8:十五年前の永海
朝食を摂り終えた私たちは、出かける準備を整えて出入り口に向かう
念のため旅行鞄に荷物を入れて持って行こうと話をしているから大荷物だ
「お待たせしました、一葉さん」
「いえ。私も先ほど来たばかりですから。お気になさらず」
それから私たちはドアを開けて十五年前の永海へ足を踏み入れる
「秋、ですね」
「そうですね。日付は・・・9月29日みたいです」
もう秋の色が濃いと感じる時期のようだ
木々は徐々に赤く染まり、枯れたそれはゆっくりと地面に落ちていく
日付も正確なものがわかっているらしい。A-LIFEで確認しているようだが・・・
「A-LIFE・・・使えるんですか?」
「みたいですね。通話ができるか確認しておきましょうか」
「はい」
一葉さんと電話番号を交換した後、彼に電話をかけて貰う
私はメッセージを送付してみる
「・・・電話、通じるみたいですね。メッセージも届いていますか?」
「はい。確認できました。鍋食べたい・・・。あの、新橋さん。この時期に鍋を食べたいんですか?」
「いえ・・・予測変換でぽんと出てきたのがこのワードだったので・・・」
「どんな予測変換ですか。な、だったら大体「なるほど」とか「何?」とかじゃないんですか」
「えへへ・・・冬場、お兄ちゃんにいつも鍋食べたい鍋食べたい鍋食べたいと訴えていて、でもお兄ちゃんも私も自炊できないので、結局ここ二年ほど食べさせて貰えてません・・・」
冬夜君がいたときは本格的な鍋を用意して貰えたけれど、自炊できない私たちが用意できるのは最高で雑炊ぐらいだ。鍋なんてたいそうなものは用意できない
「・・・新橋さん、一つ聞いても?」
「何でしょう」
「調理実習の時、貴方何をされていたんですか?」
「友達に全部任せてました!」
「そうですか。そういう人に限ってなぜか家庭科の評価いいんですよね。何点でした?」
「安心してください一葉さん。私、家庭科1なので!正当に評価されてます!」
「自慢げに言うな自慢げに・・・少しは改善しろ。二人の兄妹なんだろ?料理の一つぐらいできるようになっておかないと・・・」
完全に呆れられている
しかし、一葉さん結構荒い口調だな・・・こっちが素なのだろうか
「一葉さん、口調粗めですね」
「あ。やってしまった。すみません。気を悪くしましたよね。普段の敬語は、その・・・仕事モードです。そちらの方が安心すると思って、こちらを普段使いにしていたのですが・・・」
「なるほど。エセ紳士モード」
「エセ・・・?」
若干、彼の眉間がひくついた気がするが気にせず話を進める
「まあ、そんな仕事モードを普段でやるのは大変でしょう?気を遣わなくていいですよ。私、怖いなとか思ったりしませんから」
「・・・じゃあ、お言葉に甘えて。これからはこっちでやらせてもらう」
「はい、一葉さん」
「・・・名前でいい。苗字はあまり好きじゃないんだ」
「では、拓実さんとお呼びしますね。あ、勿論ですが私のことも名前で呼んでください!」
「じゃあ、夏樹さん。確認も終えたし、早速行くか」
「はい」
そうして、やっと移動を開始した
見渡す限り木々が生い茂る場所。どこに停泊しているかは聞いていない
「・・・ここはどこなんでしょうか」
「単純に考えれば、永海山の山頂だろうな。十五年前のってつくだろうけど」
「そうですね。下りですし、上りよりはスムーズに動けていますよね。そろそろ中腹に到着する頃でしょうか」
「そうだろうな。そこで一時的に休憩をしよう。地図も見ておきたい」
「了解です」
大きな鞄を持ち、杖を使いながらすいすい移動する拓実さんの後ろを私はついて行く
・・・足、大丈夫なんだよな?
