40話 詩谷市民会館襲撃のこと(※いつもよりかなり残酷な描写アリ)
詩谷市民会館襲撃のこと
ゾンビより遥か下のランクの生き物を屠殺した後、俺たちはまた市民会館を見下ろしていた。
「さっきの2匹は偵察要員だって言ってましたし、戻らないと怪しまれるでしょうねえ。」
あいつらは徹底して匹と数えることにした。
あんな虫けら共、人間のジャンルに断じて入れたくない。
生態系ピラミッド外に置いておきたい。
「一気にいきますか、神崎さん。」
「ええ、ああいった襲う側は襲われる側になることを想像しないものですし。拳銃があることで気も大きくなっていることでしょう。」
「笑えるくらい楽勝ですな。」
「・・・自信があるのは結構ですが、油断は禁物ですよ?」
「ご心配なく、事実ですよ。こっちには神崎さんがいて向こうにはいませんし?」
「あ、あの・・・私への期待値が大きすぎませんか・・・?」
それに俺は正々堂々に絶縁されそうな外道流派の使い手だし。
悪漢共に御仏の慈悲は無用なのである。
別に正義の味方を気取るわけじゃないが、ああいう奴らをのさばらせておく道理はない。
町中のチンピラ連中と違い、殺人に慣れたやつらは何度でもやる。
見てしまった、知ってしまった以上放っておくわけにはいかない。
言い方は悪いが、寝覚めが悪くなる。
俺はそういうめんどくさい性格なのだ。
さて、市民会館の一通りの外観は頭に入った。
正面突破は愚の骨頂。
戦車にでも乗っていない限り撃ちまくられて死ぬ。
やつらが拳銃の素人でも距離さえ詰められれば当たってしまうだろう。
俺は大泥棒三代目の仲間みたいに銃弾切れないし。
というわけで、神崎さんと作戦会議をした。
「・・・その方法は田中野さんにリスクが高すぎます!」
「かと言っても、これが一番効果的でしょう?お互いの持ち物とスキルと相談した結果ですし。」
「それは・・・そうですが・・・」
予想通り神崎さんはお気に召さないようだ。
しかし現状これが一番確実なのだ。
「毎回、田中野さんばかり矢面に立たせてしまって・・・」
「適材適所ですよ適材適所。そりゃ、神崎さんは近接もいけますけど俺に射撃スキルなんてないですもん。」
「・・・危ないと思ったら即撤退を。必ず、約束してください。」
「俺がこの世で一番大切なのは自分の命ですよ?任せといてください。」
「ある程度したら私も行きますので、どうかご無理だけはなさらないでください・・・!」
「わ、わかりました。わかりました・・・!」
神崎さんが俺の両手を握って心底心配そうに見つめてくる。
なんだろう、溢れるお母さんオーラを感じる・・・!
俺そんなに頼りないかなあ・・・?
うん、前に油断して顔にでっかいお土産貰ったもんね。
そりゃ信用できんわ。
納得。
渋々だが神崎さんにも納得してもらえたようなのでヨシ!!
さあ、うかうかしていられない。
兵は神速を尊ぶ・・・だっけか?
と、いうわけで現在俺は市民会館に隣接しているビルの2階にいる。
駐車場のニセ警官共の視界に入らないように、カサコソ死角を移動してたどり着いた。
神崎さんは別の場所にいる。
市民会館は、正面ゲートから大きな駐車場を挟んで本体の大きいホールが一つある構造だ。
ニセ警官共は駐車場に7匹いる。
ということはホール内部に6匹いるってことだ。
今回の作戦はこうだ。
俺が隣のビルから会館に潜入する。
時間が来たら駐車場の敵を神崎さんが狙撃開始。
浮足立った内部の敵に対し、俺が大暴れして鎮圧というか殲滅。
孫子曰く、不意を突いて一気に攻勢をかければ絶対勝てるよ、である。
・・・こんなこと言ってたっけかな?
