膝まくら
石が冷たくて気持ちいい。
火照っている体を石畳が冷やしてくれる。俺は、道の上でうつ伏せになっている。全身に力が入らず、動けない。
結局何も変わらなかった。努力したところで結果が変わらないなら意味がない。途中で諦めたほうがここまで辛い思いをしなくて済んだ。俺の選択は間違っていたのか。
悔しいのか、悲しいのか、怒っているのか、よく分からない。分かることは、行き場を失ったこの感情が今にも爆発しそうだということだ。一体、どこにこの感情をぶつけたらいいのか。
動けずにいるのがはがゆい。俺は、このあとどうなってしまうのか。俺は、ただ待つことしか許されない。
なんだか眠くなってきた。
俺は、ほどなくして眠りについた。
熱い、頭が痛い、のどが渇いた、誰か水をくれ。苦しい、息が上手くできない、苦しい、空気をくれ。お願いだから誰か助けてくれ。
───カンッ
頭をそっと持ち上げられて、歯に何か固いものが当たる。それは、唇を冷やしてくれる。その中から冷たい水らしきものが口に注がれる。
のどが渇いた、早く水を。水をうまく飲むことができない。息ができない、苦しい。
───ゴフッ
俺は、注がれたものを吐き出してしまった。俺の呼吸はさらに荒々しくなる。
「ゆっくりと深呼吸して。そう、ゆっくりと。」
純度の高い氷のように透き通りきれいな女の声が言ってくる。俺は、声の通りに深呼吸した。
荒々しかった呼吸がだんだん静かになる。
「今度は焦らなくて大丈夫だからこれを飲んで」
ゆっくりと少しずつ俺が飲む速度に合せて注がれる。味は、よく分からない。でも、それはのどの乾きを癒やしてくれる。
さっきと比べて少し楽になった。熱湯を全身に浴びているかのような熱さは夏場の扇風機しかない部屋にいるような熱さになった。呼吸も安定し、のども十分に癒やされた。
頭に柔らかい感触を感じる。
それは、高級まくらと比べれば使い心地が悪いかもしれない。だが、それは、高級まくら以上に眠気を誘ものであり、癒やしてくれるものである。
また、肌を介して伝わる温もりが安心感をくれる。孤独、不安、恐怖、悲哀といった感情を優しく包み込んでくれる。
───懐かしい
最後にされたのって小学校低学年の時だったよな。耳かきをするために母さんがよくしてくれたっけ。母さんの耳かきはいつも奥までやるから嫌いだったんだよな。今はもうされなくて清々する。
涙を一滴流した。
俺は、彼女に手で涙を拭いてくれるまで気付かなかった。
彼女は、俺のおでこに手を置いた。彼女の手はとても氷のように冷たかった。手に霜がつくほど。
全身が冷やされていく。彼女の手から出された冷気によって熱を帯びた俺の体は冷まされていく。
これは俗に言う魔法と言うものなのだろうか。まったく不思議なものだ。何もないところから冷気を出しすなんて非科学的すぎる。
この匂いは何だ。知っている匂いだ。ほんのりと甘く優しい香り。春先の花屋さんでよくこんな香りがしてたっけなぁ。
思い出した。『スイートピー』だ。
この香りは彼女の冷気によって運ばれたのだろう。冷気の波が来るたびにその匂いは香る。
俺の意識が消えるか消えないかという中、遠くの方で足音と声がした。複数人の男女がカチャカチャと鎧の音を出しながら近づいてくるのが分かる。
その音を眠り歌として俺は、静かに暗闇へと意識を飛ばす。
そして、俺の長い一日は幕を降ろした。
朝一の太陽の光が目に届く。昔から朝は苦手だがこの日はなんの抵抗もなく起きることが出来た。
目を開けて体を起こそうとするがあっちこっちが筋肉痛で動けない。
ただ、天井を見ることしかできない。幸い脳は通常通りに動くので今の自分に何が起きているのか整理をした。
広場で倒れて誰かに看病されたところまでは覚えている。でだ、ここはどこだ。俺は、石畳の上に寝ていたはずだ。でも、今、寝ているところはベットの上で布団まである。考えたってわからない。
よし、二度寝するか。