1:十五年前に向けて
「十五年前。私の時間ですか」
「はい、一葉拓実さん。貴方が望まれた時間へ向かいます」
「そうですか」
一葉さんは淡々と返事をする
あまり嬉しそうじゃないことは私にだってわかる。もちろん、彼にもだ
「あまり嬉しそうじゃないですね」
「手放しに喜べる状況じゃないみたいですから」
一葉さんは雪季君を軽く一瞥した後、星月さんを睨む
「この時間旅行、何か裏があるのではないですか?」
「裏、とは」
「すっとぼけますか」
「どこかおかしいところがありますか?」
「大ありです。時間旅行に集められた人員も一癖二癖ありそうですし、何よりも、星月さん。貴方たちのメリットが私にはわからないんですよ」
「メリット・・・?」
言われてみれば、無条件に時間旅行をさせて星月さんたちが得られるものは何なんだろう
時間旅行の実績サンプルとか?
でもそれにしては年齢層とか性別とか偏りすぎだし・・・それならもう少し均等に人を呼ぶよね
・・・考えれば考えるほどわからなくなる
「単刀直入に聞きます。私たちに時間旅行をさせて、貴方たちは何を得るんですか?」
「相良雪季の記憶引き継ぎボーナスで教えてあげましょう。周回ボーナスとも言いますね」
「そんなゲームのクリアボーナスみたいなノリで答えないで頂けますか・・・」
「まあまあ、落ち着きなさいって。すべては終末の先に向かうためです。まあ、今の貴方では終末の概要にすら辿り着けないでしょうけど」
「・・・」
煽るような口調に一葉さんはため息を、ついでに飛び火した雪季君はまた飛びかかろうとしていたが、それは幸雪君が必死に抑えてくれていた
「さて、話はここまでにしておきますか。正太郎。後の説明と前回同様部屋のくじ引きでもしてください。いつも通り、適当にで」
「いつも通り・・・?よくわからないけれど、わかった」
「あ、そうそう。忘れるところでした」
「・・・は?」
星月さんは忘れ物を思い出したような感じで、帰る前に冬夜君の前に立つ
「貴方に動かれると少々厄介でして。この周でも眠っていてくださいね」
清々しいほどの笑顔で、星月さんは冬夜君に何かをした
それは私たちに認識することはできなかったけど、彼の体が大きく傾いてそのまま床に倒れる
「・・・またですか」
「雪季君、何か知ってるの?」
「・・・今は、詳しく言えません。僕としても理解が追いついていないので、少し、情報を整理する時間をください」
「うん。一人で無理しないようにね」
「ありがとうございます」
それから、筧さんから時間旅行の軽い説明をしてもらった後、くじ引きで部屋を決めた
カードキーを配布される。二号室。間違いはない
眠っている冬夜君は朝比奈さんとかまぼこさん?とかいう機械と一緒に十二号室へ
後はそれぞれ部屋に向かおうと荷物を手に取ろうとする
「雪季君、部屋を確認したら三人で晩ご飯に」
「いえ。僕は少し時間を置いてから向かいます。お二人で食べて来てください」
「それでは」と彼は言い、先に部屋へ向かって行ってしまった
私と幸雪君はそれを見送って、どうしようかと互いに顔を見合わせる
「とりあえず、二人で行こうか」
「ああ。待ち合わせ場所を決めたら、部屋に向かって、確認を終えたら合流しよう」
「わかった」
今後の流れを幸雪君と相談してから私たちも行動に移そうとした
荷物鞄を持つとき、ふと視界の端に考え事をしている一葉さんが映る
そういえば、彼は杖をついていたな
あの足では荷物を運ぶのも一苦労じゃないかな
「幸雪君、やっぱり先行ってて。ここと作りが一緒なら廊下があるだろうし、後で廊下に待ち合わせしよう」
「あ、ああ。わかった。それじゃあ、お先に」
幸雪君は荷物を持って、そのままホールを出て行く
それを見送った後、私は一葉さんに声をかけた
「一葉さん」