ビルの雨どいを伝ってスルスルと敷地に入る。
周囲に敵はいない。
外壁を伝い、従業員出入口へ。
不用心にも鍵が開いていたのでそのまま中に入った。
これからが本番だ。
適当な小部屋に隠れて時間を確認。
俺も神崎さんも腕時計は電波式なので狂いはない。
あと2分か・・・
定刻通りに、外から『たぁん』という銃声が聞こえた。
同時に悲鳴も。
何度か銃声が響き、銃撃戦っぽくなってるみたいだ。
馬鹿め、神崎さんは100メートル先のビルの屋上だ。
拳銃で当たるわけねえだろ。
よし、俺も行くか。
「南雲流、田中野一朗太。・・・推して参る。」
・・・クソ恥ずかしいなこれ。
でも、一回くらい言ってみたかったんだから仕方ない。
何事も経験である。
若干の気恥ずかしさを覚えつつ、小部屋から出る。
「なんだ!?どこの馬鹿が撃ちやがった!?」
「弾は貴重なのによぉ!」
前方の警備員詰め所から2匹出てきた。
こいつは幸先がいいな。
十字手裏剣を投げると同時に剣鉈を抜いて走り出す。
「げぐっ!?」
手裏剣は、右側のニセ警官の後頭部に深々と突き刺さった。
急に前方へ倒れる仲間に呆気にとられた左側のヤツに、飛び蹴りをくらわして地面に倒す。
「ぎゃっ!?なんっっご!?」
そのまま延髄に剣鉈を突き刺し、捻る。
ごぎり、という感触と共にそいつがビクンと痙攣。
永遠に静かになった。
「おまっ・・・!なんだお前!?」
詰め所にはもう1匹いたらしい。
引き抜いた血まみれの剣鉈を振り返らずに後ろへ投擲。
「ぎっ・・・!?」
低い姿勢のまま振り返ると、剣鉈はそいつのふくらはぎに刺さっていた。
床を蹴って疾走の体勢に入りつつ、抜刀。
腰の拳銃を抜こうとしていた、そいつの右手首の動脈付近をざっくり切る。
そのまま刀を返し、上段から切り下げる。
首の左にできた傷から、噴水のように流れる血。
さらに手首を返し、左から右へ首筋を薙ぐ。
そいつはパクパクと口を開閉しながら倒れ込み、床に各所から膨大な量の献血を開始した。
「ああああ!?てってめえ!!!」
廊下の端、ホールの玄関からこっちを見た男が叫ぶ。
その手には拳銃。
献血野郎の上を転がって詰め所に飛び込む。
銃声と共にドアを何かが貫通する音がする。
「おい!こっちだ!こっちにいるぞ!!」
「畜生よくも中川たちを・・・ぶっ殺してやる!!」
2匹釣れたな。
どうやって料理してやろうかと立ち上がった俺に、部屋の状況が飛び込んできた。
奴らの『戦利品』だろう。
部屋の中に詰まれた服や食料品に鞄、リュックサック、そして・・・
真新しいランドセル。
・・・わかってたことだろう、偵察の2匹から聞いてたんだから。
奴らの所業を。
だがこうして目の前にそれがあると、嫌でも現実を認識してしまう。
畜生、鈍るから感情を意図的に無視してきたがもう無理だ。
「外道ォお・・・!!」
詰め所に向かう足音が2匹分。
「お、岡野と山下も死んでる・・・!」
「てめえ!楽に死ねると思うなよゴラァ!!!」
屑が一丁前に仲間の心配かよ。
笑わせる。
楽に死ねると思うな・・・?
そいつは!!!こっちの!!!セリフだ!!!!!!!!!!!
詰め所の奥にある机の影に隠れる。
反対側にある棚のガラス戸に、こちらをうかがう2匹が映った。
両方とも拳銃を持ち正面に構えている。
「よしみんな、今だ!やれえ!!!」
あたかも他の仲間たちに攻撃の指示を出すかのように叫ぶ。
2匹がはじかれたように通路に向き直った。
実際に神崎さんが撃っててくれるから信ぴょう性は抜群だ。
机の影から横っ飛びに飛び出し、両手に持った十字手裏剣を投擲。
「おあっ!?」「いだっ!!」
左のやつは首筋、右のやつは上腕に刺さる。
刀の峰を口に咥え、地を這うように走る。
右のニセ警官が銃を向けようとしてくるが、構わずに口から刀を落とし、空中で握る。
変則の脇構えから、上昇する燕のように上段へ切り上げる。
引き金が引かれるより一瞬早く、刃がグリップの部分に当たり、奴の小指と薬指を半ば切断する。
衝撃で上方に跳ね返った拳銃が発砲し、その反動で拳銃が奴の手を離れる。
そのままそいつの膝を正面からへし折るように足裏で蹴りつつ、首を押さえて止血に必死な左のヤツのどてっぱらに、握った棒手裏剣を突き刺す。
「んんんんんんん!!!!」「こっごぽ、がっ!?!?」
床に倒れたそいつらを見下ろす。
左のヤツの手首を切りつけ、拳銃を奪う。
右のヤツの拳銃も同様に。
そのまま2匹の脇の下を切り、踏み下ろしたブーツで足首を片方ずつ砕く。
動脈を切り、移動も封じた。
これでゆっくりとくたばれることだろう。
「・・・楽に死ねると思うなよ、せいぜいのたうち回って死ね。」
真っ青な2匹の顔を見下ろしながら吐き捨て、残りの拳銃を回収。
何事か呻く2匹を置き去りにして歩き出す。
・・・あと、1匹。
ホールの廊下を入り口に向かって歩く。
刀身を拭き、納刀する。
