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最も弱き者

 店の中は、あまり綺麗(きれい)にされておらずホコリぽい。

 「兄ちゃんに聞きたいことがあるんだが、兄ちゃんもしかして日本人じゃないか」

 「……!」

 突然投げかけられた言葉に困惑した。どう返答するのがいいのかわからなかった。俺は、何も言わずにただ黙って時が過ぎるのを待つ。

 「まぁ、兄ちゃん、そう固くなるなよ。その格好からして地球から転移して来たんだろう」

 俺は、自分の服装を確認する。転移させられる前に着ていたものである。

 確かに、外で歩いていた人とは違っている。外の人たちは中世をメインとするゲームでよく見かける服装をしていた。

 「それじゃあ、俺以外にもここへ転移させられて来た人もいるのか」

 俺は、自分でも思うほど冷静に返した。

 「ああ、いるさ、ごまんとな。兄ちゃん、転移してどんぐらいになる」

 「ついさっきだ」

 俺は、自分以外にもここへ転移させられた人がいることに安堵した。心にあった不安が少し消え軽くなる。

 「俺も聞きたいことがある。ここは一体どこなんだ。どうして俺たちはここへ転移させられたんだ。どうしたら帰れる」

 俺は、この世界について何も知らない。今の俺は、目的地のない船に乗っているようなものである。

 「まあまあ、慌てるな。いきなり分けもわからないところに飛ばされて不安になるのは分かる。だけど、焦ったところでこの現状を変えられるわけじゃない。だから落ち着け」

 「すまない、少し取り乱した」

 不安のあまりヒューマンの男にきつく当たってしまった。

 俺は、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

 「ところで、兄ちゃん、名前は」

 「ニートだ」

 なんか、この文字表記にすると、ものすごく駄目な人間みたいに思うんだけど、気のせいか。

 「そうか。俺は、ケンジだ、よろしく」

 「こちらこそ、よろしく頼む」

 俺は、ケンジから出された手を握った。ケンジの手は乾パンのように硬く、ボロ雑巾のように荒れていた。この手は生きるためのものである。俺の手とは、全然違う。この皮膚一枚一枚に、細胞一つ一つに経験という記憶がある。俺の手には無いもない。


 俺は、ケンジに促されるままカウンターに行き用意された椅子に座った。ケンジは、カウンターを挟んだ向かい側に座る。

「ニート、ここはアースガルスという名前の世界だ。地球とは別の世界、つまり異世界だ。気づいていると思うがここにはヒューマン以外にエルフ、ドワーフ、獣人がいる。それぞれの種族によって能力が異なっていく。例えば、エルフだったら魔力が高かったり、ドワーフだったら鍛冶ができて力が強くなったり、獣人だったら身体能力が高くなったりする」

 「じゃあ、ヒューマンはどうなんだ」

 間が生じる。ケンジは、心を決めたかのように話す。

 「ヒューマンはだがな、普通のNPCと同じ能力なんだよ。言い方はひどいがこの世界で最弱の種族だ。だが、安心しろ、弱いからと言って迫害とかはされていない。そういう決まりがある。だから、俺だって安心してこの世界で生活することができている。心配する必要はない」

 少し残念そうな顔をした俺にケンジは、精一杯のフォローをしてくる。ありがたいが気を使われていてこっちが申し訳なくなる。

 やっぱり俺って異世界に来ても負け組なんだな。俺らしいと言えば俺らしいが少しは夢を見せてくれたっていいんだよ。

 「そ、そうか。それで、元の世界に帰る方法はないのか」

 ケンジがあまりにも俺に対してフォローしてくるので話を逸らすことにした。

 「ある」

 「あるのか。一体、どうすればいい」

 「それは……1000年ダンジョンをクリアすることだ」

 「1000年、ダンジョン」

 「ああ、1000年もの間誰一人としてクリア者がいないダンジョンから1000年ダンジョンと呼ばれている。詳しい話は分からんがそれをクリアすれば元の世界へ帰れるらしい」

 「()()()てどういうことだ」

 「そういう伝承さ。なにせ1000年前にクリア条件が一回言われたきりだからだ。今じゃ、クリアしたら願いを一つ叶えることができるだの神様になれるだのといったくだらん噂だってある。この世界にいる人で真実を知る者はいない。俺が、知っていることはこんくらいだ。あとは、他の人に聞きな」

 「分かった。ありがとう、ケンジ」

 「おお。次来るときは、うちの商品を何か買ってけよ」

 「もちろんだ」

 俺は、立ち上がりドアを開ける。

 「またな」

 ケンジは手を上げて言う。

 「ああ、また」

 俺は、去り際に小さな声で言った。

 空は、すっかり夕暮れになっている。

 

 

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