B―2:次の時間旅行
目が覚める
「あれ?」
それは良くも悪くも「いつも通り」の朝だった
飛行船ではなく、永海にある家の自室の天井が目の前に広がっていた
どういうことだ
なぜ、帰ってきている?
「・・・あのまま寝て過ごしたなんてことはないはず、ですよね」
机の側に置いてある鞄の中身を確認してみる
その中身は、僕の予想を遙かに凌駕したものだった
自分の鞄だから、驚くなんてことは普通ならばあり得ない
けれど、普通ではないのだ
「どうして、薬が減っていないんでしょうか」
この前、二風先生にもらった三ヶ月分の薬は確かに僕の手元にあった
一度も、開封されていない状態で
戻ってきたのであれば。それが減っているはずだ
しかしそれはもらってきた当初のまま
「まさか、まさか、予知夢とか」
あり得ないけれど、あり得ない話ではない
しかし夢にしては妙に生々しいものばかり。予知夢だから当然ともいえるが
どうしてもそれが、夢だとは思えなかった
いいや、夢であってほしくなかった
「・・・夏樹さん」
もしもあれが夢であれば、何もかもが否定される
しかし、夢にしてはおかしい部分が多すぎる
僕の感情は、とてもじゃないが「夢で見た」出来事だけで動かされたものではない
そこまでチョロくない、と思う
ああ、そうだ。僕は夢の中であるものを使えていた
「・・・風樹」
『驚いた、雪季。私の名前を呼ぶなんて』
「三池さん」
その名前を呼ぶと、猫又の三池さん・・・風樹は僕の元に舞い降りてくれる
しかしどこか反応がおかしい
まるで、僕に名前を呼ばれるなんて全く考えていなかったような・・・
『ここではまだ、ルミナリアの使い方はまだ教えていないのに。自分で解いちゃった?』
「・・・そうですか。あの、風樹。力を貸していただけますか」
『勿論。雪季の為ならば』
隷属も解けている
ああ、よくわからなくなってきた。頭が痛い
夢なのか、現実なのか・・・さっぱりわからないけれど
この心のままに行動をするならば
「・・・夏樹さんを、守らないと」
どうして未来の夢を見たのかわからない
けれどこのまま行けば、彼女が怪我をしてしまう
その未来だけは、避けてみせる
「雪季君、起きてる?」
「うん、起きてるよ。お母さん」
「顔色、悪いわよ。大丈夫?」
「うん。平気・・・でも、今日は学校、休んでもいいかな。頭が痛くって」
「わかった。学校には連絡しておくから、ゆっくりしていてね」
「ありがとう」
お母さんに嘘をついて申し訳ないけれど、今日は学校を休んでおきたい
風樹というか、ルミナリアを使いこなせるようにならなければ意味がないから
・・
夕方、制服に着替えた僕は曾御爺様の手引きで永海山の山頂まで連れて行ってもらう
なぜ制服なのか・・・まあ、服のことを考えたくなかったからだ
制服さえ着ておけば、どんな場でもどうにかなるだろうとかいう適当な考えだ
「・・・招待状、確認いたしました」
「・・・」
このモノクルの男性は見覚えがない
端正な顔立ちの男性、歩き姿一つも目に留まるような人
こんな人を忘れているわけがない
夢にも出てこなかった人がいるんだな、とか呑気なことを考えながら、飛行船の中に案内される
「雪季」
「冬夜さん」
まだ起きている冬夜さんは勿論、四季宮さんに一葉さん、夜ノ森さんもこの場に
・・・夏樹さんと幸雪さんは最後だった。だからまだ、ここには来ていない
遠くには筧さんと、僕をここまで案内してくれた男性、朝比奈さんも一緒だ
そして・・・
「最後に、星月悠翔・・・ラインハルト・スターカイン」
最後の扉が開かれる
待ち人は、ご先祖様と一緒にやってきた
「夏樹さん」
「雪季君。もう来てたんだね」
「ぜーはーぜーは・・・」
後ろで息を切らしている幸雪さんと共に夏樹さんはやってきてくれた
