42話 サムライは人気のこと
サムライは人気のこと
「「「せ-の・・・りっこちゃーん!!!」」」」
俺の携帯を持った女子生徒たちが、マイクに向かって声を上げた。
うむうむ、元気でよろしい。
御神楽高校の責任者3人との・・・面談?尋問?が終わり、職員室で待っていると3人の女子生徒が訪ねてきた。
璃子ちゃんと仲がいい・・・と本人に聞いた3人組だ
八尺鏡野さんに頼んで、校内放送で呼びかけてもらったのだ。
『斑鳩璃子さんからの伝言があります』との文言が功を奏したのか、放送が終わるなり走って来てくれたようだ。
一様に息を弾ませて赤い顔の彼女たち。
いい友達だなあ、璃子ちゃん。
3人に自己紹介をし(見た目のせいかかなり警戒された)、まずは携帯を取り出して動画を再生させる。
『ゆっちゃん、えなちゃん、きーちゃん!みんな元気!?私は元気でーす!!』
『わっふ!』
サクラを抱っこした璃子ちゃんが、嬉しそうに話している。
うん、どこからどう見ても元気そのものだ。
正直、家から離れて避難しているとは全く思えない。
それだけウチの居心地がいいのだろう、よいことである。
・・・ウチ?
いやいやいやあそこは一時的な避難所であって俺の実家ではない。
いかん、いかんぞ・・・俺も慣れ過ぎてついついそう思ってしまった。
気を付けねば・・・俺の実家は詩谷・・・俺の実家は詩谷・・・
『このスマホ持ってるおじさんに助けてもらって、今は高柳運送って所にいるんだよ!ママも一緒!』
友人3人は、璃子ちゃんの元気な様子を涙ぐみながら見ている。
かなり心配していたんだろうな・・・
1人の子なんか今膝から崩れ落ちかけたぞ。
『で、この子はおじさんの飼ってるサクラちゃん!』
『きゅん!』
璃子ちゃんの膝の上で可愛く吠えるサクラ。
我が愛犬ながら本当に賢い子である。
・・・マジで最近、言葉が理解できてるんじゃないかと思うこともある。
親馬鹿目線なのはわかっているがな。
『他にもね・・・巴さぁん!』
カメラが動き、オフィス内の状況を映し出す。
そこには洗濯物を抱えた巴さんと、干した衣類を畳む斑鳩さん。
『あらー?どうしたのー?』
『今ね、友達に送るムービー撮ってるんだよ!』
『あらあら~、私、七塚原巴です!璃子ちゃんと仲良しなんですよ~』
ひらひらとこちらに手を振る巴さん。
うーん、改めて見ても凄い美人さんだ。
『っはぁ!!』
『ぬうん!!!』
カメラ外から聞こえる咆哮と、何かを打ち合わせる音。
『あそこでお稽古してるのが巴さんの旦那さんのナナおじさん!それとおじさん!!』
カメラが敷地内の駐車場を映す。
・・・俺の固有名詞はおじさんで固定なのか。
せめてイチおじさんにしてくれ・・・
『どうじゃあ!!』
『ごぶぁ!?・・・なんのォ!!』
そこには丁度布を先端に巻いた六尺棒が腹にヒットし、綺麗に吹き飛ばされる俺の姿が!!
・・・ウッソだろここ撮ってたの!?
よりによって一番かっこ悪い所を・・・
で、でもこの後はそこそこかっこよく立ち回れ・・・あ、カメラ逸らされた。
なんでさ!
