60話 柔軟と子供たちと来客のこと
柔軟と子供たちと来客のこと
「う、うわああああ!!おじさんが!おじさんがミイラ人間にぃい!!」
「ミイラも人間なんだけどな・・・」
高柳運送に下り立つなり、駐車場で子供たちと遊んでいたらしい璃子ちゃんが俺の姿を見て悲鳴を上げた。
「なん、なんなん・・・だ、だいじょぶなのおじさん!?!?」
走り寄って来た璃子ちゃんは、俺の手前で手を閉じたり開いたりしている。
いきなり抱き着かないでくれるのはありがたいなあ。
空気の読めるいい子だなあ。
「きゅん!きゅ~ん!!ひゃん!!!」
お、空気の読めるいい子2号ことサクラだ。
飛びつきたいのを我慢するように、俺の周りを高速回転している。
「はいはい、ただいまサクラ・・・いつもいつも心配かけるなあ」
「わふ!はふふ!きゅん!!」
軋む体を折り曲げて拾い上げ、抱っこしてやると俺の顔をベロベロ舐めまわして大騒ぎである。
ん~、前が見えねえ。
「わた、私も心配したんだからねえ!ナナおじさんは大したことないって言ってたのに・・・大怪我じゃん!!」
「いや・・・頭ちょっと斬られて掌刺されたくらいだから別に・・・」
「大怪我じゃあああああん!!!!!!!!!」
・・・そうかな、そうかも。
「早く早く!!布団敷いてあげるから早くう!!」
目を白黒させる璃子ちゃんに言われながら、サクラを抱っこして歩く。
神崎さんは・・・まだ車の中か。
「おっちゃん、だいじょぶ?」「いたい?いたい?」「はやくなおして、ねー?」
駐車場の子供たちに心配されて纏わりつかれる。
ぐおお、子供たちよ・・・その心配は嬉しいが今のおじちゃんは振動で死ぬのだ。
「だーいじょうぶだいじょうぶ、ホラ遊んだ遊んだ」
だがそんなことは言えるはずもないので、冷や汗をかきつつ対応する。
やっとみんなに笑顔が戻ってきたのだ、俺が水を差すわけにはいかんいかん。
「早くゥ!体に気を付けてゆっくり早くうう!!!」
・・・璃子殿は無理難題をおっしゃる。
「後でご飯運んでくるからね!ゆっくり休んでね!!」
「いやあの、そこまで重傷じゃあ・・・」
「ゆっくりっ!!休んでっ!!ねっ!!」
「ハイ」
というわけで、俺はいつもの部屋に連行された。
1日しか離れていなかったのに懐かしい・・・
流石俺の部屋・・・いやここは仮の住まいだな!?
しっかしまあ・・・女性陣が強いなあ、ここも。
男は永遠に女には勝てないのかもしれん、精神面では。
・・・襲撃者?
アレは男女関係なくレイダーってジャンルの生き物なので・・・平等にぶん殴ります。
「おやすみなさいっ!!」
「ハイ」
ぷりぷりと怒りながら璃子ちゃんは出て行った。
「・・・横になるか、サクラ」
「うるる・・・わぉん!!」
『当然ですう!!』みたいなニュアンスで吠えたサクラは、ベッドの上で枕に手をたしんたしんとぶつけている。
賢い上に強い・・・サクラもまた女性であった。
「はいはい・・・仰せのままに。サクラも寝るか?」
「ひゃん!」
布団に寝転がると、当然とばかりにサクラが胸の上にライドオンしてきた。
ああもう・・・かわいい奴めが。
そんなに疲れていないのに眠れるかな・・・と思っていたが、サクラのスピスピという寝言?と暖かい体温であっという間に瞼が下りてきた。
うーん、やはり数えるより本物の方が効果が・・・高い・・・ぐう。
前に夢で見た広い草原で、犬と少女が追いかけっこをして遊んでいる。
あれは・・・サクラ、じゃないな。
サクラより大きい・・・成犬だ。
どこかで見たような・・・
少女は飛びついてきた犬を受け止め、嬉しそうに頬ずりをしている。
あの子も・・・どこかで見たような気がする。
どこだったかな・・・?
足が動かない。
まるで、透明な壁に囲まれているようだ。
少女は犬を抱いたまま、ふと気が付いたように俺を見る。
軽く目を見開いた彼女は、はにかみながら俺に手を振る。
ああ、あの顔・・・懐かしいなあ。
・・・懐かしい?
俺はあの子に会ったことがあるのか・・・?
