2話 探索はじめのこと
探索はじめのこと
右手の親指でかきり、と撃鉄を起こす。
連動してシリンダーが回転する。
両手でしっかりとグリップを保持し、フロントサイト越しに狙いを定める。
息を止め、引き金を引く。
「ばあん!!」
「きゃん!?」
俺の大声にびっくりしたサクラがこちらを見る。
「ははは、ごめんごめん」
「わう!わう!」
抗議するサクラをなだめつつ、拳銃を見る。
ここは、高柳運送社屋の屋上。
時刻は朝。
朝の日向ぼっこついでに、拳銃の確認をしている。
昨日の夜に、神崎さんに使い方をレクチャーしてもらったのだ。
まあ、そんなに複雑なことでもない。
弾の入れ方、構え方に照準の付け方くらいなものだ。
元々リボルバーは構造が単純で頑丈、壊れにくい。
・・・全部映画の受け売りだけど。
さすがに弾を撃つわけにもいかんので真似事だけどね。
音が響くからな。
実戦で必要になったらためらわずに撃つけど。
ちなみに今いる屋上だが、社長室に鍵があった。
社長室には金庫もあったので、俺の拳銃弾はそこに入れさせてもらってある。
さすがにジャラジャラ持ち歩くわけにもいかんし。
この銃が5発装填だから、15発ほどは持っていくが。
銃撃戦になったら申し訳ないが、弾幕担当は神崎さんに任せる。
超至近距離ならともかく、当たる気がしないし。
この銃、銃身短いし。
名作西部劇で、ダンディな黒コートの賞金稼ぎが持ってたみたいなながーい銃身の奴なら別だが。
いや、あんなの持ち歩けないな。
金庫には他にも俺の刀も入れてある。
さすがにどこぞの大剣豪でもないから、3本も持ち歩くわけにはいかない。
今日は『梅』ランクを持って行くか。
この金庫、ダイヤル+鍵式だから安全でいいなあ。
さて、朝飯にするかな。
今日からは近所とはいえいよいよ偵察開始。
頑張ろう。
「おはようございます、田中野さん」
「あ、神崎さん早いですね。おはようございます」
1階に下りて行くといい匂いがする。
神崎さんがもう朝食を用意してくれていたようだ。
ありゃりゃ、悪いなあ。
「すみません、今度は俺が用意しますよ」
「気にしないでください、楽なので」
「いやいや、共同生活じゃないですか。当番制にしましょうよ」
「きょ、きょうどうせいかつ・・・!わかりました!じゃあ田中野さんはお風呂掃除をお願いします!!」
「は、はい!」
「わふ!」
うお、急に元気になったな神崎さん。
気合十分って感じだな。
サクラもやる気に満ちた顔をしている・・・気がする。
うーん、温かい飯って最高。
インスタントと言えども、やはり朝食にはみそ汁が欠かせないな。
「今日はここらへんの確認ですか?」
舌鼓を打ちつつ、今日の予定を確認。
「はい、正確にはこの地区の半分・・・西側の集落を確認しましょう」
ここの住所は『龍宮市原野』という。
原野村というのが20年ほど前に龍宮市に吸収合併され、一部となった。
元々は村ということもあって、この地区に建物は少ない。
ぶっちゃけ、この会社よりでかいのなんてだいぶ前に廃校になった小学校くらいのものである。
過疎化地域の悲しさよ・・・
しかも名前が原野と来たもんだ。
適当に名付けた感がすごい・・・
他に主だった施設と言えば診療所に消防署、小さな役場に郵便局ってところか。
とても多数の避難民が収容できるとは思わないな。
俺が住民なら龍宮市街か詩谷に逃げるね。
スーパーも個人経営のものが1軒、チェーン店が1軒しかない。
食い物屋は皆無で、コンビニすらない。
主要産業は農業と林業である。
・・・中々の寂れ具合だ。
まあ現代はバスも車もあるし、20分ばかし走れば市街に入る。
普段はそうやって買い物をしていたんだろう。
この現状・・・確かに自衛隊が拠点を構えようとするのも納得だ。
周囲は開けて見通しが良く、延焼するような住宅密集地もない。
「うっし、飯を食ったら行きますか」
「はい・・・サクラちゃんはここの警備をお願いね?とっても大事な仕事よ、ね?」
「きゅ~ん・・・わぉん」
『・・・わかりましたぁ』って感じかな、今の声は。
すまないが、周辺の安全が確認できるまではしばらくこんな感じかな。
「夕方は一緒に散歩しような、北の田んぼは見通しがいいから大丈夫だし」
「・・・わぅ」
『ホントですかぁ?』みたいな感じで懐疑的に見上げて来るサクラの頭を撫でる。
表情豊かになってきたなあ・・・それとも付き合いが長くてそう感じるだけなのか?