夢とは一つ異なる行動をしておく
さりげなく彼女の側に立ち、連れて行かれないように警戒する
夢の通りだと、これから彼女は時間選びの為に連れて行かれるから
「雪季君、どうしたの?」
「・・・少し、不安で」
「大丈夫だよ。私が守るからね!」
「・・・貴方が強いのは知っていますが、無茶ばかりする癖は直してください」
「・・・?」
時間旅行の説明は軽く聞き流し、その瞬間を待つ
それぞれ時間旅行で行きたい時間を述べてからが勝負だ
・・・来るべき時はもう少し
「いいから早く選んでください」
「行きたい時間の希望がない私が決定権を得ていい話ではないと思います!きちんと相談し合って・・・」
「相談してもまとまらないのは目に見えています。彼らは強固たる意志を持って時間を示した・・・その意志が揺らぐことはないでしょう」
短剣を突きつけて脅しにかかることは覚えている
まずはここ
「風樹」
「・・・うおっ。不意打ちですか、相良雪季。早瀬冬夜ではなく、貴方が」
「・・・話す必要はない。腕を食いちぎられたくなければその人の首から短剣を離せ」
「なるほど。記憶はきちんと引き継がれているようで安心しました」
「・・・」
風樹に意思を伝えて、そのまま腕を噛みちぎってもらう
ここにはかまぼこさんがいる。腕はひっつくし、意味のない行動なのはわかっている
「容赦ないですね。本当に腕を切り落とすなんて、貴方本当に中学生ですか?修羅に身を置いた経験は?」
「ない。次はその減らず口を切り落としてやろうか、星月悠翔」
「おお、怖い」
「雪季君、何してるの・・・」
そんな僕の理性を取り戻したのは、後ろにいた夏樹さん
震えながら僕の肩を抱く
「そんなことしたらダメだよ。なんでこんなこと」
「・・・この男はこれから貴方に危害を加えますから。その前に、止めただけです」
「・・・記憶の引き継ぎがなされて混乱はしているでしょうし、今回は大目に見てあげます。次はないので、お覚悟を」
「・・・言われなくても。お前こそ、夏樹さんを無理矢理連れて行こうとしたら胴体から切り落としてやるからな」
「雪季君」
「・・・次、僕を殺そうとしたらお前も挽肉だ。次はない」
「・・・起きていたんですか。これは誤算でした」
何度も背後の彼女から行動を窘められる
それから彼女は自分の意思で星月さんに連れて行かれる場所へ向かい、ダイヤルで行き先を選択した
「・・・雪季」
「幸雪さん」
「お前が超能力を使えたのは衝撃だった。しかし、ああする理由があったのか?」
「・・・多少は」
傷はないけれど痛む側頭部を押さえて、その行く末を見守る
この行動で未来が変わったって気にしない
それが「いいこと」だというのは、直感で理解できるから
「次は十五年前、か。よかった。十年後じゃない」
「・・・雪季?」
・・・記憶の引き継ぎか。夢じゃなくて繰り返した後なら色々と辻褄が合う
わからないことばかりだけど、きっと、彼女が別の路へ進むのは「最善」な選択
それだけはなんとなく理解できた
「・・・必ず守ります。貴方をもう二度と、目の前で失ったりはしません、夏樹さん」
繰り返す直前の記憶
目の前で頭に銃弾を撃ち込まれた夏樹さん
そしてそれを見下ろしながら会話をしていた岸間雅文と星月悠翔
長い目で見れば、何もかも「仕方がないこと」かもしれない
しかし、今の僕はただ掴んだばかりの幸福を気がつかないうちに奪われただけ
その不条理を受け入れることなんてできやしなかった
これからも彼女の前に数多の波乱が待ち受けているだろう
僕にできることなんて限られているけれど
・・・せめて、彼女と共に未来へ行く。この約束はどんなに時間がかかろうとも、果たしてみせよう
僕の静かな誓いと共に時間旅行は、二つ目の時間へ向かって動き出す
向かう先は十五年前だ