「新橋さん。まさかここでお会いするとは。大丈夫でしたか、先ほど、色々とありましたが」
「ご心配ありがとうございます。私は、大丈夫です。それにしても、一葉さんも時間旅行の招待状を受け取っているなんて思っていませんでした。世間は狭いですね」
「そうですね。世間は案外狭くてびっくりです」
「お荷物、大丈夫ですか?足が心配で、お手伝いをと思いまして」
「大丈夫ですよ。ここも自分で荷物を持って来たので。お気遣いありがとうございます」
「一人で、ですか?」
「いいえ。助っ人を。部屋に行きながら話しましょうか」
「お願いします」
それぞれ荷物を持って、ホールを出る
のんびり歩きながら、一葉さんはここまで来た時の話をしてくれた
「確かに、私一人でこの山道は大変だったと思います。けれど私には助っ人がいたのです。この山をフィールドにする存在がね」
「その助っ人は?」
「うちの生徒ですよ。永海山の山頂に行くと言ったら、案内してくれると行ってくれて、ここまで案内してもらいました」
そうか、一葉さんは小学校の先生か
小学生の中学年ぐらいから永海山を駆けて遊ぶ子はとても増える
そんなフィールドの彼らに山頂まで案内してもらえれば、安全で確実な道を辿ることができるだろう
「しかし驚きました。私には飛行船が視認できたのですが、子供たちには飛行船が見えていなかったみたいなんです」
「そうなんですか?」
「はい。だからこそ、子供たちから「山頂で何をするの先生・・・」って聞かれてしまって、慌てて天体観測をするとごまかしました」
「あー・・・」
ここに来る協力者がいた分、逆に大変だったみたいだ
しかし、飛行船は時間旅行参加者しか見えていなかった。これは新事実かもしれない
それともう一つ。話だけでもなんとなく理解できることがある
「一葉さんは、生徒さんに好かれている先生なんですね」
「どうして、そう?」
「だって、放課後の時間、山を案内するなんて自分から言い出してくれる生徒さんがいるんでしょう?とても慕われていないと、そんなこと言ってもらえないのでは?」
「そうですかね・・・昔は、人を殺してそうな目つきをしているとか言われたことあるぐらい人望なかったんですけど。今はちゃんと目つきも改善できているのでしょうか」
「えぇ・・・そんな感じには思えないんですけど」
「いえいえ。教育実習の時は酷かったんですよ」
「想像できません・・・」
私は一葉さんに朗らかな印象を持つ
だからこそ目つきが悪いだとか人望がないとか、話しぶりからは全く想像できない
しかし、その出来事は事実らしい。想像できないな。本当に
「三階の廊下に着きましたね」
「そうですね。では、また晩ご飯の時間に」
「はい。ではまた」
廊下で彼と別れて、そのまま自室へ向かう
なにこの家みたいな安心感がある間取り・・・
「・・・それにこの紙。絶対、全員配布じゃないよね」
船の間取りと共に置かれた手書きのメモ
時間旅行の条件?らしきものが書かれたそれは、私でもわかるぐらい凄く重要な情報だと思う
「でも、誰に相談するべきなんだろう・・・」
幸雪君に相談するのが一番だと思う
雪季君は、今、別の情報を用意して情報整理の邪魔をしたら・・・という不安が大きい
「一葉さんなら、相談に乗ってくれるかな」
それに、今の彼には情報が沢山必要だと思う
色々と探るために、情報は沢山合った方がいいと思うし
この時間旅行は・・・終末の先に行くためって言っていたよね
その終末がなんなのか知るためのきっかけになることを信じて、その紙を手帳に挟んで持ち歩く
それからカードキーを片手に部屋を出て、廊下の幸雪君と合流した
「幸雪君。お待たせ」
「待ってないよ。とりあえず行こうか」
「うん」
私たちは部屋がどうだったか、という話をしながら食堂へ向かっていった
メモの存在は伝えられなかったけど、後で話せばいいか