なんにせよ、散歩のためにも無事に帰ってこないとな。
朝食を終え、準備を整える。
今日の探索は徒歩だ。
集落内部の道は細くて入り組んでいるし、距離も短い。
軽トラでも身動きが取れにくくなるからな。
・・・土地は山ほど余っているのに、なんで家だけは密集しているんだろう。
目標は西側集落。
施設としては郵便局に診療所、個人経営スーパーがある。
県道に沿って道なりに集中しているようだ。
さて、(まともな)生存者はいるかなあ・・・
左腰に刀と脇差、右腰には兜割。
そしてベストの中には実弾を装填した拳銃。
それに手裏剣を一つまみ。
これが俺の装備だ。
・・・こうしてみるとかなりの重武装だな。
脇差は置いて来ても良かったかもしれん。
物資が目的ではないので、リュックは置いていく。
神崎さんは拳銃とナイフ、それに警棒。
ふむ、シンプルイズベスト。
どこでも対応できそうだな。
「じゃあ頼むぞサクラ警備長!」
「うぉん!」
首に赤いバンダナを巻いたサクラが吠える。
昼食分の餌は倉庫内に置いてあるし、何かあったらあそこに逃げ込んでくれるだろう。
今回行くのは近所だから、さすがに襲撃があったら俺たちも気付くだろうし。
寂しそうな顔をするサクラに後ろ髪を引かれつつ、俺たちはよじ登った門柱から飛び下りた。
・・・関係ないけどそろそろ髪切ろうかな。
ビジュアルが90年代のギャルゲー主人公みたいになってきたぞ、俺。
どっかで床屋でも漁ってハサミ見つけようかな。
田舎道を神崎さんと歩く。
どこからともなく鳥の声が聞こえてくる。
いやあ、のどか。
ゾンビ騒動なんてなかったような錯覚を感じる。
「・・・ここはいい所ですね、田中野さん」
「普段は気にも留めない場所ですけど、いいなあ田舎って。引退後にスローライフしたがる人が多い理由もわかりますね」
俺はもう引退してるようなもんだけど。
・・・どうしよう、全然就職する気が起きない。
あーもう、探索の合間に札束でも落ちてないかな。
それを宮田さんに預けて、半年たったら引き取れば完全犯罪成立だ。
世界がまともに戻ったら、それで死ぬまでのんびり生きていきたい。
・・・まともに戻ったら俺、苦労しそうだよなあ。
変に順応しちゃったし。
ま、もともと社会不適合者の素質があったのかもしれん。
ぽてぽて歩きつつ考えていると、密集した住宅が見えてくる。
昔風の民家ってやつだな。
道を挟んで向かって建っている。
まずはここから見て行こう。
兜割をベルトから引き抜き、右手に持っておく。
昨日のゾンビどもを見るに、足音でも十分反応されてしまいそうだ。
まあ、その分音での誘導がやりやすいがな。
名残惜しいが、神崎さんとのおしゃべりもやめておこう。
極力足音を立てないように歩き、一軒目の裏側にたどり着いた。
神崎さんを振り返り、頷く。
事前の取り決めは単純明快。
『近距離は俺、遠距離は神崎さん。混在している場合は臨機応変に対応する』
これだけだ。
長々とした取り決めはかえってややこしくなるしな。
塀伝いに回り込み、前側に出る。
・・・何かが腐ったような臭いがする。
人間じゃないな、これは・・・
「・・・」
庭先につながれたまま、犬が死んでいる。
餓死だろうか?