なにか、大事なことを忘れているような気がする。
とても、大事なことを。
少女は犬を抱き、俺に背を向けて歩き出した。
その肩越しに、犬が顔を出して俺に向かって吠える。
なにかを、頼むとでも言うように。
待ってくれ、まだ聞きたいことがあるんだ。
そう言いたいが、まるで喉が存在しないかのように声が出ない。
待ってくれ・・・待って。
「・・・ゆか、ちゃん」
知っている天井が目に入る。
・・・俺は今何と言った?
ううむ、思い出せん。
なにかこう・・・幸せで悲しい夢を見ていたような気がする。
ああ~もう、モヤモヤする。
たまにあるよな、こういうこと。
「きゅ~ん、きゅぅん」
胸の上で寝ているサクラが、切なそうな声を出す。
はは、なんだ?
おかあちゃんの夢でも見ているのかな。
・・・俺の夢にもなんか犬が出てきたような・・・気がしないでもない。
まあいいや。
どうせ思い出せないんだ、もう考えることはやめとこ。
「・・・おやおや」
枕元のテーブルに、パンと飲み物が置いてある。
その皿の下にはメモ用紙が挟んである。
『起きたら食べてネ!』
・・・この丸っこい可愛い字は璃子ちゃんかな?
至れり尽くせりだなあ。
サクラを起こさないように気を付けながら、時計を確認。
ふむ、11時か。
丁度いいからこのパンは朝昼兼用としよう。
「おーい、サクラ」
「きゅん・・・ふぁああああ」
でっかいあくびだこと。
口の中だけ見れば立派な犬だな。
外見はまだまだぬいぐるみチックであるが。
「・・・飯にするか」
「わふ」
ベッドの下にはサクラ用の食料もストックしてあるし。
俺もなにか腹に入れとかないとな。
「ふう、ごちそうさま」
「わん!」
缶詰パンって結構腹に貯まるよなあ。
災害用保存食だから当然か。
起きて腹を満たしたサクラは、床の上をフンフン言いながら探検中だ。
さあて、俺はどうするかな。
ずっと寝てるってのも逆に体に悪そうだ。
ゆっくり歩き回るか。
サクラを連れて散歩でも・・・なんて一瞬思ったが、外には少ないとはいえまだ老人ゾンビがいる。
この状態じゃあまりに危ないし、出かけようものなら神崎さんに殺されてしまうかもしれん。
本調子に戻るまで外出はナシだな、うん。
そんなことを考えていると、扉が遠慮がちにノックされた。
誰だろう。
「おじちゃん・・・いるー?」
扉から顔をのぞかせたのは葵ちゃんだ。
それを見るなり、サクラが突撃していった。
懐かれたもんだなあ。
「あは、サクラちゃんもいたんだね・・・」
「わむ!わう!」
「いい子いい子・・・」
サクラを撫でながらこっちを向いた葵ちゃんは、俺の姿を確認するなり固まってしまった。
・・・見た目ヤバいからなあ、今の俺。
「やあ葵ちゃん、こんちは」
「お、おじちゃん・・・!」
サクラを撫でる手を止め、こっちに小走りしてくる葵ちゃん。
「どうしたの?大丈夫?」
ベッドの脇から俺の手を握り、涙目で問いかけてくる。
痛い・・・けど振り払うわけにもいかんな。
我慢我慢。
「大丈夫大丈夫、見た目はヤバいけど中身はそんなに酷くないよ」
「とっても痛そう・・・」
「おじちゃんは強いからねえ、寝てれば治っちゃうんだ・・・鍛えてますから、俺!」
軋む右腕で力こぶを作る。
・・・ぬ、右腕もなんとか動くようになってきたな。
「・・・無理、しないでねー?」
・・・疑いの目線を感じる!
鋭いなこの子。
「はっはっは・・・葵ちゃん、サクラと遊んであげてくれるかなあ?」
「うん!・・・サクラちゃん、いこ?」
「きゅぅん・・・わふ」
サクラは俺を心配そうに一瞬見つめ・・・ダッシュで部屋を出て行った。
「あはは、待ってよ~!」
「わふ!わふ!」
・・・俊敏すぎない???
切り替えの早い愛犬である。
・・・まあいいか。
「・・・今日もアニマルセラピー頼んだぞ、サクラ」
そう呟き、懐から煙草の箱を取り出した。
「・・・煙草臭い、腕の関節増やすぞ」
「そんなご無体な」
サクラが出て行ってしばらく。
呑気に煙草をふかしていると、後藤倫先輩が来た。
「見舞い」
「ありがとうござ痛ァい!?」
キンッキンに冷えた缶詰の羊羹が俺の右腕にクリーンヒットした。
おおお・・・体中に波紋のように痛みが・・・
「・・・そんなに痛い?」
「ううう・・・み、右腕は現在使用不能なので・・・」
先輩は、意外にも心配そうな雰囲気で寄って来た。
そのまま俺の右腕をそっとさすり・・・
「あっが!?!?!?」
おもむろに親指でツボを押してきた。
視界がスパークするゥ!!!
