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針指す時の終末日  作者: 鳥路
夏樹編序章「明治からの客人と時間旅行」
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2ー6:永海の朝、青年の帰還

四月八日の早朝

日が昇り始めた頃の永海市

市街地より離れた場所にある永海共同墓地に俺は訪れていた

昨日の晩に買った花束を抱えて歩く

お墓が並ぶ道

その先にある小さな丘の上に、それはある


「・・・・」


早朝を選んだのは、人目につかないためだった

誰にも合わず、一人で彼女の元へ訪れたかったのだ

永海を見渡せる丘の上にはかつて、この墓地の休憩所があった

その休憩所には、何度もお世話になった

彼女のお母さんのお墓参りをした後は、いつもそこで休憩してから帰宅していた

懐かしい、思い出だ


しかし、もうこの共同墓地に休憩所というものはない

土地開拓の問題だ。手狭に、なってきたらしい

見晴らしのいいそこも、分譲の対象になったが・・・すぐに、買い手がついた


かつて休憩所があった丘の上

そこには、彼女の墓がある

小さい頃からずっと一緒だった

その日に限って、一緒にいれず、失ってしまった・・・親愛なる主人

もちろんだが、その周囲には誰もいない


「・・・久しぶりだな」


彼女は何も返事を返してくれない

物言わぬ骨となった彼女が、かつてのように優しい声音で俺の名前を呼ぶことも、もうない

彼女の墓を軽く手入れする

墓の周囲は彼女の家族がこまめにしてくれているようで、非常に綺麗だった

墓石を磨いてから、墓の前に持ってきた花を添える

そして最後に形式通りの祈りを捧げた


「もう、五年になるんだ」


目を開き、そこから見える久々の風景を眺めた


「・・・必死に探し回った」


彼女の死因は病気でも、事故でもない

偶然そこにいたからという理不尽な理由で殺されてしまった

高校生になったばかりの彼女を殺した奴の目撃情報を追って、旅をした


日本だけじゃない

世界各地、目撃情報があったところへ向かい、奴を探し続けた


そして一週間前

彼女を殺した男は・・・この町に、永海に戻ってきているという情報を手に入れた


やっと、奴へ追いついた

五年間探し続けて、やっと追いついた足取り

絶対に逃がすものか


「・・・復讐は必ず果たす」


彼女が復讐を望まないことは、心のどこかでわかっている

彼女は、俺が手を汚すことを許さなかった

むしろ俺が手を汚すぐらいなら、自分が手を汚すと言い放つぐらいだ

幼少期から彼女が死んでしまうまで、守られ続けた自覚はある

本来なら、守らなければいけない立場でありながら・・・だ


あの日の悔しさが鮮明に蘇る

五年前の出来事は未だに忘れることができない


彼女は死んだ

彼女と共にいた二つ下の友人は、彼女の死の瞬間に立ち会った影響か心を壊した

そして俺もまた、感情を欠落してしまった

残った感情はただ二つ

並々ならぬ、奴への「殺意」と「復讐心」だけだった


「・・・必ず、仕留める。もう少しだけ、待っていてくれ」


もう少しで、復讐を遂げられる

復讐を遂げた瞬間、彼女の元へ逝くことはできないだろう

赦されない罪を犯してでも、必ず成し遂げる


「・・・今度は、命日に来る。八日後だな」


そう告げて俺は墓を後にしようとする

すると、向かい風が強く吹いた

その風は、墓地を出るまで止まることはなかった


・・


お昼過ぎ

私が入学式から帰宅した後、三人で昼食を摂った


その後、相良さんはお兄ちゃんから手を引かれて別の部屋に連れていかれた

その間に私は昼食の片づけと、出かける準備をしに行く


すべて終えた後、居間に戻って二人を待った

しばらくすると、袴から現代的な服に着替えた相良さんがお兄ちゃんに連れられて戻ってくる

制服のようにきっちりした服は、お兄ちゃんの私物ではない


「・・・これ、冬夜君の?」

「そうそう。あいつがうちに泊まりで菓子作りの特訓をしてた時期あったろ?」

「あったあった」