損傷が激しくてよくわからんが、綱を外そうとしてもがいた形跡が見て取れる。
・・・こういう場合、放すのが正解なのだろうか。
どうなんだろう。
かわいそうだが、埋葬するには場所が悪すぎる。
シャベルの音を響かせるわけにはいかない。
悪いが、成仏してくれよ・・・
片手で拝み、先に行く。
後ろで神崎さんの動きも一瞬止まったのがわかる。
・・・犬好きには辛い光景だな。
・・・この家は気配なし。
駐車場に車もないし、どこかへ避難したんだろう。
次行こう、次。
向かいの家は・・・おおう、ガラス越しにゾンビが見える。
おじいちゃんとおばあちゃんだ。
外傷は見当たらない。
・・・やっぱり突然ゾンビになったってのは本当だったんだな。
原因はサッパリわからんが。
刺激しなければこちらに来ることはないだろう。
何度かガラスにぶつかったような跡があるが、よっぽど頑丈なのかヒビ一つ入っていない。
老人ゾンビって何気に初めて見た気がする。
その後も周囲の家々を回り、確認していく。
大体回ったが、ほぼすべての家に人がいない。
ゾンビがいたのもあの家だけだ。
避難したようだ。
地元の消防団か何かが誘導したのかもしれんな。
・・・というと、廃校か消防署あたりが避難所になっている可能性があるな。
避難所・・・避難所なあ。
いい思い出が全然ないぞ。
俺や神崎さんみたいな動ける若い人間が行ったりしたら、強制労働でもさせられそうな予感がある。
・・・行きたくねえなあ。
一応、遠くから確認だけしておくか。
避難所候補は地区の反対側にあるから、明日以降だな。
住宅地を抜ける。
物資には困っていないし、この程度でいいだろう。
「犬、かわいそうでしたね」
「ええ、ですが・・・逃げて野生化すれば脅威にもなりますし・・・やり切れませんが、難しい問題です」
そうか、そういうのもあるな。
ううむ、確かに難しい問題だなあ。
なんとも言い難い気持ちを抱えて歩く。
お、あそこにあるのは・・・郵便局か。
その向こうに見えるのは恐らく診療所だろう。
更に向こうにはまた住宅が見える。
まずは郵便局だ。
局員さんは平日なので普通にいただろうし、警戒しよう。
駐車場を確認。
配達バイクが2台に、赤い配達ワゴンが1台。
後は局員の車だろうか、3台ほど停まっている。
くっそ、移動した形跡がないってことは・・・
いた。
郵便局の中。
確認できるだけでもゾンビが2体。
さっきの家と違って窓が盛大に割れている。
何かの拍子に気付かれそうだ。
神崎さんを見ると、もう銃を構えている。
ここはお任せしよう。
消音された銃声が二発。
ゾンビが弾かれたように痙攣し、倒れる。
両方ヘッドショットだ。
さすがだなあ。
が、銃弾には限りがある。
まだ先は長いし、消耗は避けた方がいいだろう。
俺も貢献せねば。
「ウウウウウウウウ・・・」
奥からさらに呻き声。
・・・倒れた音に反応したのか。
神崎さんを手で制し、足元の石を拾い上げる。
ひょいと郵便局に放り込むと、何か金属にでもあたったような甲高い音。
「アアアアアアア!!アアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
暗がりから音の方向目掛け、若い男ゾンビが飛び出してきた。
見慣れた制服。
配達員だな。
これで最後のようだ。
周囲から呼応する声は聞こえない。
少し進み、駐車場の縁石を兜割で殴る。
こぉん、といい音がしたと同時に、配達員ゾンビがこちらに体を向ける。
「アガアアアアアアアアアアアア!!!」
走るゾンビ。
・・・やはり、速度が速いな。
脇構えをとる。
「ガアアアアアアッ!!!アギャッ!!!」
走り寄ってくるゾンビの膝を、横から遠心力を乗せてぶん殴る。
ごぎ、という感触の後、膝が本来曲がらない方向に曲がってゾンビは倒れた。
