44話 花田邸のこと
花田邸のこと
「あの、田中野さん・・・その・・・」
御神楽高校を出発してすぐに、神崎さんが申し訳なさそうに話を切り出してきた。
「帰るのが少し遅れてしまうんですが、あの」
「お祖父さんの様子、見に行くんでしょ?行きましょ行きましょ」
「えっ」
俺がそう言うと、神崎さんは目を丸くした。
ふふん、わかってますよ。
「場所教えてください、ナビに入れますから」
周囲を見て路肩に停車する。
最近のカーナビは停まらないと色々できないから地味に不便であるなあ。
「あれ?違いました?」
何故か固まってしまった神崎さんに聞く。
「あっ・・・い、いえ、そうなんですが・・・何故おわかりになったんですか?」
変なことを仰る。
「俺と神崎さんはもはや一心同体ですからね!さすがの俺でもそれっくらいは・・・神崎さん!?」
ごづん、と音を立てて神崎さんがダッシュボードに頭突きした。
やめてエアバッグ出ちゃうからやめて!!!
あっ間違えた一心同体じゃない以心伝心だわ!恥ずかしい!!
「だ、大丈夫ですか」
「らいひょうぶでしゅ・・・少し、おにゃかが痛くて・・・」
ふるふると震えながらか細い声で返す神崎さん。
いやいやいや大丈夫って感じじゃないぞこれ。
食中毒か?
「いやあの・・・御神楽高校に引き返して休憩しますか?」
「んんんん!!!!!だい!大丈夫です!!大丈夫!!!治りますからすぐに!!あっ治りました!!!今治りました!!!!」
顔を隠したままそう叫ぶ神崎さんである。
・・・大丈夫かあ・・・?
まあ、俺よかよっぽどしっかりしている神崎さんの言うことに間違いはなかろう。
あまり帰りが遅くなっても困るし、そろそろ出発しようか。
何故か俺の方を全く見ない神崎さんの言うままに、カーナビに座標を打ち込んだ。
「な、なんてこった・・・ここは・・・!」
神崎さんが教えてくた住所に近付くにつれ、俺は気付いた。
周囲の状況、地理、記憶。
ここは・・・!
「『金持ちダンジョン』!!!」
「・・・なんですか、それ?」
平静さを取り戻した神崎さんが、キョトンとして聞いてくる。
説明しよう!!
『金持ちダンジョン』とは、龍宮市の一角に位置する『なんか金持ちっぽい家が乱立する入り組んだ区画』のことである!!
子供時代、学校の七不思議と共にまことしやかにささやかれていた場所だ。
・・・懐かしいなあ、小学生の時探検して迷子になったなあ。
ダンジョンなんて呼ばれるくらいなので、微妙に道が分かりにくいから迷うのなんのって。
今思えば絶対に堅気じゃない黒服のオジサンに道を教えてもらったなあ・・・
あの人もヤクザなのだろうか・・・?
今は真面目に生きていてほしいものだ。
・・・じゃなきゃぶん殴らなきゃいけなくなる。
「な、なるほど?」
「・・・子供ってのはダンジョンとか迷宮とかが好きな生き物なんですよ、ええ」
「・・・ダンジョンも迷宮も同じ意味ですが・・・」
「ぎゃふん」
神崎さんのツッコミが地味に痛い。
とまあ、そんなダンジョン街を車で進む。
相変わらず豪華な家が多いこと。
だが、いつもと違って人影はなく。
「荒らされてるなあ・・・」
「予想はしていましたが・・・」
塀は崩れ。
豪邸のガラスは割られ。
むりやりこじ開けられたガレージや扉が見える。
何の目的か、放火の跡すら見て取れる。
どう見てもゾンビの仕業ではない。
あいつらが車に興味を持つとも思えないし、火を点ける知能もないだろう。
となるとこれは、人間による略奪だ。
浅ましいものであるなあ・・・
「祖父は大丈夫でしょうが・・・」
ぽつりと神崎さんが呟いた。
が、聞き捨てならないぞそれは。
『でしょうか』ならわかるが『でしょうが』・・・
これは・・・何か秘密があるに違いない。
行って見なければわからんから、とにかく先を急ぐとしようか。
「そういえば、お祖父さんってどんな人なんですか?」
移動中、ふと気になったので話をしてみる。
人となりなんかは聞いたことがなかったからなあ。
お祖母さん・・・香枝さんの旦那なんだから変な人じゃないだろうけども。
・・・いや?坂下のオッサンの件もあるしそうとも言いきれないかな?
