10:憑依する時流れ
冬月家で昼食をご馳走になった後、私は小さい冬夜君と彼方ちゃんの二人の相手をしていた
昼食後、何をするかと思えば折り紙。最近、二人がハマっているらしい
今は鶴を折る二人と一緒に私も鶴を折っている
「なつきおねえちゃん、ここはこれでいいの?」
「うん。冬夜君、上手だね。次はここを・・・こうするの」
「わかった」
「彼方ちゃんは・・・」
「・・・」
冬夜君に次の折り方を教えた後、彼方ちゃんの様子を確認する
そこには、涙目でボロボロになった折り紙を持つ彼方ちゃんがいた
「どうしたの?」
「おってたら、こうなった」
普通に折っていたら絶対こうはならないと思う。それぐらいボロボロなのだ
しかし彼女が嘘をついているとは思えない
かなり不器用な子なのかな・・・
「新しい折り紙出そうか」
「ん・・・」
「何色がいい?」
「ぴんく」
「わかった。はい、彼方ちゃん」
「ありがと、なつきおねえさん」
ピンクの折り紙を手渡すと、彼方ちゃんは嬉しそうにそれを受け取ってくれる
んー・・・小さい頃から可愛いな
写真で見ただけでも綺麗な人だなとは思っていたけど、幼少期も可愛い
「ピンク好きなの?」
「わたしは、そこまですきじゃない。とうやくんがすきなの」
「!?」
冬夜君が・・・ピンク好き?
確かに、家で使っているランチョンマットはピンク色だったな
A-LIFEの端末カラーも限定モデルの薄ピンクというこだわり派
なんでピンクが好きなんだろう。気になるな
「冬夜君は、ピンクが好きなの?」
「好き。ぼくね、おはな、さくらがいちばんすきなの。だから、ぴんく」
「なるほど・・・じゃあ、彼方ちゃんは何色が好きなの?」
「しろ」
「白が一番好きなんだね。どうして?」
「・・・わたし、このかみがすきなの。おかあさまとおなじ、かみのいろ」
「そうだね。お母さんと同じ色。綺麗だなって私も思う」
「ありがと。とうやくんいがいはみんな、このかみがこわいっていうの」
「こわい?」
「ばけもの、おばけ、いろいろ。だから、わたし、なつきおねえさんが、きれいだっていってくれて、うれしい!」
嬉しそうにはしゃぐ彼方ちゃんと彼女の行動を真似るように私の側に来る幼い冬夜君
本当に仲良かったんだろうなぁ・・・こんなに小さい頃から一緒だし
「かなたちゃん、これ・・・」
「わぁ、とうやくんじょうず。いいなぁ・・・」
「・・・あげる」
「いいの?でも、これはおかあさまに」
「いいの!かなたちゃんに、あげたいんだ」
「ありがとう。だいじにするわ」
折り鶴を受け取った彼方ちゃんは嬉しそうに微笑んでいる
十五年後にはもういない少女
彼女はこれからどう過ごし・・・どんな少女になるのだろうか
少なくとも、めちゃくちゃ綺麗にはなる
冬夜君と鹿野上さんにとって大事な人になるみたいだし、何よりも一葉さんの話ぶりから冬月財閥を十五歳時点で動かしていた才女、なんだよね
「・・・どうしたの、なつきおねえさん」
「ううん。なんでもない」
「・・・本当に?」
「・・・本当だよ、彼方ちゃん」
彼女の目つきが変わった気がした
子供らしいほわほわしたものじゃなくて、大人びた何か
立ち振る舞いも、四歳の女の子のそれではなく、どこか優雅でとてもじゃないが四歳の女の子とは思えなかった
「・・・無理しなくていいわ」
「無理してないよ。彼方ちゃんこそどうしたの?冬夜君、びっくりしてるよ」
「・・・時間がないの。だから、はぐらかすに答えて。貴方は時間旅行をしている。間違いはない?」
「そうだよ。その通りだよ。でも、どうして・・・」
「・・・行動を一緒にしていたのは拓実さんね。じゃあ、今回も「ダメ」か」
「ダメって、どういうこと?」
「貴方自身の記憶の引き継ぎが成されていない今、この時間軸に長く留まっていたくない。時間がないの。早くしないと、あの子が消えてしまうから。私は「時流れ」を完成させないといけない」
時流れ・・・?
