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34話 保護と脱出のこと

保護と脱出のこと。




「こんにちは!おじさん、下から登ってきたの?すごーい!ス〇イダーマンみたい!」


「いやあ、ハハハ・・・」


女の子は目を丸くしたまま褒めてくれた。

照れるぜ。


10歳くらいだろうか?

長い髪をリボンで2つにまとめた明るそうな子だ。

目のくりくりさは雄鹿原さんにちょっと似ているな。

屋上での生活の影響か、多少やつれているが元気そうだ。


「あのさ、おじさんそっちに行ってもいいかい?」


「うん!いいよ!」


許可をもらったので、フェンスを乗り越えて屋上に入る。

ずっと体に巻き付けていたロープを下ろし、一息つく。

いやあ、長く険しい道のりだった・・・

ついでに神崎さんがいるであろう方角に、両腕で大きく〇を作ってアピールしておく。


「おじさん、何やってるの?」


「ん?ああ、あそこの公園におじさんの仲間がいるんだよ。だからこうやって無事にたどり着いたぞーって知らせてるんだ。」


「ふうん・・・」


あっと、大事なことを忘れてた。


「おじさんの名前は田中野一朗太っていうんだ。お嬢ちゃんはなんていうお名前かな?」


「美玖?桜井美玖(さくらい・みく)っていうの!」


「へえ、桜井ちゃんかあ、いい名前だね。」


「美玖でいいよ、いちろーたおじさん!」


「ありがとうね、美玖ちゃん。」


随分と人懐っこい子だな。

ずっと一人でいて心細かったのだろうか。

こんな状況でもパニックを起こさず生き延びるとは、子供ながらなんというバイタリティだ。


「美玖ちゃんはずっとここに1人でいたのかい?」


屋上を見渡してみる。

テントはしっかりと固定されているし、非常食の備蓄も十分ある。

給水塔のメンテナンス用らしきハッチからホースが伸びている。

なるほど、水も十分あるみたいだ。

・・・しかし、これだけの整備をこの子1人でやったとはとても思えない。

特に、出入り口は板を釘と南京錠で厳重に固定してある。

大人の手じゃないとこれは無理だ。


「えっと・・・」


問いかけると、美玖ちゃんは顔を曇らせた。

おや?


「・・・おとといまで横田せんせーが一緒だったの。」


「横田先生?この学校の先生かな?」


「うん、美玖のクラス、4年2組のせんせー。テントはったり、お水出してくれたり、ひじょーしょくの食べ方教えてくれたり、全部やってくれたの・・・」


やっぱり大人・・・担任が一緒だったのか。

・・・一昨日まで?


「今は、いないのかい?」


「うん・・・」


しかし、この封鎖された屋上で一体どこへ・・・?


「せんせーはね。」


「ん?」


美玖ちゃんがゆっくりと話し出す。


「・・・ごはんを探しに行って、かまれたって言ってた。なんのことだろ?」


「!」


「それから、入り口をふさいだ後に、あっちに行っちゃった・・・あぶないからぜったいこっちに来ちゃダメ!って。」


美玖ちゃんはそう言って、校舎の裏側の方を指差した。


「あっちから下におりて、またごはんを探しに行くからって。」


「いっぱいお水飲んで、すこしずつごはん食べて、あんまり動かないようにじっとしてなさいって。」


・・・体力を温存させて、救助が来るまでこの子の体力を持たせようとしたのか?


・・・確認しておくか。

美玖ちゃんが指差した方向へ歩き出す。


「だめだよ!そっちはあぶないんだよ!?」


慌てて美玖ちゃんが制止してくる。


「うん、だから美玖ちゃんはここにいてね。大丈夫、おじさんは大人だから。」


美玖ちゃんの視線の高さまで腰を落とし、目を見ながら言う。


「うん・・・」



「・・・やっぱり、そうかあ・・・」


屋上の反対側にあるフェンスに、人が手足をかけたような跡があった。


横田先生らしき人物は、その真下の地上に倒れていた。

損傷は激しいが、女性に見える。

状況から、ここから飛び降りたと考えていいだろう。


ゾンビに噛まれた後、美玖ちゃんを巻き込まないように自分でケリをつけたのか・・・

・・・なんとまあ・・・


高山さんといいこの先生といい、俺の出会う故人たちは立派な人ばっかりだなあ。

頭が下がるよ、本当に。

死に際まで他人を気遣えるなんてさ。

いい先生だったんだろうなあ・・・


「横田先生・・・俺はあなたみたいにはなれないけど、美玖ちゃんのことは任せてください。」


眼下の彼女に手を合わせ、俺は美玖ちゃんの元へ戻る。



「いちろーおじさん!!どうだった!?あぶなくなかった!?」


なんか球界最高の安打量産機みたいな名前になってる!!!!