「祖父ですか?優しい人ですよ、とっても・・・少し、頑固ですけどね」
でしょうねえ。
じゃなきゃ犬の世話のためにゾンビまみれの家に残ったりしないでしょ。
90超えてるんだし。
「やっぱり元自衛隊だったりとか?」
「やっぱりが何を意味するかは分かりませんが、そうです」
「自衛隊一家だなあと、陸上ですか?」
「いいえ、祖父は航空自衛隊です。現役時代は戦闘機のパイロットをしていました」
・・・エリート中のエリートじゃないか!!
よくは知らない俺でもわかるぞ、それ。
「はえー・・・そりゃまたすごい。話を聞くに、今もお元気なんですねえ」
「ええ、頑固ですけど」
2回目いただきましたー。
中々濃いキャラのお祖父さんらしいな。
心構えはしておこう。
しばしの後、車は目的地に到着した。
金持ち区画の中でも、特に高そうなおうちが乱立するところにそれはあった。
「武家屋敷かな?」
塀が高いなあ・・・
門がデカいなあ・・・
っていうか塀のせいで中の家が見えないなあ・・・
そんな家だった。
「歴史だけは古いみたいで・・・」
苦笑いする神崎さんである。
さもありなん。
どう見てもここ2、3年で建てましたって家ではない。
そのまま時代劇に出せそうな感じだ。
絶対庭に石灯籠とかあるぞこれ。
「でもかっこいいですね、質実剛健って感じで!」
「えと、そ、そうですか・・・?」
どうやら神崎さん、家の方の好みは戦国戦国していないようだ。
犬の名付けとかは違うのになあ。
ま、このままこうしていても始まらん。
早速コンタクトをとることにしよう。
「門は・・・封鎖されてますね」
歩いて正門まで行ってみれば、そこは×の字の板で頑丈に封鎖されていた。
その上、板の上には張り紙がある。
『死ぬ覚悟があるなら入れ』
朱色の墨で達筆に書かれたそれは、えもいわれぬ威圧感を漂わせていた。
・・・どうしよう。
凄く入りたくねえ。
「ふふ、祖父らしいです」
それを見た神崎さんが、嬉しそうに呟いた。
ええ~・・・
これで平常運航なのォ!?
キャラが濃そうだなあ、お祖父さん。
「ではこちらから入りましょうか」
何でもないように、神崎さんは門の横の・・・何て言うんだろうな、時代劇に出てくる小さい木戸を開けた。
そこは施錠してないのかよ・・・
神崎さんに続いて木戸をくぐる。
いつでも放てるように、左手の内に棒手裏剣を握り込みながら。
いや、神崎さんがいるから危険はないと思うが・・・用心のためにね?
「ウウウウウ・・・!」「ハルルルルル・・・!」
入った先には豪華な日本庭園があった。
そこから続く母屋は一見質素ながらも落ち着いた風情がある。
マジで武家屋敷だな、これ・・・
うおお、蔵まであるぞ。
だが、それに感動してもいられない。
足を踏み入れた瞬間、左右から唸り声が聞こえてきたからだ。
ゾンビの声ではない。
これが飼っているっていうウルフドッグ・・・狼犬だな。
「シンパチ!サノスケ!」
「「ワフ?」」
神崎さんが嬉しそうに声をかけると、庭の陰からのそりと2匹の犬が姿を現した。
おおう・・・すっげえかっこいい。
ハスキーっぽいが・・・それよりも体がデカいし狼っぽい。
立ち上がったら俺くらいあるんじゃなかろうか。
「久しぶりね!」
「キュン!」「オォン!!」
ヘルメットを脱いでしゃがんだ神崎さんを見るなり、2匹は目を輝かせて突進してきた。
すっげえ迫力。
知らない人が見たら襲われてると勘違いされそうな光景だ。
「きゃっ!・・・ふふ、元気そうでよかったぁ」
2匹の突進を微動だにせず受け止め、嬉しそうに顔を舐められている神崎さん。
やはり体幹の強さがえぐいな、この人。
何故しゃがみの姿勢であれだけの質量を受け止められるのだ・・・?
俺もそこそこは自信があるけど、やっぱ自衛隊はすげえなあ・・・
そう思っていると、不意に風切り音が聞こえた。
抜刀している時間はないし、何が飛んでくるかもわからん。
姿勢を低くしながら飛び下がると、さっきまでいた所に何かが着弾するのが見える。
あれは・・・矢か!
飛び下がった勢いを殺さずにさらに後ろへ。
空中で抜刀し、俺の胸目掛けて跳んでくる矢を斬り落とす。
『梅』持ってきてよかったあ・・・軽いし短いから小回りが利いていい。
しかし撃つのが早いな!
着地した瞬間を狙って、足に撃たれる矢を薙ぐ。
狙いもいやらしい!
ある意味素直だった小鳥遊さんとは大違いだ。
「っし!はぁっ!!」
半身になって2本同時に飛んできた矢を斬り払う。
射手は複数か!?