確か、時の一族の・・・時間を渡る能力って時渡りじゃなかったっけ?
時流れって何なんだろう
今、目の前にいる彼女に聞ければいいのだろうけれど・・・教えてくれる様子ではない
私に言えることは、ただ一つ
「・・・よくわからないけれど、私に何かできることはある?時間がないのなら、できることをしていかないと」
「・・・この後、新橋神社で新橋照基の二人の弟子に会いなさい。その内の一人、貴方の身近にいる人物によく似た方の後をつけて・・・地下室にいる少年に会うの。鍵は壊してもいいわ。事情は伝わっているし、彼は帰ってこないでしょうから」
「地下室・・・そこにいる人に会うだけでいいの?」
「ええ。この時間旅行でやるべきことは一つ。一葉拓実のトラウマを掘り起こすだけでいいわ」
「はぁ?」
「そうでもしないと、貴方に自分の過去を話さないんですもの。苦渋の決断よ」
「・・・」
トラウマを掘り起こすって軽い感じで言うけれど、やってることかなりえげつないよね・・・
でも、なんだろう。逆らったらいけないような気がする
これは流れの提示だと勘が告げているのだ
彼方ちゃんが述べるのは、最善の道筋
最悪の道筋に落ちた私たちがその中で最善を掴める道筋を彼女は示している・・・そんな感じがするのだ
「後は新橋神社に滞在して、のんびりこの時間を観光して・・・時間旅行を何事もなく終わらせたらいいわ」
「そう・・・」
「貴方がご両親と過ごしたくない、というのならうちに滞在できるように取り計らうけれど・・・」
「ううん。私、新橋神社に行くよ。少しでも、両親がどんな人だったのか知りたいから」
「そう。でも、覚えておいてね」
彼方ちゃんは優しい笑みのまま、私に語りかける
優しい声で、残酷に
「一緒にいられるのは三ヶ月。この旅の最後に貴方は、言い方は酷いかもしれないけれど・・・ご両親を見殺しにしないといけない」
「運命を、変えてはいけないから」
「そう。貴方にもどんな影響があるかわからないわ。ご両親が生き残ったことで、貴方が死ぬ可能性もある。周囲の人だって同じリスクを背負っている」
わかっている。わかっているはずなのに
実際、その場面に遭遇したら私は・・・正しい選択をすることができるだろうか
わからないな、そんなこと
考えたくもない
でも、しなければいけない時は来る
その時までに、意思を固めないといけない。両親を見送る心の意思を
「あのさ、彼方ちゃん」
「何かしら」
「もしも、もしも私が運命を変えたら、どうなるの?例えば、永海バスハイジャック事件を始まる前に止めたら・・・とか」
「そうね。永海バスハイジャック事件が存在していない時間・・・という前提で話すと、確定してしまうのは、拓実さんが死ぬ未来だけ。後はどうなるかわからないわ」
「わからないって、彼方ちゃんは時の・・・」
「未来は、無数に分かれているもの。いくら能力者でも不確定な未来を言い当てることはできないわ」
けれど、言い換えれば確定した未来は言い切れる
それが、一葉さんの死
「どうして、一葉さんが死んでしまうの?」
「一葉家に行けばわかるわ」
「・・・わかった」
「・・・本当に申し訳ないわ。私の都合で、貴方にも酷な思いをさせてしまって」
「うーん・・・別に大変とは思ってないよ。ただ、全然先が見えないし・・・この時間旅行の本当の意味。終末のこととかも全部わからない。わからないことばかりだから、大変だって実感も、彼方ちゃんみたいに、何かを成し遂げないといけないと思う気持ちも私にはない。でもね、これだけはなんとなくわかるんだ」
幼い彼女の手を取って、小さく笑いかける
会ったこともない彼女にこうするのが当たり前のような感覚を覚えた
何故かはまだわからない
けれど、いつかの私にはわかる。そんな予感がした
「彼方ちゃんがしていることは、私に、私たちに必要なことってことぐらいはなんとなくわかる」
「・・・どうして」
「まだ確証はないよ。ただの勘。でも、私の勘、意外と当たるんだよ?」
「知ってる。貴方、とても鋭いもの」