そのまま、脳天に向けて兜割を振り下ろした。
頭蓋骨の砕ける感触とともに、ゾンビは活動を停止した。
回避動作は無し。
よかったあ、頭の方は変わらずだな。
もう一度石を投げ込んだが、何の反応もない。
よし、郵便局クリア。
先に行こう。
「おおう・・・」
「あれは・・・近寄らない方がいいですね」
『原野診療所』の看板が見えてくると同時に、診療所の様子も目に入ってきた。
みっちみちだ。
ここから見てもわかるほどみっちみちに老人ゾンビがいる。
見える範囲だけでも10体以上。
随分な人気スポットだなあ。
しかも正面玄関はオープン状態ときたもんだ。
察知されたら最後、ゾンビカーニバルが始まってしまう。
俺たちの仕事はあくまで偵察。
ゾンビの殲滅じゃない。
「倉庫に置いてきた機関銃か爆薬なら問題なく処理できますが・・・取りに戻りますか?」
「いや、この先何があるかわかんないので温存しときましょう。とりあえずは迂回してこの先を見ていきますか」
「そうですね、そうしましょうか」
極力足音を立てないように県道から外れ、大きく迂回して先を目指す。
・・・そうだ。
「神崎さん、ちょっと試したいことがあります。危険はないでしょうが、万が一の戦闘に備えておいてください」
「はい、わかりました」
足元からまたも適当な石を拾う。
それを振りかぶって、遠投。
大きく弧を描いた石は、診療所の2階のガラスを突き破った。
「アアアアアアアアアアアア!!」「オオオオアアアア!!」「ギイイイイイ!!!」
音に反応したゾンビが走り出す。
走り出す・・・が。
「おっそ」
「遅いですね・・・」
速さ的には早歩きよりちょいと遅いくらい。
声だけは威勢がいいな。
「力や防御力はわかんないですけど、老人ゾンビは動きが遅いみたいですな」
「若いゾンビの方が身体能力的に優れている・・・そこは人間と同じですね」
見えている範囲の老人ゾンビは一様に動きが鈍い。
楽観視はできないが、通常ゾンビより対処は簡単そうだな。
・・・骨粗しょう症とかもあるし、防御力も低そうではある。
とりあえず、知りたいことは確認できた。
先を急ごう。
住宅地を通過し、目の前にこじんまりした昔ながらのスーパーが見えてきた。
通り抜けた住宅地に生存者はおらず、またゾンビの姿もなかった。
みんな逃げるか診療所にいるのかもしれない。
いたのは呑気にうろつく何匹かの猫のみ。
自由に生きている様子だった。
羨ましいなあ。
俺も猫みたいに自由気ままに・・・わりと生きているな、うん。
見えてくるスーパーの全景を確認する。
田舎特有のクソ広い駐車場には、そこそこの数の車が停まっている。
周囲の安全を確認し、単眼鏡を取り出して店内に向ける。
割れに割れたガラス。
店内に突っ込んだ何台かの車。
そしてひしめく老人ゾンビの集団。
「ダメみたいですね」
「そのようです」
あれじゃあ内部の探索も難しい。
診療所にいたのより多いぞ、ゾンビ。
どうやら診療所とスーパーは老人のアミューズメントパークみたいだな。
「この分では生存者はいないでしょうが・・・確認のために奥の住宅地も見ておきましょう」
「了解でーす」
神崎さんと連れ立って歩き出す。
いくら老人ゾンビが弱そうでも、長居は無用だ。
西側集落最後の住宅地。
今までの家よりも新しい・・・新築っぽい家が立ち並んでいる。
新興住宅地か?
なんだってこんな田舎に?
Uターンラッシュもなかろうに。
いや待てよ。
一応ここは龍宮市だ。
通勤に使うにはちょうどいい・・・のか?
まあいいや。
見て行こうか。
道からざっと各家の駐車場を確認。
車はあったりなかったり、だな。
1台分の駐車スペースが空いている家がほとんどなので、お父さん的なポジションはお仕事に行った後かな?
