21話 美女と無職のドライブのこと
美女と無職のドライブのこと
「なるほど、剣術と居合をされてるんですね。かなり手慣れているご様子だったので・・・」
「いやいや、俺なんてちょこっと道場で齧った程度ですよ。神崎さんこそ、見事な手並みでした。マーシャルアーツってやつですかアレ?」
「銃剣格闘ですね。私は射撃よりこちらが得意なんです。」
「あーなるほど。さすがに銃剣術は一般じゃ学べないなあ・・・」
「田中野さん、ちなみに流派は何ですか?」
「え?ああ、少しだけですけど南雲流っていうものを・・・」
「南雲流!習っている方を初めて見ました。」
「なんと、よくご存じで・・・こんなマイナー流派を・・・」
「たしか、絡め手や初太刀の技にかなり特殊なものが多いんですよね?」
「あー、色々小手先の技が豊富ですが・・・ウィキ項目もないのに知ってるとはたまげたなあ・・・」
詩谷市へ向けて走る車内で、俺は神崎さんと格闘談議に花を咲かせていた。
煙草の件から若干打ち解けたのもあり、話してみるとかなり武術系の話が好きらしいとわかったのだ。
女性と武術の話ができるなんて、人生わからんもんであるなあ。
ちなみに先ほど話に出ていた俺の居合の流派だが、一般にはあまり知られていない。
別に一子相伝の奥義があるとか一撃必殺の暗殺剣だとかそういうわけではなく、純粋に門下生が少なすぎるせいだ。
歴史だけはやたら古いらしいが、どこまで本当なのか眉唾である。
先ほど特殊な技が~と神崎さんが言っていたが、何のことはない。
奇襲、初撃、幻惑、飛び道具等々。
まっとうな試合で使えないようなド汚い技が大量にあるだけだ。
だがまあ、『生き残るためになんでもしろ』っていう流派独自の考え方は今に役立っていると思う。
これで助手席に美女を乗せている居心地の悪さが少し緩和されたぞ。
煙草も吸えるし!最高だ!
行きはよいよい、帰りもよいよいってやつだな!
あ、やっべえ忘れてた。
「神崎さんすいません、ちょい寄り道しますけどいいですか?」
「え?ああどうぞ。」
車は反対車線から河原へ。
そう、行きに寄ったキャベツ畑である。
さて、行きに5個取ったので帰りも5個取って帰ろう。
もっと持って帰りたいところだが、さすがに食いきれないし腐ったら困る。
一応、この前の保存食の本に載っていたザワークラウトにするつもりだから、これくらい持って帰って実験してみよう。
「キャベツ、お好きなんですね。」
神崎さんがクスリと笑う。
待っててもいいのにわざわざ手伝ってくれた。
働き者だよなあ。
「普段から好きなんですけど、今は生鮮食品は貴重ですから・・・自衛隊ではどうされてるんです?」
「備蓄と、病院にあったビタミン剤などですね。敷地内に畑も作り始めています。」
うーん畑、畑かあ・・・
うちの庭は、すでにサニーレタスとミニトマトとジャガイモを植えているのでスペースがないから育てようがないのだ。
・・・そういえば近所にちょっとした畑があったのを今思い出した。
あそこを借りようかな?
スーパーやホームセンターでも種はほぼ手つかずのまま残っていたし・・・
駄目で元々なんだからやってみるのも手かね?
冬はどうしよう。
冬に育つ野菜なんて心当たりがジャガイモしかないぞ?
ビタミン系のサプリメントを薬局から回収しまくっておくのも手かな。
あとは干し柿なんかも作ってみてもいいかもしれない。
「田中野さんは、その・・・普段通りなのですね。」
「何がですか?」
「いえ、世界がこんなことになったのに・・・なんというか、自然体というか。」
運転を再開してしばらく。
神崎さんがそう言ってきた。
「うーん・・・元々その、ちょい前から無職でしたし。家族も海外に行ってて日本には俺一人ですし。守るものが自分の命くらいなもんで、気楽なのかもしれませんねえ。」
「そういう・・・ものですか。」
「我ながらひどい答えですが、たぶんそんな感じです。」
自己分析しつつ答えてみる。
恐らくこんなとこだろう。
『人は守るものがあるほど強い』なんてよく言われたりするが、いまいち実感がわかない。
守るものがない人間が強いとなにか都合が悪いのかな?