『そして・・・あそこで目をキラキラさせてるのが凜おねーさん!』
俺達の稽古を食い入るように見つめる神崎さんの姿。
まるで贔屓のコンサートを鑑賞する様相である。
ブレないなあ、本当に・・・もう。
『最後に・・・そこの椅子で寝てるのが綾おねーさ・・・あれ?』
映し出されたオフィス内には、無人の椅子。
『ふふふ、未熟』
『わぁ!?』
『ひゃん!?』
かと思うと、カメラの半分に後藤倫先輩の顔が突如として現れた。
・・・何してんだこの人は。
『安心するといい、璃子ちゃんの安全は田中が保証する』
(;´Д`)・・・あのねえ。
そこは自分が保証しなさいよ・・・
おっと、カメラがまた戻った。
璃子ちゃんはサクラと一緒に笑っている。
『ふふふ、ね、面白い所でしょ!?だから私はだいじょーぶ!』
サクラが顔を上げて璃子ちゃんに頬ずり。
璃子ちゃんはくすぐったそうに笑い、続ける。
『ゾンビもいっぱいいるし、前と比べて毎日いろいろ大変だけど・・・おじさんがきっとなんとかしてくれるもん!』
・・・俺への信頼が重すぎる件について。
いやそこは皆が・・・っていうか警察とか自衛隊のお仕事でござるが!?
『みんなも元気でね!またきっと会えるよ!!』
『う~ぉん!!』
『じゃ~ね~!』
満面の笑みのまま璃子ちゃんがそう言い、画面は暗転した。
・・・うん、なんというか、まあ。
助けてよかったなあ、あの子も。
なんか心が温かくなったぞ。
俺に全幅の信頼を寄せすぎなところは心配だけど。
で、現在に戻る。
3人・・・どの子がゆっちゃんでえなちゃんできーちゃんかわからんが、彼女たちも璃子ちゃんに返事用の動画が撮りたいと言ってきた。
俺としては断る理由はない。
ふふふ、それにこんなこともあろうかとフル充電状態なのだ。
快諾した俺は3人に携帯を渡し、少し離れた場所で見るともなしに見ている。
「心配してたんだけど、元気でよかったよお!」
「よさそうなところで安心しちゃった!」
「強そうな人も多いしね!」
元気に動画を撮影している微笑ましい3人を・・・
「あー・・・それね、録画じゃなくて静止画モードになってるよ・・・」
見ていたかったが、さすがにその間違いは訂正しておかないといけない。
傷は浅いうちに対処しなければ。
そんな様子を、職員室の中の人たちは皆優しそうに見つめている。
・・・デカい外人の方々が目を潤ませているのは迫力があるが・・・
いや、よく見ると何人かは懐から何かを取り出して見ている。
スマホだったり、紙だったりするが・・・
ああ、そうか。
あれは恐らく家族の写真か動画だろう。
自分の息子や娘を、あの子たちに重ね合わせているのかもしれない。
・・・そりゃ、会いたいよなあ。
海の向こうは遠いよなあ。
「『・・・』」
ぼそりと声が聞こえた。
俺の後ろに立っていた兵隊さん・・・さっき握手したサムライ好きの人だ。
何事か母国語で呟いている。
少し振り返って見ると、彼は目一杯に涙を浮かべて、やはり手元の写真に目を落としている。
「『・・・あなたのお子さん、ですか?それは』」
我ながらたどたどしい外国語で聞く。
「『そうです、私の、妻と息子』」
俺が聞き取りやすいようにか、写真を示しながらゆっくりと話してくる。
ずっと懐に入れていたんだろう。
しわくちゃになったそれには、5歳くらいの男の子を抱っこして微笑む綺麗な女性が写っていた。
「『わぁ、綺麗な奥さんだ、それに・・・とっても元気そうな子供ですね』」
なんとか意味が通じたのか、彼は歯を見せて笑ってくれた。
「『はい・・・私の、故郷。私の、帰る所、ここ』」
いかついアクションスターのような彼の目から、ポロリと涙が零れた。
胸が詰まった。
家族を持つってのは大変なんだな。
なにやらいたたまれなくなった俺は、まくしたてるように言う。
「『大丈夫、すごく大丈夫・・・あー、ここにサムライがいたように、きっと向こうにもイカしたガンマンがいる・・・だから、大丈夫!絶対に!!』」
