2:弟妹たちのディナー
「好きに座ってはいけないんですか・・・こんなに席があるのに」
「決まっているものでして」
「しかも・・・一人」
「決まっているものでしてー・・・」
食堂に向かうと、入口近くで一葉さんと正二さんが話しているところに出くわした
「どうしたんだ?」
「あ、探偵さん、新橋さん。いらっしゃいませ」
「お二人とも、ここは席が決まっているようですよ」
「そうなんですか?」
「ええっと・・・うわ、探偵さんも新橋さんも離れ離れですね」
正二さんは流れで座席表を私と幸雪君にも見せてくれる
私は雪季君と夜ノ森さんと四季宮さんと同じテーブルのようだ
幸雪君は冬夜君と一緒・・・でも、今の状態で彼が食事をできるとは思えない。実質一人だ
そして一葉さんも同じように一人。こちらは幸雪君のように実質というわけではなく、本当に一人
・・・変な座席表だな
「・・・片付けの手間もあるでしょうし、無視していいのでは?私のテーブルなんて私以外の名前、入っていませんし」
「そう言って頂けるのはありがたいです。ですが、席は悠翔が決めたので・・・」
「構いませんよ。席替え程度。ここまで人数が少なくなるなんて思っていなかったので」
「星月さん・・・」
そんな私たちの会話の中に入り込んできたのは星月さん
いつ現れたかすらわからないような存在感を纏いながら、彼はもう一つ、話を持ってきてくれる
「夜ノ森さん、遅れて食事をするそうですから・・・今から食事をするのは三人だけなんですよ」
「小影もか・・・」
「まあ、好きになされてください。それでは、失礼します」
伝えることを伝えた後、無駄な会話をすることなく彼は去る
食べないのかな、晩ご飯
「正二さんたちは、今、晩ご飯を食べないんですか?」
「兄さんと僕は仕事が落ち着いた頃にいただきます。巴衛さんは気まぐれなんですよね。作業に夢中で三日ぐらい何も食べずにいたとかザラですからあの人・・・」
「それは大丈夫なのか、正二」
「死んではいないので大丈夫かと。兄さんが食事を取るように言い聞かせてはいるみたいなんですが・・・なかなか言うことを聞かないみたいです」
「子供ですか・・・」
最年長の彼に隠された意外な一面を知ってしまった気がする
大丈夫なのかな、朝比奈さん
「それと、これは内密に」
「ふむ、何が内密なんです?」
「ここだけの話なんですが・・・悠翔は一度も僕らの前で食事したことないんですよ」
「・・・自室で食事、とか?」
「その形跡すらないんです。どうせ持ち込んだ固形食でもかじってんですよ・・・あの偏食野郎。罪深いにもほどがある」
食事に対するルーズさや、偏食具合
二人の相手をしなければならない料理担当の人は大変そうだ
「そういえば、正二。ここの食事は誰が作っているんだ?」
「聞いて驚いてください探偵さん!僕の兄さんです!凄いでしょう!超美味しいんですよ!」
「正太郎が作っているのか」
「はい!兄さんが丹精込めて作っています!」
「お前は?」
「洗い場と受け取り口以外立ち入り禁止です・・・お手伝いも禁止・・・」
「あぁ・・・」
「・・・悲しい気持ちになったところで、座席に案内しますね。料理もお持ちします」
「あ、ああ・・・頼む。なんか済まない」
座席に案内され、正二さんから座るように促された
幸雪君が窓際、私がその隣。一葉さんはその正面の席に腰掛ける
「幸雪君、正二さんって、その・・・」
「ストレートに聞きましょうよ。現代語じゃわからないかもしれませんからこう聞きますね。あの人、お兄さん大好きなんですか?」
「多分超好き。出会った時ぐらいしか知らないけど、その時点からべったりだった。正太郎も変わらずしっかり者のお兄ちゃんだ。年齢以上にしっかりしていた印象を俺も桜彦さんも持ったよ」
「あんな風にしっかりしたお兄さんがいたら、気持ちはわかるかな・・・お兄ちゃんに爪の垢煎じて飲ませたいぐらい」
「ふ、冬樹さんも頑張っているからな?節約とか、節約とか・・・」
そうこう言っているうちに、正二さんが晩ご飯を用意してくれる
幸雪君には和食御膳・・・気合い張ってるなぁ
そして私と一葉さんには・・・
「・・・ふるこーす!」
「おや。ここまでしっかりしているのが出てくるとは・・・」
「どうしよう・・・」
「気にしないで食べればいいんじゃないか?」
「もう食べてるし・・・でも、流石に」
「私も自信はありませんが、昔、将来的にと仕込まれたのである程度はできますよ。お手本になれるよう頑張りますので、見様見真似でやってみませんか?」
「それなら・・・」
「まあ、正式な場ではありませんし、普段の食卓のように気を抜いてやりましょう」
「はい」
一葉さんの動きを真似ながら、ギクシャク食事を進めていく
動きに集中して、味に集中できないな
「ところで、話しぶりからしてお二人にはお兄さんがいるようですが・・・」
「ああ。俺は四人いる。五男だ」
「そん、なに」
「多いですね。男系のご家庭ですか?」
「・・・ただの労働力だよ」
幸雪君らしからぬ低い声でそう言い切る
その姿に私だけではなく一葉さんも同じように驚いていた
しかし一瞬でいつもの調子に戻る
その変化が正直、怖かったことは言うまでもない
「一葉さんには話してなかったよな。俺は明治時代の出身なんだ。四月ぐらいにこの時代に飛ばされてきてな」
「そ、そうだったのですか。災難ですね・・・」
「私、幸雪君にお兄ちゃんが四人もいたなんて知らなかったな・・・あ、私はお兄ちゃんが一人です」
「私もです。兄が一人、いました」
「一人いた?」
「子供の頃に死んでしまったんです。しんみりとした話で申し訳ないですが」
「・・・あの、お兄さんとはいくつ離れているんですか?」
「双子なんです。だから同い年ですね」
へえ、双子さん
珍しいなぁ。今まで出会ったことないから
「・・・兄談義の匂いがしたので飛んできました」
「正二さん・・・お仕事は?」
「兄さんのことを語れるのなら後回しでいいです」
「それはそれでいいのか?」
兄の話題と聞いてやってきた正二さんはさりげなく一葉さんの隣に腰掛ける
一緒に持ってきたワゴンの上にはこれから出されるであろうフルコース組の料理が乗せられていた
いいのか、これで・・・!?