「その時にあいつ、うっかり忘れていったみたいでさ・・・なんだかんだで結局渡しそびれてしまって、結局うちの箪笥に眠ってたわ」

「ええ・・・!?」

「でもさ、あいつもかなり身長も伸びてるわけだし、何年も前の服なんてもう着れないだろうから、やっていいと思うんだよな!」

「かるっ・・・」


本人に確認してからすべきことじゃないのかな、それ・・・と言いたかったが、二年前から冬夜君は完全に音信不通だから連絡も取りようがない

本人が帰ってきたら事後報告で確認を取ろうかな・・・


「えっと・・・「冬夜」とは一体誰なんだ?」

「多分会うことないと思うけど、その服の持ち主の事。名前は「早瀬冬夜」。生きてたら、俺の一つ下だから十九歳」

「生きてたら・・・・不穏だな」


「まあ、冬夜だしなあ・・・あいつは目視で銃弾も避けられるし、変な事してなければ生きてるだろうさ」

「何なんだ、その男は」

「私、その情報初めて聞いたんだけど」

「今初めて言ったからな」


冗談なのかそうじゃないのかわからないのは本当にダメだと思う

お兄ちゃんの軽いノリに私は呆れた視線と溜息を送る


「えーおほん・・・今朝の件だが、相良のところには連絡しておいた。到着は二時ぐらいって言ったし、そろそろ出た方がいいと思う」


話を切り替えるために、咳払いしてからお兄ちゃんは今朝の件の報告をする


「わかった」

「幸雪は先に玄関行って靴紐を結ぶ練習しとけ」


お兄ちゃんは相良さんに「靴紐の結び方」が書かれた小冊子を手渡す


「途中でほどけても自分で結べるようになっとけ。ほどけて、夏樹に結んで貰う姿なんざ周囲に見られたら恥ずかしいぞ」

「わ、わかった・・・」


相良さんは小冊子を眺めつつ玄関へ向かう


「相良さんの靴って靴紐あったかな?」

「あいつが履いていたのにはなかった。けどまだ乾いていない。外干し中だ」

お兄ちゃんが指で示した先には、確かに相良さんが履いていた靴があった


「代わりの靴がないかと探して・・・少しぶかぶかだが、お前の中学校の時の通学靴が一番マシだったからそれを履くように言っている」

「私の靴でもぶかぶかなんだ・・・」

「お前の足のサイズならいけるだろうと思ったけど、あいつ更に小さかったわ。紳士靴は合うサイズないだろうな・・・」

「相良さんの足、大体どれぐらい?」


私の足のサイズは23.5だ。それがぶかぶかとなると、更に小さいことになるが・・・


「俺の見立てではあいつの足は22.5。金渡すからちゃんとした靴を商店街で見繕ってこい。靴は大事だからな。服は俺がどうにかする」

「今から出かけるの?」


お兄ちゃんが私たちと同時に出かけるのなら、誰一人神社にいない状態になる

いいのだろうか・・・


「少し留守にする程度ならどうにかなる。気にするな。それより幸雪だ」


お兄ちゃんは頭を抱えつつ、茶色い封筒を私に手渡す


「靴代。普段と予備の二つ。それぐらいあれば足りるだろ。子供靴は買うなよ。流石に可哀想だ」

「わかってるよ。買うとしても婦人靴にしておくよ・・・」

「ついでに生活必需品も買ってくるように」


封筒の中を確認しておく

その中には諭吉が三人いた

わ、割と大金な気がするよ・・・落とさないように気を付けよう


「了解。預かるね」

「領収書は全部貰って来い。それと、食べ歩きもしていいが、それも領収書な」

「わかった」


「それと、相良の爺さんのことはお前に軽く説明しておく」

「相良さんには話さないの?」

「幸雪が爺さんに何も知らずに会うっていうのが、あいつが明治時代から来た証明になるんだよ」

「・・・解説をお願いします」


「お前はこの町の「相良」の事、どこまで知っている?」

「ええっと、永海市内の地主さんってことぐらいしか・・・」

「それぐらいの知識でいいだろう。今回、お前らに会ってもらうのは相良の曾爺さん。名前は相良幸司さがらこうじ。百二十歳を超えた超長寿の爺さんだ」

「近所にそんなおじいちゃんがいたんだ・・・」

「年齢に対して、外見は非常に若い。七十ぐらいのじいさんと見間違うレベルだ。ボケもないし、まだ歩けるし」

「なにそのスーパーおじいちゃん!?」


百歳超えても歩いたりできるの?ボケもないの?凄いね!