伝わったか心配だったが、彼は顔をくしゃくしゃにして大きく頷いた。
いかんなあ・・・こういう湿っぽいのは苦手だ。
無性にサクラに会いたい。
「おじさん!ありがとうございました!」
俺にスマホを返しながら、女の子が言った。
「いやいや、こんくらいしかできなくてごめんね?あの、手紙とかも預かるからさ・・・よかったら書くかい?」
そう言うと、3人は顔を見合わせて考え中だ。
「そう頻繁にとはいかないけど、ここにも来るからさ」
市内の状況は、詩谷よりもひっ迫している。
ここと連携を取らなければ、探索もままならないだろうし。
「じゃあお願いします!書いてきますから!すぐに!」
3人はダッシュで校内へと消えていく。
「大丈夫だよー!まだいるから、じっくりゆっくり書くんだよー!」
急いで書いて、大事なことを書き忘れたりしたら大変だ。
俺は、走り去る子たちに後ろから声をかけた。
「「「はーいっ!」」」
うんうん、いい返事だ。
「子供には優しいんですね、田中野さん」
「まるでそれ以外には厳しいみたいなこと言わないでいただけませんか、神崎さん」
「ふふ、そうですね」
仕事が終わったのだろう、いつの間にか後ろにいた神崎さんに返す。
・・・いつもいつも、何故後ろに出現するんだろうこの人は。
「お仕事は終わりましたか?」
「はい、有意義な情報が集まりました。これで秋月にもいい報告ができそうです」
これは・・・神崎さん的には満面の笑みだな。
武術観戦以外ではそれほど表情を動かさない神崎さんだが、俺もそこそこ読めるようになってきた。
自らの成長が怖いでござるな・・・!
「なにかよからぬことを考えていませんか・・・?」
やっべ!
そういえばその百倍くらい俺の表情が読まれやすいのを忘れてた!!!
「あっ・・・あの子たちの帰りを待つ間に体を動かしたくなったなー・・・オブライエンさんがちょうどあそこにいるし、いい所がないか聞いてこよう双子葉類ー」
「ちょっと!田中野さん!なんですかその見たことのない顔は!ちょっと!」
三十六計逃げるに如かずでござる。
「なんでこうなった・・・」
広大な運動場の隅で頭を抱える俺。
その眼前には・・・
目をキラキラさせた駐留軍の厳ついおにいさんおねえさんが沢山いる。
「なんでこうなった・・・」
ノリと勢いだけで動いたツケが、今返ってきた。
オブライエンさんにどこか運動するところを借りられないか相談したところ、全部で4つあるという運動場の1つを紹介された。
・・・4つもあんの?
改めてここすげえな。
そこは避難民には見えない奥まった場所で、普段の訓練やなんかはそこを使用しているらしい。
なんでも4つの内2つは畑とニワトリや豚の牧場に、1つは避難民が体を動かす用に解放しているとか。
いくらここが安全とはいえ、体を動かせないんじゃストレスも溜まるだろうしなあ。
野菜も肉もある・・・かなり恵まれた環境だな。
どうりで監視の人間がごっついマシンガンを装備しているわけだ。
アホな連中にとっちゃ、ここは垂涎の的だろう。
で、だ。
案内された運動場に行ってみると、丁度駐留軍の皆様が訓練の真っ最中だった。
すっげえ、生〇ルメタルジャケットじゃん・・・
感動を覚えつつも邪魔をしないように外周をこそこそ歩き、さて素振りでも始めようかなとしたところ・・・
すっごい視線を感じる。
むっちゃ見られてる、俺。
俺の一挙手一投足に、絡みつくような目線の嵐。
恐る恐る振り返ると、皆様が俺に大注目していた。
心臓止まるかと思ったわ。
「センセイ!センセーイ!!」
さっきの握手の人が、すごい笑顔で手を振りながら走ってくる。
たしか名前はライアンさんっていってたな。
いつの間に先生にランクアップしたんだ俺は。
「イッテゴキョージュ!!プリーズ!!!」
うわあ、いい笑顔。
さっきのしんみりムードはどこへ吹き飛んだんだよ。
「あー・・・あまりうまくない、いいですか?」
「ノーウ!ケンソンケンソン!!」
なんだその励ましは。