「あの、拓実さん。何度も聞いて申し訳ないのですが、足は大丈夫なのでしょうか。結構負担かけていません?」
「これぐらいなら問題ない。杖も念のために持っている程度だ。思っているほど酷くはない」
「なるほど」
そうこういっているうちに中腹に辿り着き、私たちはそこで一時的に休憩をする
水を飲んで、地図を十五年後と今と重ね合わせつつ、違う部分がないか確認しておく
「・・・新橋町に関しては全然変化がないな」
「じゃあ、私にも道案内ができますね」
「ああ。よろしく頼む」
「しかし・・・過去に来たって実感が湧かないな」
「全然変わりないですもんね」
日付は確かに十五年前。けれど、そこは過去とは思えない
年号が変わるほどであれば変化も大きいだろうけど、流石に十年二十年じゃ大きく変わるわけもないよね
「せめて、過去の人物に会えればなぁ・・・だからと言って俺の知り合いを頼ろうとすると、夏彦は今頃祖父母に引き取られた頃だろうし、覚と東里は絶対に会えないだろうし、虎徹をはじめとした連中には関わりたくないし、玲のガキ時代は知らない。一馬は玖清だからすぐに会えるけど・・・入院してる可能性の方がデカいし」
「お知り合い、ですよね?」
「高校時代のな。三年間つるんでた」
「ちなみに、高校はどちらに」
「ドブ」
その、表現をすると言うことはあの伝説の高校しかないじゃないか
女子は絶対にいかない実質男子校な共学校
「・・・まさか、あの不良の巣窟。名前を書けば合格間違いなしなあの沼田高校ですか!?」
「ああ」
「なんで教師になれたんですか」
「一馬のおかげ。俺が入学した時、沼田に似つかわしくない育ちのいい浪人生がいてな。そいつの面倒見つつ、面倒見て貰って大学進んで、教職に就いた」
「なるほど。その一馬さんという方のおかげなんですね。でも浪人・・・」
「一馬は体が超弱いんだよ。浪人したのもそれが原因。俺があいつと関わるようになったきっかけは対面吐血だからな?新品の制服ダメにされてあの時は発狂しそうになったよ」
「対面吐血・・・」
「もう前全部血だらけ。想像しただけでもやばいだろ」
「やばいですね!」
想像しただけでもやばい光景に拓実さんは遭遇したらしい
でも、その人のおかげで先生になったのか・・・沢山勉強したんだろうな
「一馬は俺の他にも色々な問題児の先生をしていた。ついた名前は九重教室。俺たちはその教え子として、一馬や教え子仲間とつるんでたって感じだ」
「へぇ・・・かなりわかりやすく教えてくれた先生だったんですか?」
「ああ。俺たち全員、一馬がいなきゃ碌な学を持たずに社会に出ることになっただろうから、あいつと出会えたのは本当に幸運だったよ。そうでなきゃ、教師にもなれていなかったし」
彼はそう言って話を締める
本当に凄いんだな、九重さんって人。それについて行った拓実さんたちも並々ならぬ努力をしたんだろうな
「俺たちは全員、通知表がオール1になってたような連中だ。それを上げられたのは一馬の力もあるだろうけど、努力をするのも、サボるのも、自分次第だ」
「・・・自分次第」
「そう。苦手意識を持っているものも、蓋を開けたら得意なことかもしれない。だからさ、そのなんだ。低いことを当然のように処理するな。伸びしろはある」
「そうですかね?」
「もしも、次の家庭科、1じゃなくて2だったら・・・鍋、奢ってやる。やってみろよ、新橋夏樹。形は異なるが、努力の要領は槍の特訓と同じだ。お前なら十分やれるよ」
「槍、してるのご存じだったんですか?」
「ああ。答え合わせは新橋神社に着いてからしてやる。さ、返事はどうだ?」
「頑張ってみます。鍋、食べたいですし!」
「結局は食欲で動くのかよ。全く、相変わらず変な奴」
即答した私の答えに呆れながら、彼は荷物を持って立ち上がる
・・・だって、素で頑張るって言うのは少し照れくさいし
「休憩はそろそろ終わりにしよう。時間調整もしたいから、少しだけ街を見て回ってから新橋神社に向かおうか」
「時間?」
「ああ。今日は平日。だったら三時以降じゃないとダメだ」
「・・・わかりました。じゃあ、時間まで街を見ていきましょう。買い物も少しならいいんですよね」
「ああ。消耗品や食品の買い物は問題ない。食品も、当時売り切れが続出していた人気商品とか、高級食品はやめておいた方がいいとは言われているが」
「何がきっかけで変わるかはわかりませんからね・・・あ、お金は使えるんでしょうか。私、電子ですが・・・」
「その電子決済ソフトは2020年にリリースされたものだ。今は使えないだろうな」
「やってしまった・・・」
「それに、紙幣や硬貨のデザインも変わっている。朝比奈さんに相談したら現代貨幣に換金してくれたから。お前のことだからどうせヘマしてるんだろうなと思って、大目に換金してる。この三ヶ月だけはきちんと養ってやるから安心しろ」
「奢るじゃなくて養うとか優しいですね」
「お前はまだ子供なんだから、大人しく大人に甘えとけ」
「はーい」
一葉さんが自分を見せてくれるようになった十五年前の永海探索初日
中腹から市街地へ、私たちは移動していく