すぐに払えるように刀をゆるく正眼に構え、息を吐く。
さあて、次はどこからだ・・・?
「もういいでしょう!お祖父ちゃん!!」
神崎さんが、2匹を撫でながら声を出した。
・・・やっぱりそうだよなあ。
敵だったら犬があんなに穏やかにしてないもんな。
「はっは、見事見事」
そう声が響き、屋敷の2階から声の主がひょっこり姿を見せた。
「久しぶりだね、凛。護衛の彼もいい腕だよ・・・上がってきなさい、2人とも」
神崎さんの先導で屋敷に入る。
2匹も付いてきたが、玄関の土間から上には入ろうとしない。
・・・しっかり躾けされてるなあ。
後で撫でさせてもらおう。
歴史を感じる邸内を歩き、2階への階段を上る。
ちらほら見える調度品の数々は、一見地味だが絶対に高いものなんだろうな・・・などと感じる。
あの花瓶なんて、たぶん俺の刀10本分くらいしそう。
壊さないようにしよっと。
いきなり矢を射かけられたが、まあそれほど怒ってはいない。
どれも狙いこそいやらしいが、『わざと』斬りやすいように放たれていたふしがある。
花田さんの試し行動を思い出すな・・・さすが親子だよ、うん。
「先程は失礼したね、爺の戯れと思って許してくれると助かる」
2階の部屋に入ると、正座した老人が出迎えてくれた。
この人が神崎さんのお祖父さんか・・・
背はそれほど高くないが、低いというわけでもない。
老人だが、とても90歳には見えない。
香枝さんのように、背中に柱でも入っているかのような姿勢だ。
ううむ、どう見てもそんな年には見えないぞ・・・?
その顔には、人のよさそうな笑みが浮かんでいる。
だが騙されんぞ・・・
細められた目の奥に、花田さんによく似た瞳が光っている。
・・・まるで、群れを率いる年経た狼のような。
師匠のように、ごまかしや嘘が通じない目だ、あれは。
「・・・なかなか鍛えているようだね。申し遅れた、儂は花田弦一郎だ・・・トシや凜が世話になっているようだね」
・・・トシ?
きょとんとしていると、神崎さんが『叔父です、本名は歳三といいます』と耳打ちしてきた。
・・・さっきのワンちゃんといい、この人絶対好きだな幕末剣客集団。
「いえ、お眼鏡に叶ったようで・・・田中野一朗太といいます。花田さんや神崎さんには、俺の方がいつもいつも大変お世話になっています」
俺も正座して答えると、うしろから神崎さんに背中を軽く抓られた。
地味に痛い。
でもほら、本当のことだから・・・ゆるして。
「・・・その反応、さてはトシにも同じことをされたかね?」
楽しそうに弦一郎さんが聞いてきた。
「はは、まあ・・・大事な神崎さんをお預かりというか、護衛する以上・・・気にはなるでしょうからね」
後ろで何か音が聞こえたが、振り向かない。
この人から目を離すわけにはいかない。
・・・くそう、90の爺さんかよ本当に。
隙がない。
なさすぎる。
まるで殺気の台風だ。
穏やか・・・なんて思った俺をぶん殴りたい。
『台風の目』の状況だ、今は。
俺はとっくにこの人の射程距離にいる。
いやいや、別に戦う気はないが・・・不意打ちされたらどうしようかと不安が募る。
完全に正座しているから、居合に持っていくのも中々大変だ。
さて・・・
「すんなりと座ったのは減点だけど、その後は満点だね・・・いささか顔に出過ぎるようだが、思い切りもいい」
はいはい全部読まれてましたー
実感したわ。
この人は、師匠レベルの化け物だ。
説明はできんが、感覚でそうと『わかる』
「・・・花田さん、失礼ですが流派は?」
「ふふ、十束と御影を少しばかりね」
十束・・・『十束流弓術』か。
たしか古式の弓術だったはずだ。
それに御影・・・間違いない、『御影風神流』だ。
古式も古式、古さは嘘か誠か南雲流と同じくらいの流派。
最も南雲流と違って、全国的にメジャーな流派だけど。
ウィキにページもあるし。
つまり、俺の目の前にいる爺様は古流武道の化身みたいな人だってことだ。
スポーツ精神やら精神修養なんかをドブに投げ捨てた、恐ろしいまでの実戦武術。
はいはい、これでわかったわ。
完ッ全に手加減されてた、俺。
本気ならもっとえげつない攻め手でくるはずだもん。
やはり『試し』か。
「お祖父ちゃん、御影風神流だったの・・・?」
知らなかったのか、神崎さんが若干不機嫌そうに言う。
武術マニアだもんな・・・