・・・うん、見てくれは筋肉の塊なのに、なんというか雰囲気は友愛とかにいた子供みたいだ。
やりにくいが・・・こんなに期待しているのを無下にするのもよくない。
校庭の隅に転がっていたいい感じの木の棒を拾い、手渡す。
「『後で教えます。でも先にデモンストレーション、させてください。いいですか?』」
「ノープロブレム!!」
本当にいい笑顔だなあ。
とまあ、そういうことがあって。
キラキラした目のライアンさんを待たせ、まずは軽くストレッチ。
運転によって緊張した筋肉をほぐし、刀を腰に差した。
ギャラリーもいるんだし、得意な型をなぞろう。
深呼吸して立つ。
目線は外壁の方。
・・・だってそっち以外じゃ誰かと絶対目が合うもん。
踏み込みながら鯉口を切り、腰を捻りながら抜刀。
横一閃の軌道で、刃が空気を切り裂いてびょうと音を立てる。
間髪入れずに踏み込みつつ、上段から合わせて振り下ろす。
「っふ!」
更に踏み込み、下段から真っ直ぐ仮想敵の正中線目掛けて突く。
「っし!!」
突きを放った刀はそのままに、体ごと振り向いて真っ向から斬り下げる。
しばしの残心の後、軽く血振りをして納刀。
姿勢を戻しながら、ゆっくりと鞘に納める。
息を吐きながら鞘を手の内で回転。
地面を擦るような軌道で斬り上げの居合。
仮想敵の首を撥ねた刃を振り抜きつつ体を回転させ、膝を折りながら低い姿勢で反対側へ。
別の仮想敵の脛を斬り付ける。
低い姿勢のまま、若干の下段で残心。
手の内で柄を一回転させ、血振り。
納刀しながら座る。
「っしゃあ!」
再度抜刀。
抜いた勢いで四方の仮想敵の足首を斬り落とす。
再び正座の姿勢に戻りつつ納刀。
・・・ふぅ。
なんとかいつも通りにできた・・・いや、いい緊張のせいかいつもより調子はいいくらいだ。
さて、あまり待たせるのも悪いしここらでライアンさんを・・・
そうして振り返って見ると、前述の通りである。
・・・増えてない!?すっごい増えてない!?
「アメイジイイイイイング!!」
ライアンさんは割れんばかりの拍手で褒めたたえてくれ・・・いや後ろの方々もだわ!
これが本場?のスタンディングオベーションか・・・胸が熱くなるな(学名・現実逃避)
それからはもう、俺も私もといわんばかりに目を輝かせた軍人さんたちと一緒に稽古をした。
ライフルを持っていても、近接戦闘の訓練は大事だ。
大事だが・・・なぜに拙者が!
しかも職業軍人さんだけあってみんな強い強い。
マーシャルアーツだっけ?
大振りの一撃でもとんでもない力だ。
受け太刀をすればたちまち腕は痺れてしまうだろう。
っていうかライアンさんかなり時代劇好きだな!?
素人の剣筋じゃないぞ、これ。
素振りの仕方や体の動かし方、効果的な斬撃方向などを教えていたらあっという間に時間が経ってしまった。
成り行きでモンドのおっちゃんめいた立ち回りをしてしまった。
あ、手裏剣の練習・・・まあ、ここではいいかな。
なんて思っていたら、いつの間にか板がセッティングされていた。
その横にはニコニコ顔のオブライエンさんが立っている。
・・・ニンジャ好きですもんねえ!!
軽く投げるだけでオウオウファックファック大騒ぎである。
技術的にはさっきの型稽古の方が大分高度なのに、やはりシュリケンの人気は万国共通らしい。
途中で気付いたが、オブライエンさんは最前列で見ていた。
・・・指揮官ン!!!
「オツカレサマデス!センセーッ!!」
「ゆ、ゆーあーうえるかむ・・・」
ライアンさんがタオルとペットボトルをくれたのでありがたくいただく。
なんかどっと疲れた・・・
傍らのベンチに座って封を切ったスポーツドリンクを流し込み、一息つく。
遠くの方では楽しそうに即席木刀でチャンバラをする軍人さんたち。
・・・だがまあ、いい気分転換になったようでなによりだ。
彼らにはここをしっかり守ってもらわんといけないからな。
「頑張ってくださいね、ライアンさん」
「ハイッ!センセー!!」
それはもういいからぁ!!
こちとら仮免の身だぞ!?
