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針指す時の終末日  作者: 鳥路
拓実編「黄金色の銃弾と強運の怪盗」
76/83

7:黄昏時、夕日は沈み

今日ばっかりは早く起きないといけない

そう考えた俺は正二に頼んで目覚ましを六つ借りて、早朝六時に起きた

理由は至って単純

あいつに、会うためだ


「あれ、幸雪さん?」

「おはよ、雪季。早いんだな」

「そちらこそ。夏樹さんからかなり目覚めが悪いと聞いていたので驚いています」

「そうか?」


確かに、普段は九時以降じゃないと起きられないけれど、そこまで酷いのだろうか

むしろ夏樹さんや雪季が早すぎるのだ


「もう探索に行くのか?」

「いいえ。食堂に、少しお話をしに行きたいなと思いまして。この時間なら一人でしょうから」

「・・・お前も正太郎に?」

「はい」

「先に、俺からでいいか?」

「もちろんです。おそらく、幸雪さんが聞きたいことは僕の聞きたいことと一致しているでしょうから」


何もかもお見通しと言わんばかりの笑顔を浮かべて、雪季は俺にそう告げる

実は本当にわかっていたりして・・・なんてな

それから俺たちは食堂に足を向かわせて、厨房にいる彼に声をかける

一人で朝食の仕込みをしている彼の邪魔をするのは申し訳ないが・・・誰にも邪魔されず確認できるタイミングはここぐらいしかない

特に、夏樹さんにはまだばれるわけにはいかない


「正太郎」

「探偵さん、おはようございます」


厨房の中でこちらには目も向けず、ひたすら野菜を切り続ける正太郎に声をかける

彼は作業をこなす手を止めないまま、俺たちと会話をつづけてくれた


「おはよう。料理の準備、この時間から始めるって聞いてさ」

「お手伝いは無用ですよ」

「俺、家事できないんだぞ。手伝いなんかして大惨事を引き起こすわけにはいかない」

「そうですか・・・では、早めに外へ行かれるのですか?でしたら、軽く食べられるものを作らせて頂きますが」

「いや。俺は一つお前に確認をしに来ただけなんだ」

「確認、ですか?」


そこでやっと手を止める

これなら包丁を落としたりとか、動揺したりしないだろうから大丈夫だと踏んで、俺はある人物のことを彼に問う


「新橋夏花」

「・・・」

「その名前に、心当たりは?」

「ある、以外の返答は期待していないでしょう?ありますよ。夏花は・・・その様子だとご存じなんですよね。どこで知ったんです?」

「夏樹さんの御爺様経由だ」

「そうか。彼女はひ孫でしたね・・・忘れそうになる。あまりにも、そっくりだから」


やっぱり、夏樹さんがここに来る前話してくれた旅行鞄に関する話に出てきた舞台役者は正太郎か

正二が持っていたレコードで、夏樹さんが歌ってくれたフレーズが出た時はまだ確証を得たわけではなかった

しかし、今回で確定した。彼が新橋夏花と駆け落ちしようとしていた舞台役者だ


「探偵さんはどこで気づかれました?」

「レコードのフレーズでなんとなく、ぐらいだ。話を聞くまでは違う可能性も考えていたよ」

「そうですか。それで、探偵さんたちは・・・俺がその舞台役者であったら、どうされますか?」

「いや。純粋に凄いなって」

「はい?」


別に俺はそんな舞台役者だろうが、正太郎かどう成長しようが知ったことではない

知り合いに役者がいて嬉しい!とかそういう気持ちにもならない

ただ純粋に、凄いなと思うだけだ


「あんなに小さかったのに立派になってなぁ!って思ってさ」

「そうですか。褒められるのは、嬉しいですね」

「前々から人目引く容姿だなとは思ってたけど、でかくなったらやっぱり磨きがかかってるなー・・・一番星にもなれるわけだ」

「容姿の力もありますが、演技も歌も負けませんからね、探偵さん」

「うんうん。レコード聞いたときすげえなぁって思ったからさ。演技も凄いんだろうな。な、あれ、レコードの歌、着信音にできね?」

「できませんよー・・・できてもしないでください。商品にしても問題ないぐらいしっかり歌ったつもりですが、今聞くと羞恥の塊なんですよ?」


あれで羞恥の塊とか言うか

正二の言うとおり、天使の歌声だったのに・・・そんな・・・評価

訳がわからないな!