「ふふ、普段使わないからね、儂も忘れかけていたところだったよ。・・・そこの田中野くんの南雲流が、思い出させてくれたようだ」
当然のように流派名がバレてるんですがそれは・・・
もうやだ、なんなのこの人。
田中野怖い。
「太刀筋が十兵衛によく似ているからね、何年か前に『おもしろい小僧が弟子になった』と言っていたのは君だったようだ」
あの2、3回の振りでよくもまあ・・・
それに師匠、そんなこと言ってたのか。
強い、ではなくおもしろいと言われているのが少し引っかかるけれども。
「大事な大事な孫を預ける相手だ。あれくらいの試しは笑って許してくれるだろう?田中野くん」
「師匠の試しに比べたら、大分優しかったですからね」
命の危機を感じたことは1度や2度ではなかった。
それに比べりゃ、そよ風みたいなもんだ。
「はっは、流石は十兵衛の愛弟子だ。そこらの有象無象とはモノが違う」
「いやいや・・・劣等生ですけどね、はは」
不意に殺気が霧散したので、俺もほっと息をつく。
どうやら許してもらえ―――
「はい、減点。油断大敵だよ、精進しなさいね」
息を抜いた一瞬で、叩きつけられるように殺気の放射。
背中が泡立ち、思わず柄に手をかけてしまった。
いかんいかん、鯉口を切りかけた。
「反応はよし。・・・合格としようかね」
その動きを見た弦一郎さんは、今度こそ本気で微笑んだようだった。
・・・心臓に悪すぎる。
拙者の周り、化け物爺が多すぎる不具合がござるな・・・?
「お~、ごっそり抜ける。これはやりがいがあるなあ」
「ウゥン」
「可愛がられてるんだね、いい毛並みだなあ」
「ヴァフ!」
「おおう、待ってて順番だからね、順番」
一心不乱に櫛を動かす。
シンパチくんは目を細めてされるがままだ。
サノスケくんは、焦れたように俺の肩に後ろから頭を乗せてくる。
おっも、さすが狼犬。
『ちょっと孫娘と話したいことがある』
そう弦一郎さんに言われたので、俺は庭で犬たちと待機だ。
撫でてもいいかと聞いたら『ふむ、君なら大丈夫だろうね』と言われたのでそうしている。
『手首くらい持っていかれても恨まないでくれよ』とも言われたけど。
・・・手首は困るなあ。
とりあえず俺の周りを唸りながらぐるぐる回る2匹に自己紹介をし。唸られながら撫でた。
しばらくすると唸り声がなくなったので、懐から櫛を取り出してブラッシングしている。
いつも持ち歩いてるんだよ、こういう時のために。
「はい!終わり・・・うーん、イケメンになったねえシンパチくん」
「ウォオン!」
「わぷぷぷぷぷ」
子供用のセーターくらい作れそうな抜け毛をまとめていると、顔面をベロベロ舐められた。
感謝の気持ちかな?
さて、次はサノスケくんだぞ~。
神崎さん、ゆっくり話してていいからねえ。
「アウ!」
「はいはい、ご新規さんどうぞ~」
俺は喜んでサノスケくんを迎え入れた。
さーて、セーターがもう一着作れるくらい頑張っちゃうぞ~!
・
・
・
・
「ははは、いい青年じゃないか」
「うん、とってもいい人よ」
「まるで若い頃の十兵衛を見る・・・ようではないけどね、全然似ていない」
「そうなの?」
「十兵衛ならとっくに押し倒しているだろうねえ、その気質は弟子に受け継がれてはいないようだ・・・ひ孫はまだ先になるなあ」
「お、おじ!お祖父ちゃん!!」
「なんだ?違うのかい?・・・逃がすには勿体ない青年なんだがなあ・・・」
「あうう・・・しょ、しょれは・・・」
「菫に似て、本当に嘘が下手だねえ・・・凜は」
「ううう~・・・」
「はっはっは、まあ気長にやりなさい・・・何ならお前から押し倒してはどうかな?」
「~~~~~~~~~!??!?!?!?!」
「おやおや・・・まったく我が孫ながらおぼこいことだね・・・十兵衛も弟子に女遊びの一つでも教えておいてくれればなあ」
・
・
・
・
『またいつでも遊びに来なさい』
そう言う弦一郎さんと、すっかりピカピカになった犬たちに見送られて俺は家路を急ぐ。
いやあ、とんでもない爺さんだった・・・あの家は大丈夫だろうな、うん。
食料の備蓄も十分だったし、裏側の敷地には畑が作られていたし。
何でもできるなあ弦一郎さん。
金持ちダンジョンも周辺が空き地だらけになっているので、文句を言うご近所さんもいないだろう。
「・・・疲れました」
何故か俺のことを一切見ない神崎さんを助手席に乗せ、首を捻りながら俺は煙草に火を点けた。
遅くなりました・・・!