「『・・・いつか、息子にも教えてあげたいです』」
遠くを・・・はるか遠くを見る目でライアンさんが呟いた。
焦点は空を通り越して、きっと故国の家族で結ばれているんだろう。
「『いつか、違う。きっと!絶対!必ず!!』」
そう大声を出すと、彼は驚いたように目を丸めて・・・しっかりと頷いた。
死亡フラグはすべてへし折る、それが田中野スタイル!
しっかりしてくれよな、パパ。
神崎さんが例の3人の手紙が仕上がったと教えに来てくれたので、軍人さんたちに手を振って校舎へ戻る。
チャンバラ訓練中の彼らは笑顔で手を振ってくれた。
「・・・新しい技を使いましたか?」
自分の見ていないところで訓練をしたからか、神崎さんはいささかご機嫌斜めの様子である。
なんですかそのふくれっ面は。
高校生に見えますよ。
「ははは、いえいえいつも通りですよ」
「・・・本当ですね?」
「そうだよママ」
「誰がママですか!」
こっわ。
これ以上からかうのはよそう。
「それにしても・・・いい人たちですねえ」
「ええ、とても」
ぽてぽて歩きながら話す。
初めは警戒したが・・・蓋を開けてみると陽気ないい人たちばかりだなあ。
「あれ?そういえば・・・原野とか詩谷の駐留軍って何してたか聞けました?」
思い出したので声に出す。
ゾンビの掃討や生きた?ゾンビを捕まえてたもんな。
「・・・」
神崎さんは暗い顔をして黙り込んだ。
・・・ぬ?
「あれは、彼らではないそうです」
・・・は?
どゆこと?
「え、でも服も一緒だし、確か装備も一緒なんですよね?」
前にそう言ってたよな?
「ええ、厳密には・・・彼らも、私たちが見たのも同じ駐留軍です」
「じゃあなんで・・・」
そう聞くと、神崎さんは暗い顔のまま重苦しく呟いた。
「同じですが・・・その、『この国にいるはずがない』部隊だそうで」
いるはずが、ない?
どういうことだ?
「オブライエン少佐も困惑している様子でした。本国で活動している部隊が何故この国にいるのか、皆目見当がつかないと」
・・・おいおいおい。
きな臭くなってきやがったなあ。
「ちなみにその部隊ってどういう・・・?」
「わからない、そうです」
わからない?
ええ?
「『ある』ということしか知らない・・・そういう部隊だと」
・・・最精鋭の特殊部隊か何かか?
「軍内でも眉唾物の部隊だそうです。予算確保のための架空部隊じゃないか、なんてジョークになるくらいの」
「そりゃまた・・・難儀ですな」
問題が片付いたと思ったら増えやがった。
「聞けて良かったですよ、外で見かけても近付かないようにしましょうか」
いきなり銃で撃たれるなんてもう二度と御免だ。
「これからも、こことは密に連絡を取り合うようにします。いずれわかることもあるかと・・・」
神崎さんはそう言って話を打ち切った。
もう校舎に入ったしな。
不確定な話を避難民に聞かせて、不安がらせるわけにはいかない。
「ま、神崎さんにお任せしますよそういうのは。斬った張ったはともかく、俺は門外漢ですから」
餅は餅屋である。
俺は俺にできることをやろう。
何とも言えない気持ちを抱えて無言で歩き、職員室の看板が見えてきた。
とにかく手紙を受け取って今日の所は帰ろう。
そう思ったときであった。
「凛ちゃん・・・凜ちゃんじゃない!!」
廊下の向こう側に立っている人が、神崎さんを見つけて叫んだ。
お、知り合いかな?
あれ、でも神崎さんってここの人間じゃないよな?
その人は小走りに近付き、神崎さんの両手を取った。
年のころは70代くらいか?
上品そうなおばあさんである。
目を見開いた神崎さんは、その人にぎゅうと抱きしめられている。
「よかった・・・無事でよかった!!」
「おばあちゃん、こそ」
目を潤ませた神崎さんが、老婦人を抱きしめ返す。
おばあちゃん・・・っていうと。
ああ!
花田さんのお母さんか!
今の今まですっかり頭から抜けていた。
色々ありすぎたもんで。