まあ、一朗太って言いにくいもんなあ。


「うーいうい、ただいま美玖ちゃん。いやー危ないわあれ。床が割れてるんだもん、落っこちるかと思ったわ。」


「えっだいじょうぶ!?」


「だいじょぶだいじょぶ、あっちには行かなくて正解だよ。ほ~らほら美玖ちゃんは約束守れるいい子だねえ!」


「にゅっ!?きゃはっ!んんう~やぁん!あははははは!」


嘘をついた後ろめたさをを誤魔化すように、やや乱暴に美玖ちゃんの頭を撫でまわす。

嫌がってない・・・よなこれ?むっちゃ笑ってるし。

事案になってないよな??



さて、いつまでもこうしているわけにもいかん。

っていうかこのやり取り神崎さんに丸見えだもんな。

狙撃される前にとっととここを脱出しよう。


「よし、美玖ちゃん!おじさんと一緒にここを出よう!」


「えっ・・・でも横田せんせー、まだかえってこないし・・・」


あ、そうきたか・・・

うーん、どうしよう・・・

よし!


「おじさんはねぇ、警察にも自衛隊にもお友達がいるんだ。その人たちに横田先生を見つけて伝えてくれるように頼んでおくよ!」


「・・・ほんとう?」


「本当さ!あの公園にいるのも自衛隊の人なんだよ?あそこまで行ったら頼んであげようね。」


「・・・うん!」


よっしゃ、そうと決まればここを出よう。

だが、来る時に使った3階のベランダはゾンビまみれでもう使えない。

そっと見下ろしたらみっちみちにゾンビが詰まっていた。

他の3階のベランダは、全てカーテンが全開になっているのを公園で確認済みだ。

くそう、あのアクシデントさえなかったらベランダ経由で楽に帰れたのになあ。


というわけで、やりたくないがプランBを使うこととする。



「こ、こわいよお・・・」


「大丈夫!おじさんだけを見てなさい!あと何か楽しいことを考えよう!!」


プランB、それは屋上からロープを使って渡り廊下の屋根まで直接降下するというアレな案である。

最悪の事態を想定してロープを持ってきたのだが、まさかほんとに使う羽目になるとは・・・

備えあればうれしいなというやつである。


まずは剣鉈でロープを切り、俺が美玖ちゃんを抱っこする形でお互いの体を固定する。

おんぶと悩んだのだが、最悪落下した場合美玖ちゃんを下敷きにする危険があるので却下した。

それに、この体勢だと美玖ちゃんは下が見えない。

恐怖心もいくらか薄れるはずだ。


残ったロープを手すりの一番頑丈な部分に結び、存分に体重をかけて強度を確認。

どうやら大丈夫そうなので、手すりを乗り越えていざ降下ァ!!!


アカンこれ予想以上にしんどい。

腰を一周経由して重さを軽減しているが、そのせいで腰が折れそう。

逆ナ〇キのマークみたいになっちゃう!!


ぐおお・・・どっかでカラビナ調達しとくんだった・・・


「ねえ、じえーたいの人ってどんな人?こわい?」


「それがねえ、とっても綺麗で優しいお姉さんなんだよ。」


「えー!ほんと!?」


「ホントホント、おまけに強くてかっこいいの。」


「うっそだあ!」


「ほんとだってえ。見たらびっくりするぞー美玖ちゃん。」


軽口を叩きながら降下していく。

うまい具合に恐怖も薄れているようだな。

神崎さん話のタネになってくれてありがとう!


その後、なんとか渡り廊下の屋根に到達できた。

手がブルブルする・・・少し休憩しよ。



「キイイイイイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」



なんだなんだなんだいきなり!?

うわ!地面に落ちたゾンビがまだ生きてる!

・・・生きてるって言うのかなこれ?


その声がきっかけとなって、体育館の中から呼応するようにゾンビ達の大合唱が響く。

大勢の足音が聞こえる。

体育館の外へ出てこようとしているようだ。

奴らはここまでは上がってこれないが、あれだけの数だとむりやり集まって山みたいになるかもしれん!!世界大戦Zみたいに!!!