「・・・ふむふむ、筋肉と筋が痛んでる。寝れば治るね、田中」
呼吸の仕方を忘れそうなくらい痛い!
「・・・むう」
先輩はどかりと椅子に腰を下ろした。
「・・・強いのとやったってななっちに聞いた。・・・そんなに?」
「え、ええ・・・一人は薙刀、もう一人は・・・神州無尽流の殺人犯でしたよ」
「なるほど、戦利品の大太刀はそいつか」
「随分な使い手でした・・・ぶっちゃけ紙一重でしたね」
ベッドの背もたれにもたれつつ、壁に立てかけられた榊の大太刀に目を向ける。
これは神崎さんが運んでくれたらしい。
複雑な気分だが・・・刀に罪はないもんな。
「・・・長尺刀は勝手が違う。今度、教えてあげる」
「おお、そりゃありがたい」
『動きは盗んで覚えろ』が口癖の先輩とは思えない優しさだ。
まあ、見てたら見てたで『セクシャルなハラスメント、有罪』とか言うけど。
・・・改めて自由過ぎるわ、先輩。
「なんにせよ・・・ま、生きててよかったね、田中」
そっと俺の頭の傷を撫でて、先輩が薄く微笑んだ。
なんか恥ずかしい上に痛い!
「・・・ええ、同じ轍は二度と踏みませんよ。・・・先輩が俺を田中野と呼ぶ日も遠くは無いでしょうなあああああああああああああ!?!?」
だから右腕はやめてくれって!!
「ふ、ふん!身の程知らずめが・・・めが・・・」
セルフエコーをかけながら、先輩は帰っていった。
・・・何しに来たんだ、あの人は。
俺は、冷えた羊羹に目をやる。
「先輩なりの激励かねえ・・・」
何より好きな甘味を分けてくれるなんて・・・ん?
「これ・・・缶切りがいるタイプの缶詰じゃん、先輩・・・」
やっぱりいつも通りにからかっているだけかもしれん。
わからんなあ、あの人は。
寝たり起きたりを繰り返し、気付けばもう夕方だ。
あっというまに時間は過ぎ去るものだなあ。
体の様子は・・・万全とは言い難いが、昨日よりはマシだ。
頭と左掌はまだ時間がかかるだろうが、右腕と全身は筋肉痛みたいなもんだしな。
痛いけど、少しは動いた方がいいだろう。
このままじゃ夜になっても寝れそうにない。
・・・サクラがいればワンチャンあるかもしれんが、それでも動いておこう。
ベッドからもそもそと起き、ドアを開けて外へ出る。
とりあえず・・・適当に敷地内を点検がてら散歩といこうか。
「おじさん!もう歩いて大丈夫なの!?」
階段を下りるなり、璃子ちゃんと鉢合わせた。
「うん、少し良くなったからね。柔軟だけでもしとかないともっとひどくなるから・・・」
「ほんとにぃ~?」
疑わし気な目線を躱し、オフィスの方へ足を向ける。
「よっし!じゃあ私も手伝ってあげる!」
「おや、いいの?」
「洗濯物も取り込んだしね!・・・それにおじさん一人だとまた無茶するかもしんないじゃん!」
・・・俺の信頼度が地に落ちるどころか岩盤を貫通しとる不具合。
甘んじて受けるしかないか。
日頃の行い・・・かな?
駐車場に出て、軽く伸びをする。
背中からバキバキと音がする・・・あででででで。
1日放置したから大分硬くなってんなあ・・・体。
とりあえず適当な所に立ち、まずはゆっくりとアキレス腱を伸ばす。
「んぐぐ・・・あああ~」
「おじさん、変な声~」
ケラケラと璃子ちゃんは笑うが、ここは動きの要だからな。
しっかりほぐさないとヤバい。
伸びるくらいならいいが、断裂なんかしたら詰む。
今は病院に頼れないからな。
・・・よしんば手術してもらえても、まさかの麻酔不使用とかになったらショック死してしまいそうだ。
「アキレス腱は大事なんだぞ~ああああ~」
痛気持ちいい!
癖になりそうだ、この感覚!
「おじさんの顔が面白くってつい・・・私もやろっと」
誰の顔が愉快痛快〇物くんだって!?