自衛隊は守るものだらけでさぞ大変なことだろうなあ。
心から同情する。
小腹が空いたのでチョコバーを齧る。
神崎さんにも進呈したところ、うっすら笑みを浮かべながら嬉しそうに食べていた。
やはり甘味はいいなあ。
楽しくお話ししながらだと時間は早く経過するもので、あっという間に車は詩谷市へ入った。
行きと変わったところは見られない。
相変わらず横転した車と死体とゾンビと肉片まみれだ。
うーん世紀末。
「・・・田中野さん、この道路の状況は今まで通りですか?」
「え?そうですね。初めて町に出たときから変わっていませんね。」
「やはり変ですね・・・」
神崎さんがつぶやく。
何か気になるんだろうか?
「少し、車をゆっくり走らせてください。」
言われたので、時速10キロ程度まで落とす。
「普通の死体とゾンビの死体を見てください。」
正直見たくないけど見る。
・・・特に気になった所はないなあ。
死体ってああいう具合に腐っていくのか・・・うわあ・・・
俺が死ぬときはせめて土に埋めてほしいな・・・
あれ?
「ゾンビが腐ってない・・・?」
通常の死体は腐って直視するのも嫌だが、たまにあるゾンビの死体は欠損がひどいものの腐敗は見られない。
「防腐剤でも入っているのか・・・?」
「・・・っ!」
思わず呟いたのがツボに入ったのか、神崎さんが吹き出す。
それを誤魔化すように咳ばらいをするのが可愛い。
「そ、そうです。病院では、ゾンビの死体をすぐに埋めていたので気づきませんでした。」
ふうむ、ゾンビになると腐らないのか。
変な話だ。
ウイルス的な何かが腐敗を遅らせるのか・・・?
あっ。
じゃあオッサンの成れの果ても土に還らないのか!?
やべえぞなんかの拍子に地表に出て来たらご近所の大事件だ!
・・・帰ったら念入りに埋めておこう。
いっそのこと上にデカい石でも置いてやろうか・・・?
うんやめとこ、疲れるし。
「我々の方でも、人間がああなるのに何が原因なのかわかっていないのです。研究機関とも連絡が取れませんし・・・」
「ウイルスか、突然変異か、はたまた生物兵器の流出か・・・なんかB級映画みたいになってきたなあ。」
「ゾンビに高度な意思や人間離れした身体能力がないだけマシですね・・・」
たしかにそれはある。
俺が適当に生きていられるのもゾンビが頭までゾンビだからだからなあ。
最近流行のダッシュ系ゾンビ映画みたいに、壁登ったり飛び跳ねたりされたらさすがに大変だった。
「あーあと、ここが日本でよかったですね。どこぞの国みたいにホームセンターで銃を売ってたら今頃暴徒まみれだ。」
「そのどこかの国ですが、どうやらその通りになっているようです。現在は不通ですが、以前上層部と連絡が取れていた時に一等陸尉からお聞きしました。」
マジか。
やっぱりそうなってたかあ・・・
便乗しての略奪なんかも多いんだろうなあ。くわばらくわばら。
「田中野さん、もしよろしければあなたの家に一旦寄ってくださいませんか?」
「え?なんでうちに?」
しばらく走っていると、神崎さんが言ってきた。
俺の家には戦略兵器とか人型ロボットとか置いてないんだけどな・・・?
「一等陸尉から、あなたとは今後も付き合いが続くだろうと言われておりまして。何かあった時のために場所を確認しておきたいのです。」
えっなんか俺自衛隊にすっごい信頼されてるぅ!?
ナンデ!?
おばさんが俺を現代の聖人レベルまで褒めたたえでもしたのか!?
あの短い時間に一体何が起こったのォ!?
「この状況下において単独かつ冷静に行動できる方は貴重ですので。友好な関係を築いていきたいのですよ。」
冷静・・・冷静?
俺は冷静沈着なスーパーマンだった・・・?
おかしい、なんか俺の評価が高すぎる不具合がある。
普通にキレ倒して刃傷沙汰とか起こしたんですがそれは・・・
「あの、お嫌でなければですが・・・」
「いや、別にあんな家でよければいくらでも見ていただいて結構ですが・・・」
釈然としない気持ちを抱えながら、俺は了承する。
断ることもできるが、俺の家の位置くらいなら問題はないだろう。
隊員を常駐させて前線基地にしてくれって言われたらさすがに嫌だけども。
「ず、ずいぶんと・・・立派なおうちですね・・・」
そんなこんなで実家に着いたのだが、釘トラップまみれの塀や封鎖された一階の外壁を見て神崎さんが褒めてくれた。
・・・ちょっと引いてないこの人?
いいじゃん安全性は抜群なんだから!
「お待たせしました。」
神崎さんがGPS的な何かの座標を記録したようなので、再び車に乗り込んで出発した。
目指すは避難所だ。
由紀子ちゃんに早くおばさんの手紙を渡してあげたいしな。
俺は神崎さんに確認を取ってから煙草に火を点けた。




