現実世界でも異世界でも
車酔いみたいな感覚があって、頭痛もひどい。目の前は真っ暗だ。頭が働いていない。
そうだ、目を開けるんだ。
そこに広がっていたのは、石畳の上を歩くエルフ、ドワーフ、獣人、ヒューマンであった。どれもゲームやアニメで見たことがある姿をしている。
建物は木造建築で風情がある。よく見ると、洗濯物を干し終えた麻のロープがいたる所に見える。
見るものすべてが新鮮である。俺の現実世界で疲れ切った心を癒やしてくれる。
───ゴーン、ゴーン、ゴーン
鐘の鳴る音がする。
俺は後ろを振り返る。そこにあったのはビッグ・ベンのような時計台であった。
時計台は、所々欠けていて年季を感じる。丁寧に手入れされているのはわかるのだが、それでも落ちきらない苔や汚れが時計台の貫禄を演出している。この街のシンボルであることは間違いないだろう。
俺は、とても興奮していた。山へ行き街並みを見下ろすのもいいが、時計台を下から見上げるのもそれの迫力を直に感じることができいいものだ。時計台の圧倒感に憧れを抱く。言い例えるのなら、父親の背中が偉大に感じ、憧れるのと一緒の感情だ。
心臓が高鳴る。興奮し過ぎたせいか、体が火照っている。たが、今はそれが心地よく感じる。
俺は、八百屋や青果店、精肉店といった路地店が並んでいる大通りを歩いていた。
───安いよ、安いよ、今日は野菜が安いよ
───うちの肉は安くて美味しいよ、今なら安くするから買っていきな
───500ゴールドでどうだい
───ダメだ、700ゴールドでどうだ
───580ゴールド
───分かったよ、580ゴールドだ
通りはとても活気がある。店主たちは客を引き込むために必死になり、客は1ゴールドでも安くしようと値切っている。
俺は、通りをうろちょろしていた。正確に言えば、話すタイミングを伺っていた。少しでのこの世界についての情報が欲しい。
何度も話しかけようとするが、話しかける一歩手前で足が止まり諦めてしまう。
本当、俺ってコミ力がないんだな。まぁ、これも一つのアイデンティティだよな。そうだよね!
明らかに、通りにいる人たちが俺のことを不審な目で見ている。
ああ、なんか懐かしい。現実世界にいたときもこんな目で見られたことがあったなぁ。言ってて悲しくなるのはなんでだろう。
「異世界まできてこんな目に遭うなんて……はぁ」
心の声が自然と漏れてしまった。ついでにため息も。
俺は、いたたまれない気持ちになり、裏路地へと逃げていた。
ここは、居心地がいい。誰一人としてここの通りを歩いていない。日の光をちょうどいい具合に遮断し、物静かなところがいい。
俺は、通りをゆっくりと歩いく。
通りを奥の方へ行ったあたりにガラスのショーケースに入った武器を見つけた。
店の看板には『黒龍の祠』と書いてある。
俺は、ショーケースに入っている武器を見た。
ゲームとかでよくある無意味な装飾はないものの実戦のためだけに造り上げられた鋼の武器に俺は心を奪われた。
より軽く、より鋭く、より頑丈な究極の代物を目指して造られた職人の時間、技術、魂が込められた物がそこにある。
それに華やかさや煌びやかさはないたが、一つのことを極めた形がある。それに惹かれない男はいない。
俺は、ショーケース内の一つのナイフに心惹かれた。それは、ショーケースの隅に置かれている。
はっきり言って、このケース内で一番みすぼらしいものである。その姿が自分と重なって見えたのかもしれない。俺と一緒でこいつも日陰者である。
俺が買わなきゃ、こいつは一生このショーケースにいるのかもしれない。そう思うとこいつに愛情が湧いてくる。
「そこで何をしてるんだ」
作業着姿のヒューマンが話しかけてくる。体格の良い強面の男だ。
まじで、怖い。一体、何人の人を殺してきたんだろうか。
「すまない、迷惑だったか」
「いや。買いたいものがあるなら店の中に入りな」
「ああ、わかった」
俺は、店の中へ入っていった。