いや言ってないか・・・
アキレス腱に引き続き、足首やふくらはぎ、太腿辺りをゆっくりゆっくり柔軟していく。
下半身はマジ大事。
今回は怪我していないが、戦闘の途中で足をやられたらやはり詰む。
可動域を確保しないとヤバいしな。
特に我が南雲流は、近接の間合いで深く沈み込んだり大開脚で回避したりと忙しいし。
アキレス腱を伸ばす璃子ちゃんを見ながら、地面に座る。
足を適度に開脚した後は、ゆっくりと上体を倒していく。
「うーわ!おじさん体柔らかいねえ!」
ふふん、自慢じゃないが柔軟には自信があるのだ。
・・・できるまで師匠に毎回やられていたからな。
相手が小学生でもお構いなしにグイグイ押してきたもんな、あの爺。
七塚原先輩はそんなつもりなくてもクッソ重いし。
嬉々として俺の体中をバキボキ鳴らした後藤倫先輩もいる。
・・・ああ、優しいのは六帖先輩だけだったなあ。
昔を懐かしく思い出しつつ、腰や背中をほぐしていく。
心なしか筋肉痛も和らいできたな。
だが両腕は今日の所はやめておくか。
無理にやると後遺症が残るまではいかないが、痛みが倍増したりするし。
「うみゅみゅみゅ・・・みゅ~ん・・・・」
珍妙な掛け声だが、璃子ちゃんもかなり体が柔らかい。
流石強豪高校の水泳部である。
本人はあまり打ち込んではいないようだが。
『私、泳ぐのは大好きだけど別に大会に出たいとか、国体で1位になりたいとか・・・そういうのないし!』
なんて、いつだったか言っていたな。
「おねーちゃんとおっちゃんだー!」「なにしてんのー?」「ぼくもやるー!」
おっと、子供たちも面白がって参戦してきた。
こっちのやりたい柔軟は終わったし、手助けしてやるか。
子供のころから柔軟する癖はつけといたほうがいいし。
「よーし、じゃあおっちゃんが教えてやる!毎日やれば強くなれるぞ~」
「ほんと~?」
「ああ本当だ!おっちゃん達みたいにな!」
わちゃわちゃと纏わりつく子供たちを座らせ、1人ずつ柔軟を教えていく。
・・・この子たちがやたらとスキンシップをしてくるのは、やっぱり寂しいからなんだろうなあ。
身内があのふれあいセンターで全滅した子、元々はぐれていた子、親に捨てられた子。
・・・その内情はさまざまであるが、やはり愛情に飢えているんだろう。
葵ちゃんがサクラや俺に執着するのも、そういう理由なのかもしれない。
・・・不憫だ。
「どうした、のー?」
しばらく子供たちに柔軟を教えていると・・・当の葵ちゃんが、いつの間にかサクラを伴って近くにいた。
「・・・いや、なんでもないぞ」
「んう、えへへ・・・」
「わうう!あおぉん!!」
思わず頭を撫でると、葵ちゃんは嬉しそうに笑った。
サクラが『自分も!自分も!!』とでも言うように飛び跳ねている。
「はいはい、サクラもホレホレホレ」
「きゅんぅ!わふう!!」
嬉しそうに俺の手首を甘噛みするさくらである。
「葵ちゃんも、ここで柔軟していくか?」
「んーん、おじちゃん呼びに来たの」
ぬ?
俺を?
「お客さん、だよー」
そう言って、葵ちゃんは正門を指差す。
・・・もう既に来ているらしい。
全然気付かなかった。
「スキマから見たの、バイクのおにーさん、いるー」
「・・・そっかあ、ありがとうねえ。でもスキマは危ないから覗いたらダメだぞぉ」
「えへへぇ・・・うん!」
もう一度葵ちゃんの頭を撫で、璃子ちゃんに言う。
「璃子ちゃん、念のために子供たちとサクラを社屋に」
「がってん!・・・無理しちゃダメだからね~!」
『ほらほら~晩御飯の準備、一緒にしよっか~!』と言い、璃子ちゃんはみんなを連れて去っていく。
うんうん、いいお姉ちゃんぶりであるなあ。
・・・さて、切り替えていこう。
脇差と拳銃を確認しつつ、周囲を観察。
・・・神崎さんは既に屋上でライフルを構えている。
手を振ると、なにやら恥ずかしそうに振り返してきた。
七塚原先輩は・・・畑だな。
まあ、あの人は勘も鋭いしとっくに気付いているだろう。
・・・倉庫の屋根で眠る後藤倫先輩は無視した。
っていうか、どうやって上がったんですかねえ?
体の痛みをこらえながら、正門まで歩く。
・・・なるほど、アイドリング中の音が聞こえてくるな。
「どちら様ですか!申し訳ないが、ここは満員だぞ!」
少し大きな声を出す。
さあ・・・どう出る。
しばしの静寂の後、返答がくる。
その声は・・・よく知っているものだった。
「あ、どーもー!大木ですけどー!警察からの依頼で参りましたーっ!!」
軽く門を開けると、そこには前にも増して日焼けした大木くんがいた。
俺は思いもよらぬ来客に、目を丸くした。