正二ほどガチ勢ではないにせよ、俺も正太郎の歌にはかなり惚れ込んだと思っている

「こんさあと」とかいうものがあったら「さいりうむ」とやらをぶんぶん振り回したくなる程度には好きだ


「そんなわけないだろ・・・天使だったぞ」

「お、お褒め頂きありがとうございます。後、正二みたいな褒め方するのはどうかと思うのでやめて頂けると嬉しいです」

「実は正二の正太郎凄いコールはキモいと思ってる?」

「あれに関して俺は気持ち悪い以外の感情を抱いていません・・・」


なるほど。結構な高頻度でやられているらしい

胃付近を抑えながら、彼は小さく唸り声を上げる・・・可哀想に


「そういえば、雪季も正太郎に何か聞きたいことがあるんだよな?俺と同じ内容じゃないよな?」

「はい。全然違ってむしろどうしてこうなったと考えています」

「そうなの?」

「そうです・・・ところで、筧さん」

「はい。何でしょう」


雪季に声をかける

いつもと違った目つきで正太郎に話しかけた彼は、纏っている空気が全然違って俺も背筋が凍りそうになった

対面している正太郎も、話の空気が変わって少しだけ真剣な面立ちをしていた


「話がそれて安心しているところに申し訳ないのですが、新橋夏花さんとは互いに駆け落ちを考えるほどの間柄だったという認識でいいのでしょうか?」

「その認識で構いません。それに、何の関係が」

「糸の能力者は、新橋さんの片割れである」

「・・・」

「貴方は先ほどこう言いました。夏樹さんがひ孫だと忘れそうになる。そっくりだからと」


雪季がまくし立てるように述べた事実の先にある答え

俺も、先ほど辿り着いた


「正直、ひ孫と曾祖母が瓜二つレベルで似るなんて奇跡の産物です。しかし、一つだけ可能性がある。正直、これも存在しているとは思えないのですが、超能力も時間旅行も何でもありなんですから、これぐらいはあるものだと考えていいでしょう」

「夏樹さんは夏花さんの生まれ変わりなのではないかと、雪季は言いたいのか?」

「はい。それであれば、糸の能力者も自然と絞れてくる。新橋夏花が夏樹さんの前世だと仮定し、思い人が貴方であるのなら・・・貴方が糸である可能性が一番高い」

「・・・そうですか」


正太郎は遠い目でそう呟いた


「しかし残念です。そんな憶測をその程度でされるなんて。俺は一般人です。糸なんてなんのことやら・・・」

「そうですか」

「そろそろ仕事に戻ってもいいですか?」

「あ、ああ。作業中悪かったな。後でまた時間をくれ。話したりないから」

「ええ。また後で・・・」


正太郎は糸ではない。彼がそう言った

雪季はまた案の練り直しだとぶつくさ呟いて部屋に戻っていく・・・一体どうしてしまったんだ、あいつは

それから俺は、のんびり厨房で朝の時間を潰していった

朝ご飯を一番乗りで食べたことは、言うまでもない話だ


・・


探偵さんがのんびり朝ご飯を待つ裏で、俺は厨房で朝食の準備を進めていく


「・・・ごまかせた、んだよな」


相良雪季の言葉には一瞬驚いた

まさか、一度の周回で俺が糸の能力者なんて辿り着くとは思っていなかったから

演技で乗り切るしかなかった

無事に騙すことができているのは安心した

主役は張れなくても、脇で舞台を引っかき回すサブの役はまだまだできそうだ


「すみません、嘘をついて。でも、まだばれるわけにはいかないんです」


この時間ではもう、条件を果たせないから

だから俺は消えるだけなんです

俺に残された役割は、後一つ

役目を果たせない存在ということを認識し、時の流れに任せて静かに消えること

たったそれだけなのだ

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