「で、その爺さんが探しているのが実兄である「相良幸雪」の情報。行方不明になったのは一九一二年の今日だそうだ。向かう連絡ついでに再度確認したからこの情報は間違いない。そこは安心してくれ」


その年を、私は聞いた覚えがある


「その年、最初に相良さんが言った年だよ。今日は一九一二年の四月八日だろうって!」

「行方不明になった日とも一致しているし、爺さんが探している相良幸雪が、あの幸雪である可能性がある」

「もし同一人物なら、俺たちはあいつがタイムスリップも容易に信じることができるってわけだ。写真もあるらしいから、確認もできるさ」

「なるほど!」


でも、なんか不思議な気がする

明治時代の写真って、偉い人とかお金持ちとかが映ってるイメージしかないんだよね

・・・相良さん(地主)のお兄さん(仮)だし、お金持ちだったのかな?


「それともう一つ」

「まだあるの?」

「これ、相良幸司の曾孫に当たる「相良雪季さがらゆき」に渡しておいてほしいんだよ。どうせ今日も学校行ってないだろうから会えると思う」

「これ・・・」


お兄ちゃんが差し出したのは少し大きめの茶封筒

それには近所の本屋さん「吉文堂よしぶんどう」のロゴが書かれていた


「中身は猫の写真集だ」

「実は水着のお姉さんの写真集・・・とかじゃないよね?」

「ははは、我が妹よ・・・そんなわけがあるはずないだろう?」


お兄ちゃんは差し出した茶封筒を私が受け取る前に上にあげる

素早く私と距離をとり、中身を確認した


「・・・・みずぎ、いや、これは瑞々しい子猫じゃないな!変えてくる!」


お兄ちゃんは見苦しい焦りと言い訳をしながら、茶封筒片手に部屋へ戻っていった

「・・・本当に水着の写真集だったんだな、あれ」


それからお兄ちゃんは息を切らせて自室から別の茶封筒を持ってくる


「これは、ちゃんと、猫!」

「はいはい。人気絶頂グラビアアイドルの水着写真集からきちんと猫の写真集になったんだねー・・・」

「・・・中身確認してくれ」

「中身は「坂道の猫写真集。永海編」だよ。大丈夫?」

「大丈夫だ・・・それで間違いない・・・」


自分で掘った墓穴というのに、酷い落ち込みようだ


「で、なんで猫の写真集なの?」

「・・・この前、将棋勝負に負けた時に買ってくるって約束したから。雪季がご所望だったのがこの猫の写真集だ」

「ちなみに、お兄ちゃんが勝てば?」

「雪季にグラビア写真集を・・・いや、何でもない。俺が要求なんてするわけないだろ。大人げない」

「うんうん。お兄ちゃんは大人げないね」

「ぐはぁ!?」


他の人に水着の写真集を買いに行かせようとするなんて負けて当然だよ

前々から少々変態かと思ってたけど、まさかここまでとは・・・

・・・身内の醜態が凄く恥ずかしい


「まあ、うん・・・・とりあえず雪季に渡しておいてくれ」

「わかった。その雪季君の特徴とかあるかな?」

「中学生。身長はお前と同じぐらい」

「・・・大人としてとっても最低だね、スケベなお兄ちゃん。ベッド下の本を買いに行かせるよりはマシだけどさ」

「ゴミを見るような目で見ないでくれ夏樹・・・」

「中学生に水着の写真集を買いに行かせようとするなんて・・・身内の恥だよ」

「返す言葉もございません・・・」


「とりあえず猫の写真集は預かるね。ついでに渡してくる」

「お願いします・・・」


私は立ち上がり、居間の襖に手をかける


「あ、そうそう」

「なんでしょうか・・・」

「・・・次やったら、本棚の後ろに隠している秘蔵コレクション、捨てるからね」

「・・・なぜそれを」

「掃除中に見つけたんだよ・・・もうちょっと真面目に隠しなよ」

「ベッド下も本棚の裏もバレている時点で隠し場所は全部網羅されているんだが」

「今度は畳の下にでも隠せばいいんじゃないかな?」

「・・・善処します」


恐縮したお兄ちゃんの見送りを背に、私は居間から出て玄関へと向かう

そして靴紐を解いては、再び結びなおし、また解いての繰り返しで練習をしている相良さんに声をかける


「相良さん、お待たせしました」

「ん?いや、大丈夫だ。それより、これは大丈夫だと思うか?」

「しっかり結んであると思いますよ」


足元を確認すると、綺麗な蝶結びが出来上がっていた

触ってみると、結構きつめに締められている

靴のサイズが合わないと言ってたし、工夫はされているようだった


「それはよかった」

「それじゃあ、出発しましょう!」


私と相良さんは家を出て、長い階段を下りていく

時に世間話、時に町の案内を交えつつ・・・目的地への道を歩いた

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