「せっかくだし、その後の話をお願いしてもいいか?俺が現代に飛ばされてから」
「ええ。勿論です。あの後、探偵さんの予想通り、うち、潰れまして!」
「やっぱりかー・・・」
「あの正二さん。「うち」というのは何なのでしょうか?」
「ああ、すみません。うちの家族は明治時代で花屋をしていたんです。けど、経営不振で潰れちゃって。両親は夜逃げして、それからは兄さんが僕を男手一つで育ててくれたんですよ。大学も行かせてもらいました」
あー・・・これはブラコンになるわーって思う出来事をお出しされてしまった
しかしお二人は楽観的に言うけれど、なかなかハードな人生を送っているらしい
「しかし、あの時代の大学というのはなかなか難関なのでは?」
「ええ。学力には問題なかったんですけど、学費が大変でしたね。でも、兄さんは僕に勉強に集中してほしいと言ってくれて、全額一人で稼いできてくれたんですよ」
「正太郎は、そんなことができたのか?」
「はい。おかげで僕も帝大を卒業して官僚になれました!」
「さらりと言っていますが・・・なかなかできることではないと思いますよ?」
「兄さんの期待に応えたくて!兄さんに報告したら立派になったと褒めてもらいました!」
ブラコンが本気を出したら、日本最高峰の大学も入学できるし官僚にもなれるのか・・・覚えておこう
私は流石に真似できそうにないけどね・・・
「しかし、正太郎はどんな職に就いていたんだ?人に言えないような・・・あの容姿を売り込んだ仕事とかじゃ、ないよな」
「兄さんがそんなことするわけないじゃないですか。確かにあの人目を引く綺麗な容姿で売り込んでいましたが・・・売り込み先は舞台ですよ」
「舞台ということは、正二さんのお兄さんは役者だったんですか?」
「一葉さんの言うとおりです。兄さん、演劇と歌の才能があったみたいで、大正時代ではトップスターと謳われた役者なんですから!数多の舞台に引っ張りだこだったんですよ!レコードだって全種揃えています!」
「レコードを出すレベルだったのか・・・凄いな」
「凄いなで済ませないでください!実際に凄いんです!兄さんの歌声は天使の歌声なんですよ!後で部屋に来てください。一晩中子守歌を聴かせて差し上げます・・・!」
レコード、か
大正時代といえば、曾お婆ちゃんが生きていた時代でもある
お兄さんしか眼中になさそうだけど、正二さんは曾お婆ちゃんが恋した役者さんのレコードを、筧さんは同業者として何か知っていたりしないかな
「ちょっと待て正二。正太郎が凄かったのはわかるが、ご飯の途中だ。引っ張るのやめろ。ちょ」
「探偵さんに説いてあげましょう。兄さんがいかに偉大か。兄さんがいかに素晴らしいか!探偵さんを兄さんワールドにご招待します!」
「嫌じゃないけど今じゃなくていいだろ!?うわなにをするやめ」
座席を立って、今すぐ兄さんワールドに誘おうとする正二さんと必死に抵抗する幸雪君
そんな彼の首に、なぜか手刀が入る
その衝撃で気絶した幸雪君の襟を掴む手刀を入れた張本人・・・正二さんは何事もなかったかのように笑っていた
「うふふ、嬉しすぎて探偵さん気絶しちゃったみたいですね!」
「いや貴方が」
「何か言いました?」
「・・・何でもないです」
一葉さんはこれ以上何も言うまいと目をそらした
私もまた、同じように。関わったらいけない気がしたので、必死に目を逸らしておいた
幸雪君、君の犠牲は忘れないよ・・・
そんなこんなで正二さんから引きずられるように連れて行かれる幸雪君を私たちは静かに見送る
「・・・ブラコンも度が過ぎると恐ろしいですね」
「ですね」
流石にこのまま晩ご飯の続き、というテンションにはならず、メインだけ食べてデザートには口をつけずそのまま食事を終えてしまった
食器は放置も何だったので、二人で洗うことにする
ワゴンの上に食器をのせて、厨房へ向かう
勝手がわからないけれど・・・まあ、それなりにやるしかないだろうな




