図だ。
そこら辺のゾンビ映画顔負けのグロさだな。
ただ人間サイドもかなり頑張ったようで、腐っていないゾンビの成れの果ても多く転がっている。
俺たちの周囲にゾンビはいないので、神崎さんに警戒をお願いして単眼鏡で確認。
・・・とりあえず、ここから見える範囲のホームには旦那さんはいないな。
5番線を越え、6番線の上に着いた。
窓を覗いて確認すると、ちょうど真下・・・ホームの中央に駅員の詰め所を見つけた。
ここから見たところ、窓もドアも破られていない。
とりあえずあそこを確認しないといけないな。
「(ホームにゾンビが多いので、4番線あたりに向けて花火を投げます。)」
「(了解。後ろはお任せください。)」
うーん頼もしい。
背中からリュックを下ろし、昨日作っておいた石に爆竹を巻き付けたものを取り出す。
音を立てないように気を付けながら、ホームへの階段を中ほどまで下る。
よし、あそこらへんにするか。
詩谷から言えば龍宮市の方角・・・つまり上り方面の線路に狙いを定める。
できるだけ駅からゾンビを遠ざけなければ。
導火線にライターで火を点ける。
息を止め、振りかぶって投げる。
爆竹は放物線を描いて、上りホームのその先へ飛んでいった。
しばらくの後、連続した破裂音が鳴り響く。
「「「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!」」」
おーおー出るわ出るわ・・・駅のそこかしこから大量のゾンビが走り出てくる。
俺たちがいるのは階段の上なので、ゾンビはここには来ない。
普通の人間なら立体橋を渡るだろうがそこはゾンビ、いつだって真っ直ぐに全力疾走だ。
しばらく息をひそめ、ゾンビが全て音の発生源周辺に集まったのを確認。
もう一度爆竹をさらに遠くまで投げる。
さらにゾンビの群れは遠くまで駆けて行った。
よし、あそこまで離れれば少しくらい音を立てたところで気付かれまい。
花火作戦は大成功だ!
神崎さんと左右に分かれて階段を下る。
ゾンビの大半は向こうへ行ったが、半身ゾンビや残っているゾンビがまだいるかもしれないしな。
ここで足を掬われたら、何もかも元の木阿弥だ。
慎重に動きつつ、索敵も怠らない。
階段の下に案の定半身ゾンビがいる。
神崎さんがこちらを手で制し、ふわりと跳ぶ。
ブーツの一撃が首筋に打ち込まれ、ゾンビは沈黙。
絵になるなあ。
ようやく俺たちはホームへと降り立った。
鼻を突く血の臭いや腐臭、ここはかなりの修羅場だったようだ。
ともかく、お目当ての駅員詰め所はすぐそこにある。
ゾンビを警戒しつつ近付く。
ふむ、近くで見ても窓やドアが破られた様子はない。
もう一度周囲を確認し、小さくドアをノックしてみる。
ゾンビにはできないように、規則的に3回、間を置いてもう一度。
・・・返事はない。
ここにはいないのかな。
だとするといったいどこに・・・
「(おおーい、こっち、こっちだ。)」
不意に上から声がする。
見上げてみるとそこには・・・
詰め所の上方向。
立体橋の骨組みの部分に、なんというか・・・色んな布を寄せ集めたテントみたいなものが張ってある。
あれだ、崖みたいな山を登る登山家が壁にデカい釘を打ち込んでビバークするみたいなヤツだ。
「(いやあ、助かったよ君たち。)」
テントからひょっこり顔を出して、俺たちに小声で感謝する駅員の制服を着た男性。
というか、人型の熊がそこにいた。
避難生活が長いからか、もう顔中髭まみれだしまさに熊だ。
これは間違いない・・・!
「(桜井・・・敦さん?)」
「(おやぁ?どこかで会ったかい?)」
人懐っこそうな熊・・・もとい美沙姉の旦那であり、美玖ちゃんのパパ。
・・・意外と元気だった!!