それとも避難した後か。
こんな田舎じゃあ、1人1台の所有は当たり前だし。
道路には人体のパーツとかは転がっていないし血痕もない。
何の音もしないな。
まるで住宅展示場だ。
左右を確認しながら奥へ進む。
ふむ、見た所無人のようだ。
ああ、早く帰りたいなあ。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に視界が開けた。
住宅地のどん詰まりに広い空間。
周囲をフェンスで囲まれている。
ブランコやジャングルジムがある。
お、公園かあ。
ここなら交通事故の心配もないし、子供を遊ばせるにはもってこい・・・
「あっ・・・」
神崎さんが吐息を漏らす。
公園の・・・なんていうかコンクリートで作られた中が空洞の遊具。
その向こうに何か見える。
道すがら拾ってポケットに入れていた石を放り投げる。
ジャングルジムに当たって甲高い音を立てるが、反応はない。
ああ、わかってるよ。
あれがゾンビじゃないことくらいな。
公園に足を踏み入れる。
歩いていくにつれ、それが見えてくる。
「・・・なんて、こった、畜生」
公園の奥まった位置。
そこに死体の山があった。
若い女性たちに、幼稚園くらいの子供たち。
数はざっと10人くらいだ。
腐敗の兆候がある。
人間の、死体だ。
かなり前に死んだことがわかる。
いや、『殺された』ことが。
全ての死体に、矢が突き刺さっている。
金属製の・・・アーチェリーに使うような奴だ。
よく見ると矢の種類が違う。
・・・複数人が一斉に矢を放ったのか。
「なんて・・・なんて・・・」
神崎さんが震えながら言葉を紡ぐ。
怒りで声が出てこないようだ。
俺だってそうだよ。
はらわたが煮えくり返る。
・・・どうやら龍宮市には、超ド級の屑がいるようだ。
喜んで女子供を殺せる奴らが。
「・・・外道ォ・・・!!!」
子供を庇うように抱きかかえたまま、背中から矢で串刺しになった母親らしき死体を見ながら、俺はきつく拳を握りしめていた。
その後、俺たちは無言で帰還した。
せめて埋葬してやりたかったが、数が多いし道具もない。
・・・許してくれよ。
西側集落に生存者なし。
東側集落も、この分じゃ望み薄だな。
「わぉん!わん!わん!」
門をよじ登るとサクラが出迎えてくれた。
「ただいま、サクラ」
「きゅん!ひゃん!!」
飛び降りると、待ってましたと言わんばかりに飛びついてくる。
この無邪気さが、今は何よりありがたい。
「きゅん、きゅ~ん」
サクラが心配そうな声を出しながら、神崎さんの方に寄って行った。
「サクラちゃん、ただいま・・・」
しゃがみ込んだ神崎さんがサクラを抱きしめ、抱っこしながら立ち上がった。
しばらくそうしていたが、不意に神崎さんの背中が震え始めた。
「うう・・・ううう、あ、あぁ・・・!」
そのまま、声を殺して嗚咽を漏らす。
サクラはびっくりした様子だったが、そのうちきゅんきゅんと鼻を鳴らして神崎さんにされるがままだ。
こんな神崎さんは初めて見るんだろう。
前の病院を思い出すなあ。
・・・無理もない。
偽警官の時も残留物こそありはすれど、子供の姿はなかった。
ゾンビに食い殺された死体も見たが、子供のものはなかった。
ああまで残酷な状況を目にしたのは、恐らく初めてだろう。
俺だってそうだ。
殺しに来た相手を殺したんじゃない。
食うためにゾンビが殺したわけでもない。
無抵抗な子供と母親を、完膚なきまでに殺す。
そんな悪意に満ちた行為。
それを、ああまでまざまざと見せつけられちゃな・・・
胸がつまり、サクラごと神崎さんを抱きしめた。
「なんでぇ・・・なんで、あんな、あんなぁ・・・」
俺の背中に片手を回し、痛いほどの強さで神崎さんが抱きしめ返してきた。
俺の胸に顔を埋め、絞り出すように神崎さんが言う。
「なんでですか、田中野さん、なんでっ、なんであんな、酷い、ことが」
「・・・」
俺にもわからん。
わかりたくもない。
とても同じ人間の所業とは思えない。
・・・思いたく、ない。
「どうして、どう、して・・・!」
まるで子供のようにしゃくり上げる神崎さんを抱きしめながら、俺は奥歯が軋むほどに歯を食いしばった。
 