「知ってるんだ。お兄ちゃんから聞いた?」
「いいえ。実際に目の当たりにしたの」
「そっか」
分岐した無数の未来。その中にきっと彼女が生きて二十歳を迎え・・・私と出会う未来もあるのだろう
彼女はきっと、そこからやってきた
何の目的で、時流れをしているのかわからないし、それがどういったものなのかもわからない
そう、まだ知らないことばかり
けれどいつかの私は知るだろう
終末も、彼方ちゃんの目的も、時流れの意味も全て
これはあくまで知るための時間旅行。真実には辿り着かない
そこへ向かうのは、彼女の仕事。私の勘がそう言っている
「ねえ、彼方ちゃん」
「なにかしら」
「また、会えるかな」
「そうね。貴方が記憶を引き継いでいない周回では・・・毎回が初対面になるだろうけれど、私が生きている時間軸での時間旅行であれば、必ず会いに行くわ」
「あ、そういうのじゃなくて。いや、会えるのは素直に嬉しいんだけど、忘れちゃう再会は抜きにしてさ・・・ごめんね。言い方が悪かった」
「私が十六歳になる春。彼方ちゃんが二十一歳になる春が本来の形でいいんだよね」
「ええ。それが本来の出会い方。出会う時間」
「いつか、ちゃんと会える?」
「ええ。ちゃんと会えるわ。ここから、900回ぐらい繰り返した先になってしまうけれど。3000回目の時間旅行で、私たちが生きて本来の時間に辿り着く道が開くの。貴方のおかげでね」
「じゃあ、私にも何か意味があるんだ」
「ええ。私たちが生きる未来を繋ぐ為に必要なのが「糸の能力者」なの。もちろん、あの人も・・・なんだけどね」
糸って、彼方ちゃんたちが生きて時間旅行に参加する未来に向かうことに必要なんだ
だから私が呼び寄せられたのかな。片割れとして
「私は、糸の覚醒の為に呼び寄せられたの?」
「それだけじゃない。それだけなら、誰にでもできる。私にだってできる」
「じゃあ」
「貴方にしかできないことがあるの。だから貴方は選ばれた」
「そっか」
糸の片割れだけではない、私の役割
他にもある、と言う事実は嬉しくて・・・それだけじゃないことに安堵を覚える
私にもできることがある。私にしかできないことがある
「私は寄り添って共に歩くことしかできないけれど、貴方はそれに加えて・・・数歩前に立って、迷っている人の手を引いてあげられる人だから」
「?」
「いつか、わかるわ。この言葉の意味が」
不思議なことをいう彼女は疲れたように目を閉じる
そして次にその目が開かれた時には・・・
「あれ?」
「・・・彼方ちゃん?」
「んー・・・どうしたんだろ。なんだか、あたまが、いたくって」
不思議そうに頭を抑える、年相応の女の子に戻っていた
流暢に喋っていた彼女はもうどこにもいない
けれどまた、必ず会える
私の記憶がなくても・・・ううん。それだけじゃない
いつかはきちんと、本来の彼女と出会うことになるだろう
「その時は、仲良くなれるといいな」
「どうしたの?」
「ううん。何でもない。具合は平気?」
「まだ、ゆっくりしたい・・・かな」
「じゃあ、絵本読んであげようか?ほら、冬夜君も怯えてないで、こっちにおいで」
彼方ちゃんが変わってから物陰に隠れていた冬夜君を呼び寄せて、私は本棚から適当に取った絵本を手に取る
「・・・なんだろう、これ。手書きの絵本?彼方ちゃんのお母さんが書いたの?」
「ううん。それ、おかあさまのおともだちがかいた絵本。2つあるうちのひとつ、なんだって」
彼方ちゃんのお母さんへ「いつか子供が産まれた時に読んであげて欲しい」と、絵本作家の友達が贈ったものらしい
タイトルは「なかよしふたごのあさひるばん」
著者は「鈴原真実」・・・聞いたことない作家さんだ
表紙には、灰色の髪の双子の男の子が書かれている。タイトルもなかよしふたごだし、彼らが主役なのだろう。
その絵本を、二人に読み聞かせるために私はそれを開く
今か今かと待つ二人に応えるように、私は平仮名で書かれた軟らかい文章を、声に出して読み聞かせを始めていった