「美玖ちゃん・・・おじさんを信じて目をつぶってるんだよ。」


「うっ・・・うん!」


そこら中から聞こえるゾンビの声に怯えて小刻みに震えている美玖ちゃんが、俺の背中に回した手でぎゅっとしがみついてくる。



横田先生、美玖ちゃんを守ってやってください。

ついでに、俺にもおこぼれの加護をどうか一つ。



深呼吸し、覚悟を決める。


「うおあああああああああああ!!!!!!!!」


来る時におっかなびっく歩いた渡り廊下の屋根を全力で疾走する。


足元の雨どいがビキビキという不吉な音を立てる。

それを気にすることなく走り抜ける。

最悪踏み抜いてもスピードが乗っていれば無視できる!はず!


走り幅跳びの要領で一気に体育館の屋根に取り付き、そのまま勢いに任せて頂上まで走る。

頂上から一切スピードを落とすことなく屋根の端まで走る走る走る。



ここだあっ!!!!!


悠長に梯子を使っていられないので、そのまま屋根から外壁のフェンス目掛けて体を若干ひねりながらジャンプ!!


フェンスの頂点を通過し、てっぺんを左手で掴まえる。

その左手を支点として、無理やり体を反対側のフェンスに引き付ける。


うおおおお病み上がりの左肩!がんばれ!!お前ならやれる!!!


フェンスにしがみつく時に、美玖ちゃんを潰さないように気を付ける。

そのまま急いで下に降りる。

フェンス越しにこちらに殺到してくる大量のゾンビが見える。

ヤバいヤバいヤバい!!

途中から飛び降り、腰に悪そうな着地をキメる。

そのまま公園目掛けてダッシュ!


お前もがんばれ心肺機能!!!



援護の用意か、こちらに向けてライフルを構える神崎さんが見えてきた!

頼もしみがえぐい!!

あともう少しじゃあああああ!!!!!



「か・・・神崎さぁん・・・うし、後ろはぁ?」


「後方クリア、ゾンビはいません。小学校の外壁も無事です。」


「も、もう目を開けてだいじょぶ?」


神崎さんと合流し、ぜいぜいと息を吐きながら座り込む。

美玖ちゃんはずっと目をつぶったままだ。


つ・・・疲れたあ・・・

煙草吸ってなきゃもっと楽だったのかな・・・?

まあやめる気はないけども。


ロープをほどき、美玖ちゃんを解放する。


「は・・・はあい、到着だ。よく我慢したねえ、えらいぞお。」


「ジェットコースターみたいで楽しかった!」


「・・・いやあ、そりゃよかった。はははは!」


美玖ちゃんと顔を見合わせて笑う。

肝の座った子だよ、本当に。


「1人でよく頑張ったわね、えらいわ。」


神崎さんが美玖ちゃんの前にしゃがみ込む。

お姉さんっぽい口調は違和感があ・・・いやあ新鮮だなあ。


「おねーさんがじえーたいの人?」


「ええそうよ、私は神崎凛(かんざき・りん)。あなたは?」


「桜井美玖!です!」


「あら、元気がいいのね。」


元気よく答える美玖ちゃんの頭をなでながら、神崎さんがほほ笑む。

はえー、下の名前は凛っていうのか神崎さん。

なんていうか、イメージ通りだな。


「ふわー・・・」


「どうしたの、美玖ちゃん?」


さてと、息も整ってきたし、そろそろここを離れるか・・・



「いちろーおじさんが言ってたとーりだね!すっごくきれい!びじん!!」


「えっ」


「あっ」



やめてくれたまえ情報漏洩は!

恥ずかしい!!!


「田中野さん。」


「はひっ!」


神崎さんがこちらを振り返らずに言う。


「撤退します。車の準備を。」


「アイアイキャープテェン!!!!」


雰囲気がコワイ!

俺はそそくさと軽トラに向かう。

触らぬ何とかに何とかだ。


・・・子供がいるから帰りは煙草が吸えないなあ。

まあ当たり前だし、我慢しよう。

「かんざきおねーさん、どうしたの?顏がまっかだよ?」


「あ・・・う、くしゃみが出そうなのを我慢してたのよ。ねえ、田中野のおじさん、ほんとにそんなこと言ってたの?」


「うん!あとやさしくて強くてかっこいいって!!」


「そう・・・そうなの?ふふ・・・」





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― 新着の感想 ―
[良い点] まあまあ、うふふ
[一言] あらあら、うふふ
[良い点] 横田先生ぇ……( ノД`) [一言] ロープって実用的な長さを用意するとかなり重くてびっくりします。 子供一人抱えてパルクールってやべえ!思ったが、行きのロープの重量を考えると既に超人だっ…
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