いつでも抜けるように、鯉口を切る。
外の銃声は少し前から聞こえなくなった。
拳銃装備のチンピラと現役自衛官では、最初から勝負にもならんだろうさ。
メインホールには誰もいない。
どこだ。
どこにいやがる。
そのまま反対側まで行くと、コンサート関係者が使う楽屋のエリアに入った。
廊下に備え付けてある金属製のごみ箱を蹴り飛ばす。
派手に騒音が響き渡った。
耳をすますと、ある楽屋から音が聞こえた。
そこまでわざと足音を響かせて歩き、扉の横で何回か足踏みをする。
発砲音と共に、扉に穴が開いていく。
1、2、3、4、5。
「ぐあっ!?!?」
大げさに叫び、廊下に倒れて音を出す。
そのまま扉の死角に、音を立てず這っていく。
ゆっくりと膝立ちになり、柄に手をかける。
そのまま待っているとノブがゆっくり回り、扉が開き始める。
震える銃口がまず先に見え、じわじわと拳銃本体が。
手首が見えた瞬間、膝立ちから立ち上がりながらの抜き打ちを放つ。
俺の今までの人生で最も正確で最も速く、最も威力が乗っているであろうその斬撃は、拳銃を持ったままの手首を切り飛ばした。
「ぎっあああああああああああああああああああああ!!!!!!」
悲鳴を上げるそいつの反対側から、ドアを思い切り蹴る。
ドアにしこたま手首の切断面を挟まれたそいつはもう一度汚い悲鳴を上げた。
床に落ちた手首を蹴飛ばし、ドアに手をかけて一気に開く。
50代くらいの大柄な男が床に転がっている。
そいつは、血が噴き出る右手首を必死に左手で押さえ、止血しようとしていた。
「よお、あんたが『社長』か?」
問いかけると睨みつけてくる。
ふうん、まだ元気だな。
「て・・・てめえ、仲間が帰ってきたら、八つ裂きにされるぞ。い、今すぐ逃げた方がいい・・・」
「で?あんたが『社長』なのか?」
「きっ、聞こえてないのか!?仲間が・・・」
「みんな死んだよ。」
「・・・は?」
「あんたの所の従業員は全員仲良くあの世に行った、って言ったんだよ。」
・・・まあギリ生きてるのはいるかもしれんけど。
誤差だ誤差。
どうせ遠からず死ぬし。
「まあ、社長でもどうでもいいか・・・1個だけ質問がある。」
「う、嘘ついてんじゃねえっ!!あんだけいた仲間がそんな・・・」
軽く顔を切る。
「あっづ!?や、やめろぉ!?」
「質問に答えろよ。今すぐ死にたいか?」
「なっなにっなにっが、聞きたい、んだ・・・!?」
「・・・ここに避難してきた人たち・・・どうした?」
「えっ・・・?」
「どうした?・・・早く答えろ、治療しないと失血死するぞ。」
そう言うと、答えれば治療してくれると思ったのか知らんが、やっと男が話し出した。
「み、身ぐるみ剥いで、こ、殺した後・・・裏の川にしゅ、捨てた・・・」
「・・・なるほど。」
こいつに聞きたいことはこれ以上ないな。
「た、助け、助けてくれよ・・・し、死にたくねえよォ!?」
「子供まで殺しておいてよく言えたもんだなぁ・・・オイ。」
刀を構えて近付くと、男は後ずさり逃げようとする。
壁際まで到達すると壁に沿って立ち上がり、とんでもないことを言い出した。
「やめっやめてくれ!む、娘が、子供がいるんだ!!ここで死にたくねえよ!!」
一瞬、一体何を言われたのかわからなかった。
怒りで頭が真っ白になる。
全身に鳥肌が立つ。
うなじの毛がぞわりと逆立つのが自分でもよくわかった。
「そいつは、本当、か・・・?」
「ほ、本当だ!し、しし、写真もある!!!」
ここに突破口を見出したのか、必死で無事な方の手でポケットをまさぐり、写真らしきものを取り出した。
「なっ!なっ!こ、これだ。これが娘の――――」
「あんたみたいな親なら、いない方が娘のためだ。」
俺が喉笛を真一文字に切り裂いたからか、それ以上は声にならなかった。
男は信じられない、といった顔で首から吹き出す鮮血を見つめている。
「どぶ鼠・・・死ね!!」
俺が吐き捨てるのと、男が床に倒れ込むのはほぼ同時だった。
男はごぽごぽと音を立てながら、手に持った写真を見つめたまま血の海の中で息絶えた。
楽屋から出て、廊下の壁に背中からもたれる。
全身から力が抜けて、ずるずるとそのまま床に足を投げだした。
たまらなく煙草が吸いたい。
床に刀を放り出し、胸ポケットからパッケージを取り出す。
ブルブルと震える手でライターを手に取り、何度も何度も擦る。
やっと火が点いた。
思い切り煙を吸い込む。
盛大にむせてしまう。
涙目になりながらそれでも吸い込む。
あーちくしょう、こんな時でも煙草は美味いなあ。
不意に足音。
こっちに神崎さんがすごい勢いで走ってくるのが見える。
「ああ!嘘、嘘ォ!?田中野さん!田中野さあん!!」
・・・なんかすごい誤解されている気がする。
全身返り血まみれだし俺。
ああ・・・でも、これを吸い終わるまで立ち上がりたくないなあ・・・
ごめんね神崎さん。




